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ケーキのサンタを食べちゃうぞ(戯曲)

【これは、劇団「かんから館」が、2018年3月に上演した演劇の台本です】

関東地方に核ミサイルが墜ちた。母が病気で死んだ。混乱の中で、家族たちが京都で葬儀を行う。その翌日の夜の宴の話。


   〈登場人物〉

    田辺譲治 ‥‥ 男、58歳
    坪内琉衣(ルイ)‥‥ 女、25歳、職業不詳
    田辺愛夢(ラム)‥‥ 女、23歳、OL
    田辺笑美莉(エミリ)‥‥ 女、20歳、大学生
    城島悟 ‥‥ 男、20歳、大学生
    ウエイトレス ‥‥ 女、20代?


  3月のとある夜。
  京都のラウンジバー。
  無国籍風の店内装飾。エスニックな音楽が流れている。
  テーブルが二つ。女(ルイ)が座って、ウエイトレスと話をしている。

ウエイトレス  五名様ということでしたら、別席になりますが。
ルイ  ああ、それは、入り口で聞いたし。(隣のテーブルを見て)‥‥なあ‥‥ここのテーブル、くっつけたらあかんの?
ウエイトレス  え? ああ‥‥それは、ちょっと。
ルイ  なんで?
ウエイトレス  いや‥‥まあ‥‥当店では、そういうことになってまして。
ルイ  ええやん。ファミレスとかでも動かしてくれるで。
ウエイトレス  ああ、そうですか‥‥ね。しかし、当店では。
ルイ  当店当店って何なん? あんたが決められへんのやったら、店長に聞いてきてーな。店長に。
ウエイトレス  はあ‥‥しかし。
ルイ  しかしも昔もないって。店長に聞いて。店長。
ウエイトレス  はあ。‥‥少々お待ち下さい。

  ウエイトレス、去る。

ルイ  なんやねん。

  ルイ、バッグからタバコを取り出して、火をつける。
  スマホを取り出して、いじり始める。

ルイ  あれ? (奥に向かって)ここ、灰皿ないで。持って来て。灰皿。

  ウエイトレスが、灰皿を持って来る。

ウエイトレス  失礼しました。
ルイ  それで、テーブル、どやったん?
ウエイトレス  あ、それは‥‥あの、灰皿を取りに行ったので。
ルイ  何してんの、あんた。灰皿取るのに何時間かかってるん?そのぐらい、ちゃっちゃとやりーな。
ウエイトレス  はい。すみません。

  ウエイトレス、去る。

ルイ  もう。どんくさいやっちゃな。

  ルイ、タバコを吸いながらスマホをいじっている。
  譲治とラムがやって来る。

譲治  おー。
ルイ  おー。
ラム  おー。
ルイ  おー。
譲治  ビール。とりあえずビール。
ラム  エミリは?
ルイ  一緒じゃなかったん?
ラム  ううん。ちょっと寄る所があるって。
ルイ  ほな、じきに来るやろ。
ラム  ああ。
譲治  おーい、ビール。ビール。
ルイ  ちょっと、待ちなさいよ。
ラム  そうそう。
譲治  いいじゃん。
ラム  よくないって。
譲治  ええー。

  ウエイトレスがやって来る。

ウエイトレス  お決まりでしょうか?
ルイ  まだやって。‥‥それより、席のことどうなったん?
ウエイトレス  あ、それが‥‥やはり、テーブルの移動はご遠慮いただきたいと‥‥。
ルイ  えー。なんで? かまへんやん。‥‥店長に聞いたん?
ウエイトレス  はい。
ルイ  それで、何て?
ウエイトレス  当店は、お客様に落ち着いた雰囲気でおくつろぎいただきたいということで‥‥。
ルイ  えー、だから、みんなでくつろごうと思てるんやんか。
ウエイトレス  はあ、しかし‥‥。
ルイ  あんたやと話にならんわ。店長呼んで。店長。
ウエイトレス  いや、それが‥‥。
譲治  何、もめてるの?
ルイ  このウエイトレスが、テーブルくっつけたらあかんって言いよるんやわ。
譲治  え? それ、どういうこと?
ルイ  そやから、私ら五人やん。私とジョージとラムとエミリとそれからエミリの彼氏の、ええっと誰やったっけ?
ラム  悟君。
ルイ  あー、そうそう、その悟君で、全部で五人やん? でも、このテーブル四人しか座れへんから、そっちのテーブルくっつけてって言うたんやわ。
譲治  ああ。それで?
ルイ  あかんねんて。
譲治  え? どうして?
ルイ  知らんやん。この人に聞いて。
譲治  ふーん。(ウエイトレスに)どういうことなの?
ウエイトレス  あの、ですからですね、当店は、お客様に落ち着いた雰囲気でおくつろぎいただきたくですね‥‥。
譲治  ほー。じゃあ、私たちは、落ち着いた雰囲気ではないと。
ウエイトレス  い、いや、そういう意味ではなくてですね‥‥。
譲治  馬鹿騒ぎとかして店の雰囲気を悪くすると‥‥。
ウエイトレス  いや、決してそういうことでは‥‥。
ルイ  な。ほんま、むかつくやろ。こいつ。
譲治  いやあ‥‥それは‥‥あり得る。
全員  え?
譲治  それは大いにあり得ますな。
ルイ・ラム  はあ?
譲治  たとえば、この関西弁の女。こいつルイって言うんですけどね、こいつは見ての通りガラがよろしくない。オマケに酒癖も悪いときてる。
ルイ  何言うてんの?
譲治  酒を飲んだら、すぐ暴力をふるう。それで、亭主にも愛想をつかされて現在離婚協議中なんです。
ルイ  だから、何言うてんのって!
譲治  こっちの女は、こいつはラムって言うんですが、ラムってね、もちろんあのラムちゃんから付けたんです。うる星やつらのラムちゃん。誰がって? 私ですよ。私。
ルイ  酔っぱらってんの?
ラム  いや、飲んでないはずだけど‥‥。
譲治  そうです! 私は酔っぱらってなどおりません! なぜなら一滴も飲んでませんから。本当に一滴もですよ。でも、やっぱり飲みたいんだなあ。今日はそんな気分なんです。お嬢さん、わかりますか? 男にはね、そんな夜があるんです。
ウエイトレス  は、はあ。
譲治  だから、そんな私にキュッと冷えたビールを持って来てくれませんかね?
ウエイトレス  は、はい。(去ろうとする)
ルイ  ちょっと、待ちいな。テーブルの話はどうなったん? テーブルの話。
譲治  チッチッチッ。呑舟の魚は枝流に泳がず。そんな細かいことにこだわっていては大物になれませんのことよ。
ルイ  おっさん、何言うてんの?
譲治  おっさんじゃありません。譲治さん。ミスタージョージ。ミセスルイ。そんな荒っぽい物言いをするから、お店に嫌がられるんです。クレーマーじゃないかと思われちゃうんです。そうでしょ? ねぇ?
ウエイトレス  あ‥‥はあ。
譲治  ほら、このお嬢さん、すっかりおびえてるじゃありませんか? お嬢さん、おびえなくってもいいんですよ。落ち着いた雰囲気でくつろぐ? いいじゃありませんか。私たちも、大いに落ち着いてくつろぎましょう!
ルイ  ‥‥‥。で、テーブル、どーすんの?
譲治  これと、これ、二つ使いましょう。三人と二人? 四人と一人? 分かれて座ればいいんですよ。‥‥ただ、ちょっと離れてるから、スムーズなカンバセーションには、多少声が大きくなるかな? それは、いいですよね? 落ち着いた大きな声。大きな落ち着いた声ということで。
ウエイトレス  はあ‥‥まあ。
譲治  オーケー。じゃ、決まりね。それじゃビール行きましょう。ビール。キュッと冷えたヤツね。
ウエイトレス  それでは、みなさん、ビールでよろしかったでしょうか?
ルイ  待ちいな。私ビールちゃうし。‥‥そやなあ。チューハイある?
ウエイトレス  申し訳ありません。当店はチューハイは置いておりません。
ルイ  え! どんな当店やねん? 何があんの?
ウエイトレス  カクテルとか‥‥。
ルイ  カクテル? カクテルなんてあんまり飲まんしなあ。何がおいしいの?(ラムに)
ラム  甘いのでいい?
ルイ  うん。甘いのでええわ。
ラム  それじゃ、カシスオレンジ。
ルイ  それ、どんなん?
ラム  オレンジジュースみたいなの。
ルイ  それでええわ。
ラム  それじゃ、カシスオレンジとジンジャエール。
ルイ  え? あんたお酒飲まへんの?
ラム  飲まないこともないけど、今日はやめとく。
ルイ  ふーん。
ウエイトレス  それじゃ、ビールとカシスオレンジとジンジャエールですね。
譲治  オッケーですよん。お姉さん、早くしてね。キュッと冷えたヤツね。キュッと。

  ウエイトレス、去る。

譲治  それじゃ、とりあえずオレたちは、こっちに座ってようか? アベックはそっちで。
ルイ  アベックって。
ラム  カップル。
譲治  うるさいな。アベックはフランス語でおしゃれなんだぞ。
ルイ  そんなテキトーなこと言うて。
譲治  テキトーじゃないって。アベックというのは英語のウィズと同じなの。
ルイ  だから、何なん?
譲治  だから、一緒ってことよ。ウィズは一緒にいるってこと。わかる?
ルイ  ふーん。
ラム  ふーん。
ルイ  だから、何なん?
譲治  何‥‥ってことはないけどさ。
ルイ  ふーん。

  譲治、電子タバコを取り出して吸い出す。

ルイ  何、それ?
譲治  電子タバコ。
ルイ  だっさー。
ラム  もしかして、健康に気を使ってるの?
譲治  別に、そういうことでもないけど。
ラム  じゃあ、どうして?
譲治  いや、こういうの、最近流行ってるからさ、どんなのかなあって試したくなってさ。
ラム  でも、それってニコチン入ってないんでしょ?
譲治  入ってるよ。
ラム  え?
譲治  日本で売ってるのはニコチンゼロだけど、アメリカではニコチン入りのジュースを売ってる。
ラム  それを輸入してるの?
譲治  うん。
ルイ  合法ドラッグみたいなもんやな。
譲治  ドラッグじゃないって。個人輸入は合法だもん。
ルイ  だから、合法ドラッグって言ったじゃん。
譲治  ‥‥‥。
ラム  それって、めんどくさくないの?
譲治  え、何が?
ラム  輸入とかするの。
譲治  けっこうめんどくさい。送料も高いし。
ラム  でしょ?
譲治  うん。
ルイ  それやったら、アイコスにしたらええやん。
譲治  アイコスはタバコだから、税金がかかって値段が高い。
ルイ  それ、税金かからへんの?
譲治  うん。
ルイ  ああ、それで吸ってるんか? せこいなー。
譲治  うるさいな。

  ウエイトレスがやって来る。

ウエイトレス  お待たせしました。
譲治  お、来た。来た。
ウエイトレス  ビールとカシスオレンジとジンジャエールですね。

  ウエイトレス、去る。

譲治  さ、乾杯だ。乾杯。
ラム  こういう時は、乾杯じゃないんじゃないの?
譲治  え? そうなの?
ラム  もう、年寄りの癖に常識がないんだから。
譲治  うるさいなあ。
ルイ  そうやなあ。何とかって言うんやなあ。
ラム  何だったっけ?
ルイ  うーん。
ラム  うーん。
譲治  結局、お前たちだってわかんないんじゃん。
ルイ・ラム ‥‥‥。
譲治  もう、乾杯でいいじゃん。乾杯で。
ラム  ま、いっか。
ルイ  そやな。
譲治  じゃ、かんぱーい!
ルイ・ラム かんぱーい。

  三人、グラスを傾ける。

譲治  うまいねぇ。五臓六腑に染み渡る。
ルイ  これ、ほんまにオレンジジュースやな。
ラム  でしょ?
譲治  おねえさーん。ビールおかわり!
ルイ  ちょっとピッチが早すぎるって。
譲治  ビールは、クイッと飲まなきゃダメなの。クイッと。
ラム  これだから、酒飲みは嫌いなのよ。

  エミリと悟がやって来る。

エミリ こんばんわー。遅くなりました。
悟   こんばんわ。
譲治  おー、来たか。今、練習してたところ。アベックはそっちの席ね。
エミリ アベックって。
ラム  でしょ?
エミリ うん。

  エミリと悟、座る。

ルイ  何にする? この店、チューハイないんやって。
エミリ うーんとねぇ‥‥じゃ、スクリュードライバー。
ルイ  え? 何それ?
ラム  オレンジジュースみたいなやつ。
ルイ  え? それやったら、これとちゃうん?
エミリ 何それ?
ルイ  えーっとなあ‥‥。
ラム  カシスオレンジ。
エミリ ああ。まあ、似てるけど、ちょっと違う。
ルイ  どう違うん?
エミリ 悟は?
悟   男は黙ってドライマティーニ。
エミリ へぇ。
ルイ  それって、どんなん?
ラム  とっても辛いカクテル。
ルイ  辛いって、塩でも入ってるん?
ラム  そういう辛さじゃなくってさ。
ルイ  ほなら、どういう辛さなん?
ラム  ほら、日本酒に辛口とか甘口とかあんじゃん。その辛口タイプ。
ルイ  じゃ、日本酒が入ってんの?
ラム  いや、そうじゃなくって。

  ウエイトレスがやって来る。

ウエイトレス  ビールでございます。
譲治  おう。
ウエイトレス  あの、お決まりでしょうか?
ルイ  あのな、こっちの子が‥‥ええっと何やったっけ?
エミリ スクリュードライバー。
ルイ  そうそう。それで、こっちの男の子が‥‥
悟   カルーアミルク。
ルイ・ラム・エミリ え?
エミリ ドライマティーニじゃなかったの?
悟   いや、ちょっと気が変わって。
エミリ しかも、カルーアミルクって‥‥。
ルイ  何なん? それ?
ラム  まあ、コーヒー牛乳みたいなやつかな?
ルイ  え? コーヒー牛乳?
エミリ お子ちゃまの飲み物。
悟   子供が酒飲むかよ!
エミリ だって、そうじゃん。ねぇ?
ラム  ああ。うん。
悟   うっせーな。
譲治  まあまあ、いいじゃない? 悟君わかるよ。その気持ち。
悟   ‥‥‥。
ルイ  何がわかんの?
譲治  男ってのはさ、ボギーみたいに、ダンディにハードボイルドにビシッと決めたい時がある。オレも若い頃はそうだった。
ルイ  ボギーって何?
譲治  おいおい、ボギーも知らないの? だから、イマドキの若いもんは。
ルイ  御託はいらないから。‥‥悟君知ってる?
悟   さあ?
ルイ  ほーら。
譲治  しょうがねぇなあ。じゃ、説明してやるよ。
ウエイトレス  あのう。
譲治  え?
ウエイトレス  それじゃ、スクリュードライバーとカルーアミルクでよろしかったでしょうか?
ラム  ああ。いいよ。
ウエイトレス  グラスを下げさせていただきます。
譲治  あ、ああ。

  ウエイトレス、去る。

譲治  ‥‥‥。だからさ、昔、ハンフリー・ボガードっていう映画俳優がいてさ‥‥
エミリ それで、お姉ちゃん、離婚の方はうまく行ったの?
譲治  おい‥‥ちょっと。
ルイ  それがなあ、なかなかうまく行かへんのやわ。
エミリ うまく行かないって?
ルイ  まあ、別れるだけやったら簡単なんやけど。書類出したらおしまいやし。そやけど、子供のことがあるやろ?
エミリ ああ。
ルイ  それで、養育費のこととか、面会がどうとか、結構めんどくさいんやわ。あたし、ああいう手続きみたいなん苦手やねん。
エミリ それはわかる。‥‥アトム君、お姉ちゃんが引き取るんでしょ?
ルイ  ああ、それは決まってるんやけどな。
ラム  そう言えば、アトム君、今日はどこに預けてるの?
ルイ  家。
ラム  家って‥‥旦那さん?
ルイ  うん。
ラム  もう離婚するのに‥‥旦那さん?
ルイ  一応、まだ夫婦やしな。法律的には。
ラム  そういうのって、抵抗ないの?
ルイ  あるかいな。実の父親やで。あいつ。
ラム  それは‥‥そうだけど。
エミリ アハハハ。お姉ちゃんらしいな。
ルイ  それ、どういう意味?
エミリ 別にー。
譲治  それにしても、オレがおじいちゃんだなんて、ウソみたいだな。
ラム  何言ってるの?
エミリ そーそー、往生際悪すぎ。
譲治  ほんと、時の経つのは恐ろしく早い。光陰矢の如し。歳月人を待たず。
ルイ  また出た。
譲治  え、何?
ルイ  その、意味なくことわざとかつぶやくん、やめてくれへん? うっとおしいねんか。
譲治  何で?
ルイ  何でも。
譲治  じゃ、ルイがその気持ち悪い大阪弁やめたら、やめてやろう。
ルイ  大阪弁ちゃうし。関西弁やし。
譲治  おんなじじゃん。
ルイ  おんなじちゃうし。‥‥京都の人にそんなこと言うたら殺されんで。

  ウエイトレスがやって来る。

ウエイトレス  お待たせしました。‥‥スクリュードライバーとカルーアミルクになります。
ルイ  なあ。
ウエイトレス  ‥‥‥。
ルイ  なあって。お姉ちゃん。あんたに言うてんねん。
ウエイトレス  あ、私ですか? ‥‥何か?
ルイ  関西弁のこと、大阪弁言われたらむかつくやろ?
ウエイトレス  え?
ルイ  そやから、むかつくやんなあ?
ウエイトレス  え‥‥ええっと。
ルイ  あんた、むかつかへんの?
ウエイトレス  はあ‥‥まあ。
ルイ  あんた、それでも京都人なん!
ウエイトレス  あ‥‥あの‥‥私、大阪ですから。
ルイ  え?
エミリ アハハハハ。‥‥これは一本取られちゃったね。
ルイ  もう! ‥‥もう、ええわ。
ウエイトレス  ‥‥‥。
ルイ  だから、もうええって、あんた!
ウエイトレス  え、え?
ルイ  逝ってよし!
ウエイトレス  はあ?
ルイ  そやから、用事が終わったら、帰りなさい!
ウエイトレス  は、はあ。

  ウエイトレス、去る。

譲治  それじゃ、みんなそろったところで、乾杯と行こうか?
ラム  そうだね。
エミリ え? 何に乾杯するの?
ラム  そんなの、何だっていいのよ。
ルイ  お疲れさんかな?
譲治  とにかく乾杯だ。ハイハイ、グラスを持って。‥‥かんぱーい!
全員  かんぱーい!(ルイは「おつかれー!」)

  全員、一口飲んで、拍手。(エミリは拍手しない)

エミリ ‥‥拍手って、何か違わない?
ルイ  ええの。ええの。細かいことは気にしなーい。
ラム  そう言えば、ルイは亭主とは仲が悪いのに、どうして大阪弁は好きなの?
ルイ  関西弁!
ラム  あ、ごめん。‥‥だからさ、どうしてそんなにコテコテになっちゃったのよ?
ルイ  何ちゅうのかな? 肌に合うって言うの?
ラム  肌に合う‥‥ねぇ。
ルイ  高校卒業して、こっちの学校に来て、一人で生活するようになって、友達ができたりして‥‥
ラム  うん。
ルイ  なーんかな、ちょっと大げさに言うと、自由になれたような気がしたんやなあ。
ラム  自由になれた?
譲治  ♪盗んだバイクで走り出す 行き先もわからぬまま 暗い夜のとばりの中へ
ルイ  おっさん、うるさい! だまれ!
譲治  えー。
ルイ  ‥‥そやねぇ‥‥気楽ちゅうか、好きにできるちゅうか、自分らしく生きれるちゅうか‥‥。
ラム  ふーん。
ルイ  まあ、別に、東京での生活がムチャクチャ不自由ってことでもなかったんやけどね。
エミリ あのさ、聞いたことなかったけど、どうして関西に進学したの? 東京にはいっぱい学校があるのに。
ルイ  うーん。何やったんかなあ? あの頃、とにかく、家を出たかってん。どこでもよかったんやけど。
ラム  そう言えば、あの頃、何かギスギスしてたよね。パパとかママとかと。特にママかな?
エミリ ああ、よくケンカしてたよね。
ラム  え? エミリも覚えてるの?
エミリ 小学校の高学年だもん。それくらい覚えてるよ。
ラム  あ、そっか。
ルイ  そやなあ。まあ、反抗期やったんかなあ?
譲治  おいおい、高三で反抗期って、ちょっと遅くない?
ルイ  あんたには言われたくありません。
譲治  うわ、冷たいなあ。‥‥ひょっとして、まだ反抗期なんじゃないの?
ルイ  うるさい!
ラム・エミリ アハハハ。
ルイ  おっさんは黙っとれ!
ルイ以外  アハハハ。
エミリ そういう、関西弁のえげつない?みたいなの、お姉ちゃんにはぴったりだよね。
ルイ  それ、どういう意味?
ラム  肌に合う?
エミリ そーそー。肌に合う。
全員  アハハハ。
譲治  おねえさーん、ビールおかわりー。
ルイ  そやから、ピッチ早すぎやって。
譲治  みんな、おかわりは?
ラム  まだいい。
エミリ 私も。
譲治  ルイは?
ルイ  いい。
譲治  悟君は?
悟   僕もいいです。
譲治  遠慮しないで、ジャンジャン行ってよ。
悟   あ、はい。

  譲治、悟に歩み寄る。

譲治  ほら、ジャンジャン行こう。ジャンジャン。
悟   あ、はい。
譲治  はい、イッキ、イッキ!
エミリ もう、やめてよー。

  悟、飲み干す。
  譲治、ルイ、ラム、拍手。

譲治  よーし。さすが、男の子だ。そう来なくっちゃ。
エミリ もう、やめてよ。そういうのが嫌われるのよ。
譲治  何が?
エミリ おじさん世代のノミニケーション。
譲治  え?
ルイ  それは言えてる!
ラム  そうだ! そうだ!
譲治  うるさいなあ。‥‥悟君、そんなことないよねぇ?
悟   え‥‥ええ。
譲治  ほーら。
エミリ それがパワハラなの!
ルイ・ラム  そうだ! そうだ!
譲治  もう、うるさい! ‥‥悟君、おかわり何にする?
悟   ああ‥‥じゃ、じゃあ、カルーアミルクを。
譲治  えー! また、それなの?
悟   すみません。
ルイ・ラム・エミリ アハハハ。

  ウエイトレスがやって来る。

ウエイトレス  ビールでございます。
譲治  ああ、それから、ええっと‥‥
エミリ カルーアミルクを一つ。
ウエイトレス  あ、はい。

  ウエイトレス、去る。

譲治  ‥‥それにしても、ルイが京都にいてくれて、ほんと助かったよな。
ラム  ほんとほんと。
エミリ だよねぇ。
ルイ  ほんま、感謝してよね。あたしかて、めちゃめちゃ苦労したんやから。
譲治  してる。してるから。
ルイ  京都もねぇ、えらいことになってるし。葬儀屋の予約だけでも大変やったんやから。
ラム  みんな、西へ西へと逃げてるしねぇ。
エミリ でも、次は大阪だって言う人もいるし。
ルイ  まあ、その可能性は十分あるわな。
エミリ だから、九州とか沖縄に行く人もいるって。
ラム  なんかね、広島とか長崎がいいんだって。
ルイ  え? なんで?
ラム  ほら、前に一回落ちてるから。
ルイ  え、それ、ほんま?
ラム  さあ、知らないけど。
エミリ それって、なんか、雷みたいね。
ルイ  え?
エミリ 一度落ちた所には落ちないって。
ルイ  ああ、なるほど。
譲治  それ言ったら、京都が一番安全なんじゃないかな?
ラム  え? どうして?
譲治  太平洋戦争の時に空襲されてないから。京都は。
ラム  え、そうなの?
ルイ  ああ、それな、なんかな、京都は文化財がたくさんあるかららしいで。
ラム  それ、ほんと?
ルイ  京都では有名な話やで。
エミリ ああ、それ、何か聞いたことがある。
ルイ  やろ?
ラム  だったら、京都に来た私たちは大正解?
譲治  まあ、そういうことになるな。
エミリ パパは、その辺も計算してたわけ?
譲治  ああ。まあな。
エミリ へぇ。案外、しっかりしてんじゃん。
譲治  案外とは何だ。失敬だな。
エミリ へへ。
悟   あのう。
エミリ 何?
悟   あの、その話なんですが‥‥。
エミリ その話?
悟   だから、京都は文化財があるから空襲されなかったって話。
エミリ ああ。
悟   それ、ガセらしいですよ。
エミリ え?
譲治・ルイ  え?
エミリ ガセって、どういうこと?
悟   京都は、原爆の第一候補地だったらしいんです。
悟以外  え?
悟   だから、空襲しなかったんだって。
ルイ  それ、どういうこと?
悟   詳しくは知らないんですが、何か、実験を正確にするために、わざと空襲しなかったって。
ルイ  実験?
ラム  それって‥‥核実験じゃないかな?
ルイ  え?
ラム  だから、空襲してるところに原爆落としても、効果がよくわかんないじゃん。空襲で死んだのか、原爆で死んだのか。
ルイ  ああ。
エミリ 悟。それ、どこで知ったの?
悟   ネットに書いてあった。「原爆の真実」とか。
エミリ そっか。
悟以外  ふーん。

  しばしの沈黙。

ルイ  それにしても、東京って‥‥そんなにひどいん?
ラム  そりゃ、ひどいなんてもんじゃないわよ。
ルイ  へぇ。‥‥東日本の地震の時みたいなん?
ラム  それどころじゃないって。パニック。もう大パニック。
ルイ  まあ、東日本は福島やったからねぇ。
ラム  新幹線は全然チケット取れないし、東名なんかも大渋滞。全然動かないらしいわよ。
エミリ まるで盆と正月が山盛りでやって来たみたい。
譲治  盆と正月って、えらい古くさい言葉知ってるんだな。
エミリ うるさいな。
ルイ  そやけど、東京に直接に被害があったわけでもないんやし。
ラム  バカ。だったら、私たち、こんなところにいないわよ。
ルイ  ああ、まあ、そら、そうやわな。
エミリ そうだったら、今頃、みんなでお葬式じゃん。
ルイ  そのお葬式って、誰がやんの? あたし?
譲治  まあ、そういうことになるな。
ルイ  ええー!
譲治  よろしくー。
ルイ  ええー!

  全員、笑う。
  ウエイトレスがやって来る。

ウエイトレス  カルーアミルクになります。
譲治  みんな、そろそろおかわりしないの?
ラム  じゃあ、私、コーラ。
ルイ  ええっと、あたしはねぇ‥‥
ラム  また、甘いやつ?
ルイ  うん。そやねんけど‥‥あ、そうや。梅酒とかある?
ウエイトレス  ございます。
ルイ  じゃあ、それ。
ウエイトレス  ロックと水割りがございますが。
ルイ  うーんと‥‥じゃ、ロック。
ウエイトレス  かしこまりました。
譲治  エミリは?
エミリ 私は、まだいい。
譲治  そう? それとね、ビールおかわり。
ルイ  えー。まだ飲むの?
譲治  いいじゃん。ビールは水みたいなもんよ。水。
ウエイトレス  ‥‥それでは、コーラと梅酒ロックとビールですね。
譲治  オッケーですよん。
ウエイトレス  それでは、空いたグラスを下げさせていただきます。
譲治  はーい。

  ウエイトレス、去る。

ラム  ‥‥あのさ。‥‥悟君って、いつもそんなに無口なの?
悟   え? ‥‥い、いや。
エミリ ぜーんぜん違うよ。どっちかって言ったらおしゃべり。ねえ?
悟   こら。うるさい。
ルイ  もしかして緊張してるん? 素敵なお姉さんに囲まれて。
ラム  え? そうなの?
悟   いや、別に。
ラム  きゃあ、かわいいー。
悟   い、いや、だから。
エミリ 人見知りなのよねぇ。知らない人は苦手なんだけど、知り合いになったら、ガンガンしゃべる、しゃべる。
悟   だから、うるさいって。
ルイ  そやったら、早よ知り合いになりーな。
ラム  早く知り合いになれって、そんな無茶言っちゃダメよ。
ルイ  そんなん簡単やて。飲んで思いっきり騒ぐ。ただそれだけ。
ラム  そんな、みんながあんたみたいなのとは違うんだからさ。ふつー、いきなり騒いだりできないわよ。ねぇ?
悟   え。
ルイ  そんなことないし。できるやんなあ? ねぇ?
悟   あ‥‥はい。がんばります。
ルイ  ほーら。
ラム  ほんとかわいいのねぇ。私、ファンになっちゃってもいい?
悟   え。
ラム  とっちゃおうかなあ? エミリ、とっちゃってもいい?
エミリ 何、バカ言ってんのよ!
ラム  ねぇ、さとるくーん、私とエミリとどっちが好き?
悟   ‥‥‥。
ルイ  あんた、酔っぱらってるの?
ラム  うーん、ちょっとね。
エミリ ウソばっか。ラムちゃん、ジンジャエールじゃん!
ラム  アハハハ、ばれたか。
エミリ もう!
譲治  こらこら。純真な青少年をもてあそぶなよ。
エミリ えー! 純真な青少年? こいつが?
悟   うるさいな。
譲治  男ってのはね、みーんな純真な青少年なの。シャイで夢見がちな傷つきやすい少年なの。
エミリ ええー! じゃあ、パパとかも、純真な青少年なわけ?
譲治  当たり前田のクラッカー。
ルイ  だから、ことわざを使わない!
譲治  ことわざじゃないって!

  全員、笑う。

ルイ  そやけど、悟君。なんでわざわざ京都までついてきたん?
悟   ‥‥いや、それは。
エミリ とりあえず、関西の方に逃げようってなってさ、それで、私が京都に行くって言ったら、とりあえず一緒に行くって。
ルイ  ふーん。家族の人もこっちに来るん?
悟   はあ‥‥まあ。
エミリ 悟はね、一人暮らしなの。
ルイ  でも、家族はいるんやろ?
エミリ うん。
ルイ  実家はどこなん?
エミリ 藤沢‥‥だっけ?
悟   ああ。
ルイ  じゃあ、後で合流するんやね。
エミリ いや、それがさ‥‥。
悟   おい。いらないことは言わなくていいから。
エミリ あ、ごめん。
ルイ  ああ‥‥ひょっとして、ちょっとワケアリみたいな感じ?ごめんね。
悟   いや、別にいいんですけど。
ルイ  別に言いたくなかったら、言わんでええし。ほんま。
悟   ‥‥あの‥‥さっき、ルイさん、高校生の時の話してたでしょ?
ルイ  え?
悟   どこでもいいから、とりあえず家を出たかったみたいな。
ルイ  ああ、うん。
悟   まあ、大ざっぱに言うと、ちょっとそれに似てるかな?
ルイ  ああ、ああ‥‥なるほどね。あーゆー感じね。
悟   あ、はい。
ルイ  ふーん。そっか。‥‥そっか。‥‥なんか、君、友達になれそうな気がするわ。
悟   あ、はい。オレも。
ルイ  え? ほんま? マジで?
悟   あ、はい。マジで。
ルイ  うれしいなあ。ほんま、ええ子やなあ、この子。
悟   ありがとうございます。
ルイ  じゃあ、乾杯しよ。乾杯。って、グラスないやん。‥‥お姉さん、梅酒まだあ?
ラム  こら、大声出すな。落ち着いた雰囲気でしょ? 落ち着いた雰囲気。
ルイ  うるさいなあ。わかってるがな。落ち着いた雰囲気やろ?(大きな声で)おねえさーん、うちの梅酒はまだどすかあ?
ラム  京都弁使ったらいいってもんじゃないわよ。
ルイ  あーら、そうどすかあ? ‥‥もうええわ。エアーでやるわ。エアーの乾杯。なあ、悟君、ええやろ?
悟   あ、はい。
ルイ  それじゃ、あたしと悟君の愛と友情を記念しまして‥‥。(立ちあがって、グラスを持つしぐさ)
ラム  愛ってなんなのよ? 悟君の愛は私のものよ。ねぇ?
悟   え。
ルイ  あんた、いつの間に愛人になったん? あんたは、ファンでしょ? ただのファン。
ラム  そんなのどうだっていいじゃん。
ルイ  ええことないし。
エミリ もう! あんたたち、いいかげんにしないと怒るわよ。
ルイ  あはは。焼いてる、焼いてる。
エミリ うるさい!
ルイ・ラム  アハハハハ。

  ウエイトレスがやって来る。

ウエイトレス  お待たせしました。
ルイ  ほんま、お待たせやわ。あんた、いつでもタイミングが悪いな。
ウエイトレス  え?
ルイ  わざとやってんの?
ウエイトレス  え?
譲治  こらこら、絡むな。絡むな。
ウエイトレス  ‥‥‥。コーラとビールと梅酒ロックです。
ルイ  はいはいはい。来たで。来たで。それじゃ、悟君、乾杯、やり直そ。
悟   あ、はい。
ルイ  はいはいはい。立って。立って。
悟   あ、はい。(立つ)

  ウエイトレス、去る。

ルイ  ちゃうて。みんなも立ちーな。
ラム  え? なんで?
ルイ  そら、若い二人の門出を祝うんやさかいな。
ラム  若い二人って、誰? 門出って、何よ?
エミリ そうだ。そうだ。
ルイ  うっさい! ガキは黙っとれ!
エミリ おばはんは出しゃばんな!
ルイ  誰がおばはんやねん! って、ハイ、私です。‥‥もう、そんなんどうでもええから、ハイ、立って。立って。ハイ、みんな、立つ。

  ゾロゾロと全員立つ。

ルイ  それでは‥‥えーっと、悟君って、名字何?
悟   え?
ルイ  そやから、名字やって。名前の上の名字。
悟   ああ。‥‥城島です。
ルイ  了解。‥‥それでは、城島家、田辺家、御両家を代表して、新婦のお父様でいらっしゃいます田辺譲治様より、ご祝辞を頂戴したいと思います。
ラム  おいおい、今度は結婚式? それに、新婦じゃないだろ?旧婦だろ、旧婦。
ルイ  うっさいな! はい、拍手!

  パラパラと拍手。

譲治  えー、オレ? ‥‥オレ、そういうの、苦手なんだよ。
ルイ  つべこべ言わずにさっさとやる! ハイ!
譲治  えー! ‥‥あー。あー。本日は晴天なり。本日は晴天なり。
ルイ  マイクテストはいらないから。
譲治  あ、はい。‥‥えーっと、あの、ただ今、ご紹介にあずかりました新婦の父の田辺譲治と申します。
ルイ  ジョージ、がんばれ!
譲治  あ、はい。‥‥えーっとですねぇ。結婚生活というのは、まあ、何と申しましょうか、山あり谷ありでございまして‥‥えーっと、ですから、うまく行く時もあれば、うまく行かない時もある。楽しい時もあれば、楽しくない時もある。まあ、そういうことなのであります。
ラム  パパはどっちだったの?
譲治  え、オレ? ‥‥さあ、どっちだったのかなあ? 一言で言うのは、ちょっと難しいなあ。
ルイ  もう、そういうのはいいから。
譲治  あ、そう? ‥‥大変失礼しました。‥‥それでですね、あの、悟君、聞いてますか?
悟   え? あ、はい。
譲治  悟君、君に言っておきたいことがあります。
♪お前を嫁にもらう前に言っておきたいことがある
  えーっと、それは、それはですね、結婚生活をうまく送るための秘訣であります。
ラム  お、何だ? 何だ?
譲治  えーっ、悟君、とにかくこれだけは覚えておいて下さい。それは、三つの袋を大切にする、ということであります。
ルイ  出たー! 必殺技!
ラム  ハパ、それ、お姉ちゃんの式の時も言ってたよ。
譲治  うるさい! いいから、聞け! ‥‥まず、第一の袋は、給料袋であります。最近は、振り込みになってますから、お若い人はご存じないかもしれませんが、私なんかが若い頃は、給料というのは、現金を袋に入れて渡してたんですね。それで、景気のいい会社なんかは、ボーナスなんががびっくりするほどもらえて、そのボーナス袋にお札がぎっしり詰まってるもんだから、机の上にボーナス袋が立つ、なんてことが本当にあったそうです。まあ、残念ながら、私はボーナスもありませんし、そういうのを実際に見たことはありませんが。‥‥ですから、えーっと何の話だっけ?
ルイ  給料袋!
譲治  ああ、そうそう、給料袋。給料袋は大切にしましょうってそういう話です。お金は大事だよーって、まあ、そういう話です。‥‥えーっと、それで、二つ目の袋は、えーっと、えーっと、あれ? 何だっけ?
ルイ  知るか!
譲治  ええ? えーっと、えーっと‥‥。
ラム  がんばれ!
譲治  えーっと‥‥ああ、そうだ。思い出した! 堪忍袋。堪忍袋です。

  ルイとラム、拍手。

譲治  まあ、夫婦というのは、もちろん仲が良いにこしたことはありません。しかしですね、一年三百六十五日、毎日毎日、ニコニコしてばっかりはいられません。時には、ケンカもするだろうし、腹が立つこともあるでしょう。たとえば、まあ、お恥ずかしい話ですが、うちなんか、ケンカしてないことの方が少なかったくらいでありまして。
ラム  それは言えてる!
譲治  しかしですね、そんな時にも、どんな時にも、ならぬ堪忍、するが堪忍と申しまして、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、
ルイ  だから、ことわざはいらんから!
譲治  おほん。‥‥まあ、とにかく、何があっても、我慢して、夫婦仲良く過ごしましょう。それが大事ということであります。‥‥で、三つ目の袋はですね、
ラム  お袋!
譲治  そうそう、お袋、お袋さんであります。皆さん、お父さん、お母さんは大切にしましょう。
ルイ  お父さんは関係ないで。
譲治  いいの。どっちも大切にしたらいいじゃん。違う?
ルイ  まあ、そうやけど‥‥。
譲治  でしょ? ‥‥ということで、三つの袋を大切にしましょうというありがたいお話でした。ご静聴ありがとうございました。はい、おしまい。
ルイ  はい、拍手!

  エミリ以外拍手。

ルイ  はい、それでは、愛し合う二人の門出を祝して、かんぱーい!
エミリ以外  かんぱーい!
ルイ  ♪パンパカパーン。パンパカパーン。(結婚行進曲)
エミリ やめて!
エミリ以外  !
エミリ お姉ちゃん、もう、いいかげんにしてよ!
ルイ  ‥‥ああ、ごめん、ごめん。ちょっと冗談きつかった?
エミリ ‥‥やっていい冗談と、よくない冗談があるわ。
ルイ  そやから、ごめんって言うてるやん。
エミリ パパもパパよ。何考えてるの?
譲治  え? オレ?
ラム  まあまあ、エミリ、気持ちはわかるけどさ、そんなにマジにならなくてもさ‥‥。お遊びだから、ね、お遊び。
エミリ だから、そういうことじゃなくって‥‥。
ラム  え? そういうことじゃないって?
エミリ 私たち、昨日、お葬式したのよね。ママのお葬式。
エミリ以外  ‥‥‥。
エミリ みんな、その手でお骨拾ったじゃない? ママのお骨。‥‥その昨日の今日で‥‥どうして、こんなおふざけができるの?
エミリ以外  ‥‥‥。
エミリ ‥‥何が、お父さんお母さんを大切にしましょう、よ。
エミリ以外  ‥‥‥。
エミリ ママが‥‥ママが、かわいそうよ。
譲治  ‥‥エミリ。

  エミリにサス。
  BGM。

エミリ 人は一人じゃ生きて行けないって、みんながわかったような顔をして言うものだから、一人で生きてやろうと思いました。
明日という日は明るい日と書くのねって古い歌がありました。余計なお世話です。明日なんか信じなければいいのに。明日の借金で今日を生きたくないのです。
あなたはどうしてそんなに天邪鬼でひねくれているの?とよく聞かれれます。自分に素直に生きてたらダメなんでしょうか? あなたと歩幅を合わせて素直に生きるのは疲れるんですよ。ほんとに。
勝手にひとりぼっちをやってます。淋しいのも自由ですよね? 違います?
委細面談。お疲れ様です。
追伸 どうか私を探さないで下さい。わがまま言ってごめんなさい。

  照明、戻る。

ルイ  ‥‥それにしてもねぇ。なんちゅうのかねぇ。
ラム  え?
ルイ  まあ、あっけないっていうか‥‥。
ラム  ああ‥‥たしかに。そうだよね。
ルイ  煙になって、骨になって、灰になって‥‥それでおしまい。
ラム  ああ‥‥うん。
ルイ  どんなにいい人でも、どんなに悪い人でも、結局死んでしもて、骨になって、それでおしまい。ジ・エンド。
ラム  ‥‥‥。
ルイ  はい、それまでよ。
ラム  ‥‥‥。
ルイ  さっぱりわやでんなあ。
ラム  え? ‥‥それって、何か変じゃない?
ルイ  え? 何が?
ラム  確か、その「わや」っていうの、ダメになるって意味じゃないの?
ルイ  え?
ラム  何か、テレビで言ってたよ。
ルイ  え? そうなん?
ラム  うん。
ルイ  へえ。‥‥それで?
ラム  え?
ルイ  それで、何が変なん?
ラム  いや、だから、人が死んじゃって、焼かれて骨になって、それで「わや」って、変じゃない?
ルイ  変なことないって。
ラム  え? そうかなあ? 死んだらダメになっちゃうの?
ルイ  ダメっていうか、死んだら、生きてた時のことは全部あかんくなるやんか。いくらがんばってても、がんばってへんでも。‥‥ちゃう?
ラム  まあ‥‥それは、そうだけど。
ルイ  そやから、わややって。
ラム  うーん。
エミリ え、それって、もしかして、リセットってこと? ゲームオーバー?
ルイ  ああ‥‥まあ、そういう感じかな?
エミリ ああ、なるほどね。
ラム  えー、何か、すっきりしないなあ。
ルイ  もう、そんなんどうでもええやん。まあ、墓のない人生ははかない人生ってことで。
ラム  何よ、それ? やだあ、ルイ、なんかお坊さんみたいじゃん。
ルイ  そうですよ。この世の中も人生も、全てははかなく空しいのですよ。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。
全員  アハハハハ。
譲治  祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
ルイ  もう! そういうのはやめて!
譲治  え? 何で? ルイの話に合わせてんじゃん?
ルイ  とにかく、ことわざは嫌いなん!
譲治  これは、ことわざじゃないって。
ルイ  とにかく、やめて。うっとうしいねん。
譲治  えー。
譲治・ルイ以外   アハハハハ。
譲治  ‥‥そんなの‥‥いじめじゃん。
ルイ  え?
譲治  いじめだよ。‥‥そう思わない?(ラムに)
ラム  え? ‥‥さあ?
譲治  ねえ?(エミリに)
エミリ わかんなーい。
譲治  ええ。
ルイ  もう、このおっさんは。何情けないこと言うてんの? 娘が親をいじめてどないすんの?
譲治  でも。‥‥だって。
ルイ  でもじゃない! だってじゃない! 男やったら、もっとシャキーンとしーな! もう、こんなんが親やと思たら、悲しゅうなってくるわ。
譲治  ええー。何? それって、ちょっとあんまりじゃない?
ルイ  あんまりじゃない!
譲治  ‥‥‥。
ルイ  わかった?
譲治  ‥‥‥。
ルイ  返事は?
譲治  ‥‥はーい。
ルイ  もっとシャキッと!
譲治  はい!
ルイ  はい。よろしい。

  全員、笑う。

譲治  ‥‥ちきしょう。
ルイ  何か、言うた?
譲治  いえ、別に。
ルイ  あ、そう。

  全員、笑う。

譲治  あ、そうだ!
ルイ  え? 何?
譲治  えー、皆さん、宴、たけなわのところではございますが。
ルイ  ?
譲治  わたくし、わけあって、しばし中座させていただきます。
ルイ  え? え? どないしたん?
譲治  ‥‥いや‥‥ちょっと。
ルイ  え? ひょっとして怒ってる?
譲治  ‥‥怒ってる。
ルイ  えー。
譲治  ウソウソ。ちょっと、トイレ。おしっこ。
ルイ  えー。何それ!

  全員、笑う。

ルイ  そやから、ビールの飲み過ぎやって。
譲治  ああ。ビールのおかわり、頼んどいて。
ルイ  あかんて。ちょっとセーブしなさい。
ラム  そうそう。
譲治  うっさいな。いいじゃん。
ルイ  あかんて。
ラム  ダメー。
譲治  もう‥‥ケチ!

  譲治、去る。

ラム  ‥‥ねぇ。
全員  ?
ラム  悟君、何かしゃべってよ。
悟   え?
ラム  何でもいいからさあ。
悟   あ‥‥はあ。
ラム  あたし、悟君の話、聞きたいなあ。
ルイ  この子、ほんまにシラフなん?
ラム  シラフですよー。
エミリ 何か、クスリでもやってんじゃない?
ルイ  ああ、かもな。
エミリ それか、色情狂だったりして。
ルイ  え? 何、それ?
エミリ 色きちがい。欲求不満。
ルイ  ああ、それな。あるあるやな。
ラム  あんたたち何言ってんの? わけないでしょ!
ルイ・エミリ アハハハハ。
ルイ  ‥‥まあ、確かに、君、遠慮しすぎやわ。何かしゃべり。
悟   え?
エミリ そんなの、いきなりしゃべれって言われても困るわよ。
ルイ  そやなあ。‥‥ほな、例えば、二人のなれそめとか?
エミリ ええ?
ラム  うーん。それはあんまり聞きたくないかも。でも、ま、いいや、それでも。
エミリ 何それ? いやよ。お見合いじゃあるまいし。
ルイ  二人は大学の同級生なんやな?
エミリ 大学は違うんだけど。
ルイ  あんたとちゃう! 悟君が答えんの!
エミリ えー。
ルイ  はい、悟君!
悟   ああ‥‥大学は、別々の大学なんですけど‥‥。
ルイ  一緒のサークルの仲間なんやな? ダンスサークル?
悟   ああ、そうです。
ラム  ダンスって、どんなのやってるの?
悟   まあ、いろいろあるんですけど‥‥。
ルイ  ほれ、あれやろ? ヒップ・ホップ!
ラム  え? ヒップ・ホップって、音楽じゃないの?
ルイ  ええ? そうなん?
ラム  ラップとか‥‥。
エミリ いや、ヒップ・ホップには、ダンスもあるから。
ルイ  あんたは黙っとき!
エミリ えー。
悟   ‥‥まあ、そういう系のやつですね。ブレイク・ダンスとか。
ルイ  ほらー。
ラム  ふーん。

  しばしの沈黙。

ラム  えー、それだけ? 終わっちゃったじゃん!
ルイ  まあ、ダンスのこと、あんまり知らんしなあ。‥‥そや、せっかくやし、とりあえず踊ってみる?
エミリ え? ここで?
ルイ  ちょこっとだけ。
ラム  それはダメよ。落ち着いた雰囲気でしょ!
ルイ  ちょっとだけやったらええやん。なあ?(悟に)
悟   いやあ‥‥それは‥‥。
ルイ  あかんの?
悟   あ‥‥はい。
ルイ  えー。
悟   すみません。
ラム  ‥‥あのさ、悟君は、どうしてエミリと付き合う気になったの? こんなチビっ子と。
悟   え?
エミリ チビっ子って何よ!
ラム  もしかして、チビっ子が好きなの?
悟   ‥‥いや、そういうことでもないですけど。
ラム  だよねぇ。‥‥悟君、別にロリコンとかじゃないんでしょ?
悟   ああ、はい。
エミリ もう! 何言ってんの! 怒るわよ!
ラム  私さ、一六八なのよね。ちょっと高めかもしれないけど、まあ、最近じゃフツーでしょ?
悟   ああ、そうですね。
ラム  悟君は‥‥一八〇ぐらい?
悟   まあ、そんなもんです。
ラム  だったら、ピッタリじゃない!
ルイ  何がピッタリなん?
ラム  だから、一八〇と一六八だったら、ピッタリじゃん。
エミリ 何言ってんの!
ラム  一八〇と一四〇じゃ、いくら何でもバランス悪すぎよ。デコボコっていうか、親子にしか見えない。
エミリ ラム、ケンカ売ってるの?
ラム  いやいや、これは美意識の問題よ。美意識。
エミリ こいつ‥‥。
ラム  だからさあ、この際、トレードしちゃわない? やっぱりさ、世の中には適材適所ってのがあるのよ。悟君と私はお似合いのカップルね。エミリはねぇ、悪いけど、ちょっとねぇ‥‥。
エミリ お姉ちゃん、この人、やっぱりクスリやってるよ。
ルイ  ほんま、そうかもしれんなあ。
ラム  悟君、いい? 人生は一度しかないんだから、しっかり考えなくちゃダメよ。とりあえず、手近な所で間にあせたりしちゃダメなの? わかる?
悟   あ‥‥はあ。
ラム  悟君は、まだ若い。若いんだから、人生、まだやり直しはできるのよ。わかるでしょ?
悟   はあ‥‥。
ルイ  言うてることがムチャクチャやな。一度しかないんか、やり直せるんか、どっちかにせーよ。
ラム  若い人はね、ついつい勢いでさ、ああ、これが運命の出会いなんだ、運命の人なんだ、とか勘違いしちゃったりするわけ。そんなこと全然ないから。それで失敗する人がいっぱいいるから。この人とか見てたらわかるでしょ?(ルイを見る)
ルイ  それ、どういう意味なん!
ラム  まあ、今すぐ答えを出せとか言わないからさ。私、待てる女だから。‥‥じっくり考えて。
悟   ‥‥‥。
エミリ ‥‥ラムちゃん‥‥言いたいのは、それだけ?
ラム  え?
エミリ ‥‥あのさ、この際、はっきりさせてもらうけど、
悟   お、おい。
エミリ 私たち、結婚するから。
ルイ・ラム  え!
悟   おい、エミリ!

  しばしの間。

ルイ  ‥‥結婚って?
エミリ 私、妊娠してるの。
ルイ・ラム  え。
悟   エミリ‥‥。
エミリ 今、四ヶ月。

  沈黙。
  譲治が戻ってくる。

譲治  ただいまー。お待たせしました。

  沈黙。

譲治  あ、あれ? どうしたの? ‥‥何かあったの?
ルイ  あんた、ほんとにバッドタイミングの人やねぇ‥‥。
譲治  え? え? え?

  沈黙。

譲治  え? みんな、怒ってるの? オレがトイレから戻るのが遅いから? ‥‥ごめん、ちょっとお店の人としゃべってたからさあ‥‥。
ラム  エミリが結婚するんだって。できちゃった結婚。現在、妊娠四ヶ月。
譲治  ‥‥へ?

  沈黙。

ルイ  もう! 何なん、これ! グッチャグチャやん! ミサイルが落ちて、ママが死んで、エミリが妊娠して‥‥。これって、マンガなん? いや、安もんのマンガでもこんなんないで!
ラム  ‥‥あんたの離婚もあるけど。
ルイ  もう、あかん。笑うしかないわ。ほんま、笑けるわ。笑ろてまうわ。アハハハハ。ハハハハ。

  譲治以外、ヤケクソで笑う。
  やがて、白々とした沈黙。

譲治  え? どういうこと? どういうことなの? ‥‥ひょっとして、お呼びじゃない?
ルイ  ダメ。逃げんな。お呼びやから。
譲治  え。
ルイ  あんた、一応、父親やろ?
譲治  はあ‥‥まあ。
エミリ ‥‥パパ。‥‥そういうことだから。
譲治  ‥‥ああ‥‥はい。
悟   (立ちあがって)お父さん! エミリさんをボクに下さい!
譲治  ‥‥はあ‥‥まあ。
ルイ  はあ、まあって何なん? ビシッと返事しーな! ビシッと! 父親やろ!
譲治  ‥‥ああ。‥‥ああ。
ラム  「貴様のような若造に娘はやれん!」って殴りつけるとか‥‥。
譲治  ‥‥ああ。
ルイ  ほらほら、あんたがそんなんやと、悟君、頭も上げられへんやん。
ラム  そうよ、そうよ。悟君、いいから、頭上げて。

  悟、頭を上げる。

ルイ  ‥‥それにしても、「エミリさんをボクに下さい」って何なん? それって、古くさすぎひん? 何か、大昔のテレビドラマみたいやん。
ラム  そうよねぇ。だいたい「下さい」って何? それって、人身売買みたいじゃん。
悟   あ‥‥すみません。
ルイ  ヒップ・ホップとかやってるナウな若者なんやろ? いっそ、ラップとかでやってほしかったわあ。
ラム  そうよねぇ。やってみてよ。ラップ。
ルイ・ラム  ラップ、ラップ、ラップ。
悟   え‥‥。
エミリ (小声で)ざけんじゃねぇよ。
ルイ  え? 何?
エミリ だから、調子に乗らないでよ!
ルイ・ラム  !
エミリ そりゃさ、私たち、できちゃった結婚かもしんないよ? それにさ、どうせこんなウチだしさ、こんな親だしさ、きちんとしたことなんか期待できないことくらいわかってたよ?それにしてもさ、あんまりじゃない? これでも、マジなんだよ? 真剣なんだよ? ちゃんとケジメぐらいはつけたいんだよ? だから、悟だってわざわざ京都まで来たんじゃない? 何でそのくらいわかんないわけ? わかってやろうと思わないわけ? 妹の結婚を茶化して何がおもしろいの? 悪いけど、別にウケとか狙ってませんから。あんたたち最低だよ!

  気まずい長い沈黙。

ルイ  ‥‥ごめん。
ラム  ‥‥ごめんなさい。
エミリ ‥‥‥。
ルイ  ‥‥別に、茶化そうって思たんとちゃうねん。‥‥ほんま、びっくりしてんか。それで、何かハイになってしもて‥‥。こんなん言うても言い訳にしか聞こえへんやろけど。
ラム  ‥‥こういうのって苦手なのよね。‥‥だって、思いっきり照れくさいじゃん。‥‥だから、どういう風に振る舞ったらいいのか、わけわかんなくて‥‥。
エミリ ‥‥‥。
ルイ  ‥‥ほんま、ごめん。
ラム  ‥‥ごめんなさい。
エミリ ‥‥‥。わかった。‥‥ちょっと言い過ぎた。

  しばしの間。

譲治  ‥‥あの。‥‥ちょっといい?
エミリ ‥‥何?
譲治  ‥‥あのさ‥‥実を言うとさ、俺たちもできちゃった結婚だったんだよね。
全員  ‥‥‥。
譲治  俺たちの頃は、今ほどデキ婚は多くなかったしさ、それに、ママとは十二も年の差があったからさ、ちゃんとママのお父さん、つまり、松本のおじいちゃんのところにあいさつに行くことができなくてさ、そのままズルズルと過ごしちゃってさ‥‥。
全員  ‥‥‥。
譲治  それで、ルイが七五三の時に、おじいちゃんから、おひなさんが送られてきて‥‥。それから、何となく、孫をダシにして認めてもらったみたいな。まあ、ありがちな話なんだけどね。
ルイ  そのおひなさんって、あのガラスケースに入ってるやつ?
譲治  うん、あれ。
ルイ  そっか。
譲治  ‥‥うん。

  しばしの間。

譲治  ‥‥だからさ。
全員  ‥‥‥。
譲治  悟君が挨拶してくれて‥‥なんか、ああ、オレより立派だなあって思っちゃって‥‥。うれしいとかうれしくないとか、そういうのはよくわかんないんだけど。立派な子だなあって‥‥。
全員  ‥‥‥。
悟   (大声で)ありがとうございます!(泣く)
ルイ  こら、男がメソメソ泣くな!
ラム  あのぅ、当店は落ち着いた雰囲気で‥‥。
全員  アハハハハハ。
譲治  ‥‥エミリ。だからさ、オレ、そういうの、苦手というか、うまく言えないんだけど‥‥。
エミリ もういいよ。‥‥わかったから。
譲治  あ‥‥そう?
エミリ ‥‥うん。

  しばしの沈黙。やがて次第に拍手が大きくなる。

ルイ  それじゃ、乾杯しよ! 乾杯!
ラム  賛成!
ルイ  それじゃ、みんなグラスを持って! ‥‥持った?
全員  持った!
ルイ  それでは、エミリと悟君の結婚を祝しまして‥‥
ラム  待ったあ!
ルイ  え? 何?
ラム  あんたが乾杯の音頭を取ると縁起が悪いでしょ?
ルイ  ええー。
ルイ以外  アハハハハ。(「それもそうだ」などの声)
譲治  それでは、ご指名にあずかりまして、この不肖わたくしめが‥‥。
ラム  ご指名してません! それに、もう三つの袋の話はいらないから。
譲治  ええー。
譲治以外   アハハハハ。
ラム  じゃあ、悟君、エミリ、並んで並んで。

  悟、エミリ、並ぶ。

ラム  それじゃ、いいかな?
ルイ  待ったあ!
ラム  え? 何よ?
ルイ  写真撮ろ。写真。
ラム  ああ、それいいね。‥‥えっと、誰が撮る?
ルイ  そんなん決まってるやん。おーい。おねーさーん! 写真撮ってー!

  ウエイトレス、やって来る。

ルイ  (スマホを渡して)これで、写真撮って。
ウエイトレス  ああ、はい。
ルイ  そや! おねえさん、ウエディングケーキない? ウエディングケーキ!
ウエイトレス  え、ええ?
ラム  バカ! そんなのあるわけないじゃん。
ルイ  そんなん、わからんやん。
ラム  えーっと、そうねぇ、ケーキとかあります?
ウエイトレス  えーっと、チーズケーキとガトーショコラが、残ってた‥‥かな?
ラム  じゃあ、それ、あるだけ持って来て。
ウエイトレス  あ、はい。‥‥あのう、写真の方は?
ルイ  とにかく乾杯して、写真撮ろ!
ラム  了解。
ウエイトレス  あ、はい。
ラム  それじゃ、グラス持ってー! 準備いい? ‥‥それじゃ、いくわよー! ハイ! カンパーイ!
全員  カンパーイ!

  乾杯。

ルイ  ちゃんと撮れた?
ウエイトレス  あ‥‥たぶん。
ルイ  ええー。ちょっと、保険でもう一回撮ろ。もう一回。
ラム  じゃあ、イチ、ニの、サン! カンパーイ!
全員  カンパーイ!

  乾杯。

ルイ  今度は大丈夫?
ウエイトレス  ああ‥‥たぶん。
ルイ  何やねん、それ!
悟   あの、すみません。
ルイ  え? どないしたん?
悟   ドリンクのお代わりを。
ウエイトレス  あ、はい。
ルイ  また、コーヒー牛乳?
悟   いや、さすがに甘いので、こんどはさっぱりしたやつにしようかなって。
ルイ  へー。
悟   何か、あります?
ウエイトレス  さっぱりですか?
悟   ええ。
ウエイトレス  ジントニックとかいかがですか?
悟   じゃあ、それお願いします。
ウエイトレス  かしこまりました。
ルイ  それって、どんなん?
悟   ジンにトニックウォーターを入れたやつで‥‥。
ルイ  ?
ラム  まあ、焼酎の水割りみたいなやつね。
ルイ  え、そんなんあるん? じゃあ、うちもそれ。
ウエイトレス  あ、はい。

  ウエイトレス、去る。

ラム  甘いのがよかったんじゃないの?
ルイ  甘すぎて、ちょっと胸焼けがしてきた。
ラム  アハハハハ。

  全員、着席。

ラム  あ、そうだ。エミリ。
エミリ え? 何?
ラム  妊娠してるんなら、お酒飲んだらダメなんじゃないの?
エミリ え? そうなの?
ラム  たしか、そうじゃなかったかなあ?
ルイ  それ、タバコとちゃうん?
ラム  え?
ルイ  妊娠中は、タバコはあかんとか聞いたことあるで。
ラム  え、そうだっけ?
ルイ  そうやて。
ラム  うーん。何かねぇ、保健の時間に習ったような気がするんだけど‥‥。習わなかった?(エミリに)
エミリ うん、確か習ったような気がする。
ラム  で、どうだったっけ?
エミリ ‥‥忘れちゃった。わかんなーい。
ラム  何よ、それ?
エミリ ラムちゃんだって知んないじゃん。
ラム  それはそうだけど。‥‥悟君は?
悟   え?
ラム  習ってない?
悟   え? さあ?
譲治  まあ、ひかえめにすればいいんじゃない? 酒もタバコも。
ラム  まあ、そうだよね。
ルイ  アトムの時は、酒もガンガン飲んでたし、タバコもバンバン吸ってたけどな。
ラム  この人の意見は参考にならないから。
ルイ  何やねん、それ。
ラム  自分の胸に聞いてみなさい。
ルイ  え? 自分の胸?(胸に向かって)おーい。(耳を澄ます)
ラム  どう?
ルイ  うん。参考にならんって。
全員  アハハハハ。

  ウエイトレスがやって来る。

ウエイトレス  ‥‥あのう。
ラム  あ、来た、来た。
ウエイトレス  すみません。チーズケーキとガトーショコラ、一つずつしか残ってなくて。
ラム  えー。
ルイ  うわ。しょぼ。
ラム  まあ、いいじゃん。置いといて。
ウエイトレス  あ、はい。

  ケーキを置く。

ルイ  せっかくやから、ロウソク立てような。ロウソク。
ラム  え? ロウソク? チーズケーキにロウソク?
ルイ  まあ、ウエディングケーキの代わりやし。
譲治  ウエディングケーキにロウソクとか立てたっけ?
エミリ それって、バースデーケーキじゃないの?
ルイ  ええやん。つべこべ言わんでも。ロウソクがあった方が景気がええやんか。‥‥お姉ちゃん、ロウソク持って来て。ロウソク。
ウエイトレス  え? ロウソクですか?
ルイ  うん。ロウソク。
ウエイトレス  あ‥‥はあ。
ルイ  なあ、早よ持って来て。
ウエイトレス  ‥‥ちょっと‥‥聞いてみます。

  ウエイトレス、去る。

エミリ ロウソクとかあると思う? こんなお店に?
悟   さあ?
ラム  ないんじゃないかなあ?
ルイ  あるやろ? ロウソクぐらい。
譲治  昔はどこの家にもあったけどな。停電用のロウソク。
ラム  それっていつの話よ?
エミリ 停電用のロウソクって、ペンライトみたいなぶっといやつ?
譲治  ああ、そう。
エミリ あれを、このちっちゃいケーキに立てるわけ?
譲治  うん‥‥まあ。

  全員、ケーキを見つめる。

全員  うーん。
エミリ ‥‥それは、ないな。
ラム  私もそう思う。
ルイ  何やの? 何やの? 何でそういう風に消極的に考えるん? ウエディングケーキやで。お祝いやで。パーッと景気がよかったらそれでええやん。ペンライトでも何でも立てたらええやん。
全員  ‥‥‥。
ルイ  もう! 何なん! みんな、辛気くさいなあ! こういうのは気持ちの問題やで。例えば‥‥ほれ、このタバコかて、火つけて立てたら、楽しい気分になれるって!

  ルイ、タバコに火をつけて、ガトーショコラに突き刺す。

全員  あー!
ルイ  ほれ、何かウキウキするやろ?

  全員、ケーキを見つめる。沈黙。
  立ち上る煙。

ルイ  あれ? ‥‥ちょっとイメージちゃうかなあ?

  ラムがグラスを叩く。
  チーン。
  全員、合掌。

全員  アハハハハハ。
ルイ  もう!

  ウエイトレスがやって来る。

ウエイトレス  あの、こんなのでよろしかったでしょうか?

  小さなロウソクが六本。

ルイ  ああ、おおきに。おおきに。
エミリ やっぱりバースデイ用じゃん。
ルイ  ええの、ええの。

  ウエイトレス、去る。
  ルイが、チーズケーキにロウソクを立て始める。

ラム  ちょっと待って。
ルイ  え?
ラム  あのさ、ママっていくつだったっけ?
ルイ  え?
エミリ えーっとね、確かね‥‥
譲治  四十六。四十六歳だよ。
ラム  そっか。‥‥だったら、ルイ、四本にして。
ルイ  え? 四本?
ラム  だから‥‥ママのトシの数。
ルイ  え? でも、これ、バースデイケーキとちゃうし‥‥。
エミリ ママの誕生日でもないけど?
ラム  いいのよ。いいのよ。‥‥せっかくなんだから、ママにも祝ってもらおうよ。エミリの結婚。
全員  ‥‥‥。
ラム  それに、せめて、あの世では、ママにも幸せになってもらいたいしさ。‥‥ルイが線香も立ててくれたしさ。
ルイ  ‥‥線香って。

  しばしの間。

悟   ウアアアアアーン!(大声で泣く)
エミリ え? え? 悟、どうしちゃったの?
悟   なんて‥‥なんて‥‥なんて、いい話なんだあ! ウアアアアーン! ラムさん、素敵すぎますよー! ウアアアアアーン!
エミリ ‥‥さとる。
ラム  フッフッフッ。今頃気づいたか? このラム様の魅力に。
ルイ  どさくさに、何言うてるん? (ロウソクを刺して)さ、火つけるで。

  ルイ、ロウソクに火をつける。
  全員、テーブルを囲んで、火を見つめる。
  次第に、ロウソクの照明。

エミリ ‥‥なんかね。
ラム  ‥‥うん。
エミリ こうして、火を、見つめていると。
ラム  ‥‥うん。
エミリ 落ち着くっていうか‥‥。心に染みるっていうか‥‥。
ラム  ‥‥うん。
ルイ  ‥‥送り火やね。
エミリ え?
ルイ  ほら、京都で八月に大文字やるやん?
エミリ ああ、大文字焼き?
ルイ  あほ! 東京の人間は、すぐにそういうスカを言う。あれはな、ほんまは五山送り火って言うねん。
エミリ 五山って?
ルイ  そやから、大文字だけとちごて、五つ燃やすんやわ。大文字と左大文字と、ええっとそれから、なんやったけな?
悟   灯籠流しとか精霊流しとかの仲間ですよね。
エミリ え? そうなの?
譲治  ♪きょーねんのあーなたのおーもいでがー(歌い出す)
悟   うん。九州に親戚がいてさ、子供の頃、見せてもらったことがある。なかなかいいもんだよ。
エミリ へぇ。
悟   火というのはね、なんかね、人間の、原始的なパワーみたいなのとつながってるんだって。だから、世界中のどこでも火をもやすお祭りとか行事とかがあるんだって。
エミリ それも、ネットの情報?
悟   うん、まあ、そうだけど。
全員  アハハハハ。
ルイ  もう! おっさん! うるさいって!

  譲治、歌を止める。

譲治  せっかく盛り上げようと思ってたのに。
ルイ  そんな気色悪い歌で盛り上がるかいな。
譲治  えー、名曲だよ? 知らないの? さだまさしの‥‥
ルイ  知らん。知らん。
譲治  もう!
全員  アハハハハ。

  間。

エミリ ‥‥ねえ、覚えてる?
ルイ  え?
ラム  何?
エミリ 昔、昔、クリスマスの時に、ケーキのことでケンカしたことあったじゃん?
ルイ  え?
ラム  そんなのあったっけ?
エミリ ほら、パパがなんか酔っ払って帰って来て、どこかで売れ残りのクリスマスケーキを買って来てさ。
ルイ  ええ?
ラム  えー? いつ?
エミリ 確かねぇ‥‥私が、小学校の二年か三年の時だったんじゃないかな?
ルイ  そんな昔のこと、覚えてへんわ。
エミリ だから、昔々って言ってんじゃん。
ラム  で、何のケンカだったの?
エミリ 珍しくパパがごきげんでさ、で、ママもニコニコしてて、ワインとか持って来て、うちの家、そういうハッピーな感じのクリスマスってほとんどなかったじゃない? だから、覚えてるの。
ルイ  ふーん。
ラム  で、何のケンカなのよ?
エミリ パパが「メリークリスマス!」とか言って、ケーキの包みを開けたのよね。そしたら、どっかでぶつけたみたいで、ちょっとグシャッとつぶれてたりしたんだけど、まあ、それはどうでもいいんだけど、ケーキの上にサンタがのっかってて‥‥。
ルイ  ちょい待ち! 何か思い出してきた!
エミリ え?
ラム  何を思い出したの?
ルイ  うーん。
ラム・エミリ ‥‥‥。
ルイ  うーん。
ラム  ‥‥がんばれ!
ルイ  うーん。あかん。思い出せん。
ラム・エミリ なーんだ。
ルイ  もうちょっとやったんやけどなあ。
ラム  もういいよ。‥‥続き、話して。
エミリ うん。‥‥でさ、ハパがライターで火をつけたのね。そのサンタの頭の上に。
ルイ・ラム  え!
エミリ パパ、サンタがロウソクだって思ってたみたいで、何度も何度も火をつけようとして、それで、サンタの顔とかがドローってなってきて。
ルイ・ラム  ええー。
エミリ それで、私が、「ハパ、やめて! サンタさんがかわいそうよ!」って言ったら、「このサンタはおかしい。欠陥品だ。文句言って来る。」とか言い出して。
ルイ・ラム  ‥‥‥。
譲治  あー!
ラム  何よ? びっくりするじゃない!
譲治  思い出した!
娘たち  え?
譲治  だからさ、クリスマスケーキのサンタってのはさ、ロウソクって決まってんだよ。
娘たち  え?
ルイ  それはちゃうやろ。
ラム  うん。それは違う。
譲治  えー。
エミリ そうそう、その時も、パパがそういうわけのわかんないことを言い出してさ、私たちが、「これはお菓子だ」って言っても全然聞かないのよ。それで‥‥。
ラム  それで?
エミリ 「そんなに言うなら、食ってやる」って、サンタを引っこ抜いて、頭をガブリ。
ルイ・ラム  え。
エミリ それで、「なんじゃ、こりゃ!」って、ペッて吐きだしたのよね。
ルイ・ラム  えー。
エミリ ほら、子供って、あのサンタさんを誰が食べるかって、必死になったりするじゃない?
ルイ  ああ。それ、あるな。
ラム  全然おいしくないけどね。
エミリ そう、固くて、甘いだけでおいしくないんだけど、でも、それがクリスマスの恒例行事っていうか、子供の楽しみだったりするじゃない?
ルイ  まあ、そやな。
ラム  うん、そうね。
エミリ それが、そんな風になっちゃったもんだからさ、私、すっごく悲しくて、思いっきり泣いちゃったのよね。床に落ちてるベトベトのサンタの頭を握りしめてさ。
ルイ  ‥‥それは‥‥きついな。‥‥トラウマになるな。
ラム  ‥‥子供の夢を無惨に踏みにじる大人。

  ルイ、ラム、譲治をにらむ。

譲治  ‥‥え? え?
ラム  あんたのことよ!
譲治  え? オレ?
ルイ・ラム  そう!
ルイ  ‥‥ごめんなさい、は?
譲治  ‥‥いや‥‥そんな昔のことを言われても。
ルイ  ごめんなさい、は?
譲治  ‥‥ごめんなさい。
ルイ  よし。‥‥(エミリに)ということやから。
エミリ うん。‥‥でさ、私はずーっと泣き続けてて、どのくらい経ったのかわかんないんだけど、そのうちママがギュッとだきしめてくれてさ。
ルイ  へえ。
エミリ で、「ごめんね。ごめんね。」って何度も何度も私に言うのよね。それで、ママの顔を見上げたら、ママも泣いてたのよ。
ルイ・ラム  え。
エミリ あの時は、どうしてママが泣くのかわかんなかったんだけど、今考えると、ママも辛かったんだと思う。クリスマス一つも普通に祝えないこんなウチに生まれさせちゃってごめんねって、そう言いたかったのかなあ?
ルイ  あー、それ、めっちゃわかるわ。
ラム  ほんと、私たち、不幸な星の下に生まれちゃったもんねぇ。
悟   ウッ、ウッ。
ルイ  こら、悟! もう泣くな! 男の子やろ!
悟   あ‥‥はい。すみません。
ラム  ‥‥でもさ、まあ、あの人も大概だったけどね。
ルイ  ママ?
ラム  うん。
ルイ  まあ、そやなあ。
ラム  料理も家事も全然できないし、酒もタバコもやるし、子供をほったらかして夜遊びもするし。
ルイ  まあな。
ラム  そういうの、あんたが一番似てるわね。
ルイ  え? あたし?
ラム  うん。あたし。
ルイ  えー。
エミリ それは言えてる。言葉使いもそっくり。
ルイ  えー。ママ、関西弁ちゃうやん。
エミリ じゃなくって、その荒っぽいしゃべり方。
ルイ  えー。うち、そんなことあらしまへんどすえ。
ラム・エミリ アハハハハ。
ルイ  ‥‥まあ、確かにお騒がせお母さんではあったなあ。
ラム  そうよねえ。
ルイ  今回のことでもそうやん?
エミリ え? 今回のこと?
ルイ  そやから、お葬式。
エミリ え? お葬式がどうかした?
ルイ  そやから、タイミングが悪すぎっていうか。やってくれるっちゅうか。
エミリ え?
ルイ  よりによってこんな時に死なんでもねぇ。
ラム  ちょっとちょっと、それは言い過ぎじゃない?
ルイ  まあ、あの人らしいって言えば、らしいけどね。
ラム  だから、もう! やめなさいよ。
エミリ そうよ! お姉ちゃん、そういう言い方はないわよ。
ルイ  え? そう?
ラム  そうだって。
エミリ いくら何でも、それは不謹慎よ。
譲治  オレも、そう思う。
ルイ  えー。あんたがそんなこと言えた義理なん? あんたこそ不謹慎のカタマリみたいなもんやん。
譲治  いや‥‥そうだから。そうだから、ちょっと反省して、心を改めようかなあって。
ルイ  そんなん、無理、無理。
譲治  えー。
ラム  もー、どっちも、どっちよ!
譲治・ルイ  え?
ラム  二人とも、不謹慎。反省しなさい!
エミリ そうよ。反省しなさい!
譲治・ルイ  えー。
エミリ ごめんなさい、は?
譲治・ルイ  え。
ラム・エミリ ごめんなさい、は?
譲治  ‥‥ごめんなさい。
ルイ  ‥‥ごめんなさい。
ラム・エミリ よし!
全員  アハハハハ。
悟   ‥‥あ、あの。
エミリ え? 何?
悟   ケーキ、どうするんですか?
エミリ ケーキ? ああ。
ラム  食べるんじゃないの?
悟   このケーキを、みんなで?
ルイ  ああ、切り分けるんもめんどくさいかなあ?
ラム  かなりグチャグチャだしねぇ。
エミリ タバコも刺さってるし‥‥。
ルイ  そや。二人で食べぇな。
エミリ え? 二人?
ルイ  ウエディングケーキなんやから。
エミリ え? もしかして、私と悟?
ルイ  もしかせんでもそうやって。
ラム  ああ、それでいいんじゃない?
エミリ えー。
ルイ  ほなら、ロウソク消さんとな。‥‥ほなら、二人で吹き消しーな。
エミリ え? それって、まるでバースデーケーキじゃん。
ルイ  ええから、ええから。細かいことにはこだわらない。
悟   あのう。
ルイ  え? 何か文句あるの?
悟   いや。‥‥バースデーケーキって、何で吹き消すのか、知ってます?
娘たち  え?
悟   あのね、バースデーケーキにロウソクを立てるって習慣は、かなり昔からあったらしいんです。
全員  ‥‥‥。
悟   で、ロウソクはね、その誕生日の人の幸せを祈るために立てるんですけどね、一度火をつけたロウソクは、燃え尽きるまで消しちゃダメだったんです。だから、ケーキを囲んで、みんなでジーっと待つんですよね。消えるまで。‥‥それで、もし、途中で消えちゃったりすると‥‥。
全員  ‥‥‥。
悟   どうなると思いますか?
ルイ  ‥‥もしかして?
悟   そうです! その人は死んじゃうんです!
全員  ‥‥‥。
悟   ほら、聞いたことありません? そういう話。地獄とかで、一人一人の人間のロウソクが燃えていて、それが消える時が、その人の寿命の終わりって。
エミリ ‥‥それも、ネットの話?
悟   いや、これは、テレビでやってた。
ルイ  あほー! 怪談やって、どないすんねん!
悟   え?
ルイ  こいつ、ほんま、アホ、ボケ、カスやな! 空気ぐらい読めよな。
ラム  私もそう思う。
悟   え? あ、すんません。ごめんなさい。
全員  アハハハハ。
ルイ  ‥‥ということやから、悟君、キミに重要なミッションを与えよう。
悟   え?
ルイ  ミッション。キミがこのロウソクを吹き消しなさい。
悟   え?
ラム  ああ、それ、いいアイデアよね。‥‥つまり、悟君は、自分で自分の人生を吹き消して、エンドマークを記すわけだ。
悟   えええ。
エミリ ちょっと待って!
ルイ  え? 何?
エミリ それはあんまりよ。そんなことしたら、私はまだ結婚もしてないのに未亡人になっちゃうじゃない?
ラム  バーカ。結婚してないのに未亡人になるわけないじゃん。
エミリ あ、そっか。
全員  アハハハハ。
ルイ  ‥‥それでは、何か言い残すことはありませんか?
悟   え。
ルイ  汝、城島悟、とっても短い付き合いだったけど、汝の来世に神の祝福のあらんことを。アーメン。
ラム  アーメン。
譲治  アーメン。
エミリ アーメン。
悟   エミリ、おまえまで。
ルイ  汝、城島悟、だまらっしゃい。
悟   ‥‥‥。
ルイ  それでは、名残は尽きませんが、お別れです。全員、英霊に向かって、敬礼!

  悟以外、敬礼。

悟   え、英霊って‥‥。
ルイ  音楽!
譲治  ♪きょーねんのあーなたのおーもいでがー‥‥

  しばしの間。

ルイ  はい、さっさとやるの。
悟   え?
ラム  だから、ほら、吹き消すの!
悟   ええー。
ルイ  ハイ! さとる! さとる!
全員  さとる! さとる! さとる! さとる! さとる!

  悟、ロウソクを吹き消す。

ルイ  おめでとう!
全員  結婚おめでとう!

  拍手。

悟   え? え?

  エミリが、悟の頭にゆっくりとジントニックを注ぐ。

悟   うわっ!
全員  ♪ハッピウエディングトゥユー ハッピウエディングトゥユー ハッピウエディング サトル アンド エミリ ハッピウエディングトゥユー

  エミリが、悟の頬にキス!

悟   え?

  全員、拍手!

悟   ‥‥これって、いったい?
譲治  少年よ、覚えときな。男ってのはさ、誰だって自分の人生のヒーローなんだぜ。

  音楽。(セカイノオワリ「サザンカ」)
  ♪夢を追う君へ 思い出して つまづいたなら
  いつだって 物語の主人公は 笑われる方だ
  人を笑う方じゃないと 僕は思うんだよ

悟   ‥‥おとうさん。(泣き出す)
ルイ  こいつ、また泣いてるー!
全員  アハハハハ。
悟   みなさん!
全員  ‥‥‥。
悟   自分は‥‥自分は‥‥自分は‥‥
ラム  悟君、がんばれー!
悟   自分は、今、猛烈に感動しています。‥‥こんなのは初めてです。生まれて初めてです。‥‥今まで、オレ、ほんとにいろんなことがあって‥‥それに、お母さんが亡くなられたのに、こんなことしてていいのかとか‥‥いろいろ考えたりしてたんですけど‥‥でも、よかった‥‥本当によかった。‥‥本当に、こんな自分でもよかった。生きててよかった。生まれて来てよかったって‥‥。みなさん、ほんとに、ほんとにありがとうございます。‥‥そして、エミリを選んで、ほんとによかったです!

  悟、エミリを抱きしめる。
  エミリも泣いている。
  全員、拍手。(「おめでとう」の声)

ルイ  ♪パンパカパーン。パンパカパーン。(結婚行進曲)

  みんなで結婚行進曲を歌う。

  ルイにサス。
  BGM。

ルイ  一つ目の歌は、悲しい歌はやめよう。悲しい歌だときっとウソになるから。ほら、もうまぶたに涙をためて、上手にウソがつけるから。私。
二つ目の歌は、楽しい歌にしよう。大好きだったあの人のお墓の前で歌ってあげる。ほら、もうこんなに大きくなったから。一人で歩けるから。私。
三つ目の歌は、ボサノバがいいかな? ミルクティーを飲み干して、ベランダでうつらうつら。何かあったような気もしたけど、でも、そんなのもうどうでもいい。まどろみの窓べりに思い出はそっと溶けて行く。
春になって、夏が来て、秋になって、また冬が来る。人生ってとっても退屈ね。そして、ちょっとだけドラマみたいなのがあって。そして眠る。たまには歌も歌ってみるわ。そういうのも嫌いじゃないの。私。

  照明、戻る。
  店内、BGM。

ラム  ‥‥海に落ちたって、やっぱりあれ、失敗だよね。
譲治  いや、案外そうでもないらしいよ。
ラム  え? どういうこと?
譲治  わざとやったんじゃないかって。
ラム  え?
譲治  だから、脅しじゃないかって。‥‥ほら、まともに東京をやっちゃったりしたら、それこそ全面戦争になって、第三次世界大戦になっちゃうかもしれないじゃん。
ラム  ああ、そっか。なるほどねぇ。
ルイ  でも、あれ一発だけで止まってるのって‥‥
ラム  え?
ルイ  かえって不気味な感じがせえへん?
ラム  ああ、それはそうかも。
ルイ  ニュースなんかも、いろんなこと言うてるし‥‥。何がほんまかわからへんやん。
ラム  だよねぇ。
譲治  こういう時は、ニュースとか新聞とかもどこまで信頼したらいいかわかんないからね。
ラム  え? どういうこと?
譲治  だから、こういう戒厳令みたいな状態になると、政府が情報を統制するから。
ルイ  え? そうなん?
譲治  ああ。それはいつの時代でも、どこの国でもそうだよ。
ルイ  そっかー。そしたら、ますますほんまのことはわからんくなるやん。
ラム  ねえ、そういうのって、悟君に聞いてみたら?
ルイ  え?
ラム  ほら、悟君、ネットの情報に詳しいからさ。
譲治  ダメだよ。それはダメ。
ラム  え? 悟君は信頼できないってこと?
譲治  いや、悟君じゃなくて、ネットってのは、平和な時だってフェイクニュースだらけだから。
ラム  ああ、そうなの?
ルイ  へぇ、そうなんや。
譲治  うん。
ルイ  ‥‥で、パパたちは、これからどうすんの?
譲治  うーん。先が全く見えないからなあ。
ラム  そうよねぇ。
譲治  とりあえず、ちょっと世の中が落ち着くまでは、京都にいようかなあって‥‥。ルイには迷惑かけて悪いんだけど。
ルイ  まあ、それはしゃあないやん。
譲治  すまないねぇ。‥‥だから、ママの四十九日は、京都でやるよ。
ルイ  らじゃあ。‥‥ラムは?
ラム  まだ考えてないけど、私もやっぱり関西かな?
ルイ  まあ、それがええんちゃう? こういう時は、家族が近くにいた方が何かとええやろし。
ラム  そうよねぇ。

  悟とエミリが戻って来る。

エミリ 会計終わりましたー。
ルイ  ああ、おおきにー。
ラム  もうすっかり夫婦気取りね。
エミリ えへへ。
ルイ  悟君、そのままやと風邪引くわ。うちのマンションで風呂入り。
悟   ありがとうございます。
ルイ  もう、ほんま、無茶するんやから。
エミリ エヘヘヘ。(悟に)ごめんね。
悟   え? ‥‥ああ、うん。
ラム  うわ。もう、熱い。熱い。
全員  アハハハハ。
ルイ  それじゃ、おおきにごちそうさまでしたー。
全員  ごちそうさまでしたー。

  全員、出て行く。
  ややあって、ウエイトレスがやって来て、テーブルを片付け始める。
  店内のBGM。「エイリアンズ(キリンジ)」に変わる。

  ウエイトレスにサス。

ウエイトレス  人が生きることの最大の障害は、期待を持つということです。私たちは明日という日を夢見るから、今日という日を忘れてしまうのです。まだ見ぬ未来にあるかもしれないものを、もしかしたらないかもしれないものを夢中になって探してしまうのです。まるで、砂場で宝探しをする子供のように。もうすっかり日が暮れて、帰り道さえわからなくなって、そうして、自分の手の中にあったものを失ってしまうのです。
明日のことなんか誰にもわかりません。誰にも見えません。だから、今日を生きましょう。今すぐに生きましょう。今ある今を確かに生きましょう。
あなたにとって、今日が素敵な一日でありますように。

  音楽大きくなる。
  溶暗。

                             終わり

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