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「自然体」

 十年後とか十五年後とかの話になった。まったくピンとこなかったが、将来を確信している方の頭には様々な絵が描かれているようだ。ピンとこないとはいっても「明日は明日の風が吹く」などと思ってはいない。思わずとも、そういうものではなかろうか。"Life is what happens while you're busy making other plans" というジョンレノンが歌詞に引用した一文を思い出す。「あれこれと予定を立てている間にも人生は着々と展開している」とでも意訳してみようか。

 議論が起こりそうになりつつも、起こらず場が収まった。本当のことは誰も言えずじまいだったのではないか。「数字の見直し」を求めているのに「専門外だから」で済まされていた。皆いい人なのである。いや、いい人を演じたいのかもしれない。しかし、心の内はどうか。議論してヒートアップしたら燃え尽きるまでやらないと燻ることになる。燃え尽きれば自然にクールダウンする。一括りにはできない一人一人。憶測と目論見。奥の奥に潜んでいるのは、さて何ぞや。

 はい、いずれ姿を表すでしょう。対面するか、目を逸らすか、棚に上げるかは、人それぞれだが、皆わかっていらっしゃる。隠せば隠すほど顕になる?  顕にすることで見えなくなることもある?  それも皆様ご存知でいらっしゃる。ぶっちゃけたところですべてをさらすことはできないが、ふとした行為が本心を顕にすることもある。「自然体でいればいいのだ」って、それ以外一体何が可能だというのか。「汝自らを知れ」が現在も響くのはどういうわけか。知即不可知ゆえか。