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sosoの素(37)

得意なことを

このところ色んな権利や平等を主張する意見をよく見受けられる。きっとそれは多様性を認めていく準備のようなもので、深く難しく考えると青天井だから僕としては困ってる人や嫌だなーって思ってる人がそんなこと感じずに暮らせる社会になるといいなと思ってる。

なんだか小難しくなって行きそうな話題だけど、僕はものを作ったりあれこれ考えるのが好きで周りと比べると得意な方だと思う。上には上がたくさんいるのもすんごくよくわかったるけど、できない人からしたらかなり出来るんでしょう、きっと。他のことも器用な方だから時間をかけるとそれとなくはできはする。でもそうじゃなくて、不器用で本当にうまくできない人もいるんだろうなーと想像もしている。そんな人だと試してみる気力もないのかもしれないなとも思ってはいるんです。

人には得意不得意があって、僕の場合ものを作ったり構想を練ったり人と話したりすることは好きだけど、地味な作業を淡々とやることは苦痛で仕方がない。どうしてもやらなければいけない時以外は決してやらない。やったところで集中が続かないし、仕事も汚くなる。
だからそんなことをマイペースにコツコツとやり続けれる人を見ると尊敬してならない。ご飯屋さんで小さな食材を綺麗に処理したり、文章の誤植を見つけたり、小さなものを仕分けたり。考えただけでもぞっとするんだけど、それが得意で口笛を吹きながらやれちゃう人がいるのが本当にすごいなと思うんです。

あの人の得意はこの人の不得意で、その人の不得意はこの人の得意。
我が家でいうとそのあたりは僕とゆきちゃんで少しずつ分担してきて、今はお互いの得意な部分で仕事や家事を済まして行っている。信頼関係のなかでできた役割分担はとてもスムーズでお互い不要な負担がなくていい。

自分の好きなこと=得意なことってわけじゃないし、本人にとっては、なんてことないことでも人から見るとすごいことって結構あると思うんです。
誰もがついつい人のすごいところばかり目がいくけど、自分にも少しだけ目を向けて苦にならないことや少し楽しいことを探すといいのかもしれない。
自分にとっては大したことをしていないつもりでも、ある人からするとあの人は黙々と不満を言わずにすごいなーってことなんていくらでもあると思う。自分の得意や苦にならないことで誰かの役に立っていると不思議と清々しい気持ちになるもんだよね。

自分の魅力は自分以外の人の方が見つけるのがうまい。だからもしも誰かに褒めてもらえたら意味のない謙遜はせずに、素敵な手紙をもらった気分で大事にするといいよね。

権利や主義も大切だけど、それぞれが得意なことで活躍できる社会が僕はいいなーと憧れる。

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