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【藤島メリー泰子が女帝になった日】彼女の事を報じているメディアがあまりに少ない事から『いかに触れてはいけない人だったのだ』と想像してしまう。

【筆者のコメント】
ここに多少なりとも記述してある事を前提に申し上げると、『自分の身内を守る事しか考えられなかった極端に視野の狭い異常な母性過剰な経営者』であった。執念深い怖い悪行三昧。

人柄や行動の動機がどうあれ、芸能界最大の性加害犯罪者を60年間見過ごして保護して育成してきたのは、間違いなく『藤島メリー泰子』であって、この方の検証無くしてこの事件を終わらせていいのだろうか?

だからでしょうか、「藤島メリー泰子」に似ている「モンスターペアレント的なジャニオタ」が増えて行ったのだろう。

■郷ひろみ移籍(1975年春)でジャニーズが潰れそうになった。
でも相手は「バーニングの周防さん」。
怖くて誰も強く出れない。
それ以来、周防さんを真似する事を始めた。
契約書も権利関係もマスコミ対応もタレント管理も学んだ。
ある意味、現在のジャニーズを作ったのは周防さん。
性加害さえなければ・・と思うが、それが無ければ有名タレントを輩出出来ていない。
つまり、こうなる事は60年前にプログラムされていた事。

★郷ひろみのジャニーズ退社理由は性的犯罪と上沼恵美子が証言?デビュー秘話や事務所搾取問題も

D-media 2023-10-09



■ジャーナリストは、頭の良いエリートで、反社ではない普通の人だから、暴力には極端に怯える。

その傾向は、この事件を教訓にして怖い人(芸能界も含む)を記事にする事は稀となった。殺されたくないのは判りますが・・・ジャニーズもそういう事なのか?と邪推してしまう。だから闇は半分も解明されていない。

★なぜ朝日新聞記者は襲撃されたのか? 「赤報隊事件」の真実【インタビュー】

右翼関係者と並行して樋田さんは、ある宗教団体についても触れている。
現在も活動を続ける新興宗教だが、韓国との関係も深い。彼らが「この日本を否定するものを許さない」という事件に絡むことには矛盾を感じて仕方がないが、なぜこの教団についての記述を載せたのか。

韓国系宗教団体なのに、右翼っておかしいですが・・・


■メリー氏に「5時間監禁され罵詈雑言、恫喝」浴びた中村竜太郎氏 娘ジュリー氏の「気が狂ったように」に「やはり」

デイリー 2023/10/3(火)

中村氏は1999年にジャニー喜多川氏による性加害問題を文春で取材し、その後も記事に携わった。
2010年、執筆した記事について、メリー氏からクレームを言いたい、と事務所に呼び出されたという。  

実際に会ったメリー氏について「まぁ強烈なキャラクター、自分の言ってることは絶対正しい、という方だった。私は『帰りたい』とずっと言ったが、結局5時間以上そこで監禁されて、その間ずっと罵詈雑言とか恫喝とか脅迫めいたことを言われて」と説明。
「それでメンタル的に不調をきたしてしまう人も多かったと思います」と自らの体験をもとに推察した。  

ジュリー氏が手紙の中で母親を「気が狂ったように怒る」と表現したことについても「メリーさんに会ったことがない人だと、何言ってるんだろう?という感じだと思うんですが、私はその体験がありますから、“気が狂ったように”というあの表現というのは、やっぱりそうだな、実の娘にもそうだったのか、と、私の中で得心しましたね」としみじみ話した。



■【提灯記事に見える】故・藤島メリー泰子名誉会長 ジャニーズに捧げた「女帝」の激しき生涯…タレント愛ゆえの“剛腕”も数々

日刊ゲンダイ 2021/08/18

ジャニーズ事務所の藤島メリー泰子名誉会長が今月14日、肺炎のため都内の病院で亡くなっていたことが同事務所から発表になった。享年93。
1962年のジャニーズ創業以来、実弟の故ジャニー喜多川氏(19年に死去、享年87)とともに一代で希代のアイドル帝国を築き上げた。
天才的な審美眼でタレントを生み出すジャニー氏と、あくまで裏方に徹し、全国規模のファンクラブを組織化するなど今日の隆盛へと繋がる事務所の基盤をつくったメリー氏。時にはスキャンダルを追う芸能マスコミに対して体を張り、恫喝まがいの言動には批判の声も上がったが、同事務所の「少年隊」東山紀之がメリー氏の忘れられない言葉として「私はタレントを守る為なら、いくらでも悪人になります」をあげているのはその証左、激しき愛情の裏返しだったのであろう。功罪相半ばするメリー氏とはどんな人物だったのか。


 ジャニーズ担当の番記者らが集まっているのを見ると、そう言ってにっこりと笑い、「よろしくお願いいたします」と丁重に頭をさげる。ジャニーズの女帝と呼ばれ、「たのきんトリオ」「少年隊」などを育成した故・藤島メリー泰子氏の在りし日の姿である。芸能リポーターの城下尊之氏が回想する。

「記者団に会釈してくれたその足で舞台関係者のもとへと向かわれ、にこやかに接待されていたのを覚えています。1962年の創業当時から経理や実務をこなし(弟の)ジャニーさんがその力を存分に発揮できるよう、縁の下の力持ちとなって支えたメリーさんはジャニーズの代表として、関係各所に自ら足を運ばれていました。ジャニーさんが才能を見出したアイドル、タレントたちをデビュー前から見守り、衣装を縫い付けたり、弁当をつくってあげたり、洗濯までしてあげていた。メリーさんの溌剌とした立ち居振る舞いが印象的でした」

 タレント発掘からグループ結成、舞台プロデュースなどで「ジャニーズ帝国」を築いたのがジャニー喜多川氏なら、メリー氏はその裏方、経営やビジネス面でその力を発揮し、長年副社長としてマスコミ対応までこなし、今日のジャニーズブランドを築き上げた。表舞台に登場することはほとんどなかったが、ジャニー氏ともども、芸能界に多大な影響力を持つ大物であった。


■【提灯記事に見える】イノッチが明かした「貴重な3ショット」と“いびつな母娘関係”に東山氏もうめいた「メリー氏が本当に守るべきだったもの」

週刊現代デジタル 2023.09.09

ジュリー氏擁護記事にしか見えないが、藤島メリー泰子氏の異常な性格は垣間見れる。その意味で出している。

ジャニーズ事務所の創設者で元社長の故ジャニー喜多川氏(享年87歳)の性加害問題を巡り、9月7日に同事務所は都内のホテルで会見を開いた。新社長の東山紀之氏(56歳)とともに壇上に並んだ前社長の藤島ジュリー景子氏(57歳)は叔父の性加害を認め、被害者に対して謝罪した。問題を放置、隠蔽してきた故藤島メリー泰子氏(享年93歳)が「本当に守りたかったもの」の正体が見えてきて――。

前編記事『〈母と娘の歪な関係が生んだ不幸の連鎖〉ジャニー氏の性加害とメリー氏の隠蔽、そしてジュリー氏に注がれなかった「母の愛」』より続く。

ざっくばらんに話せなかった母娘

会見では性加害問題だけでなく、これまで同事務所の「疑惑」として囁かれていた事柄についても質問が相次いだ。

「会見では、ジャニーズ事務所を辞めたタレント、いわゆる『辞めジャニ』や、ほかの事務所の男性アイドルらへも『圧力』があったのではないか、と言及されていました。ジャニーさんとメリーさんの間には身内であるジュリーさんすら入り込めなかった。性加害についても、圧力についてもジュリーさんがその『噂』を聞いたところで、追及できる雰囲気ではなかったそうです」(前出の芸能記者)

もちろん、いくら家族であっても性的嗜好やハラスメント的な話を出すことは憚られるもの。だが、被害者のいる問題を放置し、隠ぺいする叔父と母に対し、勇気をもって訴えることはできなかったのだろうか。

「噂レベル」では知っていたものの、数々の問題について「知らなかった」と繰り返したジュリー氏。

「家族間でそういう話をしたことは一度もない」(ジュリー氏)

姉弟以上に固い絆で結ばれたメリー氏とジャニー氏の一方で、母と娘は心を許し合い、何でも言い合える関係とはほど遠いものだった。

「(メリー氏と)ざっくばらんに話すことはできなかったのか」と尋ねると、東山氏が質問に割って入ってきた。

「メリーさんは本当に忙しくて、ジュリーとメリーさんとはほとんど仕事場にいたんじゃないんですかね」(東山氏)

一番近くでジュリー氏とメリー氏を見てきた東山氏だから思うところはあったのだろう。

「多分普通の親子関係とは違いまして、私とメリーがざっくばらんに話す感じはありませんでした。2008年に今の事務所に移るまで、私は旧事務所に出社することもなかった。唯一私の娘、メリーにとって孫を通して話すことはありましたが、それ以外で頻繁に何か会話するような関係ではありませんでした」(ジュリー氏)

確執を抱えたままメリー氏は死去

ジュリー氏は2008年に同社の代表取締役社長を辞任している。その後、関連会社に移り、2人とは疎遠になっていたという。そして、その後も関係が好転することはなかった。

確執を抱えたまま、ジャニー氏が2019年に、メリー氏は2021年にそれぞれ死去した

「ジュリーさんは上品で冷静な方ですが、人に頼みごとをするのが苦手。それも直接、口では言えない。なにより彼女はプライドが高くて、人に頭を下げるのが嫌いな性格なんです。だから母親にも頭を下げられなかったし、追及もできなかった」(芸能プロダクション関係者)

叔父の性加害も、母の辞めジャニらへの圧力も、ジュリー氏が「本当は知っていた」と仮定しよう。だが、2人を問いただすことはきっとなかっただろう。

「メリーさんの守るべき対象が、やはり違っていたのかと今は思う」(東山氏)

イノッチが目撃した最初で最後の3ショット

副社長として、母親としてメリー氏が本来なら守らなければものはタレントたちであり、娘のはずだった。ジャニー氏ではなかった。

ジャニー氏の母親代わりだというならば、“我が子”の罪を正すことこそが「愛情」ではなかったのか。

会見に同席した所属タレントでグループ会社「ジャニーアイランド」社長の井ノ原快彦氏(47歳)は会見で、ジャニー氏とメリー氏とジュリー氏が3人でいた時のことを明かした。

「写真を撮りたかったくらいでした。それくらい、3人でいるところを見たのは初めて。それくらい複雑なところがある事務所だった」

メリー氏は生前、週刊文春のインタビューにこう答えていた。近藤真彦の母親が事故死した話に触れた時、涙を流し、そして次のように話した。
〈ボートに乗っていて、浮き輪が一つしかなくてさ、何かあったらときに、私は浮き輪をジュリーに渡す。ジュリーには逃げなさいと言って。よその子には浮き輪はあげられないけど、私全部抱えて泳ぎますよ〉(『週刊文春』2015年1月29日号より)

たとえ話を織り交ぜつつ、娘への愛情を強調していたメリー氏。だが、実態は程遠かった。

今、ジュリー氏は母からの「浮き輪」を受け取ることもできず、叔父と母が残した荒波で沈没寸前。会見では声を震わせ、所属タレントたちのことを話す場面では時折、目元をハンカチで拭うような仕草を見せていた。

多くの人々を不幸のどん底に陥れた当事者たちは、草葉の陰から何を思っているのだろう。

「死人に口なし」で、この問題は片づけることは決して許されない。

さらに関連記事『消えぬ「傀儡疑惑」…出会いは14歳。かつては結婚の噂も…東山紀之新社長が明かした「女帝」ジュリー氏との本当の関係』では、ジュリー氏退任後もやはり残ってしまう「同族経営」にまつわる懸念について迫っています。


だからと言って、企業トップでいる限り、ジュリー氏に責任がないとは言えない。



■有料記事なので途中で読めなくなります。

★ジャニーズのタレント育てた 藤島メリー泰子さんの知られざる素顔

朝日新聞デジタル 林るみ 2021年10月16日


終わりではありません

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