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人材版 伊藤レポートとは

伊藤レポートとは?

2014年8月、一橋大学大学院経営管理研究科 特任教授の伊藤邦雄氏を座長とした研究会による報告書「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」が通称で伊藤レポートと呼ばれているものです。当時、売上高営業利益率など重要な財務指標が他国に比べて低かった日本の企業に対して「ROE8%以上」という具体的な基準を提案したことが多くのメディアで取り上げられました。この提案は多くの経営者やマネジメントのマインドセットを変える要因の一つとなり、この基準が日本のビジネス環境に浸透していきました。

人材版伊藤レポートとは?

そのように日本のビジネスにおいて、大きなインパクトを与えた伊藤レポートですが、コロナ禍の2020年9月、経済産業省は「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書〜人材版伊藤レポート〜」を公表しました。ROE8%という基準が多くの企業に浸透したように、今回のレポートによって「人的資源から人的資本という考え方へ」など日本企業がグローバルで戦っていくための重要な示唆については、日本のビジネスパーソンに浸透していくのではないかと個人的には期待しています。


概要について

なぜ人材を焦点にしたレポートを公表したのか?

VUCAと言われるように非連続的で予測が困難な環境に身を置く企業は、持続的成長を実現するため2010年代にコーポレートガバナンス改革が求められるようになりました。
このような改革を通して、企業価値の重要な決定因子が有形から無形資産に変わっていきます。無形資産の代表格は人的資本であり、人的資本の価値を最大限に引き出せるか、そうでないかで企業のパフォーマンス大きな差がつくようになります。また人材戦略は社内のパフォーマンスのみならず、労働市場でキャリア自律を考える個人に選ばれる会社になるか?そしてESGを重視する投資家に選ばれるか?など事業運営に重要なヒト・カネ・戦略に大きく関わっています。
もはや人材戦略は、ROEの考え方を浸透させることがグローバル環境で企業が持続的な成長をする事に欠かせなくなったように、人材戦略についても日本企業が勝ち抜くために不可欠な要因となっているためレポートを公表したのだろうと私は考えています。

レポートでは、まずやるべきは企業理念や存在意義(パーパス)に立ち戻る。目指すべき将来のビジネスモデルや戦略からバックキャスティングして保有する人的資本とあるべき姿のギャップを見える化する。そのようなことが求められています。
また、あるべき人材戦略を特徴づけるものとして、人材版伊藤レポートでは「3P・5Fモデル」を提唱しています。
レポート全体を通して、企業の競争力の源泉が人材となっている中、人材の「材」を「財」であるという認識の下で人的資本について議論されているレポートであると言えるでしょう。


あるべき人材戦略「3P・5Fモデル」について

【3Pについて】
人材戦略を3つの視点(Perspectives )から考える。

① 経営戦略と連動しているか
-市況に合わせた経営戦略・ビジネスモデルを実行するために人材戦略を策定する。
-経営上重要な人材アジェンダについては、具体的な戦略・アクション・KPIを考える事が有効である。

② 目指すべき戦略と現時点での人材戦略のギャップを把握できているか?
-人材戦略が経営戦略と連動しているかを判断するためにも、As is -To beギャップを可能な限り定量的に把握する事が必要。
-PDCAサイクルを通じ、人材戦略も不断に見直していく事も重要。
-定量的に見える化する事によりステークホルダーに対して、開示・発信する事ができる。
-取り組み事例)日立;デジタル人材を21年までに3万人採用する。IBM;人材配置に関してリスキルを通じた内部配置の目標を75%にする。

③ 人材戦略が実行される中で、組織や個人の行動変容を促し、企業文化として定着しているか?
-文化は日々の活動を通じて醸成される。人材戦略の実行プロセスを通じて醸成される。
-人材戦略を策定する段階から目指す企業文化を見据える事が重要。
-経営トップが自ら粘り強く発信していく。
-適切なKPIを設定し、検証する。
-取り組み例)エーザイ;サーベイを実施しエンゲージメントなどの状況を把握。

【5Fについて】
人材戦略の具体的な内容としての5つの共通要素(Comon Factors)

① 経営戦略実現に向けて多様な個人が活躍する人材ポートフォリオを確立できているか?
-新たな戦略への対応といったバックキャストの視点で必要となる人材を定義する。(適所適材)
-目指す人材ポートフォリオのギャップを適時に把握するためにも、HRTechを活用してデータを蓄積する事が望ましい。
-変化のスピードが速い現代において、人材ポートフォリオのギャップを埋めるリードタイムが競争力に直結する事になる。
-平時からポートフォリオの管理・運営が必要となる。

② 多様性が事業のアウトプット・アウトカムに繋がる環境にあるか?(知・経験のD&I)
-多様な経験や専門性、価値観を取り込み、具現化するプロセスも重要である。こうしたプロセスにもKPIを設定するなどの工夫が必要。

③ 将来と現在のスキルアップを埋めていく要素(リスキル・学びなおし)
-事業環境の急速な変化により、個人・企業ともにリスキル・学び直しは重要。
-汎用性のあるスキルや専門性を身に着ける機会がある事は個人を惹きつける魅力となる。(離職の誘発という懸念だけを考えるべきではない。)

④ 従業員エンゲージメントの向上。
-人財が自身の能力・スキルを発揮してもらうためにエンゲージメントを高める必要がある。
-エンゲージメントスコアと営業利益率及び労働生産性は一定の相関関係が認められている。
-企業は理念やパーパス、経営戦略、ビジネスモデルを積極的に従業員に発信・対話していく必要がある。
-企業と個人の情報の非対称性を無くす取り組みをする。
※従業員満足度とエンゲージメントの違い。
「従業員が自身の物差し」で評価をするのが満足であるに対して、「会社が目指す方向性や姿を物差し」として、それらについて自分自身の理解度、共感度、そして行動意欲を評価するのがエンゲージメント。

⑤ 時間や場所にとらわれない働き方の要素
-場所や時間を問わず、従業員がアウトプットできる環境を平時から整える必要がある。
-時間や場所を共有しない状況においてもマネジメントができるよう育成する。
-リモートでも業務が完結できるようにプロセス見直しやコミュニケーションのあり方を見つめなおす。


所属企業の課題と打ち手

最後に、人材版伊藤レポートを読んで、勝手に自分の所属する企業で議論していくべきポイントをまとめてみた。

3Pに関して
・経営戦略と人材戦略が連動しているとは思えない。将来の経営戦略からバックキャスティングで人材戦略を策定する必要があるが、場当たり的で短絡的な対応(例えば、欠員が出たから新しい人員を採用する)をしてしまっているのではないかと感じている。まずはAs is-To beのギャップを冷静に分析して人材戦略を議論しなければならない。

5Fに関して
・ダイバーシティは保たれているものの、インクルージョンをしていくためのプロセスを練り直す必要がある。またD&Iをしていく事が、置かれている市場において、なぜ企業価値を上げるドライバーなのかを議論しながら推進していく必要があるだろう。
・リスキル・学び直しが従業員のリテンション、または採用においてポジティブなインパクトを与える事を認めて、適当な投資をするべきだろう。
・エンゲージメント向上のため、マネジメントが経営戦略やパーパスを積極的に発信する必要があり、従業員との情報の非対称性を無くしていく努力が必要だろう。

本レポートは、大企業のみならず、ベンチャー・中小企業など全ての組織において、人材戦略の方向性を示すのに役立つレポートだとされています。自社の人材戦略について、お考えになる機会になれば幸いです。

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