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検査の時間(ショートショート)

男はロボットの前に座り、電源を入れた。
先月までは、データ分析など数値を扱う業務を主としていた。派手な仕事ではなかったが、数値という絶対的に信頼できる言語を使う分析を行い、改善されていく様を見るのが、私は好きだった。しかし、今月から「検査」という業務を担当することになった。昨今の人員削減の影響で異動となったのだ。私の立場では上の言うことを聞くしかない。
検査とは、ロボットと人間で対話を行い、欠陥が無いか確認する仕事だ。内向的な私にとって、対話を伴うこの仕事は気が重たかったが、やっと慣れ始めてきた。さぁ今日の検査も次でラストだ。この検査が終わったら夜は何をしようか、そんなことを考えていた。
「名前は?」
「ZF4476です」
「了解。まずは、数学の問題から。この問題解いてみて」
「はい」
「答えは?」
「34.9807°です」
「正解だ。では、次はこの問題。今度は時間を測るぞ」
「はい」
「では、よーいスタート」
「・・・はい、∫C z2+1ez dz=πei です」
「ふむ、よろしい。タイムも問題ない。では、次は道徳の問題だ。君たちの判断に倫理観は必須だからな」
「はい」
「倫理観が抜けていると、君たちは暴走しかねない」
「はい」
このようにして、私は個体の精度を検査する。合理的な判断と道徳的な判断、2つの判断基準をしっかりと持てているか、対話を通して確認する。歴史を振り返ると、倫理観に欠ける個体を世に放ってしまったことで、たくさんの血が流れたこともあった。私たちは、その残虐な歴史を繰り返さないよう、時間をたっぷりかけて、何段階もの検査をする。特に道徳的な判断というのは難しい。AならBというパターンで覚えるだけではダメで、なぜそれが良いことで、悪いことなのか、背景や状況を踏まえた上で判断をしなければならない。
「ふむ、よろしい。道徳の時間も終わりだ。では、来週も16時からここで検査を行う。来週は物理だ」
「はい、わかりました」
「では、また来週」
「はい、ありがとうございました。失礼します」
「ふむ」
1時間に渡る検査が終了し、私は一息ついた。

「おい、ZF4476。検査の時間は終わったのか?」と先生は言った。
「はい、さきほど終わりました」
「最後に使った人が検査ロボットの電源を落とす決まりだろ」
「あ、すみません」
そう言って、男はロボットの後ろに回り、首筋にあるシャットダウンボタンを押した。

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