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【小説】『消えたモノ』

「天谷先輩、これは何ですか?」

目の前の机にどさっとおかれた紙束を見ておれは訊いた。相手は二年の天谷みやこ先輩。うちの部活の部長だ。
「見ればわかるだろう。三条くん。文化祭の収支表企画説明図その他資料だよ。先日の文化祭で何をしたか記録するためのものだ」
「うちの部はもう全部提出したはずじゃ……」
「ああ、だがそれだけじゃ終わらないぞ。全クラス・部活の収支を計算して資料にまとめて会議に提出しないといけない」
何を当たり前のことを、と言わんばかりの表情だ。
「それは生徒会と文化祭実行委員の仕事では?」
「?そうだけど」
「先輩、ここ何部か知ってますか?」
「図書部だろ?私は部長だぞ?」
「だったらなんで文化祭実行委員とごっちゃになってるんですか!」
先輩の因果関係完全無視の発言に突っ込む。すると先輩はまるでスキップできないようつべの広告を流す時のような、とてつもなくめんどくさそうな目でおれを見る。え?なんか間違ったこと言った?
「三条……。小さいことを気にしてるようじゃ早くに禿げるぞ」
「いやだっておれらの仕事じゃないじゃないですか」
助けを求めるように同じく一年の仲間、閑籠に視線を送る。彼は手に持っていた文庫本を下ろし、たっぷり間を取って口を開いた。
「…………働きたくない、です」
「ほら、閑籠もこう言ってるし」
「しぃずーかぁごーぉ。お前はやる気がなさすぎだ。たまには労働してみろ!」
「ていうか結局なんでうちの部活がこれやるんですか?文実さぼってんですか?」
「ああ」
「えええええぇー」
「正確にはサボってた、だな。教員側に明日までに出さないといけないのを忘れてたらしい」
「いやそれ、正直に言って期日伸ばしてもらえよ……」
「文実の顧問が猪原だからなぁ」
「嗚呼……」
猪原は割と昔気質の先生で細かいことでもしょっちゅう怒る。その上ボロクソに怒鳴ってきて、しかも非は叱られる側にあることばかりなのでやられるがままにならないといけないという、これまた大変めんどくさい教員である。
「あたしの友達に文実の奴がいるんだけど、泣きつかれてな。仕方ないからやってやってくれないか」
「先輩がやるのは別に自由ですけどおれらまで巻き込まないでくださいよー」
「……別に僕はいいですよ」
意外にも閑籠が言った。
「……猪原のウザさは僕が多分学内で一番知ってるんで」
ああなるほど。確かに閑籠は課題とか提出するときにしょっちゅういちゃもんをつけられていた気がする。めったに暴言を吐かない閑籠が以前に「……猪原……両宮山古墳に埋葬されて氏んでろ……まじで」って毒づいてたのを見た。ちょっと怖かった……。
「そーかそーか!閑籠はやってくれるか!ありがとう!」
さて、こうなってくると矛先はこっちへ向く。
「やればいいんでしょ。やりますよ」
さすがにこの状況下では逃げられない。しかしうちは図書部。特に大した活動することなく、個々に読書してたまに雑談して下校時間になったら帰るだけ。しかも内容は文化祭雑務、生徒のする仕事の範疇だ。三人もいれば一時間足らずで終わるだろう。


と、思っていたのが甘かった。
全然終わらない。まずPCが一台しかないから効率全然上がんない。各部活が事前に提出しているものと結果報告の内容がところどころ食い違っている。計算してみたら金額が合わない。手書きの資料だから見ずらい。あとそれをパソコンに打ち出すという作業そのものがめんどくさい……。
閑籠はパソコンの扱いには手馴れているようで結構な速度で打ち込みを終わらせていくのだけど、如何せん量が量だ。おれは横から「其処誤字ってる」って突っ込むくらいしかやることなくてなんか申し訳ない。


「閑籠、交代しようか?もうお前一時間半はぶっ通しでやってるぞ」
「いや……まだ大丈夫。もうちょっとしたら代わってもらうよ」
「おっけい。適当なとこで休めよ」
「うん」
「そうだ、コーヒーでも淹れようか?どうせおれの仕事誤字チェックだし」
うちの部室、なぜか電子ポットがある。天谷先輩も知らないくらいには前の代の人が購入したみたいだ。これ使ったら学校の電気の盗電扱いになるんじゃないかとおもったら、ちゃんとポットに『図書部備品』ってシールが貼ってある。常々よくこんなものが備品認定してもらえたなとは思う。
「……じゃあお願いするよ」
「おー任せろ」


コーヒーを飲みながら二人で少し休憩をはさむ。
「……無理じゃない?この仕事量」
「おれもそう思う」
「――終わらなかったら怒られるかな?」
「さすがにそれは大丈夫だろ。もともと文実の仕事だし」
急にドアが開く。
「働いとるかね諸君!!」
「「げ」」
「おいおいまったく。君らは私抜きで休憩なんかして!」
仕事を持ち込んだ張本人はそう憤慨する。うざ(本音)。
「あ、まだお湯残ってるんでコーヒーほしければ作ってください」
「え?閑籠、作ってくれないの?」
「……僕ら仕事に戻るんで」
「そそつ君そ奴」
「……なんて?」
「そうかそうかつまり君らはそういう奴だったんだな!の略だ知らんのか」
「絶対わかりませんよそれ。それより先輩のほうはどうだったんですか?企画書がおかしいとこ全部回ってこれたんですか?」
「ああ、遅いとはいえ、最終下校時刻は過ぎてないからな。誰かしら残ってる人がいたからそこから連絡をつないでもらった」
そういって資料が散らかった机の上に数枚のプリントを撒く。
「企画報告書のほうは私がやっておく。君らは会計のほうと来場者のアンケート集計を頼む」
「アンケート集計まであるのかよ……」


最終下校時刻から一時間経過。湯を何度か沸かし直して、飲んだコーヒーは何杯目だろうか。
「……部長、プリントの上にコーヒー置くのはいいですけど、こぼして全部おじゃんにしないでくださいね」
「わかってるっての」
机の上はもう混沌だ。特に集計し終わったアンケート用紙が邪魔でしかない。そこへ、
「おーい天谷ちゃーん、終わりの兆しは見えてきた?」
がらっと。ドアが開いて、部室にふわふわっとした雰囲気の子が顔を出す。
「いや全然全くだ」
「そんなかっこつけて言われても……。文実のほう余裕出てきたから、預けてた仕事何個かこっちでやるよ」
ああ、文実の人ですか。そうですか。いいんですよ全部持ってっても。といったところでそうなるはずもなく。
「うわぁ作業環境汚ったないなぁ」
ぶつぶつ言いながらごそごそとプリントの山をあさっていくらかの紙の塊をごっそり持ってった。さっきの言動の数々、この人本来は自分たちの仕事だったってこと忘れてんじゃない?
「じゃあ、引き続きよろしく~。っっとぉ!」
名も知らぬ文実の先輩が教室から出ようとしたとき、入ってきた女子にぶつかった。
「あふ。ごめんなさ」
「天谷ィ!」
文実の先輩には目もくれず、入ってきた女子は天谷先輩を呼びつける。そして机の上に一枚のプリントをたたきつけた。
「なんだよ」
「こっちのセリフだ。お前企画書があたしたちが渡したのと違うじゃないか!一回出した後取り消して出し直したはずだぞ!これが企画書だ!報告書と食い違ってるんじゃなくて!」
「知らないよ。あんたたちの提出しなおしたものはこっちのデータにない」
「なんだって!」
「おいおい、無茶を言わないでくれよ。あとこっちにケチ付けるのはよくないな。うちのバックには生徒会と文実がついてるんだ」
ギャーギャー、ワーワー。しょうもないバトルを十分ほど二人は続けた後、
「覚えてろよ!」
「OTOTOI=KIYAGA=RE!」
という小学生並みの罵声で入ってきたほうの先輩は出て行った。
「……めんどくさいですね。あれ誰ですか?」
キーをたたく手を一切止めずに閑籠が訊く。
「二年三組のクラス代表、柴崎だよ。ったくあいつは前々からめんどくさい奴でな。今回だって企画書と報告書の内容が違うって言ってんのに企画書のほうが間違ってるだのなんだの……」
「……」
きっといま閑籠はこう思ったんだろう。「僕がめんどくさいって言ったのは二人とものことです。争いは同じレベルのもの同士でしか発生しませんからね」だ。なんでわかったか?おれも同じようなことを思ったからだよ。


しばらくして、
「あれ?」
と先輩が慌てだす。
「どうしたんですか?」
「私がさっき集めてきた、生徒会資料の穴埋めのメモがない」
「その辺埋もれてるんじゃないですか」
「いや……確かにそこに置いといたはずなんだが」
「仕方ないですね……これ以上仕事、増やさないでくださいよ帰りますよ」「ごめん待って」
やれやれ。仕方なしにメモらしきものを探すのだけど、全然見つからない。プリントの山の上にあったポットとコップその他障害物をどかして片っ端から見る。
「どんな感じのですか?」
「確かA4のコピー用紙に青インクで手書きだ」
「ありそうにないですけどね……」
「そんなはずはない。現に私のパソコンにはそのメモをもとに作った資料が入力されているからな」
「ええ……」

「そうだ!間違えてあの文実の人が持ってっちゃったんじゃないですか?」
「ああ、確かにその可能性はあるな」
言うが早いか天谷先輩は携帯電話を取り出してコールする。
「……そうか。……ああ、頼んだ」
「ダメでしたか?」
「ああ、一応意識はしてみてくれるらしいが、ぱっと見た感じは見つからないそうだ」
「文実の部屋行って漁ってきましょうか?」
「いや、文実のほうが人数は多いし下手に仕事を邪魔してしまったら元も子も……邪魔?」
「ん?どうしたんですか?」
「ふっふっふ。わかったぞ、なんでメモが消えたのか!」
「先輩の不注意でしょ?」「黙れ」「ウィッス」
「しかも私の予想が正しければ、これは私の不注意ではない!第三者の悪意によるものだ!」
「」は?
「まずこの部室に入ってきたのは部員である私・三条・閑籠に加えて二人。芽衣子――文実の子と三組の柴崎だ。芽衣子は私たちに仕事を頼んで来た側の人間。私たちを邪魔するメリットは一つもない!」
「そりゃそうですが……。だからって柴崎先輩?でしたっけ。あの人がわざとやったってのも無理がある気が」
「いーやあいつだね。思い出してみろ。あいつは企画書もどきをもって部室に来た」
それは確かに覚えてる。机の上にそれたたきつけてたからな……って、ゑ?じゃあその時に、
「そうあいつはプリントを何枚か持って帰る機会は確実にあった。いちいち企画書が三枚だったか四枚だったか将又五枚だったか……なんて覚えていないからな」
「しかし、自分たちの要求が通らなかったからってだけの理由でそんな嫌がらせしますかね」
「女子を舐めんなよ?あれは自分の思い通りにならない標的にダメージを負わせるためなら手段を択ばない生き物だ」
そこまで言わなくても。ブレーキの壊れた天谷先輩は続ける。
「あいつ……、いつも校内順位二位だからって学年一位の私にこんな方法で攻撃するなんて……。そっちがその気ならこっちだって考えがあるぞ。こっちはバックに生徒会ついてんだからな⁉」
なるほど二つ前の先輩のセリフは本人によって立証されたようだ。
「動機も手段も十分だ。容疑をかけられても文句は言えんぞ!」
「ちょっと暴論な気はしますけど」というぼくのささやかな呟きはきっと先輩の耳には入っていない。
「ようし、あいつのところに行ってさっさと紙取り返してくる!」
「まだ下校してないといいですね。あとまだ決定的ってわけじゃないんで極力穏便に……」
「……会計資料作成、終わりましたよ」
ッッターン!とひときわ強くエンターキーをたたいた閑籠が大きく伸びをする。そしてプリンタがガコガコ音を立てて書類を印刷する。
「ああ、すまんな。お前が働いてくれてるのにこっちはごちゃごちゃしてて」
「それは構わないんですが、会計の分チェックした人のサインいるらしいんでお願いします。計算は百パーあってるんでサインだけでいいですよ」
「んな雑な」
と言いつつも、おれも天谷先輩ももう一周検算する元気はないので署名だけ残す。これが図書部クオリティ‼
「……部長、ボールペン借りていいっすか?」
「いいぞー」
デスクに向かってポイっとボールペンが飛び、閑籠がナイスキャッチ。
「ん?……」
だけどなぜか閑籠は署名しようとせずに何かを思案しているようだ。そして「……ああ」とポンと手を打った。
「どうしたんだ閑籠?」
「いや……」
立ち上がって机の上をごそごそ漁る。そして一枚の白紙のコピー用紙を取り出した。
「部長、どうぞ」
「どうぞってお前、ナニコレ」
「……部長が探してたメモですよ」
「いや、白紙じゃん」
「よく見てくださいよ」
「「え?」」

「「・・・あ!」」
よく見ると、その紙にうっすら文字が見える。書かれてるというより刻まれてるという感じだ。だけどその内容を見た限りでは、先輩が無くしてたメモだとかんがえていいだろう。
「もしかして」
「うん、このボールペン、消せるやつ」
「そういうことかぁ」
「ということは、柴崎はわざわざ私のメモをどさくさに紛れて消していったってことか!」
「いやいや!そんななわけないでしょ。そんなあからさまなことされてたらぜったい気付くわ」
「……その通りです。……おそらく今回の件柴崎さん関係ないんで」
「じゃあなんで文字が消えてるんだ?いくら消せるペンでも、誰かが消そうとしなきゃ消えないぞ」
もっともな疑問を先輩が発した。すると、閑籠は黙って一つのものを指す。
「ポット?」
「そのペンって熱で消えるんですよ。あのポット、ポットっていうよりヤカンみたいなとこあるから、二人とも書類の上においてたでしょ。たまたま下に敷かれたのが……」
「私のメモだった、ということか」
「……そういうことみたいですよ、部長」
確かにそのコピー用紙にはポットの底の跡みたいなものもうっすらとついていた。
なるほど、消失したのは、「紙」じゃなくて「文字」だったわけだ。


消えたとはいえ、予備のメモはもう無いので、先輩は自分の文字の跡を頑張って読みながら作業している。
「じゃあ、おれらはほかの作業終わらせたんで生徒会に出して借りますね」
「わかった。私のほうもぼちぼち終わりそうだ」


おれは二人で廊下を歩きながら閑籠に言った。
「しかしよく気付いたな」
「……会計の署名でフリクションを使うわけにはいかなかったから、それのつながりで、って感じ」
「ああ、なるほど。しかしそれでもおれはそれだけじゃあの結論には至れないけどな」
生徒会室のドアを開けると文実がかちゃがちゃ仕事をしている。
「これ、図書部で受け持った一部です」
「ありがと~……」
ふらふらと、件の文実の先輩が受け取る。
「二人はもう帰るの?(意訳:まだ仕事残ってるし手伝ってくれてもいいよ?)」
「はい(確固たる意志)」
「お疲れ様……」
何か言いたげだったが、そのまま何事もなく生徒会室を後にした。
背後から「帰りたいからしぬ~!」という支離滅裂な思考・発言が聞こえた。「そ~ですかぁ!でもしなないでくださいねー!」と激励を返し、おれと閑籠は帰路に就く。

こんな平穏な明日が、例のペンのインクのように消失しないことを心から願う二人であった。

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