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no.11 - ”音圧競争”の終焉とストリーミング時代の新しいマスタリング-

今回の記事は、前半はかなり専門的な話題である。後半、ストリーミング時代の音楽について述べようと思う。

先日YouTubeで2020年以降のマスタリングのあり方を講演している映像をたまたま観たのだが、衝撃の内容だった。
これは全て英語なので、字幕等を駆使して音楽制作に携わる方は是非見ていただきたい。

映像に登場しているのはAlan Silvermanというエンジニアで、グラミー賞に何度もノミネートされている方なそう。

上記の映像の中身をnoteで書いている方がいたので、こちらも参照のほど。

マスタリングとは何かというと、音楽のプロダクションにおける最終工程のことである。作られた音楽を人々が聴く際に心地よく、ストレスなく聴けるように作品を調整する作業である。その調整は、人々の音楽を聴く環境の変化の歴史と関係している。

エジソンの発明した蓄音器に始まり、ラジオ、レコード、カーラジオ、カセットテープとウォークマン、そして1982年に開発されたコンパクトディスク(CD)、2001年のiTunesと環境は変化し、マスタリングのあり方も変化してきた。

もともとマスタリングは単純な適正レベル調整の作業だったが、レコード時代の1960年代にBob Ludwigという伝説の人物がより目立つ音量でレコードをマスタリングするようになってヒットし、そこからマスタリングエンジニアが音楽産業の売り上げに寄与するようになった。

さらに1996年頃、ブリックウォールリミッターという音圧を過剰にまで上げることのできる機械やソフトが開発された。"音圧戦争"の始まりである。

そしてストリーミングサービスがメインになった現代、マスタリングのあり方が180°変わってしまったというのが上記の映像の主題である。

1996年から2019年にかけて行われた”音圧戦争”の時代は、ピークノーマライゼイションという考え方だった。オーディオには必ず0dBという天井が存在し、それ以上を超えると音が歪んで聞こえずらくなる。そのギリギリまで楽曲を潰して、ほかのCDやアーティストよりも自分たちを目立たせて売上につなげようという考え方だった。CDというメディアは74分の有限の世界で、アーティストは独自の世界観と音圧をコントロールできた。つまりCD時代において、統一された音圧は存在しなかった。

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“音圧戦争”は、必ず犠牲を伴う。
音楽の音質が劣化した。つまり、その頃に世に出た音楽のほとんどは、自分の作品を他の人よりもラジオ映えさせたり、CDを再生させたときにインパクトを持たせるための音圧の代償は、音質劣化だった。

しかし、ストリーミングサービスの登場で事態は完全に変わった。
今や1930年代の音楽から、音のダイナミクス(音の大小)が非常に大きいクラシック音楽、大音量のロックなど、数千万曲を誰でも自由に聴ける時代になったため、すべての音楽のレベル(音量)を均一化させる必要性が出てきた。
1930年代の音楽はダイナミクスがあり、そんなにレベルが大きくないが、現代のロックは音圧があり、同時に鳴らすとボリュームをいじったり、下手をすると耳を痛める事態が生じる。

その問題の解決策が、ラウドネスノーマリゼーションである。それぞれのストリーミングサービスが独自にラウドネスレベルのターゲットレベルを決めて、過剰な大音量の音楽のレベルを抑えるようになった。つまり、音圧のコントロールが製作側でできなくなった。

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結論を言うと、ストリーミング時代においては、ダイナミクスのある音楽の方がよく聞こえ、音圧戦争時代に横行した潰れた音楽はダイナミクスのある音楽より音量が小さくなり、趣のないペラペラな音楽になってしまうという逆転現象が起こる。つまり、1930年代のFats Wallerの方が音楽的に豊かに聞こえ、2000年代のロックがペラペラな薄い音楽に聞こえ魅力がなくなってしまう可能性が出てきた。

人間の聴覚は瞬発的な音はあまり大きく感じず、持続音的な音の方が大きく聞こえる。例えば工事でハンマーで「カン」と叩くよりも、ドリルのドドドドっという持続音の方が大きく聞こえる。

それと同じで、音圧ある持続的な音量の音楽は極端に小さく聞こえることはないが、音圧のある音楽がない音楽よりよく聴こえることは完全に無くなった。より音の大小がある音楽の方が豊かに聞こえる。ライブを聴いている感覚と同じだ。

今まで学んだマスタリングの知識はリセットされ、考え方が180°変わった。


ミックスやマスタリングなど全く知らなかった頃、私はデモを作ってはDJの友人に聴かせると、「なんか聞こえずらい、もっとレベル上がんないの?」と言われ、ショックを受けた。
どうしたらパッと聞いたときに聞こえが良くなるのか、研究し始めた。

もう何冊も専門書を読み、専門雑誌も読み込み、マスタリングとは何かを学んだ。その過程で音圧を上げることは、私にとって強迫観念になってしまった。
私にとって、マスタリングの作業は苦痛でしかなかった。折角、ミックスの段階で全体が整って、楽曲が完成したのに、さらに音圧を上げるために楽曲のバランスを崩し、再構成する手間には本当に嫌気がさしていた。

しかし、ストリーミングサービスが主流になった結果、音圧を得る行為はなくなった。私は監獄から解放された気分だった。


最後に、音楽リスナーとしての音楽の変化について書こうと思う。

1つ目に音楽家は音圧でごまかせなくなり、人々にとって価値のある音楽を作れないと聴いてもらえなくなった。つまり、音質の向上と、音楽そのものの価値の向上が必要になる。ストリーミングサービスやクラウドに、誰でも楽曲をアップできる時代にはなったが、制作者は「いい音楽とは何か、自分の音楽は何か?」を問われる時代になってきている。

2つ目に、新たな音像の音楽が出現する可能性がある。
1960年代の音楽産業が興隆する前の音像に似た、ダイナミクスのある音楽が多くなる。技術の進歩に伴って、新しい鳴りの音楽がこれから出てくるであろう。

3つ目に、5Gの時代に入ると、データ転送量が増えてよりクリアな音質で聴ける環境になる可能性がある。
現在のストリーミングは、1曲5分で最大約12MBくらいの通信量である。
より大きいデータ転送量が実現するとさらに音質の高いファイルサイズで配信する時代がすぐ来ると予測される。

ストリーミング時代になった今日、リスナーはよい音楽に触れる機会が増えるようになるかもしれない。

音楽のゲームチェンジが始まった。より良い音楽がこれから世の中に出ることを願う。

※昨年リリースした、Sound Style Cloudsの3つのシングルは、今春にミックスとマスタリングをし直して再リリースする予定です。お楽しみに。

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Sound Style CloudsはMasanori Takahashiの音楽プロジェクト。作詩・作曲・編曲・制作をする音楽家。ジャンルレスに様々な音楽を聴き、日本人や世界の人の音楽のルーツは何かを探し続けている。http://www.soundstyleclouds.com

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