公民のやかた

 公民館のことを遊園地と呼んでいる人物が今読んでいる詩集の中に出てきたらいいのに。小さな公園のことを遊園地と呼んでいる行政機関はあった。昔住んでたところの行政機関。下町遊園地。昔住んでいた町にある、いくら遊具の品揃えの良い公園だ。初めて聞いた時はたかが公園なのに遊園地と背伸びしすぎな名前を面白おかしく思って、まだ知らなそうな人に吹き込んだり小賢しげにというよりキザにその知識をひけらかしたりした。けれども、他のことに心が対応しなければならなくなってくると、私が熱弁する前にそのことに食いついてくれる人に対して、そうなのよ可笑しいでしょふふふ、ぐらいの達観風情を漂わせて反応した。小賢しげだな、あいも変わらず。
 あの行政機関なら遊園地と名付けるような場所は、この都会の街には沢山ある。それに電気のたくさん弾けているようなホンモノの遊園地も少し電車に乗ればお目にかかれるこの街。確かにあの町は田舎だったから公園少なくて、田んぼばかりのなかに遊具があれば遊園地と名付けるほかないような気にもなる。

 少し大きめのブーツの靴紐の締め付けだけで歩きやすさを補完して今日もここまでやってきた。この青に裏返りそうな白の巨大な豆腐がベコベコといくつか合体したみたいな公民館。滑り台の上でゲームをしている男の子たちも将来ギラギラしてしまうのかな、と目を細めて睨みつけておくことができた。公民館は、住民票写しを受け取ることができる等の行政サービスのカウンターに、案外掘り出し物のある飲み物の自販機、2日前に終わってしまっている魅力的な展示会のチラシなんかが整頓されて並べられた机、子供の頃は無言で門前払いされていた血圧計の置かれた健康コーナー、図書室、畳の匂いが染み出している和室、胸をときめかせるのも束の間わたしには少し高級な月謝のサークル活動のポスター、見ても見ても飽きないたくさんの出し物。やっぱりここは遊園地なのだ。

 私は別段恋愛的な好意を成清君に持ってはいない。強がりではない。ただ、たまには背格好の良い男の子を携えて歩いてみる、という娯楽をしてみても楽しいとは自覚している。だから遊園地に行こう、と誘ってみることにしたのだ。成清君は、性格の深いところで合わない人だから、ちょうど良い娯楽になる。私はこうして密かに彼を今日も丁寧に見下しているのだ。

 結局、成清君のことを誘うことはできないでまた1人でここにきてしまった。成清君は絶対に1人ではここには来ない。そういう素敵な人ではないから、彼は。ところでここの階段の脇には、私たち来館者を信頼してくれていると幸せを感じることのできる小さな遊び心が置かれている。お年寄り、大人、こども、の3人物に来館者はそれぞれ自分を該当させる。該当するところの入れ物に入っているプラスチックのチップを、もう一つの入れものに移す。そうすることで、どのgenerationの来館者がいくらあったか数えることができるのだ。私は溜められた青のチップをジャラジャラと撫でかき回してから、満足げに決められた作法を行った。

 図書室が私の目当てだけれど、今日は驚いてしまった。なぜなら成清君がいたから。本を選んでいた。
「こんにちは!本読むんだね」
「やっほー!意外そうな表情してるなぁ」
 
 これでは、成清君は素敵な人ではないはずなのに狂ってしまう。

 私は本を借りないで再び階段脇のチップ移動カウントシステムの前に佇んでいる。私がさっき移動した分も混ぜて、青色のチップは3枚移動されている。私は1枚を元の貯蓄されている方へと半ば乱暴に移動させた。

 ところで成清くんはちゃんと青チップの作法に従ったのだろうか???

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