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出会い

 誰にも会わずまったく独りきりだった山歩きを終え、駅へと向かう途中、母と同じくらいの年齢の方が道に佇んでおられたので、方向を伺った。経緯は忘れたが、少しばかり立ち話をすることになり、その方が「自伝」を書きたがっているということがわかった。

 先生について何か学んでいるらしい (「何か」は忘れた)。生きがいを見出したのだろう、とても生き生きとしていた。誰かに話したくてうずうずしていたところに現れたのが俺ってわけだ。他人だからこそ話せることもある。それに、もう二度と会うこともない。

 ずっとそこに住んでおられるのか伺ったら、移住してきたとのこと。あまり話したくはないようだったので、それ以上は聞かなかったが、何かを思い出しているような顔をしていた。自伝の構想を練っていたのかもしれない。書きたいことは山ほどあるのだろう。

 話したくても話せず、心にしまっていることがあるのはこの方に限ったことではあるまい。もう通ることはないであろう道で出会った、もう会うことがないであろう方々。出会いの妙。頂から見えた悠然とした富士山と山麓の小さな村。しあわせでありますように。