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小説「ハトの時間」

 前出の「ハトの時間」ショート版は、ある投稿規定のためにカットして原稿用紙20枚にしたものでした。今回の完全版は本来の64枚、小学生低学年年向けのほのぼのとしたお話です。お子様をお持ちのお母様方、読み聞かせにいかがですか。もちろん読むだけなら無料です。
 それではどうぞ、よろしくお願いします。
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   ハトの時間    たかの ふゆ



 ハイそこのひと。そう、キミのことだよ。
 この本を手に取ってくれてほんとうにありがとう。そのお礼ってわけじゃないけれど、キミに、ぜひ聞いてもらいたいお話があるんだ。
 そうだね、ぼくは、ここでひとつ打ち明け話をすることにしようと思う。ぼくにとっては、小学生のころのなつかしいお話しだ。ぼくも今ではもう大人だし、忘れてしまっていることもあるかもしれないけれど、手伝ってくれる人もいるから、まあ大丈夫だろう。
 まあ、このつづき読んでくれると、とてもうれしい。
   *
 ぼくは生まれた時からこの町に住んでいる。
 まわりは田んぼばかりで、その向こうは森や林にかこまれている。ここは、ほんとうに小さな町なんだ。
 どれぐらい小さいかというと、スーパーマーケットと雑貨屋さんが、たった一軒づつしかなくて、しかもとなり同士にあるときた。まるで兄弟みたいに見える。コンビニだってやっぱり町には一軒しかない。
 ましてや、ショッピングモールなんてとんでもない。もしも行くとなると、自動車で町を出て高速道路を使って、丸々1日がかりになってしまう。県庁所在地だって同じようなものだ。
 そして、ぼくは、その町の中に、たった一つだけしかない小学校の生徒だった。そこは全校生徒でも120人ほどのちょっと小さな学校だ。
 だから体育館も小さいし、もちろんプールもない。生まれた時からここに住んでいるのだから、小一の入学の時から、もちろんこの小学校に通っていてこれが当たり前だと思っていた。
 低学年の時のぼくは、クラスの中で勉強も運動もふつうで、なんのとりえもない男の子だった。おまけにまわりの子と話すことがちょっと苦手だったからか、友達もほとんどいなかった。
 くわしい理由はあとにしようかな。だって、そんなのどうでもいいじゃん。つまんないはなしだしね。
   *
 友達もいなくて、いつもぼくは、いったいなにをして遊んでいたのかだって?
 そうだね、それじゃあ小三のころのある一日を、例としてあげてみよう。
 まずは朝起きて、ごはんを食べ、学校へ行く。たぶん、これはみんなと同じで普通のこと。
 そして授業中に、その日でた宿題の半分を終わらせてしまって家に帰る。何回か先生に、おこられたことがあるけどへっちゃらだ。
 家に帰ってから、カバンを下ろしたぼくは、残っている宿題をてきとうにやっつけてた。
 こんなだから成績が、あがらなかったんだろうね。
 もちろんゲームもやってたけど、そんなに熱中はしなかったよ。お母さんが決めたことで、ネットにはつながってなかったし。
 でもぼくは、そんなにヒマだと思ったことはあまりなかった。それは、他にもやりたいことがあったからだろうね・・・。
 公園に行ってきますとお母さんに言う。ここまでは、ふつうの小学生とあまり変わりないよね。違うのは、ここからだ。
   *
 近くの公園はほんとうに1分くらいでついちゃうくらい。
 そこには、ジャングルジムとブランコしかなかった。けやきの木でかこまれた、小さくて静かなふつうの公園だ。ああそうそう、もちろんベンチもある。これはとても大事なこと。
 ぼくは、まわりを注意ぶかくあたりを見回しながら、ベンチに座る。それから、人がだれもいなくなるのを見はからう。
 しばらく待っていると、うまいぐあいに、なかよしのネコだけがのこった。これで準備完了だ。
 このネコの名前は「ミツ」と言う。種類はミケネコのメスだ。
 ぼくは家から持ってきたカツオブシの小さなパックを向こうに見えるように振りながら、「ミツー」と呼んだ。
 その猫は、まるで了解したというように軽くうなずいた後、ぼくのところまでやってきた。
 ぼくは、ミツを抱きよせて、そっと膝の上に乗せる。そして、深呼吸をふかく、ひとつだけした。
 今日は何をしようかとぼくは考える。うーん、何かあたらしいことをしてみたい。そうだ、木登りなんてどうだろう・・・。
 いいね。それにしよう。
 目をつぶり、まるで水の中をもぐって探すようにして、ミツの方に集中する。
 見つけた。ミツの意識だ。
 ぼくはいつものとおり、そのとなりに滑り込むようによりそう。
 自分自身の体から力が抜けていくのがわかる。
 よしっ、うまくいった。
「ミツ。ぼくは今日、木に登ってみたいんだけど」僕は意識の中で聞いてみる。
 返事は、ミツ自身の鳴き声で返してくれた。
「ナー」
 どうやらいいよ、ってことらしい。
   *
 このとおり、ぼくにはたった一つだけど、ふしぎなことができるんだ。
 なんと、生き物に乗り移れるんだよ。
 こんなことができるようになって、どのくらいになるのか、実はよく覚えていない。きっかけはもっとわからない。
 ものおぼえがついた頃にはなんとなく、できるようになっていたと思う。
 乗り移ることができる生き物はなんでもいい訳ではなくて、ちょうどぼくの体に合ったものじゃないとダメだ。
 つまりねずみのような小さすぎる生き物も、ぼくと変わらないぐらい大きなのも向いていない。というわけで、だいたい相手は、ネコや小さな犬だ。うーん、だんぜんネコの方が多いかな?のらの犬は少ない上になんとなく怖いやつが多いじゃない。
 ああ、そうそう。一回、動物園につれて行ってもらったことがあったけれど、その時にいろいろな生き物にためしてみたんだ。だけど結果は全滅だったよ。
 たぶん、こっちもあっちもお互いに、なれていないもの同士だったからなのかもしれない。
 がっかりだったり、疲れたりで帰りの車の中でぐったりとしてると、お父さんが運転しながら、「お前、動物園、苦手か?」なんてこと聞いてきた。
 このぼくが、どうぶつぎらいなわけがないじゃないか。まったくもう・・・。
 ぼくは、お父さんのことが、けっしてきらいなわけじゃない。でもこんなトンチンカンなことを時々言うことがあって、そんな時は、いやになってしまう。
   *
 ところで、さっきは「乗り移る」と言ったけど、ほんとうはそんなすごいことができるわけでなくて、ただ単に、動き方をお願いするだけだ。相手の生き物の「時間をかりる」って言ったほうがいいかもしれない。
 生き物にはそれぞれが持っている時間ってものがある。一番ゆっくり進んでいるのが、ぼくら人間だって思う。
 だいたいなんだけど、体が小さいものほど進む時間が早くなる。つまり、目まぐるしくものごとが進んでいるんだ。
 だから時間をかりると、とても短い間にたくさんの事を感じたり知ったりすることができるようになる。というか、もうそれだけでも手いっぱいって思うくらいだ。
 とても、あやつるってどころの騒ぎじゃない。そんな時は、もうその生き物に簡単なお願いだけして、あとはまかせるしかない時もあるよ。
 あとはね、その生き物の見ているものがなんとなく見えるようになるんだよ。
 一度にかりれる時間は、3分ぐらい。
 ちょっとすごいと思わないか?
 でもね、その間ぼく自身のからだは、気を失ってるのと同じようなものだから、とくに気をつかわなくちゃならない。だから公園のベンチなんかにすわってるんだ。
 ちなみにかりるのをやめると自分は、はじめた時と同じ場所、つまり自分の中に戻ってくる。
 かりた時間を返すのはとても簡単でわけない。その生き物から離れる気持ちになるだけでいいし、なんの見返りもほしがらない。ミツのようすなんかだと、おやつのカツオブシなんかで十分らしいよ。
   *
 ぼくは木のぼりをたんのう?した後、ミツに時間を返してから元の自分の体に戻った。
 実はちょっと頭が疲れてた。早い時間の流れに追いつくのはそれくらい本当に大変なんだ。この日は特に木登りに挑戦したから、ぼくは特にぐったりしちゃった。
 だいぶん高いところまで登ったよ。下を見たら目が回りそうだったもの。でもミツはまだ登れそうにしてたね。
 練習して慣れるしかないのかな。練習すればするほど、成功率は上がるし、スピードにもついていけるようになるんだ。なんだかこういうのはジワジワうれしいね。
 かりられる方のネコ、つまりミツたちの方はと言うと、みためはぜんぜん大丈夫そう。でも、実際にはどうなんだろう。だって、言葉でヘッチャラっていわれたわけでもないしね。
   *
 ところでもっと小さい頃は、生き物の時間のことを、なんで周りの子達がわからないのかが、とてもふしぎだった。
 小学校の低学年頃には、ぼくは、時々近所でかわれているネコや犬たちにしょっちゅう、時間をかりていたのだから、あたり前のことだと思っていたので、しょうがなかったのかもね。
 そんなこともあってなのか、ぼくは同級生とかからも、ちょっとノケモノ扱いだったんじゃないかと思う。ともだちなんかできるわけないよね。そこでやっと、みんなは、こんなことできないんだって、気づいたよ。
 やっぱり、言っても信じてくれる訳がないよね。他の人ができないことができるってことなんて、かくしておけばよかったんだろうな。でもぼくはちょっとひねくれていた。
 いま考えれば、変なやつだって言われて、いじめられてもしょうがなかったところだ。
 まあぼくも、仲間はずれにされててもへっちゃらだ、なんて思っていたのだからしょうがない。実際は、ノケモノにされるくらいですんでよかったのかもしれない。
 お父さんとお母さんには、この話は教えてなかった。
 だからかな、どういう理由なのかぜんぜん分からなかったみたいだけど、なんとなくは心配してたみたいだった。
 ぼくには兄弟もいないから、余計さびしそうに見えたのかもしれない。今にしてみればわるいことしたかなって思うよ。
 それにもちろん、小三にもなった頃には、そんなことにはならないように、生き物の時間をかりることは、どんな人にも、口に出すのはやめにしていた。
 ほら、いわゆる「しょせいじゅつ」ってヤツだね。
  *
 そうしてもっぱらネコの時間をかりていたんだけど、小三の終わりが近づくある日、いつもと違う生き物に挑戦してみたくなった。
 そう、「ハト」の時間をかりれないかなと思ったんだ。
 そうしたいと思った理由は言うまでもない。うん、空を飛んでみたいと思ったからだよ。
 もともと、ぼくは空にあこがれていた。広い空から地上を見下ろしてみたいと思っていたし、よく空を飛ぶ夢を見たくらいだ。
 どんな夢だって?
 そうだね、あまり早いスピードではなくて、自分の体重を気にしないで、風のじゅうたんに乗って自由気ままに飛ぶって感じかな。
 飛行機に乗ればいいじゃないかって?
 もちろんぼくは、飛行機に乗るのもきらいじゃないよ。
 だけど、飛行機はちょっと高い所を飛びすぎで、下のけしきの細かいところまでよく見えないじゃないか。それに乗ってる最中は意外にスピードを感じなかったし。
 それで、空を飛べる生き物の時間をかりようと思った時、ぼくに大きさが合っていて、大きな鳥よりも割と低いところを飛ぶ生き物を考えていたら、ハトが一番だと思いついたんだ。
 ハトなら公園にもよくいるから捕まえやすいはずだったしね。
 ところが、これがぜんせんうまくいかなかった。
 時間をかりるきっかけが、めちゃくちゃ難しいんだ。まずは始めに、その生き物と仲良くならなけりゃならない。
 それなのに、あいつら近づこうとすると、サッサと逃げるだろう。うまく気持ちがつながらないんだ、だから失敗しちゃう。
 それでね。ぼくは、まずハトの好物をお父さんのタブレットで調べたんだ。そしていいものを見つけた。
 身近だけどそれは、お米だ。そう、たいてない生米ってヤツ。公園でハトにエサやるっていたら母さんには「ゼイタク。もったいないです」って言われたけど、少しだって言ったら見逃してくれた。
 よっし、ゲット!
   *
 ぼくは公園へ行きベンチに座ってから、ハトたちが、まいおりてきているのを確認して、自分の近くにお米を少しだけパラッとまいたんだ。
 ハトたちは思ったとおりに、近くによってきた。
 一匹、二匹、三匹そして四匹。
 とっても忙しそうに食べている。それはドバトという種類のむれだった。
 そうだよ。ぼくは前もって色々なハトを図鑑で調べていたんだ。
 正直にいうと、この時にはもうぼくは大成功だと信じきっていて、心の中ではガッツポーズをしていた。
 そうしていよいよ、一番近くまで寄ってきたドバトの頭の中をのぞいて、なにを感じてなにをみてるのかを、ぼくの頭でなぞってみた。
 いいところまでいっていたんだ、だけど結果はダメだった。
 ハトはむれる鳥の一種だ、そしてとても、用心深い。どうやら周りの仲間のドバトに「あぶないぞ」って、ケイホウをもらったらしい。みんな、あわてたようにいっせいに飛び立ってしまった。
「グーポッポー、グーポッポー」
 公園のまんなかの一番高いけやきの木の一番上で、別のハトがないていた。よく見えないくらい高い。それがぼくの失敗を、まるで笑っているように聞こえて少し下を向いて、歯を食いしばっていた。
 ちょっと、気になっただけのことだけど、こんど父さんに、あの別のハトの種類を聞くことにした。
 しかしこうなったら、ハトが一匹のときをねらって、特別に仲良くなるしかないんじゃないかなあと、ぼくは思った。
 そのことに気をつけて何回も挑戦したが、とちゅうまではうまくいっても、いざ飛び立ったあとが、どうにもうまくいかない。
 サンジゲンっていうんだっけ?鳥たちは地上で動いている生き物とは訳が違う。つまり前後左右だけじゃなく上下に動く感じが必要になるんだそうだ。
 むずかしくて、こんがらがって、よく分からないのがよけいに悔しい。
 でも、ぼくは気長に頑張ることにしたんだ。
   *
 さて、ある年、春休みも終わってぼくが四年生になった時のことだ。
 クラスは三年生から持ち上がりで、クラス担任の橋田先生は女の先生だったけど、これも変わらないままだった。橋田先生は怒っている時も優しい雰囲気がして、少し頼りない感じの先生だけど、なぜか普通に言うことを聞いてしまうようなちょっと不思議な先生だった。
 僕は今までと変わらない学校生活が送れそうでホッとしていた。ノケモノにはノケモノの人間関係ってものがある。リセットされて新しい同級生に気を使うのはごめんだったからね。
 ただ、新学期の初日ちょっと変わったことが一つだけあった。
 先生が入ってくると、一人の女の子が一緒だったんだ。そう、「転校生」が、一人だけ入って来たらしい。うちの小学校じゃ、出るのも来るのも転校ってだけで、とても珍しい。
 朝のホームルームでみんなの前に立ったその子を先生が紹介した時に、こう付け加えた。
「彼女は、お父さんは仕事の都合で、この町に引っ越してきました。みなさん仲良くしてあげて下さいね」
「それじゃぁ、あそこの空いている席に座ってね。隣の女の子は泉さんというんだけど、分かんないことはその子に聞いてちょうだい」
 彼女はハイとも答えず、言うとおりにした。
 転校生が珍しくても、転校の理由はいたって普通だった。
 下の名前は「ふゆ」だった。もしかしたら、冬生まれなのかもしれない。
 上の名前は本人のためにひみつにしておいてやろう。ほら、プライバシーの保護ってヤツだよ。
 彼女は、ほんとうに小さくみんなに「おじぎ」をして、反動でピンッと反り返っていた。もしかしたら少しだけ、いじっぱりな性格なのかも。
 続けて先生は、こう言い出した。
「それでは今年の学級委員を選びます」
   *
 まあ新学年の初めだったからね。当たり前だった。
「まず立候補する人いませんか」
 クラスのみんなは、じぶんが当たりたくないのか、めいめいぎこちなく周りを見回した。
 当たり前だよ。そんなのいるわけないじゃん、と思ってた。その時だった。なんとなくクラスがざわつきはじめた。
 ぼくは、なんだなんだとみんなが向いている方を見ると、そこにはさっき席についたばかりの転入生の彼女が、ピンッと手を挙げるばかりか起立までしているじゃないか。それも、さっきと同じで何も言わずにだ。
 先生は少し戸惑ったように「えーとね、もちろん立候補は立派だけど、あなた来たばかりなのに大丈夫かしら?」と言った。
 彼女は「大丈夫です」と短くだけどしっかり答えた。
 ちょっと考えた後、先生は「みんなはどう?それでいいですか?他にはいない?」と困った様に聞いた。どうやら最初から立候補なんか出るわけないから選挙になるものと思い込んでいたようだった。
「いいでーす」、「大丈夫でーす」などとクラスのみんなは先生に答えた。
「そうそれじゃ決定ね」
 そうして、彼女はうちのクラスの学級委員になった。
 それからしばらくしてわかったけど、彼女は頭もよかったし、運動もそこそこ得意らしく、たいていの授業ではいつも大かつやくだった。
 それなのに、ぼくも人のことがいえた方じゃないけれど、彼女はそれに輪をかけて無口で、クラスメート、なんと他の女の子とも必要なこと以外は話をしなかった。
 当然、クラスにとけこむって感じにはならなかった。むしろ彼女はそんなこと、ぜんぜん気にしていないみたいだった。みんなに無視されないのは彼女が学級委員だったからにちがいない。
 それからと言うもの、ぼくは彼女のことが妙に気にかかって、心の中で、勝手に下の名前で「ふゆさん」と呼ぶことにした。もちろん大した理由もなく、なんとなくだ。
 そういうと、ふたりは仲良くなったみたいにきこえるが、もちろんそんなことは、まったくなかった。
 話しかけたわけじゃないのだから、そりゃそうだ。ぼくがそうだったからかもしれないけど、一人でも平気、って彼女のふんいきに、親しみを持ったからかもしれない。
 彼女が転校して来たからと言って、その上学級委員になったからといって僕の生活はさほど変わらなかった。僕はみんなから一歩引いて付き合っていたし、ちょっと変わったといえばクラス内の揉め事が減っていったので「空気が軽くなった」といえばいいのかな、雰囲気が良くなったってくらいのものだった。
 ところがね、思ってもいないことって、いつどうして起きるのかは、だれにもわからないものだ。
   *
 それは、新学期が始まってしばらくたって、もうすぐゴールデンウィークって頃だった。
 その日の放課後に、ぼくがいつもの帰り道を歩いていると、ふゆさんが、ちょっと不思議で、とても不自然な行動をしていた。
 彼女はね。ネコをにらんで、後をつけていたんだ。
 よほど、ネコに気を取られているからなのか、斜め後ろの方向から見ているぼくには、まったく気がついていないみたいだ。
 ぼくはというと「え。うそだろ?」と思ってびっくりしてたんだよ。理由は言わなくてもわかるかもしれないが、後で説明しよう。
 そして、僕は「そんなわけあるか」と考えつつも、めちゃくちゃ気になりすぎて、つい、自然と後をつけてしまった。
 そしたら、彼女は森に入る入口にある低い木々の間を、すり抜けてネコを追いかけて行ってしまった。
 そりゃあたぶん、ただのネコ好きか、なにかに決まってるんだろう。けれど・・・、もちろんありえないかもだけど、もしかして「ぼくと同じこと」ができるんじゃないのか?なんて考えていたんだ。そんな事を考えていたら、べつことを急に思い出して、ぼくは大慌てしてしまった。
 ぼくは、あの木々の付近でヘビを見かけたことがあるんだ。それもかなり大きいヤツ。
 ちらっと見ただけであるいは毒ヘビじゃないかもしれないけど。近づかないにこしたことはない。
「そこに入っちゃダメだ。ヘビがいるかも!!!」
 思わずぼくは、手でメガホンを作って大声をかけた。
   *
 いっしゅん、あたりがシンとした後、急にガサガサと、あわててふゆさんは木の下のやぶから出てきた。
 そうしてぼくのいる野原まで逃げてきたふゆさんは、顔を青ざめさせて「はあはあ」と息をついていた。
「私、ヘビって大キライなのよ。あんたは・・・確かクラスの『目立たない男子』よね?」今だに息をつぎながら、ふゆさんはぼくに、失礼なセリフでたずねてきたた。
「ああ、そうだよ」
 ぼくは少しムッとしてたけど、その通りだったので、せいぜいなめられない様に堂々と返事をした。
「どうしてここに、っていうか、うーん、いったいいつから見てたのよ?」
 助けてもらったのに、それはそっちのけで、彼女はさらにたずねてきた。本当にえらそうだなぁ、もう。
「きみがネコを追いかけて、川沿いの通りを歩いているところぐらいからだよ」
「ふうん・・・」
 ふゆさんはじっとぼくを疑うように見ていた、そして黙っているものだから、ぼくは続けて聞いてみた。
「いったいなにしてたのさ?」
「・・・だって見てたんだからわかるでしょ。ネコを追いかけていたに決まっているじゃない」と困ったように話す。
「ふーん。何かにも用があったふうにも見えたけどなぁ」
 ぼくは、探るようにふゆさんの目を見つめて言った。
「ないわよっ。私はネコが好きなだけ」
「ふーん」
「いいでしょ、ほんとうに好きなんだから」
「ほんとうにってどういうこと?」と聞こうとしたけど、それはやめにして、ぼくはこう聞き返した。
「ぼくも実はネコが好きだよ。このあたりには仲良しのネコもいるから、よかったら、ふゆさんにも紹介しようか?」
 そうしたら、ふゆさんは半分期待してるように、少しだけ疑うように少し間をおいて「まあ、あなたがいいならいいわよ」と言った。
「あっ。そういえば勝手に名前で呼んでごめん!」
 実は、ぼくはうっかりいつもの心の中で使っているのと同じようについうっかり「ふゆさん」と呼んでしまっていた。
「助けてくれたから、それはいいわよ」
「ああ、そう。ありがとう、っていうか、僕が助けたんだから普通は君がお礼をいうんじゃないの?」
「まあ、そうかもねぇ」
「それでさ、よかったら今日でもいいから、ランドセルを家に置いて、15分後に『峰の下公園』でいいかい?場所ってわかる?」
 ぼくは、誘いたかったのもウソじゃなかったけれど、あることを確かめたくって、一生懸命になっていた。あることっていうのはもちろん「あの」ことだ。
「ええ大丈夫よ。もちろんいいわ」と少し威張っているように、ふゆさんは言った。どうやらこれが、彼女の普通の態度らしい。
 もちろんぼくとは意味合いが違うけれど、彼女がクラスで浮いているのはこれが原因じゃないのかなぁ。
 そうして、ぼくたちはいったん別れた。
   *
それから10分後、ぼくが家に帰ったあとに公園に来てみると、まだ彼女は来ていなかった。
 ぼくは、ベンチに腰かけて、ドキドキしながら周りを見回した。人は誰もいない。
 さらに見ると、よく知っていて、何回も時間をかりたこともあるネコが何匹か、柔らかそうな草っぱらに寝そべっている。ぼくは近づいていってなでたりして待っていると、やっとというか、ようやく、ふゆさんが来た。
「お待たせ~。ほんとう慣れているのねー。それ抱っこできるの?」目を見開いて少しうらやましそうに、彼女が話しかけてくる。
「うん、大丈夫だよ。この子の名前は、ぼくが勝手に呼んでいるんだけど、ニコっていうんだ」
「へー、ニコかぁ。どうしてニコなの?」
「うーん、そうだね。いまは秘密にしとくよ」
「なによ。なんでなの?教えなさいよ」
「ああ、家からカツオブシを持って来たよ。好物なんだ」そう言って、なんとか適当というか強引にはぐらかしてから、ぼくはニコをだきかかえて、ベンチへ連れていった。
 ベンチへ座り、ニコの背中をぼくがなでていると、ふゆさんもいっしょにベンチに座って、うらやましそうに「私にもだっこさせてくれる?」と言った。
 ニコは、人なつっこい性格なので、僕以外の人でも大丈夫だろうとぼくは思った。渡してみると、やっぱりニコは、ふゆさんにもおとなしく抱かれていたね。
 それはそうと実は、ぼくは油断なく、ふゆさんの様子を観察していた。
 それは、さっきのネコとの追っかけっこのことがどうしても頭からはなれなくて、まさかとは思っていたけれど気になっていたからだ。
 けれど、ふゆさんはやさしくニコをなでているばかりで、全くかわったようすはなかった。
 やっぱり、ただのネコ好きなんだろうな、まあそりぁそうだよなぁと、ぼくが思いかけてきたそのとき・・・。
 それは本当に突然に起こった。
   *
 ふゆさんは相当根気よく、なかよしになろうとしてたらしい。
 長い間、念入りになでつけた後、おもむろに少しだけ顔をうつむけて、静かに目を閉じたんだ。
 それは、ぼくが生き物の時間をかりるときに、いつもやる様子に本当にそっくりだった!
 ぼくは、あせる気持ちを抑えつつも、絶対に先をこされないように急いで、ニコの時間をかりた・・・。
 そうして、ニコの頭の中でぼくは、それを待った。けれど、どうなちゃうのかは、ぼくにもわからなかったよ。だって、ぼくだって初めての体験だったから。
 でも、ある程度の予想はできていた・・・。
 来た!何かが、ぼくをニコから押しのけようとするけれど、慣れている分、ぼくの方がニコとのつながりが強い。
 ぼくは、ニコにお願いして、ふゆさんの顔をネコの目でじっと見つめた。
 ふゆさんはちょっと戸惑っている様子だった。
 そこで、ぼくはニコに、またお願いして「なー」と優しく鳴いてもらった。
 そのとたんだった。
 何かに気づいたように、ふゆさんは、思いっきり首をひねり、目をつぶっているぼく自身の方を驚いた顔でハッキリと見た!
 そう、ふゆさんは気づいたんだ、ニコの中に、ぼくが入っていることに。
 そして、ぼくもまた、ふゆさんがぼくと同じことができる子なんだって、しっかりわかった。
 ぼくは、しばらく間をおいてから、ニコの時間をかりるのをやめて自分の体に戻った。
 ぼくが目を開くと、いまだにふゆさんは、こっちを見ていた。そして目を丸くしたまんま、こう言った。
「自分以外じゃ、初めて会ったわ・・・」
「うん、ぼくも同じだよ。ホントにびっくりしてる」
「あなたは、ぜんぜんそんなふうには見えないわよ。私ばっかり、びっくりしてるじゃないの。どうしてよ?ズルイわ・・・」
「そうだね。ぼくは、さっき森の入り口でネコを追っかけるキミを見てたからね、ほんのちょっぴりは、もしかしたらと疑っていたのかも・・・」
「そうか、そういうことだったのか・・・」と言ったっきり、ふゆさんは、ぼうっとしながら何かが考えているようにしばらくベンチに座っていた。そしてもう一度「そうなのね、ほんとうに私の他にもそういう子はいたんだね・・・」とつぶやいた。
 ひざの上には、ニコが、ねそべったままだ。
   *
 そしてしばらくして突然、「まあ、あいさつがわりってところかしらね。じゃあ、今度は私が『移る』のを見ててよ。今度はじゃましないでね」と言って笑う。
 すると、またうつむき、目をつぶった。
 次の瞬間、すんなりふゆさんはニコの中に「移る」ことができたようで、ニコは、目をパチパチとさせながら、ぼくのひざに飛び乗ってきた。そして、ぼくの顔を見ながら、「ナー、ナー」と自慢げに鳴いた。やっぱり本当だった。
 その後、公園の中で駆けまわったりして、たっぷり5分ほどして、ふゆさんはニコから本人に戻ったよ。「はぁー」とため息をついて、「長さはこれぐらいが限界かなぁ」とぼくに向かって言いながら、ニコにお礼のカツオブシをあげていた。
 ぼくは感心して、「ぼくは3分ぐらいが限界だよ、君ってスゴイね」ってほめたあとに、こう言った。
「ふゆさんは、さっき『移る』って言ってたけど、それをぼくは『時間をかりる』って言ってるんだ。まったく同じことを言ってるのは間違いないみたいだね」
「そうね『時間をかりる』かぁ。それはすてきな言い方ね。私もそう呼ぼうかな。いいかしら?」
「もちろんかまわないよ。それにね。今ならニコの名前の由来を教えてあげれるよ」
「うん、今なら?なんなの?」
「ぼくが時間を借りれた2番目の生き物だから『ニコ』なんだ」
「なるほどね、って、あなた、いま何匹の友達がいるの!?」
「7匹ぐらいだけど・・・」
「7匹っ!!!」
「なんなの?どうしたの?」
「多すぎじゃないっ!私なんかこの町じゃまだこれで2匹めよ!」
「そんなこと言ったって、ぼくは生まれた時からここにいるんだからしょうがないじゃないか」
「ふふふ、まあそうね。でもあなたもすごいのね・・・」
 ふゆさんはまだ何か話をしたそうだったけど、そのあと公園の少し端っこにある時計を見上げて、残念そうに、こう続けた。
「もうすぐ5時だわ。私はもう行くわ。家に帰る時間なの」
「また動物の話ができるかな?」僕にはまだまだ話したいことがあった。たぶん、ふゆさんもおなじじゃないかなと思ったんだ。
「いいわよ」と、やっぱり少しえらそうに言ってから、彼女は自分のウチに帰っていった。どうやらここからそんなに遠くはないらしい。
 あのえらそうなフリは、本当は多分「もちろんよ」って言いたかったんじゃないかなって勝手に思い込むことにしたよ。
 ふゆさんが行ったあと、僕は思わず空をながめて、ぼうっとした。ぼく一人じゃなかったんだなぁ・・・。
 これまで、だれにも話せなかった時間を借りることだけど、初めて、本当にわかりえる仲間と出会うことができたことに、気がついてとてもうれしかった。
 そして、なにか顔がぬれてると思ったら、少し涙まで出ていたのに気がついた。なんで悲しくもないのに涙が出るんだろう。
 それがぼくには、どうにもわからなかったんだ。
   *
 それからは、ぼくとふゆさんは公園でたびたび会って話をしたり、もちろん生き物の時間をかりたりするようになっていた。
 そして1ヶ月ほどした六月のある日、その日もぼくは、ふゆさんと公園で、「時間をかりること」について話をしていた。その時、ぼくはこんなことを聞いてみた。
「あのさ、ふゆさん。ここんところ、ぼくらはだいたい2、3日おきにこの公園で、会っているよね。それ以外の日は、いったい何してるの?」
「そうねぇ。だいたいは外に出て、てきとうな生き物を探しをしてるかな」
「やっぱり、時間をかりる相手の生き物を探してるの?」
「そうねえ」
 ふゆさんはいったい、いつ勉強していて、あんなにいい成績をとっているんだろうか。
「ふゆさん。学校に行く日は学級委員の仕事で忙しそうだよね?」
「まあねー」
「ふゆさんは、いつもどこで生き物を探してるの?」
「町の中をすみずみまで探してるわ。でもちょっとこの町、狭くない?私、もっと大きな町に住んでたからさ。結局この公園が一番生き物の集まる場所になってるわよね」
「でも、ここにはいつも同じ生き物しかいないからねえ。新しいのを探すときはどこいくの?」
「それはちょうど今、探索している最中よ。目をつけている場所はクイズにするわね。ヒントは『コワイ』ね」
「もしかして、森の入り口のことなのかな?」
「なんで、いきなりわかっちゃうのよっ!」
「だって君が怖がるものなんて、ヘビ以外じゃ、まったく思いつかないよ」
「ぶうー」
 ふゆさんはほっぺたをふくらました。ちょっと、ごきげんななめみたいだ。ぼくは、あわててきげんをとることにした。
「そうだ。おわびに、いいことを教えてあげるね」
 ふゆさんは気持ちの切り替えが早い。この話題には食いつくはずだ。
「なになに?」
 ほらね。
   *
「森の入り口のさきにはね、少し小さいけどひらけた野原があるんだ。そして、そこには小さな小川もある。野生だけど、ユリとか他にも綺麗な花なんかが、季節ごとに咲いてるんだよ。あそこは、写生の宿題とか、読書とかにはもってこいなんだなー」
「へぇー!行ってみたい」
 ふゆさんは、この話題に食いついたように、あいづちを強く入れてきた。
「それから、あの場所のことは学校の子達には、あまり知られていいないみたい。荒らされたくないから、だれにも言わないでね」
「そうなのね、わかったわ。うん、本当に行ってみたいなー」
「それがね、森の向こうのその場所に行くにはまわり道しかなくて、歩いて片道1時間ぐらいかかる。ぼくはぐうぜん見つけたんだ。今度、二人でいっしょに行かない?」
「そんなにかかるの?休みの日に行ったって、ご飯までに家に戻ってこれないじゃない。遊びに行く時の、お母さんとの約束なのよ」
「森を突っ切れば、ほんのちょっとなんだと思うけど、やめた方がいい。それに、ほら、ヘビがいるだろう。ひどいヤブだしね」
「そうねぇ。わたしもヘビはイヤだわ・・・」
「毒がないって分かっているなら、ぼくは割と平気なんだけど。近くで見たわけじゃないから、種類がよくわかんないからなぁ」
「でもね。聞いてよ、わたし、最近はヘビ、もしかしたら平気かもって思ってるのよ」
「へぇ。そんなに怖がってるのにどうしたんだい」
「それは、ほんとうに秘密よ。だから、ヒントもなし!」
「あんまり危ないこと、しない方がいいよ・・・。なにしろ相手はあの格好で手も足もないんだから。それこそ大きさもあるだろうけど絶対に時間を借りようとは、僕は思わないね」
 その時ふゆさんは、それにはこたえず。ただ笑っていただけだった。
   *
 そして、それからしばらくしたあとのある日、その日はふつうに来た。ぼくにとっては、忘れられなくなった日のこと。
 それはもう梅雨が開けそうな頃の、七月のある日のことだった。
 それは、いつものように公園で、いつものようにふゆさんと二人で、いつものように仲間の生き物に時間を借りていた時のことだった。
 いきなり、ふゆさんが立ち上がった。そして、「突然ですが、わたし、これからネコに時間を借りて、森の入り口に入ってみたいと思います」と堂々と宣言した。
 僕から見て彼女は、望みに向かって勇気にあふれている様でもあり、ちょっと緊張している様にも見えた。
「なんなの?いきなりどうしたのさ」
「目的は、行けるところまで森を突っ切って、あなたが前に話していた例の野原に、人間でもいける道を探してみたいの」
 その様子は、ぼくに、なんかやっかいなこと言いだしたなあ、と思わせた。しょうがないのでまずは、一旦受け入れたふりをした。
「ああ、そう言うことねー」
「あなたが話してた野原の景色を、どうしてもみてみたいのよ」
「だから途中でヘビが出るって言ってるでだろ。いったい、どうするつもりなのさ?」
「この前からヒミツにしてたけど、ネコに時間を借りているときはそんなにへビが怖くないのよ。ふしぎなものね」
「へぇ。そうなの?でも・・・」
「じゃあ行ってくるわね!」
 こうなったらもう、止まらなさそうだった。
「えっ。本当に今から行くの?」
「ええ。そう言わなかったっけ。ここからなら、ネコの足であっというまでしょう」
「それはそうだけど・・・。やっぱりやめときなよ」
「もう、決心の上よ」
   *
 ふゆさんは、賛成されなかったことが気に入らないのか不機嫌そうに、ぼくのいうことなど聞かず、さっさとネコをみつくろってっている。
 ぼくはもちろん反対だったんだけど、なんとなくその気持ちもわかった。あの例の野原の景色を思い出して、ぼくもなつかしくなってしまった。
 前に行ったのはいつの頃だっただろう。
 そうこうしているうちにも、もう、ふゆさんは一匹のネコを抱っこしてベンチに腰かけていた。そのネコは、ぼくたちが「ムツ」と呼んでいる、体が少し大きい感じのオスで、ぼくの6番目の友達だ。
 さっそく、時間をかりる様子のふゆさんは「それじゃあ行って来るわ。あなたはここで、私の体を見守っていてね」といって目をつぶってしまった。
 そして、ムツはまるで目を覚ましたかのように、「バッ」と立ち上がると、ダッシュで公園を出て行ってしまった。
 公園は、まるでぼくを残して、誰もいなくなったように静かになってしまった。事実、ふゆさんのほかは、人っ子一人、ネコの一匹のいなかった。
 その、ふゆさんだってほんとうのところは、ここにはいないようなものだった。
 ぼくはしょうがなく、公園でふゆさん体の横でベンチに座りながら、おとなしく待つことにした。
 なんとなくイヤな気持ちになって、もう夏になろうかっていうのに、なぜか肌寒い感じがした。
   *
 公園では何も起きない時間が過ぎた。
 おかしい。ぜったい長い。長すぎる。
 もうあれから6分は、たっている。最近のふゆさんのかりる時間は最長8分ぐらいまで今では伸びている。それはすごいと思ってる。
 でも今回は、けっこう冒険になるから、そんなにギリギリになるまで使わないだろうし、どう考えてもおかしい。
 ふゆさんを揺り動かして、むりやり、やめさせようかとも思った。
 けれど、何かしら戻れないわけがきっとあるに違いない。
 ぼくは決心をした。やっぱり探しに行こう。それしかない。
 そして、残念ながら公園には、おあつらえ向きな生き物がいないのを確認すると、森の入り口にむかった。
 そして、そのとちゅうのことだ。ひときわ高いけやきの木の上でないているハトを見かけた。
 聞こえてくるのは「グーポッポーグーポッポー」と、特徴のある、そして聞き覚えのある、あのなき声、どうやら一匹だ。あれはどうやらキジバトというらしい。この前、お父さんに教えてもらった。
 とっさの事だけど、どうしよう?
 けやきの木が生えているここは、公園から出て例のヤブに向かう途中の野原だ。このあたりはふだんから人通りも少なく、いまもあたりにはだれもいない。
 けれどもちろん、キジバトに時間をかりるのは練習でも上手にいったためしがない。はたしてうまくいくだろうか?ぼくには自信がなかった。
 でも他にふゆさん達を探すのに都合のいい生き物も見当たらないし、もしかしたら、ふゆさんの命がかかっているかもしれないんだ。いきなりだけど、やるしかない。
 ぼくは、そのけやきの木を背もたれにして、木陰にすわり、あぐらをかいた。
 目を閉じて、落ち着いてキジバトの気持ちを探す。
 けれど。だめだ、みつからない。
 高さが5メートルぐらいあるんだ。まるっきり遠すぎる。
 せめて、あと1mくらいにまで近づいてきてくれないかな・・・。
 あせりながらも僕は一生懸命に考えた。
 その時、ぼくは急に思いだして、ポケットに手を突っ込んだ。確か、まだ少しだけ残っていたハズだ。
 探ってみたら、あったあった!
 図鑑によるとキジバトの食べ物は木の実だ。お米も食べるかもしれなかった。
 でも思ったより少ない。ぜんぶ、片手ににぎりしめ、真上にむかって思いっきり放り投げた。
 パラパラッとお米が、けやきの葉っぱにあたって音を立てる。
 どうか降りてきてくれ!心の底からぼくは思った。
 するとそののキジバトが、「バサバサササッ」といきおいよく地面まで降りてきた。ぼくは驚いたが、すかさずその意識を探る。
 今度はうまく見つけた!そしてチャンスをのがさず、その意識のそばに寄り添う。どうかうなずいてくれますように・・・。
 でも、意外にも全てを知っているようにも思えるくらい、キジバトは、ぼくのことを受け入れてくれた。嫌がる気配はない。
 一羽だけしかいなかったのも、うまく行った理由かもしれないね。キジバトは一匹でいることも多いらしい。
   *
 たのむっと、お願いして、空中へと舞い上がる。
 よしっ!飛んだ。ぼくは、初めて空を飛んだ!
 まずは高く飛んでと、お願いする。いきおいよくキジバトは羽をはばたたかせグングン上昇していく。
 もう、けやきの木が、あんなに下に見える。とにかく、このキジバトにたよっていれば、うまくいくかもしれない。
 さっそく森の入り口にむかうようにお願いして、空の中をすべるように、つきすすむ。なんて速いんだ!
 ネコの足でさえむずかしいのに、スピードの乗ったハトの感覚をつかまえるのは、何倍もたいへんだ。
 あっという間に森の入り口の上空についた。それから、ちょっとだけ低いところをゆっくり飛んでもらい、よく目をこらして、ふゆさんが時間をかりているはずの「ムツ」の姿を探す。
 だめだ、まだ高すぎだ。木の葉がジャマで地面が良く見えない。
 頼む、もっと、もっと低く・・・。
 そうしてキジバトに、木の葉の下を飛んでもらう。木の幹にぶつかりそうになってヒューヒューと風を切る音が聞こえる。とても怖かったけど、そんなことは無視して地面の方に集中する。
 ん、ちょっと待って、あれは・・・。
 やぶの中、あの分け入って乱れた跡は、そうなんじゃないのか?
 あわててキジバトに頼んで、十分に気をつけながら近くの木にとまってもらって、あたりの地面を見回した。
 いた!!!「ムツ」が倒れてる。
   *
 あれだ、あれに違いない。見つけた!
 たぶん、ふゆさんも一緒にいるだろう・・・。
 ぼくは、キジバトの目で周りをよく見て、場所を確認したあと、一気に真上に飛び上がってもらって、上空からも見てみた。
 割と森の入り口から近い。人間でも入っていけそうだ。それにあたりにヘビのけはいは無かった。
 ふたたび、たおれたムツのそばに、まいおりてもらう。
 そこで、ムツの前足のあたりに黄色で、30センチメートル定規にもたりない長さの子どものヘビを見つけた。
 ぴくりとも動かない。気を失っているらしい。まさか死んでるんじゃないだろうな・・・?
 そして、これはキジバトの気持ちなんだろうか?なぜだかクチバシで、ベビの子供を突っつきたくなる。
 あれはたぶんヒバカリという小型のヘビだ。図鑑で読んだけど、ヒバカリには毒がない。それに、あの小ささならもし咬まれてもムツなら大丈夫だろう。
 ぼくは、ようやくひと安心して、もう一度、あたりに注意しながら飛び上がってから、「本当にありがとう」ってお礼を言って、キジバトに時間を返した。
 けやきにもたれたまま気がついたぼくは、かるい目まいを感じたから頭を少し振って立ち上がり、さっき場所を覚えた場所へ、自分の足で急いで向かっていった。
   *
 森の中でムツを見つけたのはそのあとすぐだった。空から人が入って行けそうな場所を見てたから、あっさり分かったよ。
 すぐさま、ふゆさんが入っているムツをだっこした。そうしてそのまま公園に引き返そうとしたら、空から「バサバサバサッ」と、わざとっとぽい、とてもはげしい羽の音が聞こえた。それは、まるで「警告」みたいだった。
 あれっ?まだあのキジバトがこの辺を飛んでるのかなって、上を見上げてたら、うしろで「ガサガサッ」と枯れ草をこする音がした。
 ぼくは、なんだなんだ?って思って振り向くとそこには、さっきの小さなヒバカリとは、比べものにもならないくらい。体長90センチメートルはあるだろうか。
「綱」のようにものすごく太い黄色いヘビが、ジッとぼくをにらんでいた。そのそばには、子供のヒバカリがまだ横たわっている。
 ぼくは、背筋が「ゾゾッ」として足がすくみ、しびれたようにその場を動けなくなった。たとえ毒を持っていないと分かってても本当に怖い。それでも頭では必死に考えた。
 これは?もしかして、色も一緒の白っぽい黄色だし。
 親子のヒバカリなのか・・・。
 どうしたらいいんだ。親の方はどう見ても怒っているようにしか思えない。
 もちろん今でもすぐに逃げ出したいくらいに怖い。でも後ろから追いかけられたら・・・。
 そのまま、しばらくにらみあいが続いた後、と言っても、もしかしたらたった数秒ぐらいのことだったかもしれない。
 そしてぼくは、ひとつのカケにでた。
 少し気持ちは悪いが、本当に時間をかりるところまではやらないわけだし・・・。
 勇気を振るって、ぼくは目をつぶった・・・。
   *
 あたりの気持ちを慎重に探る。
 周りの中で一番目立つひときわ大きな意識、怒っているわけではないらしいが、とにかくすごく警戒している。これはヒバカリの親のものか・・・。
 あとは、ぼんやりした意識が三つ、ふたつは慣れているからよくわかる「ムツ」と、その時間をかりてる「ふゆさん」だろう。
 最後のもうひとつ。
 ぼんやりした、その小さな意識はたぶん・・・。
 ぼくはその意識のそばによりそって、やさしく触れる。
「起きてくれ。起きてくれよ、たのむから・・・」
 それに応えはあった。
「・・・・・!」
 ぼくはその意識から離れて、ゆっくり目をあけた。
 目を開けたぼくの目に、目を覚ましたヒバカリの子がスルスルとむこうに逃げていくのが見えた。
 親のヒバカリはそれをしっかりと見届けていた。
 そして追いかけてくる気配がないのを確認するように、しばらく、ぼくと目を合わせたあと、本当にゆっくりとその身を大きくくねらせて、ふりむきもせずにゆうゆうと行ってしまった。
 もしかしてケンカリョウセイバイってことだったのかな?
 ぼくは、ほっとして、そっとその場をはなれた。
 公園までムツをだっこしたまま、ゆっくり歩いてたら、10分近くかかってしまった。
 ここまで来たら、もう安心だなと、ぼくは「はあ、はあっ」と大きく息をついた。
 やっぱりハトって速いよな、でもハトにはムツは運べないからねぇ、なんてぼくが考えてたら、眠ってたムツが、のっそりと起き上がり、ぴょんと地面に飛び降りて、さっさと公園の中に入っていった。
 ん・・・。ということは。
 そう、やっぱりふゆさんは自分に戻っていた。そして、ベンチにすわったまま、ぼくのことをじっと見ていた。
   *
 ちょっと泣きそうな様子の目の前のふゆさん。
 ぼくは「大変だったね、と声をかけつつ、ベンチにすわった。そしたらふゆさんはこう答えた。
「ごめんね。でも、もう少しだったのよ」と言った。
「そうか。おしかったね。でもムツにあやまんなきゃいけないね」
「うん」
「やっぱり危ないことしちゃだめさ」
 ふゆさんは相当こたえでいるようで短く答えた。
「そうね・・・」
「ところで、なにがどうして、ああなってたの?」
「私、その子に時間をかりて、森に入ってから、本当にすぐに小さなヘビに出くわしちゃったの」
「うん。それで?」
「そのヘビはあんまり小さかったから私は怖くなかったんだけど、やっぱりムツには逃げるようにお願いしたわ。でも、ムツは言う事を聞いてくれず、前足のパンチで、その小さなヘビを捕まえようとする気持ちを、がまんできなかったみたいだったの」
「あー、そうだったんだ」
「結局取っ組み合いになって、その時に、前足をかまれてちゃったのよ。びっくりしてムツは気を失っちゃった・・・」
「そうだったんだ」
「それで、このまま時間をかりるのをやめてしまうと、もし毒があったとき、ムツの命が危ないと、私は思ったの」
「でも君こそ、ムツと一緒のままで毒にかかっちゃうって、危険だとは思わなかったの?どうなるかわかんないじゃないか」
「だって!ここでムツを見放すことって、どうしてもできなかったのよ」
 そうやって話す、ふゆさんのようすは、えらく反省してるみたいだった。
「ほんとうに、ムツには悪いことしたわ。次からもちゃんと時間をかしてくれるかな?」と小さくつぶやいた。
「うーん、大丈夫じゃないかな。ムツはヘビなんか平気みたいだし。でも、ムツが子供のヘビを捕まえなくて本当に良かったよ」
「え、それは?」
「君は気がついていたかもしれないけれど、親のヘビが迎えに来てたから、取り返しのつかにことになってたかもしれないよ」
「え!そうなの?」
「うん」
「そう、・・・ほんとうにそうね」
「でもなんでそんなにあせってるの?君は、まえから生き物から借りれる時間だってぼくよりずっと長くてすごいじゃないか」
「・・・」ふゆさんは答えにくそうな様子で、なかなか話し始めようとしなかった。でも、やがてぽつりぽつりとこう言った。
   *
「わたしは転校してきたばかりでさ、前の生き物の友達を全部置き去りにしてきて悲しかった。そして、今じゃ時間をかり慣れた子が少なかったから、あせって増やそうとしていたのかも」
「それから、あんたに対して負けたくない気持ちも、そうさせたんだと思うわ・・・」
「そうだったんだ」
「あのう、ムツと一緒に気を失ってたわたしを見つけてくれてありがとう。でもどうやってあんなに木々のしげみからわたし、いや「ムツ」を見つけることができたの?」
「それはね、ハトの時間をかりたからさ」
「えーっ!ハトってあの空を飛ぶ『ハト』?ほんとうにそんなことしたの?」
「うん、君を見つけなきゃと思って、むがむちゅうだったんだ。できたのは今日が初めてだったよ。だいたい、空を飛ばないハトがいたら見てみたいな・・・」
「あなた、よくできたわね。だって、ハトはネコのにおいが嫌いなんだって思ってた。ネコたちをみてると、地面でえさをついばむハトたちのことを、よくねらってるじゃないの」
「ええっ!そうだっけ?」
 んー。どうやら、これまでうまくハトと仲良くできなかった理由のひとつはそう言うことみたいだ。
「なるほどね、そういうことか。わかってみればれば大したことじゃなかったんだ」
「ハトに時間をかりるなんて、わたしなら思いつきもしなかったわ。だってわたし高いところは苦手だもの・・・」
「ふゆさんって、意外と苦手なものが、多いんだね」
 ぼくがそう言ったら、ふゆさんは少し笑って、恥ずかしそうにうつむいちゃった。
 そして「あっ。そういえば、私が森の入り口に行く時に、体を見守っててねって頼んだのに、約束破ったでしょう?ゆるさないからねっ!」って、笑いながらだけど逆に文句を言われちゃった。
 ふゆさんは、本当にメンドウな性格してるんだなぁ。もー。
 なんにせよ、よかった。ふゆさんも落ち着きを取り戻したみたいだし。
 そうだ。あの時、ヒバカリの親がいることを教えてくれたのもあるし、キジバトにもカッコイイ名前をつけて、お礼のエサも用意することにしよう。
 ぼくは感謝の気持ちでいっぱいになって、そう思ったんだ。
   *
 これでぼくの打ち明け話は、ほとんど終わりだ。全部、数十年前の昔のお話なんだけど、最後まで読んでくれてありがとう。
 ちなみに気になっている人もいるかもしれないから教えると、キジバトの名前は「クシバ」にしたよ。9番目の仲間=キジバトだから。やっぱりありきたりかなぁ。それから、やっぱりお米が一番好きみたい。
 でもあれ以来、クシバに時間をかりることは一回も成功していない。あの時だけ、僕のことを見るにみかねて、時間をかしてくれたのかもしれない。たぶんあいつは賢いんだね。
 それからはやっぱりネコが苦手なのかなと思って、ぼくもあまり追いかける事はしなかったよ。
 でも、せめてもう一回でいいから一緒に空を飛んでもらいたいかな。
 例の野原には、もう何回もふゆさんと歩いて行って過ごしたよ。小学校を卒業したあともね。ふゆさんも気に入って、喜んでくれた。もちろん、ちゃんと遠回りして、お弁当を持ってね。
 最後にだけど、ぼくは小学校の頃から国語が苦手だった。まあ、理科とか算数はわりと好きだったけれどね。そして、それは大人になった今でもそうだ。
 だからこのお話はふゆさんにまとめてもらったんだ。
 もうわかったかな、ぼくの上の名前は「高野」、奥さんの名前は「ふゆ」というんだ。それじゃあね、バイバイ!

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