アート業界とスタートアップ業界は似ている? VCとギャラリー編

はじめに

こんにちは! アーティスト・インディペンデントキュレーターとして活動している半田颯哉です。

今回より「アートワールドへの招待」と題して、アートやアート業界についてのあれこれを紹介していきたいと思います。少しでもアートについて知りたい皆さんの助けになれば幸いです。

「アート業界とスタートアップ業界は似ている」なんてことを言っている人は決して少なくないと思うのですが、1年ほど前にはこんな記事も出ていました。

かくいう私もアート業界を説明するときの喩え話としてよくスタートアップ業界を引き合いに出します。結論から言ってしまえば似ているところも似ていないところもあると思っていますが(業種が違うので当たり前)、決して似て非なる遠い存在だとも思っていません(思っていたら喩え話に使ってません!)。

そんなわけで今回は、アート業界のインサイダーの目線から、アート業界とスタートアップ業界の共通点、特にVCとギャラリーの共通点についてお話ししていきます。

シード期としての若手アーティスト(アーティストが世に出ていくまで)

ざっくりと言えば、美大や芸大を卒業した若手アーティストたち(もちろん、アーティストへの入り口は美大・芸大以外にも開かれています)は、まず「コマーシャルギャラリー」での展示を目指します。「コマーシャルギャラリー」というのは、一般的には「画廊」や「画商」と呼ばれるもので、ただ「ギャラリー」とだけ呼ぶこともあります。

自分の作品を展示して欲しい若手アーティスト・アーティストの卵たちはギャラリーのオーナーや関係者に作品集を見せて、自分の作品がどれだけ面白いか、どれだけ将来性があるかをアピールするわけです。

また、「展示」と一口に言いましたが「コマーシャル」=「営利目的の」ギャラリーなので、ギャラリーはただ作品を飾るだけでなく、作品の販売まで含めて行います。
(そうです、実は街中にあるギャラリーに飾ってある作品は売っているのです)

では、アーティスト側からギャラリー側に視点を変えて言い換えてみましょう。ギャラリーは有望な若手アーティストといち早く出会い、そのアーティストの作品をコレクターに販売するのが仕事と言えます。

ところで、特にシード・アーリー期対象のVC(ベンチャーキャピタル)の仕事って簡単に言えば、アイディアを持った起業家たちと会って事業プランを聞き、有望と判断した起業家に出資する、というものですよね。この構図、若手アーティストとギャラリーの関係と同じじゃないですか?

VCとしてのギャラリー① ”ブランド”

ギャラリーの仕事について、もう少し掘り下げてみましょう。

ギャラリーの主な仕事はアーティストを発掘し彼らの作品を販売すること、つまり作品の委託販売を通してアーティストに利益を還元することですが、これはアーティストに対する責任です。

事業者は仕入先とだけではなく、販売先にも責任を持ちますよね? 「うちはこの牛肉を仕入れて売っただけで味については知らない」なんてスーパーは、「あそこのスーパーの肉はいつもおいしくないので買わない方がいい」と噂されて客足が遠のいてしまいます。

ギャラリーにとっても同じで、アーティスト(=仕入先)にだけでなく、コレクター(=販売先)にも責任を持っています。「あのデパートで買った肉なら間違いないね」と言われるように、「このギャラリーはいつもいいアーティストを見付けてくる」と言われれば、ギャラリーがコレクターに責任を果たせていると言えるのではないでしょうか。

極論を言えば、Y Combinatorが出資した企業なら多分面白いんだろう、って感覚ありますよね。デパートにブランド力があるように、VCにブランド力があるように、ギャラリーにもブランド力があるわけです。

しかし、お肉とアートでは異なる部分が一つあります。お肉は消費財ですが、アートは資産です。となると、ギャラリーがコレクターに持つ責任には、「売った資産の価値を上げていくこと」も含まれます。

そしてこの点こそが、ギャラリーとVCをより似ているものにしています。

VCとしてのギャラリー② アーティストの価値を「育てる」

ギャラリーの持つ役割の一つに、アーティストの価値を育てていくことが挙げられます。

重要なのは、「アーティストを育てる」ことではない、ということです。アーティストが作る作品について、「こうしたらもっといいと思うよ」というような助言をすることや、アーティストの悩み相談に乗ることもあるとは思いますが、あくまで作品作りはアーティストの領分。ギャラリーの役割は「アーティストの価値を育てる」こと、つまりマーケティングやプロモーションにあたります。

アートのプロモーションで重要なこと、それは「数」ではなく「質」です。言い換えると、どれだけの多くの人に知って貰えるようにするか、ではなく、どれだけアートに関わる人の中で評価を得られるかです。

ギャラリーが扱ったアーティストについて、アートメディアで取り上げさせたり、有名な批評家に評価させたり、美術館で展示されるよう売り込んだり……こうしてアートとしての評価を上げていくことで、アーティストの価値を上げ、ひいてはアーティストの作品の価値を上げていきます。

さて、VCと比較してみましょう。

VCは起業家に「出資して終わり」だけでなく、ときにハンズオンで支援していくこともあると思います。それはもちろん、投資している事業の成功率が上がれば投資分が回収でき利益も上がるからだと思うのですが、ではなぜ利益を上げる必要があるのでしょうか。

VCは自分たちの利益のためだけでなく、VCに出資しているLP(有限責任組合員)にも責任を持っていることと思います。LPが出資してくれた資金を起業家に投資して、その事業の成長をサポートしてExitさせ、そして回収できた利益をLPに還元する。

このサイクル、ギャラリーにも言えそうです。

つまり、ギャラリーというのはコレクターから集めた資金でアーティストに投資し、プロモーションによってアーティストの価値向上をサポートして、その成果としてアーティストの作品(=資産)価値向上によってコレクターに還元する。

こうして考えると、ギャラリーにとってのコレクターは、VCにとってのLPだということができそうです。一見、アート作品を販売する小売業のように見えるギャラリー業ですが、見方を変えればVCと同じく投資業でもあるのかもしれません。

まとめ

今回は、VCとギャラリーの役割について、「シードの発掘」「ブランド力がある」「出資先を育てる」というところにフォーカスし、アート業界とスタートアップ業界の類似点についてお話ししてみました。もちろん、投資的価値はアートのほんの一側面に過ぎませんが「こういう見方もある」と思っていただければ。なお、VCの業務については大枠でしか把握していないので、勘違い等あればご容赦ください。

ちなみに、冒頭でご紹介した記事中で執筆者の梅木さんがご紹介されている絵画作品を見ると、我々現代アート界の人間は寧ろ「結構古めのスタイルの作品が好きなんだな」と思ったりします。この感覚の違い、非常に面白い部分だなと思うのですが、それだけでなく実はアートの価値を決める重要な要素にも関わってきます。これについてもまた今度、お話ししていきましょう。

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