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音楽と戦争⑤政治プロパガンダに利用された戦争交響曲

実は、ロシアには、序曲「1812」年より歴史的に近い第二次大戦に関係する戦争関係の音楽があります。それは、ショスタコーヴィチの交響曲第7番ハ長調Op.60、通称「レニングラード」と呼ばれる大曲です。
交響曲第7番は、第2次大戦でも有名な戦いの一つであるナチス・ドイツによるレニングラード包囲戦(1941年9月8日 - 1944年1月18日)と重なる時期に作曲・完成された作品。当時、ショスターヴィッチはレニングラードに滞在しており、1941年9月17日、ショスタコーヴィチはレニングラード放送局から市民を励ますために交響曲を作曲していることをアナウンスしたことも有名なエピソード。作曲自体は、レニングラード包囲前の1941年8月頃から開始され、12月17日に完成。様々な経緯を経て最終的には現在の4楽章の形になって完成。
初演は、1942年3月5日(3月29日説あり)に、レニングラードではなく、当時の臨時首都のクイビシェフにてサムイル・サモスード指揮ボリショイ劇場管弦楽団で行われ大成功を収めました。ここからこの交響曲の政治的プロパガンダ利用が始まります。
当時のソビエト連邦政府は初演を国家的イベントとして、大々的なプロパガンダを行ってます。 リハーサルのレポートをプラウダ紙上で取りあげ、「ファシズムに対するロシア民族の戦いと勝利」という言説を付けています。 初演後、楽譜はマイクロフィルム化され、テヘラン~カイロ経由で連合国側(欧米)に運ばれました。
アメリカは、1941年12月に真珠湾攻撃を受け第2次世界大戦に参戦。本格的に連合国への武器援助を始めたものの、共産国であるソ連への援助は世論の賛成が得られず、実施されませんでした。この辺は、今のロシアのウクライナ侵攻と似てなくもありません。
そこで、アメリカもレニングラード交響曲を利用しようと考え、マイクロフィルムを入手、初演権の熾烈な争いが起こったりしましたが、結局、1942年7月19日、アルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC交響楽団がアメリカ初演を行いました。初演の模様は、全米にラジオ中継され、センセーションを巻き起こしたと伝えられています。
さらに「タイム」誌の1942年7月20日号の表紙に消防服姿のショスタコーヴィチが掲載されるというようなことも起こっています。その結果、世論もソ連支援に傾き、ソ連に武器供与することが可能になりました。ナチス・ドイツか共産ソ連か、どちらをとっても(生き残っても)最悪の結果を招くので、まあ究極の選択と言えるものでしたが、アメリカはソ連支援を選択しました。
もう一つエピソードがあります。現地レニングラードでは、1942年8月9日、カルル・エリアスベルク指揮レニングラード放送管弦楽団(現サンクトペテルブルク交響楽団)によりレニングラード初演が予定されいて、ドイツ軍の包囲が狭まる中、兵士として従軍していたオーケストラ奏者を前線から急遽召喚してオーケストラを再編成、コンサート開催を成功させるためソ連軍がドイツ軍の攻撃をストップさせるべく一斉攻撃を敢行、初演は無事に行われました。まあコンサートを開催するために軍隊が特別な攻撃をするなんていうことは俄には信じられませんね。しかし、実話です。
結局、当時のレニングラードの人口約320万人の内、67万人が死亡したとされいます。67万人というのはソ連政府の公式発表で、実際には100万人以上という推測もあります。
公式発表が信用できないというのも今と同じですね。
戦闘そのものだけではなく餓死した人も多くいたと伝えられ、悲惨な状況だったようです。
ところで、交響曲は、演奏時間は約75分前後、4楽章制で大編成のオーケストラが演奏するもの。ピッコロ1、フルート2(2番はアルトフルート持ち替え)、オーボエ2、コーラングレ1、E♭管クラリネット1、クラリネット2、バスクラリネット1、ファゴット2、コントラファゴット1。
金管楽器は2グループあります。
第一群
ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ1
第二群
ホルン4、トランペット3、トロンボーン3
打楽器
ティンパニ、トライアングル、タンバリン、小太鼓、シンバル、大太鼓、タムタム、シロフォン、ピアノ、ハープ2
弦楽器
第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス
というもの。巨大なオーケストラです。実演で聴くと物凄い音が鳴り響きます。
第1楽章 Allegretto(「戦争」) ハ長調 特殊なソナタ形式
第2楽章Moderato. Poco allegretto(「回想」) ロ短調 4拍子のスケルツォ
第3楽章Adagio(「祖国の大地」) ニ長調
第4楽章Allegro non troppo(「勝利」) ハ短調 - ハ長調
第1楽章では小太鼓に乗って「戦争の主題」が長大なクレッシェンドを築き(ラヴェルのボレロのパロディ)。ドイツ軍が迫る様を描写し、中間の第2楽章、、第3楽章では平和な時代の回想、ロシアの大地への賛歌などがあり、第4楽章は、再び激しい戦争の描写があるります。最後は壮大なフィナーレで終わりますが、単純な勝利の賛歌という感じではありません。この辺は、演奏者の解釈で印象が変わってくる部分です。
ところで、「戦争の主題」の部分は、かなり前にシュワルツネッガーが出演したアレナミンvのCMで使用され一時流行しました。聴き覚えがある人も多いと思います。
また、晩年に「ナチスに抵抗する市民だけを音楽したわけではない」という主旨の発言をしたと伝えら、共産党独裁政権に対する批判も含まれているという解釈も行われるようになりました。いずれにしても、約75分という長めの交響曲ですが、テーマが分かりやすいので人気がある作品です。
実は、第2次大戦が終了し、冷戦時代になると共産ソ連のプロパガンダ色が強いので、西側ではあまり演奏されなくなります。ところが、先述したショスタコーヴィチが体制批判的な内容も含まれていると語ったことが伝えられ、さらに1990年にソ連が崩壊するとロシア以外でも再び演奏される機会が増え、現在は人気曲になっています。
疑問なのは、チャイコフスキーの序曲「1812年」が演奏中止になるのに対して、「レニングラード」は演奏中止にならないということです。「レニングラート」の方が直接的でセンシティブな内容を含んでいるのにです・・・・・

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