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年金について

第一章 公的年金の役割

 社会保障制度とは公的な仕組みでの生活保障である。その個別の制度として年金、医療、介護、雇用保険、労災保険、社会福祉サービス、生活保護などがある。
 そのうち現金給付というかたちで、所得を保障するする仕組み、つまり「所得保障」には、年金、雇用保険、労災保険、生活保護がある。なかでも年金制度は、所得保障の中心的な役割を果たしている。
 実際に数字を見てみると社会保障費用は2011年度で約107兆円であり、そのうち約半分の54兆円が年金に使われている。
 日本の公的年金は保険料を支払ったことを条件に給付を受け取ることができる。これを「社会保険の原理」という。
 日本の公的年金には大きく分けて、老齢給付、障害給付、遺族給付の三種類の給付がある。公的年金はどうしても老齢期の所得保障と思われがちであるが、障害をおったときや世帯の主な稼ぎ手がなくなった場合の所得保障の中心は公的年金制度が担っている。
 年金が社会保険方式であるメリットには次のようなことがある。
①保険料を支払っていれば、保険事故(支給開始年齢以上に長生きする、障害をおう、家族を残してなくなった)が発生した場合、原則、所得や資産の制限なく年金を受給できるという「権利性」が強い。
②税金を財源にする場合は、税金を使う他の政策と優先順位を常に争うことになるが、年金保険料は年金の給付にのみ使われ、他の政策に転用されないため制度が安定する。
 公的年金は2011年の時点では高齢者世帯の所得の約68%を占めており、高齢者の生活の柱となっていることがわかる(厚生労働省「国民生活基礎調査2011」より)
 日本の公的年金は、三階建てになっている。一階部分が国民共通の国民年金、基礎年金になっている。二階部分は被用者(サラリーマンなど)が加入する厚生年金であり、その上に三階部分の企業年金や個人年金(確定拠出年金)がある。
 国民年金とは「加入」制度であり、基礎年金とは国民年金加入者が「受け取る共通の年金」の名称である。加入・保険料納付を入り口、年金の受け取りを出口と考えると入り口は国民年金で出口は基礎年金と考えればよい。
 この共通部分の国民年金には20歳から59歳までの国民が加入することが義務付けられている。
 ただ、同じ公的年金でも厚生年金の加入年齢は厚生年金の適用事業者で働いている70歳未満の正社員(週30時間以上の被用者)である。したがって条件を満たせば15歳から69歳のサラリーマンが加入者になる。
 国民年金は職業などによって加入する形態が異なり、保険料の支払い方と違う。つまり入り口が三つにわかれているので少し複雑である。
 サラリーマンとその被扶養配偶者(サラリーマンに扶養されている妻、あるいは夫)ではない人、自営業者、仕事についていない人、非正規労働者は国民年金保険料を直接支払う必要がある。この加入のタイプを「国民年金第一号被保険者」と呼ぶ。
 第一号被保険者の保険料は月額が15250円(2014年度時点)である。保険料は2017年度まで毎年引き上げられ、2017年度以降は16900円で固定化されることとなっている。
 また、一定以下の収入の場合は保険料が免除される場合もある。
 免除には生活保護受給者など法律で定められた人が受ける「法定免除」と、みずから申請する「申請免除」がある。申請免除は収入水準によって全額免除、3/4、1/2、1/4の保険料免除がある。
 このほかに学生納付特例制度や20~40代の低所得者向けの若年者納付猶予制度がある。
 サラリーマンや公務員、また、その被扶養配偶者も国民年金に加入するが、サラリーマン、公務員本人は「国民年金第二号被保険者」となり、彼らの国民年金の保険料は厚生年金と合算して徴収される。
 厚生年金の保険料率は労使と本人が半分ずつ負担となります。
 一方、サラリーマン、公務員に扶養されている配偶者は「国民年金第三号被保険者」であり、みずからは直接保険料を支払わない。第三号被保険者の保険料はサラリーマン、公務員が支払う厚生年金保険料のなかから捻出されているからである。
 第三号被保険者の条件は第二号に扶養されている配偶者(被扶養配偶者。生計維持関係のある事実婚も含む)である。年収は原則130万未満。パートなどで働いている場合は、①正社員の労働時間の3/4未満であること、さらに②同時に第二号被保険者である配偶者の収入の1/2未満の条件を満たす必要がある。なお第三号被保険者は現在約1000万人近くいるが、そのほとんどは女性である。男性の第三号被保険者も約1万人いる。
 老齢基礎年金は65歳以上であることを条件に給付されるものであり、生きている限り受給できる。
 老齢基礎年金の受給開始年齢は65歳であるが、60歳からの繰り上げ受給と65歳以降に繰り下げての受給もある。繰り上げをすると年金額は最大30%程度カットされ、逆に繰り下げは最大42%増額され、その金額で生涯給付されることになる。したがって、繰り上げて受給すると平均以上の寿命を生きた場合は「損」をすることになる。金利を考慮する必要はあるが、おおよその「損益分岐点」の年齢は76歳である。以前は繰り上げ受給者は多かったが、現在は寿命が延びてきた影響で減少傾向にある。
 国民年金を40年間、すなわち480月支払った場合、満額の老齢基礎年金は月額64400円(2014年度)である。
 保険料を支払った納付期間、免除の期間、制度上、支払うことができなかったカラ期間、学生納付特例制度と若年納付猶予制度の手続きを行った期間、それぞれを合計した期間を「受給資格期間」と呼ぶ。ただし、この受給資格期間が25年以上ないと老齢基礎年金を受け取ることができない。
 なお、第二号被保険者のところでも述べたように、厚生年金や共済年金に加入したときは同時に第二号被保険者として国民年金にも加入しているため、厚生年金、共済年金の加入期間は、国民年金を支払った期間に含まれる。
 免除を受けた期間は、年金受給のために必要な受給資格期間に参入されるが、給付額の計算には部分的に参入される。また特例納付の期間は、受給資格期間に参入されるが、給付額の計算には参入されない。
 このように、受け取る基礎年金額は受給資格期間を満たすことを条件に、保険料納付期間と免除期間の一部に比例することになる。
 なお、自営業者などに対する基礎年金の上乗せ年金としては任意加入の付加年金、国民念基金制度がある。またこれ以外に任意加入の私的年金、企業年金がある。

第二章 改革を繰り返した年金制度

 日本の年金制度はサラリーマン、つまり雇われる人を中心に発展し、国民年金より厚生年金のほうが早く発足した。前に述べたように厚生年金は戦時中に成立し、戦後の混乱のなか一時的に実質的な機能が停止したが、1954年に新厚生年金として再出発した。
 国民年金は1961年に自営業者や零細企業の労働者を適用対象として始まり、これにより厚生年金、共済年金、国民年金などによる分立した年金制度となり、国民がいずれかの年金に加入する「皆年金」となった。
 しかし、戦後、家族形態の変化、都市部への人口集中、サラリーマン化により、国民年金への新しい加入者数は減少し、そのうえ高齢化が進むことで国民年金の財政が不安定になった。
 そこで1985年の年金改革により、国民年金と厚生年金、共済年金の横断的な改革がおこなわれ、全国民を対象とする基礎年金制度が導入された。この改革により、現在の年金制度が成立したのである。
 その後、法律の定めによりおおむね5年に一度の間隔で年金改革が行われている。
1985年の年金改革での重要な点は、それまで職業別に完全にわかれていた年金制度の一部を統合し、基礎年金という共通部分を作ったことにある。
 すでに述べたように、基礎年金の受給資格、受給金額の計算方法は、三種類の国民年金加入者に共通であるが、その保険料の負担額は被保険者の種類によって異なる。出口は一つでも入り口は三つあり、その仕組みは、この1985年の改革における基礎年金の導入によって生まれた。
 1985年の年金改革は、職業別に加入する国民年金、厚生年金、共済年金といった従来の分立型の年金制度はそのままで、厚生年金、共済年金の一階部分と国民年金を統合し、その財源を「基礎年金拠出金」という名称で集め、支給する際の年金額を共通部分として計算し、それを基礎年金と名づけた、ともいえる。
 たとえば、先に述べたように厚生年金の加入者は賃金から天引きで厚生年金の保険料を支払っており、そのなかに国民年金保険料分が含まれているが、多くの人はこの仕組みを認識していないだろう。山の斜面に立地し、古い建物を残して増築を繰り返した旅館に行くと自分が一階にいるのか二階にいるのかわからなくなる。本館の二階が新館の一階だったりする。古い制度をそのままにして建て増しをした年金制度は同じように複雑な構造になっているのである。
 基礎年金の財政をめぐっては各年金の特別会計間で複雑な資金のやりとりが行われている。これを見ると、厚生年金勘定と国民年金勘定、そして共済年金から基礎年金勘定に必要な拠出金が支払われている。各々の特別会計の勘定が支払う拠出金は、基礎年金総額を各保険に加入する被保険者の人数の比例配分のかたちで計算される。
 各年金保険が負担する保険料部分の拠出金単価は15000円程度になる。
 この拠出金は、厚生年金(以下、共済年金も含む)保険料全体から捻出されることになる。ただし、第三号被保険者は求められないが、その分は財政上、厚生年金に加入している者全員で負担することになる。
 なお、前に述べたように基礎年金分の保険料は厚生年金の保険料のなかに組み入れられている。厚生年金保険料は、賃金、残業代、通勤手当、ボーナスの合計である「総報酬」に比例しているが、そのなかで国民年金の保険料である15250円はどのように扱われているのだろうか。たとえば報酬月額が98000円の被用者の厚生年金の保険料は16777円であるが、そのうち15250円が基礎年金分とみなすと、逆に厚生年金分の保険料はわずか1527円となってしまう。
 そこであえて第二号、第三号被保険者の基礎年金の保険料分を計算すると次のようになる。基礎年金の保険料拠出金が厚生年金の保険料総額に占める割合はおおよそ33%である。したがって、厚生年金の保険料(報酬×17.12%)×33%、すなわち報酬×約5%が基礎年金保険料が相当するとみなすことができる。
 このように厚生年金の加入者は、国民年金の保険料相当額を含んだ厚生年金の保険料を報酬比例で支払っていると考えることができる。
 そのため厚生年金が非正規労働者に広く適用されると、非正規労働者は低い賃金でも国民年金と厚生年金の両方に加入することにより、国民年金よりも低い保険料で基礎年金と厚生年金の両方の年金受給権を得ることができる。
 たとえば、さきほどの例の被用者が非正規労働のとき、98000円の報酬の場合は、厚生年金の保険料は98000円×17.12%×1/2(労使折半)=月額8388円となる。つまり国民年金保険料よりも低い保険料負担(労働者負担分)で、基礎年金と厚生年金(報酬比例部分)の二つの年金を受給できる資格を得ることになるのである。
 
第三章 厚生年金の給付

 厚生年金は原則として常時五人以上の従業員を使用する事業所とすべての法人に適用される。ただし、一般の個人事業所でも従業員五人未満、農林水産業、サービス業の個人事業所は任意適用になる。適用対象の被用者は常時雇用されている70歳未満の人である。
 保険料は、賃金、残業代、通勤手当、ボーナスの合計である「総報酬」に保険料率17.12%(2014年度)をかけて計算され、労使折半で負担する。ただし、実際には「標準報酬」という30段階の所得区分別の保険料が設定されている。この報酬月額は下限と上限が定められている。報酬月額の下限以下の被用者、たとえば、10万1000円未満の報酬月額のときの保険料は、8389円で、企業も同額を負担する。逆に報酬月額の上限よりも高い報酬の労働者、たとえば報酬月額が60万5000円以上の場合は、保険料は5万3072円で企業も同額を負担する。
 保険給付は、国民年金と同様に大きく分けて老齢給付の老齢厚生年金、遺族給付の遺族厚生年金、障害給付の障害厚生年金から構成される。
 厚生年金の支給開始年齢は、出生した年によって異なる。従来は60歳から支給だったが、1994年、2000年の改革で引き上げられ、65歳からの支給となっている。
 ただし当面、60歳~64際までのあいだは報酬に比例している部分が「特別支給の老齢年金」として支給されている。だが、しだいに対象年齢が引き上げられ、最終的には2025年には男性が、2030年には女性が完全に65歳からの支給になる。また、働きながらも年金を受給できるが、賃金に応じて減額給付となる「在職老齢年金」という仕組みもある。
 次に厚生年金の給付額について見てみる。
 老齢年金、遺族年金、障害年金、それぞれに共通して、年金額は原則的に現役時代の平均標準報酬額と加入した月数に比例する。年金額を決定する要素は、加入月数、平均標準報酬額とその再評価率、制度上の給付乗率である。
 加入月数と標準報酬額から厚生年金の給付額は計算されることになるが重要なのは、この標準報酬額が「再評価」されたのちに平均額が計算され、(平均標準報酬額)、それに応じて厚生年金額が決まる点である。
 再評価とは過去の標準報酬を現在の価値に計算しなおす作業である。経済の変動にあわせての年金の実質額を確保する仕組みである。すなわち再評価とは年金を支払ってから受給するまでの期間の賃金の上昇率を年金額に反映させる仕組みである。
 たとえば1965年に初任給が25000円で就職し、40年間働いて2005年に50万円のときに退職した人を考える。この40年間の報酬の単純平均から年金額を計算すると、その間の「名目賃金上昇率」(物価と賃金上昇率)が反映されないことになる。1965年の25000円が現在どの程度の実質価値があるのか、その間の物価と賃金上昇率を考慮しないときわめて低い年金額になってしまう。
 1965年から2005年までに名目賃金上昇率が累積約700%(7倍になっている)とすると1965年の25000円は名目賃金上昇率を反映させると175000円の価値があることになる。
 このように年金給付額の計算式には物価と賃金上昇率を反映する仕組みが組み込まれている。再評価率が高いほど年金給付額も高くなるのである。
 ただし、この再評価率は年金改革で見直されることがある。たとえば、1994年の改革によって、この再評価率は名目賃金上昇率ではなく、税や社会保険料を差し引いた手取り賃金の上昇率にもとづくことになった。このため再評価率が下がり、年金給付額が引き下げられたのである。
 なお、2003年4月からはボーナスも計算に含めた平均標準報酬額で年金は計算され、「総報酬額」となっている。
 次に「給付乗率」について説明する。実際の年金の加入は月単位で計算されるが、ここでは説明をわかりやすくするため年単位で説明する。
 給付乗率は、一年追加して厚生年金に加入すると、どの程度年金が増えるのかを決める係数である。これが大きいほど高い年金を受け取ることができる。かつては1%と設定されていた。すなわち40年加入すると1%×40年=40%となり、再評価後の平均標準報酬後の40%の年金を受け取ることができる。たとえば、非常に単純化すると再評価後の平均の報酬後が年額で500万円ならば、受け取る年金は年額200万円(500万円×40%)となる。
 しかし、給付乗率が高いと給付が増えるため、年金財政は苦しくなる。そこで、高齢化社会のなかで年金財政を安定させるために、1985年の改革以降、乗率はときどき引き下げられるようになった。1985年の改革では乗率は若い世代ほど低くなるように設定されたのである。1946年4月2日以降生まれは、0.548%(総報酬制になった後の期間。2003年4月以降)で固定されている。
 たとえば40年加入すると0.548%×40年=22%になる。厚生年金額は現役世代の平均賃金の22%で、これに基礎年金の給付額が加わると厚生労働省が想定するモデル世帯の年金は月額21万8000円程度とされている。
 ただし21万8000円はあくまでもモデル年金の金額である。また21万8000円で今後金額が固定されるわけではない。長期にわたってどの程度の価値の年金が保障されるが給付水準の目安となるのが「所得代替率」である。しかし所得代替率は定義、意義ともあいまいに使われることが多い。
 日本の年金の所得代替率は60%程度とされているが、この数字から自分自身の現役時代の賃金の6割程度の年金を受け取ると理解する人も多い。しかし、この理解の仕方は正解ではない。
 年金の所得代替率には、二つの概念がある。
 一つは各人の現役時代の賃金に基づいて計算される「所得階層別の所得代替率」もう一つは若い世代と高齢世代の「分配率」を示す、モデル世帯の「マクロ所得代替率」である。
 「所得階層別の所得代替率」は各人の現役時代の賃金に対して受給できる年金がどの程度の割合になるかというものであり、所得階層別の所得代替率は(受給できる年金額)/(現役時代の平均賃金)という計算になる。
 ただし、ここで気をつけるべき点は分母にあるように現役時代といっても、それは「いつ」の賃金なのか、税や保険料の扱いはどうなっているのか、ということである。また、分子にくる年金額はそれぞれ税や社会保険料を差し引いた手取り、すなわち「可処分所得」なのか。あるいは年金額は世帯単位なのか個人単位なのか。こうした定義を変えることで所得代替率の数字はまったく異なってくる。
 たとえば、OECD(経済協力開発機構)が国際比較のために発表している日本の所得代替率は35.6%である。それを求めるための計算式の分子は平均賃金の単身者(男性)が20歳から標準的な就労期間を満たす場合に受け取ることが見込まれる年金額、分母は税・社会保険引き前の平均賃金である。
 一方、政府が公表している所得階層別の所得代替率では、年金額は税引き前で40年加入して「世帯単位」で計算されたものである。賃金は現役時代の可処分所得上昇率で修正したものの平均である。ただしこれは低所得世帯ほど高く、高所得世帯ほど低くなる。
 こうなる原因に基礎年金の存在がある。基礎年金は現役時代の賃金にかかわらず、加入期間に比例して定額となり、年金額を下支えする役割を果たしている。
 一方、加算などをはずした厚生年金部分の水準は意外に低いことがわかる。そして低所得者ほど年金全体に占める基礎年金に占める基礎年金の比率が大きいため、所得代替率が高くなるのである。
 もう一つ、所得代替率には「マクロ所得代替率」という概念もある。これは過去40年間、それぞれの時代の平均賃金で働き、配偶者が40年間専業主婦であった「モデル世帯」の年金額(税・社会保険料引き前)を分子にしている。分母は「モデル世帯」が65歳になったとき、そのときに働いている現役世代の男性の正社員(厚生年金加入者)の手取りの平均賃金である。
 マクロ所得代替率は、現役世代と高齢者世代の所得比の目安であり、どの時代でも一定の所得比を維持するという点で、賦課方式の年金制度における世代間の公平性の目安とされた。かつてはこの水準は70%程度であった。しかし、高齢化が進行するなかで、前に述べた給付乗率を下げるなどして60%程度まで下げられた。
 しかしさらにいっそう高齢化が進む中で、この比率(マクロ所得代替率)を維持するためには今後も保険料を引き上げ続けることが避けられなくなり、若い世代の不満が高まった。そこで政府は2004年の年金改革で一定のマクロ所得代替率を維持することはあきらめた。
 このように所得階層別の所得代替率に比べて、マクロ所得代替率は世代間の公平性を示すものであり、個々人の老後の年金についての目安にはならない。ただし、マクロ所得代替率は現行制度を維持しつつ給付乗率などの方法で給付を調整するタイプの年金改革の影響、後に説明するパラメーター調整による改革を評価する際には重要な評価基準になるのである。
 モデル世帯によるマクロ所得代替率というものは、若い世代の賃金に対しての「過去40年間それぞれの時代の平均賃金で働き、配偶者が40年間専業主婦」であったという「専業主婦モデル世帯」の高齢世代の年金額との比率を示したものである。
 
第四章 障害年金

 これまで国民年金、厚生年金ともに老齢年金について説明してきたが、年金の重要な給付としては他に障害給付と遺族給付がある。
 障害基礎年金には保険料給付が受給条件になる「拠出型」と、国民年金に加入する20歳前に発生した障害に対応するための「無拠出型」がある。
 まず保険料納付を条件に受給できる拠出型の障害基礎年金は、初診日において国民年金の被保険者で、障害認定日において、政令の障害等級表で定める一定の障害の状態の場合に受給できる。納付に関しては、初診日の属する月の前々月まで滞納期間が被保険者期間の三分の一を超えないことが条件になる。ただし、現在は直前一年間で未納がないという暫定的な救済要件もある。
 他方、無拠出型の障害基礎年金は初診日が20歳未満で、国民年金の被保険者でなかった人について、20歳に達したときから支給される。なお、障害状態になってから20歳までの期間は、障害児福祉手当や特別児童扶養手当(所得制限あり)が給付される場合がある。
 拠出型、無拠出型に共通して、2014年度の障害基礎年金の給付額は2級が年額77万2800円、1級が96万6000円であり、1級は2級の1.25倍の金額になっている。1級、2級の障害の程度は障害等級表に定められており、各等級に該当する機能障害が示されている。さらに各部位のより詳しい認定基準と認定要領も存在する。障害の定義は1級は「日常の生活の用を弁じることを不能ならしめる程度のもの」「他人の介助を受けなければならないほどほとんど自分の用を弁ずることができない程度のもの」、2級は「日常生活が著しく制限を受けるか、または日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの」「必ずしも他人の助けを借りる必要はないが、日常生活はきわめて困難で労働により収入を得ることができない程度のもの」とされている。
 給付額は、生計を維持している子どもがいれば加算される。一人目、二人目がそれぞれ年額22万2400円、三人目には年額7万4100円が加算される。ここでいう子どもとは生計を同じくする18歳到達程度の末日(3月31日)を経過していない子どもである。また、子どもが障害を持つ場合、20歳未満をいう。加算対象になる子どもは、従来は障害基礎年金の受給権が発生時点での子どもあるいは胎児のみであり、障害基礎年金の受給権発生後に扶養した子どもは対象ではなかった。しかし、2010年の制度改革により、こうした子どもも加算対象になった。
 障害年金の受給状況は2012年度では、障害基礎年金で177万人に1兆5630億円、障害厚生年金は39万人に2996億円、障害共済年金は5万6000人に787億円が支払われている。なお、障害者数は身体障害者(18歳以上)が383万人、知的障害者(18歳以上)が57万8000人、精神障害者(18歳以上)が301万人であることから、障害者のうち年金を受け取っているのは一部であることがわかる。
 日本の障害年金の「障害」の概念は、「医学的な機能障害」であり、それに着目して障害を認定するので「働けるかどうか」によって障害年金の額は変わらない。このため、日本は働いて収入があっても障害年金を受け取ることができる。
 一方、欧米諸国は「労働不能」を障害の概念としている国も多い。障害を負って働けなくなることが障害年金の支給要件であり、「労働不能」となる障害の程度によって障害年金額が異なってくるのである。また、実際に働いている場合、支給が制限される場合も多い。
 本来、障害年金とは、障害年金とは障害により労働や稼ぐ能力が減退したことにより所得が低下することを補う保険である。しかし、日本の障害年金では労働能力があるかどうかより日常生活を営むことができるのかという点に着目している結果、障害により働けない場合でも障害年金を受給できない人がいるのである。

第五章 遺族年金

 基礎年金の遺族給付は遺族基礎年金が中心で、被保険者や老齢基礎年金の受給者、60歳から65歳未満の被保険者が死亡した場合、その人に扶養されていた18歳未満の子どものある配偶者や18歳未満の子どもに支給される。遺族基礎年金は加入期間にかかわらず定額であり、妻の受け取る遺族年金は子どもの数によって加算される。このほか遺族給付には、寡婦年金、死亡一時金がある。
 遺族年金の給付現状は2012年度末で遺族基礎年金が11万3000人(1089億円)、遺族厚生年金が499万人(5兆1405億円)、遺族共済年金が96万人(1兆3609億円)となっている。
 厚生年金の遺族給付である遺族厚生年金は、厚生年金の被保険者や老齢厚生年金の受給者が死亡したとき、なくなった人に生計を維持されていた遺族に支給される。遺族厚生年金は条件を満たせば配偶者や親なども受け取ることができる。遺族厚生年金の基本的な計算式は、老齢厚生年金と類似している。ただし、夫婦共働きの場合(ともに厚生年金に加入)配偶者が残した遺族厚生年金と自分の老齢厚生年金の併給はできない。
 共働きで夫が先になくなった場合、厚生年金被保険者であった妻は60歳から65歳になるまでのあいだ、夫の遺族厚生年金か自分の「特別支給の老齢厚生年金」を選択することになる。そして、65歳以降の選択肢は①夫の遺族厚生年金、②妻の老齢厚生年金、③夫の老齢厚生年金と自分の老齢厚生年金の合計の二分の一、という三つの選択肢から一つを選択することになる。
 実際には男女で平均賃金に差があるので、妻は自分の老齢厚生年金を放棄し、夫からの遺族厚生年金を受け取ったほうが得になることが多い。このように妻の老齢厚生年金が掛け捨てになることについて年金を完全個人単位にして遺族厚生年金を廃止、縮小すべきであるという意見もある。
 
第六章 これからの年金制度

 問題視されているこれからの年金制度で改革への意見が次々と出されている。その中でも中心となるのは
①年金の財政的安定性の確保
②働き方に中立な制度
③最低生活保障の確保
である。
 ①では人口構造の変化と経済成長に連動した年金財政の安定化のための仕組みが不可欠である。将来世代の負担を引き上げるという保険料の引き上げを選択肢から除外すると、具体的には現行制度のマクロ経済スライド、見なし運用利回りといういずれも高齢化の動向や経済成長に応じて年金給付額を減額する方法はやむを得ないとする。
 ②のためには、働き方にかかわらず同じ年金制度に加入できるようにすべきというものである。ここで課題になるのは自営業の取り扱いであるが、現在、未納者増加などの問題が発生しているのは国民年金に入る非正規労働者が多いことによる。したがって、まずなるべき多くの非正規労働者が厚生年金に加入できるようにすることが急務である。
 ③の最低生活保障は、これを年金でおこなうかどうかということである。欧米のいくつかの国のように最低生活保障は年金制度を通じておこなうのか、あるいはドイツ、イギリスのように低所得高齢者向け所得保障制度、条件の緩い公的扶助を使うのかという方法がある。
 それ以前に日本の場合、イギリスやスウェーデンと異なり、医療・介護の保険料や窓口負担も大きいので、まずは低所得高齢者への医療・介護の保険料や窓口負担を軽減することによって、基礎年金のみしかない人の手取り年金の底上げをおこなう必要がある。
 社会経済生産性から考えると二段階で進めることができる。
まずなるべく多くの労働者をカバーするように厚生年金の適用を拡大し、次に低所得者や無職の人に対しては免除等を積極適用し、国民年金を応能負担の性格に近づけるという第一段階を早急に進める。加えて高所得高齢者に給付している基礎年金のうち国庫負担分を支給停止にし、その財源で年金生活者支援給付金を増額する。
 そして第二段階として、自営業の所得捕捉の強化と所得控除の見直しをおこない、自営業にも厚生年金を適用し、新型厚生年金とする。最終的には厚生年金の基礎年金拠出金をやめて基礎年金を廃止し、代わりに税を財源とした最低保障年金を給付する。
 こういった北欧に多い形式をとるか、あるいはドイツやフランスのような高齢者向け扶助制度を導入することにより高齢者向けの最低所得保障制度を整備し、生活保護に高齢者が集中しないようにする仕組みが必要である。
 先進各国では、公的年金の給付引き下げをしながら同時にそれを補うための私的年金が拡充されている。日本における年金の財政方式の議論は賦課方式による公的年金の維持か、年金を民営化して積み立て方式に移行するかの二者択一論であるが、各国は両方式のメリットとデメリットを見極めた併用方式に向かっている。
 積み立て方式は市場変動のリスクを免れることができない。一方、マクロ経済スライドをともなう賦課方式は高齢化率の上昇による負担を若い世代と高齢世代で分担できる利点があるが、世代間の利害を調整する政治力に依存せざるをえない。高齢化社会では有権者の構成も高齢化するため、シルバーデモクラシーと呼ばれるように高齢者の政治力が高まる。若い世代に高齢化社会の負担がまわるような政治的なリスクが高まるのである。積み立て方式か賦課方式かという議論は究極的には市場変動のリスクと政治調整のリスクのどちらに老後をゆだねるのかということになる。
 結論からいえば、どちらも安全で公正なものではない。したがって、賦課方式の公的年金と積み立て方式の民間年金を組み合わせて、制度的にリスクが分散するのが正しい選択だと思われる。各国では公私年金の最適な組み合わせがすでに進んでいるのである。

参考文献
「いま、知らないと絶対損する年金50問50答」 太田啓之
「特集:社会保障の50年―皆保険・皆年金の意義と課題」第47巻第3号、
国立社会保障・人口問題研究所
「一番やさしい年金の本―国の年金制度と、賢いお金の貯め方の両方がわかる」 後藤秀樹


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