《コソボ情報》 コソボ共和国での食事
世界で2番目に新しい国
複雑な歴史を乗り越えて産声を上げた、新しい国の食べ物
文・撮影/市川路美
紛争を経てほぼ独立
皆さんはコソボ共和国をご存知でしょうか。2008年に独立を宣言したヨーロッパで最も新しい国、世界でも2011年に独立した南スーダンに次いで2番目に新しい国です。バルカン半島中央部に位置し、セルビア、北マケドニア、アルバニア、モンテネグロに囲まれた内陸国。岐阜県と同じくらいの大きさの国に(面積1万887平方キロメートル)、188万人の人達が住んでいます。独立する前はユーゴスラビアに属し、正教会を信仰するスラブ系民族主体のセルビア共和国の自治州でした。
ところがコソボの住民の90%以上が民族的、そして宗教的にも異なるイスラム教徒のアルバニア人だったので、1981年頃から分離独立を求める声が強くなっていました。1991年にユーゴスラビア内戦が起こると独立の要求が更に高まり、1998年にはコソボ紛争へと発展します。ユーゴスラビア連邦人民共和国の解体が本格化すると、武力衝突はいっそう激しくなり、NATO(北大西洋条約機構)が介入するほどの事態となりました。
こうしてコソボ紛争は、世界を巻き込む大規模な戦争となったのです。アメリカ主体のNATO軍によるセルビアへの空爆が始まり、軍事行動は11週間続きました。国際社会からの圧力にも抗えなくなったセルビアは、ついにコソボから撤退します。そして2008年、コソボ議会はセルビア共和国からの分離独立を一方的に宣言しました。
コソボが独立までこぎつけられたのは、ひとえにアメリカの強力な後ろ盾があったからです。そのためコソボにとってアメリカは、絶対的なヒーローとなりました。世界でこれほどアメリカ好きな国民は存在しないかと思います。
独立を果たしたものの、国連加盟国193か国のうち日本を含めた114か国の国々しかコソボの独立を承認していません。コソボをまだ自国の領土とみなしているセルビアをはじめ、同じスラブ人としてセルビアと歴史的に深い結びつきがあるロシア、そして国内に少数民族の独立問題を抱えている中国やスペインなどの国々はコソボの独立を認めていません。そのためコソボ共和国は国連やNATOなどの国際機関への加盟を一番の目標に掲げています。
戦争が終わり独立し、平和となったコソボ共和国ですが問題は山積みです。コソボはユーゴスラビア時代から最も開発が遅れていた地域でした。ヨーロッパ最大級の亜鉛鉱山をはじめ鉱物資源はあるものの、設備投資が全く進んでいません。
耕地に適した土地も多いのですが荒廃しており、技術や設備不足もあって上手く活用できていません。それでも主要産業は大麦、小麦、タバコ、トウモロコシなどの栽培。しかし小規模な家族経営がほとんどです。
独立はしたものの、コソボには一国で自立できる経済的基盤が全くないのです。多大な貿易赤字を抱え、電力不足も深刻です。中でも一番問題となっているのが若者の失業率。60%近くにまで及んでいます。運よく仕事にありつけた人でも生活は苦しい。コソボ国民の平均月収は5万円に届かず、ヨーロッパで一番貧しい国となっています。
コソボ共和国の食べ物
そんな世界で2番目に新しい国、コソボ共和国の料理とは一体どのような食べ物なのでしょうか。
人口の90%以上がアルバニア人なので、アルバニア料理とほぼ同じです。とは言っても、アルバニアもマイナーな国なので、アルバニア料理と言われてもどんな料理なのか想像がつかないかと思います。トルコ料理に近いと言えば、少しはイメージがつかめるでしょうか。
ほとんどの国民がイスラム教徒ですが、コソボ共和国は驚くほどイスラム色が薄い国です。イスラム教徒の女性に着用が義務付けられている、頭や体を覆う布「ヒジャブ」を着用する女性は殆どいません。
イスラム教徒の義務のひとつである1か月の断食(ラマダン)期間もかなりゆるいです。イスラム教では飲酒が禁じられているにもかかわらず、コソボ人は普通にレストランでビールを飲んでいます。なんなら国産ブランドのビールまであります。ちなみにコソボの国産ビール、ペーヤ(PEJA)はコクのあるピルスナーで、かなり日本人好みの味。
ただ、イスラム教が禁止している豚肉は何故か食べません。一番愛されているのはラム肉。しかし近年、羊肉の値段が高騰しているので、ラム肉は結婚式などの特別な日のご馳走となってしまいました。
海に面していないので、魚介類はほとんど食べません。一部の地域ではマスなどの川魚を名物にしていて、日本のマスよりサイズが大きく食べ応えがあります。
コソボ共和国は大陸性気候のため、野菜類は夏の間しか収穫出来ません。そのため秋から冬にかけては、夏の間に収穫し保存した漬物をよく食べます。唐辛子、キャベツ、トマト、キュウリ、カリフラワーが一般的です。
ほとんどアルバニアな料理ですが、コソボ発祥の国民食も存在します。フリアと呼ばれるコソボ風ミルクレープ。小麦粉を水で溶いた生地を薄く伸ばして焼き、バターやヨーグルトのクリームを塗ってから、再び生地を薄く伸ばして焼く。これを繰り返してミルフィーユのように何層にも重ねます。コソボ共和国のソウルフード的存在で、特別な日には必ず決まってフリアを食べます。
何故フリアはコソボの人達にこれほど愛されているのでしょうか。伝統的なフリアは野外で焚火のまわりに大人数が集まり、直径1メートルくらいある大鍋を使って作ります。沢山の人と分け合う食べ物、そして作るのに時間がかかる料理なので、フリアだけでなく一緒にいる時間も共有できます。何よりも、安い食材で作ることができ、腹持ちも良い食べ物なので、貧しい家庭の多いコソボでとても重宝される食べ物となりました。
コソボの人達が日々食べている物
コソボの人達が日常的に食している料理はピテです。コソボに限らずバルカン半島一帯で食されている伝統料理で、小麦粉に水を加えて作るパイ生地で具材を包んで焼いた料理。生地の薄さが特徴的で、後ろが透けて見えるくらいの極薄。この薄い生地を何枚か重ねて1枚にし、具材をのせてくるくると海苔巻きのように巻きます。その海苔巻き状の生地を型の中に渦巻のように巻き入れて焼き上げます。
中の具材はホウレン草、チーズ、ひき肉が基本で、どのお店でも必ずこの3種類は存在します。基本の具材に加えて、季節によってはカボチャなど旬の野菜を使った具も登場します。
コソボ特有の具材と言えば、キャベツの酢漬けでしょうか。ひき肉の入ったピテは、かなり餃子感があります。パリパリに焼かれた皮とジューシーなひき肉の組み合わせは最高です。日本人なら絶対に大好きになる料理かと思います。
ピテはレストランではなく専門店で食べます。安くて美味しいので、コソボの人達は毎日のように食べ、家庭で手作りする人も多いです。ビールにも合いそうな料理ですが、コソボの人達はピテは必ずトルコ名物のヨーグルトドリンク、アイランと一緒に食べます。
コソボを代表する料理、フリアやピテをはじめ、コソボの食べ物は小麦粉と油が中心です。ヨーロッパで最も貧しい国なので経済的に苦しい家庭が多く、必然的に安い食材を中心とした食事内容となります。
冬はトルコ料理の影響を多大に受けたレンズ豆のスープを大量のパンと一緒に食べます。
コソボ共和国は、まだ産声を上げたばかりの国。経済が安定してくれば、少しずつ独自の食べ物も確立していくのではないでしょうか。
(2023年6月30日発行「素材のちから」第49号掲載記事)
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