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第29話 心に鍵をかけ続けた数十年

会社の入社面接で、自分が悩んできた経緯を説明できたのは、かなりの偶然が重なったからでした。聞き上手な方がうまく話を引き出してくれたからこそ、私も素直に話すことができたのでしょう。
でも、そんな機会は日常生活の中ではほとんどありません。その後の大学生活でも、社会人生活でも、私が脱毛症に悩んでいたことを人に打ち明ける機会は全くありませんでした。

私は、自分の根源的な悩みに厳重な鍵をかけて、滅多なことではその鍵を開けなかったのです。せっかく強固なかさぶたで守っている古傷を、表面に出すのが怖かったからです。
自分一人で外見について悩むことは、社会人になってからも時々はありました。
でも、その悩みを誰かに打ち明けたことは、一度もなかったと思います。
それほど、厳重に鍵をかけてしまったのです。

鍵をかけたのは、自分の弱さでもあります。
自分の弱さを、そのまま人に見せることができませんでした。
深刻な悩みとしてではなく、笑いに変えながら自分の本音を見せるというやり方もあったのかもしれません。でも、そういうこともしませんでした。「ハゲ」という言葉は、自分の中で禁句でしたし、他人に対してもそういう言葉を発するチャンスを与えませんでした。

数十年が経った今、当時のことを思い出しながら、ようやくその鍵を開けようとしています。
そして、この文章を書いてきました。
実名ではなくペンネームで書いていますし、私自身を特定しやすいような具体的なキーワードは避けたつもりです。でも、全てが実話なので、当時の私のことを知っている人は推測がつくでしょう。
やっと、それでもいいという心の境地に建てたのです。私の友人に読んでもらってもいい。自分が過去にこういう風に悩んでいたことを、彼らも機敏に感じ取ってくれていたとは思うけれども、本人自身の回顧録として読んでみてほしい。もし良ければ、私に感想を伝えてほしい。
そう思えるくらいには、心の鍵が開いてきたのです。
この心境に至るまで、数十年を要しました。長い長い時間でした。

悩んでいるその時々にリアルタイムに記録を取っていれば、もっと生々しく当時の様子を文章にまとめられたと思います。
でも、そういう記録を一切してきませんでした。
写真すら、ほとんど撮っていません。特に大学生活の前半は、写真に写ることを嫌っていましたし、友人と映った写真を欲しいとも思いませんでした。
いつか、こういう文章をしたためたいということは、はるか昔から考えていたのですが、それを行動に移すことができないままでした。
数十年前の記憶を思い起こしながら、この文章を書き起こすことになりました。

ある程度文章を書き終えることができた今、なんだかほっとした心境です。

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