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no.07 -コンピューティングの発達と現代の音楽-

エレクトロニカ、というジャンルをご存知だろうか?
1990年くらいから2010年くらいまで、一部の音楽ファンから愛されたジャンルで、世界的に広がりを見せた音楽であった。

イギリスのWarpレーベルが1992年に発表した「Artificial Intelligence 」がエレクトロニカの発祥らしい。従来の踊ることを目的とした電子音楽から、聴くことに主眼を置いた電子音楽に発展し始めた。Warpを代表するAutechreの作品。

パソコンの性能が向上し、CPUの処理速度が上がり、ラップトップコンピューターが普及し始めると、コンピューターのみで音楽を作る人々が2000年以降多くなった。この辺りから、音楽を響きとして捉える「音響派」という人々が台頭した。2000年以降、細野晴臣氏や、坂本龍一氏らが傾倒していた電子音楽の数々はこの流れから出ている。ある種、凄まじい境地まで行ってしまった、Alva Note & Ryuichi Sakamoto。


ラップトップコンピューターの音楽は、特に音楽の楽理的な知識は必要とせず、音楽を作ったことのない人でもソフトウェアさえ手に入れれば誰でも作れる可能性を持った音楽だった。斬新な音楽も生まれたが、結局大きな流れにはならず、エレクトロニカというジャンルは時代の流れの中に溶け込んで、現在の音楽の中にある。


パソコンで音楽ができるようになったことで変化したことが2つある。

1つ目の変化は、パソコンとDAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)という波形編集ソフトを購入すると、誰でも音楽が作れるようになったことである。

2000年より以前は、音楽をレコーディングすることは個人ではほぼ不可能であった。録音機材は高いもので数千万円し、個人で買える代物ではなく、レコード会社という資本がなければ誰も音楽作品を作れる環境にはなかった。音楽を作るには、レコード会社に雇ってもらい、デビューするしか殆ど手立てがなかった。

しかし、DAWの発達により、誰でも音楽が作れる時代に2000年以降にできるようになった。
ストリーミングという音楽配信の時代の移行に伴い、レコード会社も今までのCDやレコードの売り上げという収益源を失い、商用スタジオも経営難になってきたが、パソコンと周辺機器を揃えるだけで、誰もが音楽を作れる時代になった。
現在では、iPhoneやiPadで音楽を作る若者もいる。

最近、世界で注目されている、私の大好きなスティーヴ・レイシーという20歳の天才がいるが、彼はiPhoneのみで作っている。結局、アイデアとコンセプト、そして楽器が弾ければ誰でも音楽が作れるのだ。

2つ目の変化は、音楽を視覚的に編集するようになったことである。

DAWとは、録音物を波形として見えるようにしてくれた。昔は耳のみで音楽を把握していたのだが、音楽が視覚的にコントロールできるようになった。例えば、ちょっと音程が合っていない歌い手の歌を綺麗にピッチを合わせることだったり、リズムがずれていても、タイミングのあう場所まで波形をずらしたり、完璧に音楽をコントロールできる時代になった。
現在のメジャー音楽の歌は、90%の楽曲はピッチ補正されている。

そのような流れへのカウンターカルチャーも2010年以降登場した。最近は、コンピューターで作っていた人々が限界を感じ始め、手を使う「楽器」に回帰する人が増え始めた。ただ視覚的に音楽をコントロールするのに違和感を感じ、叩いたり、弾いたりする従来の鍵盤以外のコントローラーが最近開発されている。ROLI社の「Seaboard」は画期的な製品だ。

楽器メーカーからは、アナログシンセサイザーが次々と開発された。
アナログシンセサイザーは、1960年代くらいから開発された歴史ある楽器だが、現在のテクノロジーを混ぜて性能のいい楽器がたくさんリリースされている。パソコンでも良質なシンセサイザーは搭載されているが、アナログシンセの独特の温かみのある響きが好まれる所以だろう。

コンピューターはあくまで録音用としている人は多い。結局、マウスや画面の音響波形をコピペすることは、初めての経験としてはワクワクしたものの、優れた音楽を作ることにはならないと人々は気がついた。

人間の手は脳と繋がっており、自分のイメージを具現化するには手で動かせるインターフェイスの方が楽しく、スムーズにできるのである。手は、やはり創造の一番の源泉なのかもしれない。

歌声もピッチ補正せず、本来のありのままの歌を披露する音楽家も多数存在する。

本当にいい音楽とは、綺麗にピッチもあっていて、リズムも機械のように正確なものなのだろうか?

人は不思議なもので、不完全なものを愛したり、綺麗に整っていないものに美を感じたりする。そこには、手で作ることや、耳だけで作る音楽に感動したり、生の歌声に心を揺さぶられるからなのだろう。歌とは、歌手の情感に一番の魅力があるのだと思う。

最近はAIのテクノロジーも発展し、音楽ソフトウェアに搭載されてきた。本当に誰でもアイデアとコンセプトさえあれば誰でも快適に音楽が作れるようになる。

そしてそこにさらに作曲家、音楽家が自分の個性を出すとしたら、「身体性」だと思う。


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