求めよ、さらば与えられん

何を求めたら良いのかわからない

就職、入学、卒業、何においても「主体性」だの「なりたい自分」だのを要求されるが、大したものをお出しできたことはない。口八丁手八丁、見た目が真面目そうで真面目そうなことを真面目そうにできる人間なお陰でなんとかなっているだけ

久しぶりに超絶BAD、意味もなく涙が出続けて逃げ出したい気持ちに駆られる夜を迎え、成長してないなあとがっかり半分、久しぶりに会えて嬉しい気持ち半分

夜更かしをしているわけでもないこの時間帯でこれなのだからもう終わっている

自殺した方の残したノートみたいな本ばっかり読んでいて、というかそういう本を薦められがちなのだが、BTB溶液の話がどうやらインパクトがあったらしい 

だからかなんでか、自殺という行為が自己実現の一つに思えてしまってたいへんに良くないなと思う次第である
自殺をすると何者かに簡単になれる気がしてしまう
けれど、そんな動機の自殺って全然美しくないのもわかる
あくまで思い悩み、思い詰めて、追い詰められた末でないといけない
ひとつの自己を達成する手段、ひとつの自己表現としての自殺、という枠組みは大変に危うい

ここまで書いてて、自殺に美学があるような人間だと思われたり心配されたりするかもしれんが大丈夫です 今日の私は特に落ち込んでいて明日のミーティングが億劫な、自分一人で勝手に苦しみ勝手に嫌になっている人間なだけで、他の人よりちょっと考えすぎてしまうだけです

恋人もどきを適度に振り回してしまう理由についても考えたけどよくわからなかった 多分自分のクソさがわかっているから相手にそのクソさを理由で拒絶されたくないから先手を打っているのだと思う、それにしたって引かない相手、これが恐ろしい、恐ろしい妖怪
そんなことを許容できる人間はいるはずがないと思っている
承認欲求だの癇癪を起こすことだの、恐ろしく面倒でしんどいことを「いいよ」と言う、これ、恐ろしい生物である 恐ろしい

大いなる寛容と許容とに苦しめられる、許されたいとか思っていたくせに
聖人に苦しめられる悪役、絵に描いたような悪魔な私、私は許しではないなら何を求めているんかって

こういう、「私が求めているのはこれのはず」を満たしても、「これではなかった」を繰り返している、本当は何も求めていないのか、ただホルモンの働きとかそういうのにすぎず、結局肉体があって精神があるのだからということなのか

明るく肯定的なものは信用しきれず、否定的なものの方が本物と思ってしまう悲しい感性、早くどこかに行ってほしい

ネトフリでドラマを延々と流して、主人公が自傷していて、クレジットで「自傷行為に悩む人へ」のリンクやらが出てきてそれだけで泣いた 自傷行為をしたことはないので何がそんなに私の涙腺にきたのかはわからない

本を読んで線をひいたところを大好きなモレスキンのノートに書き写していて過ごした、卒研の進捗は全くない 助けてほしい 卒研、勝手におわんないかな〜


だれもが自分に対する別様の読みを求めて沈黙の叫びをあげている。

シモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』岩波書店 二十九 読み

おしまい

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?