見出し画像

茶の湯はひとときの夢

⚫︎夢の心地よさ

 茶会に参加をして茶をすすったり、古今の書籍を読み漁るうちに、ぼんやりと、この世はすべて夢なのでは無いかと思うようになりました。
 これは妄想と現実の境界線が不確かになっている精神状態ゆえに思ったことではなく、茶の湯のひとときの、自然さと不自然さの妙に当てられて感じたことです。

 炉から漏れ出る炭の温かさに触れながら、料理と酒を楽しみ、日がとっぷりと暮れた薄暗闇の中で、半分眠りの誘いに身を任せて、濃厚な緑色の液体をまわし飲む。
 身体の中へ伝っていく熱い存在によって、だんだんと視界が鮮明になって、遠くへいってしまった意識がゆっくりとこちらに戻ってくる感覚。
 そう、これはまさに夢に思います。
 居心地の良い茶会の時は、いつもそう感じます。

茶掛の「夢」

 よく、茶の湯の掛物に禅僧が書いた「夢」の一字が登場します。
 様々な夢の形がありますが、遠州流系統では沢庵宗彭の「夢」が有名でしょうか。

夢         
百年三万六千日  
弥勒観音幾是非 (みろくかんのんいくぜひ)    
是亦夢非亦夢  (ぜもまたゆめ、ひもまたゆめ)
弥勒夢観音亦夢 (みろくもゆめ、かんのんもまたゆめ) 
仏云応作如是観 (ほとけいわくおうさにょぜかんか)    

 沢庵宗彭は、亡くなる寸前に弟子たちにせがまれて、この「夢」の辞句を書かれたと言われています。
 この世の一切合切、仏も含めて全ては夢であると詠んで、旅立たれました。

 これは仏教の世界だけでなく、普段の日常を送っている我々にも当てはまる言葉です。
 ふとした時に、現と思っているこの現実が、夢であることに気づく時、我々は眠りから覚めます。
 目覚めたあとは、余韻に浸って夢を惜しむ間も無く、また現実に向き合って懸命に生きねばなりません。
 しかしながら、いつかまたその現も夢であることに気づく、まさに夢と現の輪廻です。
 無限に続く多重構造。
 覚めても覚めても夢。
 どこまでも内側で、どこまでも外側。
 夢と現のマトリョーシカと言えるでしょう。

誕生と死のあとに、過去がある

 私が興味深く思ったのは、「夢は(いつか)覚める」という帰結が、誕生と同時に存在しているということです。
 これは生物の生死と同じく、生まれた瞬間に死が決定していて、生と死を繋ぐその道程を「生涯」と呼びますが、その生涯は「誕生と死」の後から生成されているのです。

 「生涯」は、「夢」と同義に思います。
 このことを思えば、仏も何もかもがすべては夢なのだという沢庵の言葉も納得ができます。
 すべてが夢を構成するための一要素として存在するのだとしたら、どこまでも境界線の無い世界がそこにあると言えます。
 私があなたであり、あなたも私であるという万物が一に帰す、という考えです。
 しかしながら、これはあくまでも言語的解釈の論理的思索に過ぎませんので、一つの方程式にすべてを当てはめて、万能感に酔いしれてしまう落とし穴にもなりかねません。
 あくまでも、夢を現とし、現を夢をしながら、目覚めるその瞬間を見定めることが寛容に思います。
 それこそ、ひとときの夢である茶会の、まさに茶を飲む瞬間なのかもしれません。

利休の辞世の句

 このように考えていると、利休の辞世の句が想起されます。

・利休の辞世の句
人生七十 力囲希咄 吾這寶剣 祖佛共殺 堤る我得具足の一太刀 今此時ぞ天に抛
(人生は七十年、えいやあ!、この宝剣⦅文殊の知恵⦆で、祖先も仏も共に殺して、腰に引っ提げた一太刀を、今こそ天に振りかざそう)

 なんとも物騒な辞世の句です。
 武士とも公家とも僧侶とも違う、インディビジュアルな側面を多分に発揮した利休の思いが全面に表れています。
 ちなみに、「祖仏共に殺す」は、『臨済録』から引用されていると言われています。

・臨済録
逢仏殺仏、逢祖殺祖、逢羅漢殺羅漢、逢父母殺父母、逢親眷殺親眷、始得解脱、不与物拘、透脱自在。
(仏に逢えば仏を殺し、祖に逢えば祖を殺し、父母に逢えば父母を殺し、親眷に逢えば親眷を殺して、始めて解脱を得ん、物と拘かかわらず、透脱すること自在ならん。)

『臨済録』

 利休は金毛閣という巨大な門を修復して大徳寺に納めるだけではなく、常日頃から春屋宗園や多くの禅僧と付き合いがあり、とても深い仏教信仰を持っていました。
 そんな利休が、「祖仏」、つまりは「祖先」も「仏」もすべて殺して切腹する覚悟を詠むのですから、現世(夢)との極めて厳しい訣別宣言であったと言えるでしょう。
 数奇な運命に導かれた利休の人生はまさに夢の如く。
 最終的には、自らの手で夢から覚めて、どこか遠くへ行ってしまいたかったのかもしれません。

 しかし、そんな厳しい人物である利休が、存命中に熱狂した茶の湯は、彼にとって現で見る夢そのものだったのではないでしょうか。
 茶会は、夢の中で夢を顕現する行為です。
 なるべく長く深く夢を見るためには、茶会という形式にそれだけ意識を注ぐ必要があります。
 そうして完成した茶の湯ですが、400年経った今なお、我々は利休の夢に多くを頼っています。

死への抵抗こそ「夢」

 では、「どうして夢の中で夢を見るべきか」と言えば、夢は、我々にとって決定事項である「誕生と死」に対抗できる唯一の術かもしれないからです。
 与えられた生死、環境、生涯があるとするならば、そこに一矢報いるためには、自ら創造し、他者と一緒に、「夢を夢として見る夢」にあると思います。
 これが茶会と言えます。
 ある種の白昼夢のようなものですが、日常と非日常の中間にて、そのような行為を許し合える友人ができたとき、初めて茶会の妙が成立します。
 このときだけは、外部からの干渉も非常に少ない限定的な空間の中、時間や距離など、あらゆる条件を超越して、一服の茶の夢を見ることができます。

夢はあらゆるところに顕現する

 無論、夢は舞台芸術や、映画、小説、漫画、多くのものに代替が可能です。今の流行りの言葉で言えば、「没入感」というワードがイメージしやすいでしょうか。
 最も小さな夢は、SNSではないかと思いますが、だんだんと夢と現実の距離が縮まっていることも確かです。
 かつては、銀幕の向こう側にいたような、遠い世界の人々との距離も、昨今はだいぶ近づきました。
 チームラボの作品などによって、没入体験も身近なものとなりました。
 しかしながら、やはり茶の湯が特別な意味を持つのは、ここに「茶を飲む」という体内変化を促す、飲用儀礼があるからです。
 儀礼がある以上、それはやはり排他的であり、特殊な技能や知識が求められます。
 夢と一口に言っても、さまざまな夢がありますが、茶の湯の夢はその中でも特に稀有な条件を多く持ちます。
 そんな特異な茶の湯の夢は、造成のための多くの装置があります。

夢の装置

 その夢の補助装置は、言うまでもなく、これまでの人間史の結晶たる文化芸術にあります。
 漠然とした全体観でありますが、文化芸術は、宗教の発展と共に、その道を歩んできました。
 元はアニミズムの萌芽から始まり、多神教、次いで一神教へと発展し、形而上の存在にかなうために芸能・工芸の技術が高められ、後にアートや芸術という人間的美観を獲得します。
 そして、西洋では形而下の超人思想も生まれ、爛熟する社会構造に対して「個」という概念が膨らみ、LGBTQやハラスメント、貧富、紛争、環境など、個から全体にかけての多くの問題が「社会的」に取り上げられ、シュールレアリスム、ポップアート、ポストモダンなどを経て、現代アートへと展開。

「座」の形成

 一方で日本では明治以降の近代化まで、西洋ほど「個」の概念が重視されませんでしたが、封建制度の中で「滅私」が意識されました。
 その結果、生まれたのが他者のための文化である「茶の湯」です。
 茶の湯には、全体主義的に他者を思いやる文化があります。
 西洋が「個」に向かったのに対し、日本は滅私を尊び、そこに存在するすべてが連なって空間化する「座」へと向かったとも言えるでしょう。
 特例として、「座」のなかで、利休が日本における「個」の先駆けとなったことも付しておきます。

 「座」は、まさに皆で共有する夢です。
 通常、夢は個々のものですが、茶の湯では皆でその夢を見ることができます。
 いつかくる終わりの時を名残惜しみながら、始まりから終わりまでの要素と工程を確認し、それぞれの役割を果たして、一つの夢を顕現するために、意識を調和させていきます。
 誕生と死を司るのは亭主ですから、客人は安心安堵の中で夢を見続けることができます。
 抹茶は、覚醒作用がありますから、夢の終わりを告げる鶏声とも言えるかもしれません(覚めてもまた夢ですが)。

 茶会は時間を超越し、距離を超越し、死生を超越して、ありとあらゆるものが含まれる居心地の良い夢です。
 何かを得ることを目的としないのです。
 特別な学びもありません。
 ただ、皆と一緒に茶を飲む。
 ひとりでは成立しない夢。

 それが茶の湯と言えます。
 

夢を見続ける日々

 私はこの2か月間、茶を休むと言いながらも、結局のことろ、常に茶に触れる生活を送っていました。
 それは友人や先輩方の丁寧な心遣いのおかげで、茶会の水屋や座学の講師、茶会の客人として様々な形で茶に関わることができていたからです。
 おかげさまで、私は変わらずに夢を見続けることができています。

 先日入手した『茶道具の用と美』という書籍の中で、伊住政和さん(坐忘斎宗匠令弟)と楽直入さん(楽家十五代)の対談が載っていました。
 その中で、楽さんが「日常と非日常の中間時空が茶の空間だ」と発言されており、非常に興味深く読みました。
 「どちらかが何かである」というのは大きな問題ではなく、大切なのはどちらでもあり、どちらでもない状況にバランスをとることだという内容でした。
 主義や主張を持ち、そのスタンスから一つの生き方を模索することも良いでしょうが、改めて私はもう少し「中間時空」に発現する夢の続きを見たいと思いました。

 松尾芭蕉の最期の歌のように、「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」という言葉もあります。
 夢こそ、生きる意味かもしれません。

 どんな夢を見られるのかだけが、楽しみです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?