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『STARその9』先行公開版!

『STARその9』(活動報告)は12月下旬発行に向けて、2020年11月中旬現在、鋭意制作中です。今回掲載される記事は以下の通りです。

・2020年活動報告
・日常の謎への招待~「涼宮ハルヒ」の着地点たりうるか 藤崎はると
・筑波大支部からの所信表明 イーサン
・東大入試パロディ問題集1 STAR編集部
・考察『鶴屋さんの挑戦』試し読み版 いしじまえいわ
・作中人物のセリフ数調査2 かおしー
・新車を買って10万キロ走ってみた ふぃろ
・俺妹聖地巡礼ノート ぷらしのす
・2020年版ハルヒグッズ収集雑記 うっちー
・『直観』お祝いコメント STAR編集部

詳しい記事紹介は来月おこないますのでお楽しみに!
上記の記事の中で、『日常の謎への招待』(藤崎)、『考察「鶴屋さんの挑戦」試し読み版』(いしじま)、『作中人物のセリフ数調査2』(かおしー)の3つの記事は、ハルヒ新刊『直観』発売前を前提に書かれている部分があります。
今年8月にまさかのハルヒ新刊のうれしい報が入り、それ以来ため込んでいたエネルギーが11月1日の一部試し読みの公開をきっかけに記事に昇華したのです。この熱量を、ハルヒの新刊が発売される前に、なんとかみなさんにお届けしたいということで、今回noteでこの3記事を先行公開することにしました。
1.5記事は無料公開、残り1.5記事は有料公開となっています。無料公開分だけでもわれわれ東大支部の情熱は伝わるはずです!

なお、『直観』お祝いコメントについては別記事で公開していますのでそちらもご覧いただけますとうれしいです。

では、先行公開版へ!

■「日常の謎」への招待~『涼宮ハルヒ』の着地点たりうるか(藤崎はると)

 ・はじめに

『涼宮ハルヒ』シリーズと、ミステリというジャンルとのつながりの深さを、本稿の読者はすでによく知っていることだろうと思う。
 シリーズ中には『孤島症候群』や『猫はどこに行った?』のようにミステリを下敷きにしたストーリーもあるし、『編集長★一直線!』や『あてずっぽナンバーズ』のように解決編を伴ったミステリ構造もなじみ深い。『憂鬱』の白雪姫のなぞかけ、『消失』の真犯人に至るまでのサスペンスなどミステリの文脈もあちこちに散りばめられている。谷川流先生がデビュー前に運営していた書評サイトに紹介されているミステリ作品の多さを見れば、この傾向もうなずけるというものである。
 本稿執筆時点では、『直観』の試し読みが公開された段階であるが、ミステリというフィルターを通してこれから先のハルヒたちの行く末について大胆に予想しながら関連するミステリ書籍を紹介していきたい。


 ・ミステリの変容とハルヒシリーズ

 これまでの『ハルヒ』という作品はミステリとはつかず離れずの微妙な距離感を保っていたように思う。象徴的なのは『憂鬱』におけるハルヒのセリフである。ミステリ研にたいして次のような批評を述べている。
「笑わせるわ。今まで一回も事件らしい事件に出くわさなかったって言うんだもの。部員もただのミステリ小説オタクばっかで名探偵みたいな奴もいないし」
 入学当初のハルヒは「生徒が続けざまに失踪したりとか、密室になった教室で先生が殺されてたりとか」そのような派手な事件が起きれば面白いと思っていたようである。
 ただし、キョンが「口で何を言おうとハルヒは死者の出るようなことは望みやしない」と説明しているように、常識を抱えている彼女が直面するのは「人の死なないミステリ」どまりというのがハルヒシリーズの制約ともなっていた。
 この制約の中でいかにメタミステリを展開するかというのが本シリーズの見どころでもあったが、『直観』に収録される『あてずっぽ~』や『七不思議~』では様相が異なってきているような印象を受けた。『七不思議~』での編入生ミステリ研部員の存在が大きいが、それ以上に謎の出題とそれに対する論理展開を重視しているように思えてならない。
 これまでのハルヒシリーズは伝奇ものの要素も多かったように思う。『ミステリックサイン』、『ワンダリング・シャドウ』などはなぞ解きの過程よりも、事件の怪奇性がメインのテーマであった。もちろんこれらもミステリの範疇ではあるが論理性はあまり重視されないので本格ものと対比して変格ものと呼ばれうる作品といえよう。そういった変格ものは幽霊や都市伝説など超常現象と相性が良い。それに対して近刊では事件の異常性よりも作中の論理性が前面に出されているように思われる。
 前述のハルヒのミステリ研批判の発言を考えると、ミステリ研が面白い部活であるためには何らかの事件に遭遇するか、名探偵っぽいやつがいるかのどちらかが必要ということになる。裏を返せば、事件に遭遇することがなくても名探偵みたいな奴がいれば面白いという解釈も可能だろう。
 名探偵とはまさに論理的思考の象徴である。事件が起きないのに論理的思考が活躍するシチュエーションはあるのだろうか。
 まさに本格ミステリの一つの潮流としてそれに合致するジャンルが近年勢いを増しているようだ。「日常の謎」と呼ばれるそのジャンルでは殺人などの刑事事件が起きる必要はない。日常的な出来事に着目し、探偵役が論理を積み重ね、思わぬ真相を暴き出すのである。館も殺人も登場せずに、名探偵の論理のみでミステリを成立させているのである。
 そしてハルヒシリーズの行き着く先もこのジャンルなのではないかという妄想を筆者は抱いている。特別な事件が起きなくても、論理的な範囲で日常を面白い角度から見つめなおすという日常の謎ジャンルのテーマはハルヒという作品のテーマとも相性がいいのではないか。
さて、話を進めていく前に、「日常の謎」の詳解もかねて筆者の好きな作品や作家を紹介させていただきたい。


 ・日常の謎の作品群

 このジャンルの旗手としてまずは氷菓シリーズの米澤穂信を挙げたい。『ハルヒ』と同じく、京都アニメーションによってアニメ化されているのでハルヒファンにもなじみが深いのではないかと思う。また、氷菓シリーズの亜流に位置づけられる『さよなら妖精』もおすすめである。
 氷菓シリーズの中で筆者のお気に入りの短編を挙げるとすれば『心当たりのある者は』だろうか。放課後の校内放送の一文から次々と論理の翼をはばたかせて全く予想外の真相にたどりつくという面白さがある。類例としてハリイ・ケメルマン『おしゃべり湯沸かし』などがあるだろう。
 この短編の面白さは、校内放送の裏で世界を揺るがすような事件が起きていたかどうかではなく、日常的な校内放送が論理的な展開だけで非日常へとつながっている可能性を示唆することにあるのではないかと思っている。本当に事件が裏にあるかどうかよりも論理を進めていく過程が重要なのだろう。そのあたりは『七不思議~』の面白さに共通する部分が多そうだ。学校に不思議があろうがなかろうが、屁理屈をつけて不思議をでっちあげていくワクワク感に似ているのではないだろうか。
 論理が日常世界に色どりを与えてくれることを教えてくれる作家として、北村薫と加納朋子も個人的には外せないところだ。北村薫の『円紫さんと私』シリーズや加納朋子の『駒子』シリーズでは、主人公がさまざまな日常の謎に遭遇する。そのことを探偵役に話してみると、神がかり的な論理展開で出来事に関わった人々の心を明らかにしてしまうのである。これまで何の気なしに見ていた日常の風景が急にひっくり返されるような気分をもたらしてくれることもあり、普通の日常がつまらないと思っているハルヒファンの皆様にもぜひおすすめしたい作品たちである。
 『円紫さんと私』シリーズは女子大生の「私」が噺家である円紫師匠となぞ解きをしていく物語である。幼少期の夢、喫茶店の砂糖壺、毎週夜の公園に現れる女の子。日常的な出来事に謎を見出して隠されたストーリーと群像が明かされていく。なぞ解きはもちろんであるが本作の魅力は、これが「私」の成長物語でもあることである。最新作では「私」は社会人となっているが、日常生活にちらつく謎が人生を豊かにしてくれるような実感が湧いてくるのである。また、「私」が文学専攻であることも手伝って、日常の謎の文脈で文学研究が披露されるのも面白い。太宰作品に関する新解釈が読めるミステリというのはそうそうないだろう。このシリーズを読むと研究活動というのも人生を豊かにする日常の謎の一形式なのだと思わざるを得ない。
「駒子」シリーズは短大生の駒子が主人公である。『ななつのこ』という本にほれ込んだ駒子が著者にファンレターを送るところから不可思議な文通がはじまる。駒子が日常の出来事を手紙につづると、驚くような解答編が返ってくる。等身大の短大生の世界が日常の謎というフィルターを通して豊かに描かれている。
 ほかに日常系ミステリの書き手としては相沢沙呼、坂木司、三上延、若竹七海など、ネットを検索すればたくさんあがってくることだろう。数いる作家の中で日常の謎ジャンルの旗揚げを起こしたのは北村薫だといわれている。シリーズ第一作の出版は一九八九年、それ以来、米澤穂信や加納朋子などのフォロワーが次々と活躍し、『氷菓』の出版は二〇〇一年、アニメ化される二〇一二年までには「人の死なないミステリ」といったカテゴリの普及も手伝って、ミステリ界隈の外側でも日常の謎の面白さが認められるようになったのではないかと思われる。現実世界でのミステリの変容に同期して、ハルヒの世界でも論理の面白さが浸透していったのだとしてもおかしいことはないだろう。


 ・ハルヒシリーズの着地点

 日常描写に論理思考を巧みに取り込むことで超常現象や派手な事件がなかったとしても非日常を体験することができることを日常の謎ジャンルの多くの作品が証明してきた。
 この日常と論理というフレームワークは当然ハルヒという作品でも活かすことができるだろう。『直観』の試し読みのみの段階では『直観』そのものが日常の謎かどうかはつかみかねるが、将来的な作品の行く末を妄想すると、まったく事件は起きずに論理だけこねくり回して屁理屈づくりに興じているSOS団5人の姿はそんなに違和感はないと思う。
 もしかしたら、論理に重きを置きすぎるとハルヒシリーズの超常的魅力に枷をはめることになるのではないかと危惧する人もいるだろう。その点は、心配ご無用である。ミステリというと「真実はいつも一つ」といったイメージが先行するかもしれないが、実際は非常に自由度が高いジャンルである。
たとえば多重解決ものというカテゴリがある。一つの事実を登場人物がそれぞれの視点から論理的推論でもって掘り下げていくといくつもの背反する真相が浮かび上がってくるというものだ。複数の推理から名探偵がラストに真実を選び抜くという筋書きももちろんあるが、真相が複数あるままで物語の幕が閉じるようなものまで存在する。
 振り返ってみると、実はハルヒシリーズ全体がハルヒの視点とキョンをはじめSOS団団員たちの視点で全く異なる二つの真相を提供していることがわかる。キョンたちから見ればまぎれもなく超常現象を内包する事件も、ハルヒ側から見れば少し変わっているけど常識の範囲内の些細な出来事になっているのである。
 また、現実離れした常識の支配する世界を容認したとしてもそれを汲みいれたうえで論理を破綻させずに成立する推理小説も存在する。宇宙人が探偵の作品、近未来を舞台にした事件捜査ものなどなどバリエーションは非常に豊かだ。だからこそ、論理性を重視したところでハルヒシリーズの魅力が損なわれることは全くないと断言できる。
 そのような多様なミステリジャンルの中で、『ハルヒ』は超常現象と思わせて日常の謎、あるいは逆に、日常の謎と思わせて超常現象、というどんでん返しのポテンシャルを秘めた稀有なシリーズではなかろうか。
 事件が起きなくても日常の謎としての面白さが保証され、事件が起きればSF的面白さが保証される。
 あるいは『あてずっぽ~』や『七不思議~』ではハルヒの巻き起こす超常現象が鳴りを潜めていることを思うと、『直観』においてもこの傾向は踏襲される可能性もあるかもしれない。その場合、地道な論理思考を一歩ずつ進めるSOS団員たちと鮮やかなひらめきをもって論理的跳躍をもたらすハルヒという対立軸をもって推理劇が駆動されていく可能性も高そうだ。
 ハルヒの無意識的名探偵ぶりは『あてずっぽ~』で披露されているとおりである。『直観』においてもハルヒの超常性は似たような活躍をするのではないかと筆者は妄想している。
 この方式であれば、論理的思考という本格ミステリとしての制約からの逸脱を防ぎつつ、ハルヒの異常性を際立たせることができるように思える。
はてさて、それでは『直観』はいったいどうなるんだろうというのが筆者を含むみなの疑問だろう。


 ・『直観』に対する直観

 今一度断っておくが、本稿は『直観』発売前のQRコードによる「試し読み」のみが既知という段階で書かれている。
 非常に限られた断片的情報から『直観』の全貌を推測するのは無謀だろう。というわけで、現在わかっている範囲での謎を考えて、直観的に『直観』がどんなストーリーになるのか想像してみたい。
 まず、謎は二種類のレイヤーがあるといえるだろう。それは鶴屋さんのメールとその添付ファイルのことである。ここでは添付ファイルのことを物語と呼ぶことにしよう。
 メールに関するなぞは大きく二つ。ひとつは、なぜ鶴屋さんからSOS団直通アドレスに送られたのか。ふたつめは、メールによって宣言された問題はどこに存在するかということである。
 物語に関するなぞは、さらに複雑である。この物語がそもそも鶴屋さんの経験に即した事実なのか、それともフィクションなのか。登場するお嬢さんはだれなのか、なぜ二人でテニスをするのか、パーティー会場からの死角を気にする理由な何なのか、彼女はなぜ姿を消したのか、鶴屋さんをベッドに移したのは誰なのか。際限なく謎が詰め込まれている。
 試し読みの範囲で考える限りでは、どう考えてもメールと物語をあわせても出題編としての情報は出そろっているようには思えない。鶴屋さんは続きとなるメールや物語を隠し持っているのではないかと思われる。もしもそうであるならば、なぜメールや物語を分割する必要があったのかという新たな謎も生じてくる。
 こうなってくると謎が謎を呼び、手掛かりが全く足りない状況に陥ってしまう。手詰まりだ。
『直観』がどのようなミステリなのかを直観に頼って妄想してみよう。大胆に言い切るとするならば、メールの暗号解読と物語の日常の謎を解決する二重構造になっているのだと予測したい。
 日常の謎の観点から物語の手掛かりをあぶりだそうとしたときに個人的に大きく気になったのは、次の通りである。ひとつは部屋に帰った時のルームキーの扱い。なぜ電気を消したままにするのか。もう一点はテニスを終えたあとエントランスですれちがったおっちゃんである。日没後のこの時間に、でかいトランクをもってチェックアウトするというのはハルヒ的観点で言うならば五月の転校生なみに怪しくはないだろうか。
 また物語の随所に叙述トリックが仕込んである疑いもある。物語における鶴屋さんはどうやら信用ならない語り手である可能性もあるのだ。たとえば、ドレスをクリーニングに預けてエレベーターに乗り込むシーン。エレベーターに乗り込んでから「数分後」には部屋にいたとの記述はかなり引っかかるものを感じたがどうだろうか。エレベーターから部屋に行くまでに寄り道をしている可能性だってもしかしたらあるかもしれないのである。
 本編ではこういったもろもろを掘り下げて、主にキョンと古泉が一歩ずつ論理を進めていくのではないだろうかと考えられる。ハルヒの直観や長門の全知性がどう扱われるかは未知数だが、時折論理を跳躍させるヒントとなってくれるのではないかと思われる。朝比奈さんは前提となる常識を読者と共有する役回りになるのだろうか。
 なんにせよ、これ以上の推測が難しそうだ。はやく新刊を読みたい。論理的思考で日常を見つめなおすキョンやハルヒやSOS団の団員たちを読んでみたい。


 ・おわりに

『直観』のあらすじに「挑戦状」の文字が躍るのを見て以来、本棚をひっくり返すようにいろんなミステリや関連書籍を読み直してみた。
 同時に『憂鬱』も読み直してみたところ、ハルヒにとって、宇宙人や未来人や異世界人や超能力者、あるいは派手な殺人事件がなくても名探偵という論理性さえ存在すれば世界は面白くなるのではないかという気づきがあった。
 勢いで本稿をまとめてみたが、振り返ってみるとこの文章はまさにハルヒの批判していた「ただのミステリ小説オタク」による怪文章になっていたのである。猛省。
 うしろめたさへの免罪符として、『米澤穂信と古典部』の「米澤穂信に30の質問」コーナーからひとつ、素敵な考え方をひかせていただきたい。

▼質問26「日常の謎」は、どのようにして思いつきますか?
▲答え
(中略)毎日の中でアンテナを高く上げることです。一時間も散歩すれば、実際に小説になるかどうかはさて置き、不思議なことの三つや四つは見つかるものです。

 なるほど。SOS団の市内探索から学ぶことは多そうだ。

 ・参考文献

涼宮ハルヒシリーズ 二〇〇三年~
「涼宮ハルヒの憂鬱」谷川流、KADOKAWA、二〇〇三年
「涼宮ハルヒの憂鬱」~「涼宮ハルヒの驚愕」一〇作
古典部シリーズ 二〇〇一年~
「氷菓」米澤穂信、KADOKAWA、二〇〇一年
「氷菓」~「いまさら翼といわれても」五作
円紫さんと私シリーズ
「空飛ぶ馬」北村薫、東京創元社、一九八九年
「空飛ぶ馬」~「太宰治の辞書」六作
駒子シリーズ
「ななつのこ」加納朋子、東京創元社、一九九九年
「ななつのこ」~「スペース」三作
「おしゃべり湯沸かし」ハリイ・ケメルマン、早川書房、一九七六年(「九マイルは遠すぎる」所収)
「さよなら妖精」米澤穂信、東京創元社、二〇〇六年
「米澤穂信と古典部」米澤穂信、KADOKAWA、二〇一七年
  ちなみに谷川先生の質問が30の質問に収録されています。

■考察『鶴屋さんの挑戦』試し読み版
-我々は鶴屋さんを信用していいのか?
  (いしじまえいわ)

 2020年11月25日、涼宮ハルヒシリーズの9年半ぶりの最新刊となる『涼宮ハルヒの直観』が発売となる。発表済みの短編・中編を収録しているだけでなく、300ページ近くに及ぶ新作長編(と呼んで差し支えないだろう)『鶴屋さんの挑戦』が収録されているという。大変目出たいことである。
 本来であればその内容について様々な観点から論じたいところなのだが、残念なことに本稿執筆時は11月中旬、『直観』はまだ発売されておらず、読めるのはスニーカー文庫の11月新刊の帯に付されたQRコード等からアクセス可能な「試し読み版」のみである。
 そこで本稿前半ではこの「試し読み版」の範囲だけを対象とした考察を行う。本稿が掲載される予定のSOS団東京大学支部活動報告は『直観』発売後に刊行予定であるため、そもそも片手落ち感のあるテーマ設定である。だが、鶴屋さんからの出題部分のみにフォーカスして論じ書き留めておくことは、試し読み版しか公開されていない時点にしか成し得ないのもまた事実だ *1。『直観』を読み終えた上で本稿をご覧の皆様にとっては失笑ものの考察になること請け合いだが、「過去人はこんなことを考えていたのか」とご笑覧いただければ幸いである。また、当然だが、本稿を読む前に「試し読み版」ないし無事発売された『直観』を読み終えておくことをお勧めする。
*1:厳密には『直観』発売後にも可能だが、実行する人は極めて稀だと思われる。

 なお「試し読み版」は先に挙げたものの他にKADOKAWAの電子書籍アプリ「BOOK☆WALKER」で指定の電子書籍を買うことでダウンロードできる「一部試し読み小冊子」と、同アプリのサブスクリプションサービス「角川文庫・ラノベ 読み放題」への加入によって2020年11月中限定で読める「あらすじ音声読み上げ版」がある *2。この「あらすじ音声読み上げ版」が最も参照範囲が広いため*3、本稿ではそれを以て「試し読み版」とする。
 参照範囲は『鶴屋さんの挑戦』の「そろそろ梅雨の匂いが鼻先をかすめてきそうな、春と夏の端境期におけるSOS団マイナス団長プラス部外者一名によるワンシーンである。」から、鶴屋さんのメールに添付されていたドキュメントを読み終えた後のハルヒの「それでも何も、これだけしかないわ」というセリフまで、及び、杉田智和氏によって朗読されたあらすじ*4である。
*2:「涼宮ハルヒの直観 角川文庫・ラノベ 読み放題 x 涼宮ハルヒの直観 スペシャルコラボ企画開催中!」https://bookwalker.jp/ex/feature/subscription-haruhi/
*3:特設サイトに掲載の試し読み版では「何かの企てでなければいいのだが。」以降、「ハルヒの音読によるメール本文は以下のとおりである。」までの間がカットされている。
*4:これが『直観』に収録されるのかは本稿執筆時点では不明。

 □『鶴屋さんの挑戦』試し読み版、初読時の感想

 以下、初読時の感想を箇条書きにて列記する。

・Tって何だ。星新一のS氏みたいなやつか。
・ミス研部員のことか。あいつはやはり絡むのか。
・みくるちゃんの着ボイスの他パターンの紹介、はよ。
・ノンビョリ
・ゲンニョリ
・とんでもない百合をお出ししてきたな……
・こんなの女性読者全員鶴屋さんのこと好きになるやつじゃん。ヅカかよ(西宮から近いし)。鶴屋さんに女性ファンを増やしてどうすんの?
・鶴屋さんの父上、キャラ濃いな……悪い意味で……
・これで終わり? 設問は?

 これらについては凡そ多くの読者が同じような感想を抱いたと思われるので詳細説明は割愛する。

 □初読時の疑問点

 続いて、初読時に疑問に思われた部分について主だったところを列記する。

①文中に出てきた「閉鎖空間」という単語は、文脈通りの意味なのか、超能力者関連に関わる意図で選んだワードなのか。
②鶴屋さんはどうしてGPSトレーサーの存在に気付いたのか。
③何故鶴屋さんはカードキーを電源ホルダーに刺さなかったのか。
④少女(本稿では以降「彼女」とする)はどこへ消えたのか。
⑤ベッドの下にいた筈の鶴屋さんがベッドの上に寝ていたのは何故か。
⑥何故鶴屋さんは「彼女」を探すことなく二度寝したのか。
⑦少女の正体は誰か。
⑧鶴屋さんの課した問題とは何だったのか。

 このうち誰でも引っかかると思われるのは⑧だ。具体的な設問の記述に入る前に試し読みパートが終わったのだと解釈した方もいたようだが、鶴屋さんからのメールに「最後のほうに問題を出す」と明記されていた上にハルヒが「これだけしかないわ」と言っている事から、鶴屋さんから送られてきたドキュメントは試し読みパートで公開されていた範囲のものが全てだと思われる。また、読み上げ版のあらすじでも「旅の思い出としか思えない添付ファイルとメール本文だけだった」という旨が語られている。あの姫君の如き少女とのささやかな逃避行自体が何かを問う問題なのだ。
 では鶴屋さんは一体何を問うているのか。私が最初に考えたのが⑦だ。「彼女」の正体は一体誰でしょう?――これが鶴屋さんの課した問題ではないか。
 これは詳細を省くが結論だけ言うと、私はTがその正体ではないかと考えた。だが、謎解きの趣旨が「彼女」の正体当てクイズなのだとすれば、鶴屋さんは最後に一文「「彼女」の正体は誰でしょう?」と書き加えればよく、何もこんな謎めいたドキュメントを送る必要はない。もしかしたら「彼女」の正体も設定されているのかもしれないが、鶴屋さんの謎かけの主旨はそこではないはずだ。そう考えられるため、⑦については一旦保留する。④と⑥も彼女の正体が分かれば必然的にその行動の意味が分かるだろうから、同じく保留する。

 逆に理由が分かりやすいのは③だ。鶴屋さんは「彼女」にひと時の自由をもたらすためにGPSトレーサーを見知らぬ他人のポケットに忍ばせたのだから、なるべく追手の追跡から逃れたいと考えているはずだ。「彼女」と同時に姿を消した鶴屋さんの部屋の電気が点いていれば、追手は当然そこに向かうだろう。カードキーを電源ホルダーに刺さなかったのは、少しでも追手の追跡から時間を稼ぐためと考えて間違いないだろう。

 では、追手とは誰の事だろう? 普通に考えれば「彼女」のご両親等に追跡を命じられた側近、といった存在が思い浮かぶ。「彼女」と一緒に登場した「お付きのお姉さんみたいな人」もおそらくその一人だろう。鶴屋さんと「彼女」は追っ手を撒くために鶴屋さんのベッドの下に隠れたが、鶴屋さんが寝ている間に追手が部屋に踏み込み、彼女が寝ている間に「彼女」を連れて行ってしまった。素直に読めば、鶴屋さんの物語からはそういった経緯が読み取れるはずだ。
 だが、このような展開を前提とすると違和感を覚える箇所がいくつもある。そのうちの一つが⑤だ。追手の面々が、「彼女」誘拐犯をわざわざベッドの下から引きずり出してベッドの上に寝かせ布団をかけてあげるようなことをするだろうか? 普通に考えればその道理はないはずだ。「彼女」は鶴屋さんに恩義があるだろうから去り際にベッドに寝かせてやりたいと思うかもしれない。だが、女子高生と思しき年代の少女が同年代の子を起こさずにベッドの下から上に移動させることは不可能だと考えていいだろう。また「彼女」に限らず、自然に眠りについた鶴屋さんを寝たままの状態で移動させるのは非常に困難だと思われる。
 では、それはどういった状態なら可能だったと考えられるだろうか。たとえば鶴屋さんが睡眠薬等を服用し完全に昏睡した状態であれば、ちょっとやそっとでは目を覚まさないかもしれない。そう考えると、彼女らはベッドの下に潜り込む前に一緒にグレープフルーツジュースのペットボトルをグラスに注いで飲んでいることが思い出される。このペットボトルかグラスかに睡眠を誘発する薬が混入または塗布されていたとすれば、そういった状況を作り出すことは可能だ。
 だとすると、追手は鶴屋さんが自室に戻る前に彼女の部屋に入って事前準備をしていたことになる。それができるのは誰か。それは鶴屋さんの語る物語の中には、恐らく鶴屋さんの父上、ないしその関係者しかいないだろう。
 ホテルスタッフ等は鶴屋さんの部屋の合鍵を使って下屋に入ることが可能だ。だが鶴屋さんが「彼女」を連れて自室に隠れるという奇妙な行動を予測できなければ、わざわざ鶴屋家の令嬢の部屋に忍び込み、あまつさえ睡眠薬を仕込むなどといった狼藉をできよう筈がない。一方、鶴屋さんは自分の父上について、過去何度となく「あたしと親父っさんの知恵比べ」をしていたといい、「見っけた発信機を関係ない人に押しつける手口はウチの親父っさんにはバレバレ」とも述べていることから、父上であれば鶴屋さんの行動とその狙いを看破し、先回りをすることも不可能ではないと考えられる。家族なのだから、ホテルスタッフに命じて部屋のドアを開けさせる権限もある。
 もしくは、自分の娘が鶴屋さんとテニスに興じているところまでを見ていた「彼女」の親族が、行方不明になった二人が向かいそうな場所を鶴屋さんの父上に相談したのかもしれない。しかしそれだけのことであれば、単に鶴屋さんに連絡を取るなり直接部屋に行くなりすればいいだけだ。何も睡眠薬を盛って寝かしつける必要はない。やはり父上と娘との化かし合いの知恵比べ合戦が勃発しており、父上が勝利を収めた、という流れで理解するのが妥当だ。
 こう考えれば⑤の理由も明白である。睡眠薬で寝かしつけられた我が娘を、父上が引っ張り出してベッドの上に移動させて布団をかけたのだ。④も、「彼女」は無事鶴屋さんの父上からご両親に引き渡されたのだろうと考えられる。

 ……と、ここまでが一つ目の真相である。
 つまり二つ目の真相がある。というのも、これだけでは理屈に合わない、または謎が残る部分が数多くあるのだ。

 疑問点の一つは、鶴屋さんがドキュメント内で最後に描写した「テーブルの上に置いてある空の二つのグラス」だ。鶴屋さんは追っ手を撒くために部屋の電気を点けずベッドの下に潜り込んだ筈だ。それなのにテーブルの上に空いたグラスが二つ置いてあれば、鶴屋さんがこの部屋に誰かといる、または近い時間帯にいたということをバラしているようなものである。そんな迂闊な真似を鶴屋さんがするだろうか?
 また、②の関連でも謎が残る。「彼女」は自分の服に盗聴器と思しきものが付けられていたことに「まさか」と言い、鶴屋さんはそれをして「そういう発想に至るところが、彼女の生活環境を如実に表してる」と述べている。言っていることは分かるけど本当にそんなことがあるとは、というところだろうか。
 鶴屋さんは「お互い、心配性な親御さんを持つと苦労するってことだねえ。」と自分と「彼女」の置かれた状況を類似したものと捉えていることから、「彼女」の親族も自分の父上と同じ思考回路を持っていると仮定して、GPSトレーサーを発見したのだ。ここまではいい。
 気になるのは、その後にベッドの下に潜り込む前の「どこまで時間を稼げるかなあ。見っけた発信機を関係ない人に押しつける手口はウチの親父っさんにはバレバレだからねえ。」というセリフだ。
 何故ここで急に自分の父が出てくるのだろう。自分の身の上を「彼女」に重ねているから、というのは分かる。だが、「彼女」はGPSトレーサーを発見した際に「まさか」と言っているのだから、「彼女」にもその親族にもそういった経験は過去になかったと考えるのが妥当だ *5。だとしたら、知恵比べで経験を積んだ鶴屋さんの父上と同じく「バレバレ」になるという発想は奇妙ではないか。
 先述の仮説と同じく、「彼女」の親族が鶴屋さんの父上に娘の捜索願を出したのだとしたら、確かに父上の経験がものを言う場面ではある。しかし鶴屋さんが自分の父上と「彼女」の親族が結託することまで想定していたのだとすれば、逃げ場所に自分の部屋を選んだこと自体が不自然だ。行方不明になった自分の娘を探すにあたってまず思いつく行き先だし、確認も容易だ。時間稼ぎになっていない。では何故鶴屋さんはここで自分の父上と「彼女」の親族を同一視したのか?
*5: もしかしたら「彼女」は「また?」といった意味で「まさか」と言ったのかもしれない。だが、だとすればGPSトレーサーの扱いや仕掛けた犯人の手口などについてその時の経験を話した上で対策案を練るのが自然だ。

 それについては以下のような仮説が立てられる。それは、鶴屋さんの父上と「彼女」の親族が同一人物である、という見立てだ。もっと言えば、「彼女」の正体も鶴屋さんである。
 鶴屋さんのドキュメントには鶴屋さんと父上、「彼女」とその親族という二つの親子*6 が登場するが、その二組は立場や関係が驚くほど似通っている。その上、読み手に取ってどんな人か明白な鶴屋さんは別として、鶴屋さんの父上については過去や性格上の特徴がかなり厚めに描写されているのに対し、「彼女」とその親族についてはそういった描写が「お姫様っぽい」「鶴屋さんと似た境遇」といった程度しか描かれておらず、非常にあいまいな存在になっている。親族に至っては先述の通り鶴屋さん自身同一視しているくらいだ。
 そう考えて改めて本文を読み直すとピンとくる記述が最初と最後に一つずつある。前者は鶴屋さんからのメールの「実はちょっとだけ面白い事件に遭遇したんだった。うん、そういうことだった。」であり、後者は「彼女がいたという存在証明のように―ええと、ように、……うん、思いつかないよ。」という記述だ。どちらも、このエピソードの存在自体をあいまいにするような、あやふやな表現である。
*6: ここでは便宜的に親子としたが、「彼女」の親族は祖父母などかもしれない。

 ここから想像できるのは、つまり、鶴屋さんから送られてきたこの楽しい旅のエピソード自体が作り話だ、ということだ。これが二つ目の真相である。
 だが謎はまだ残る。仮にこれが作り話だとしたら、それをわざわざ旅先から「問題」として送り「解答」を求めた鶴屋さんの意図は何なのか。

 鶴屋さんと「彼女」、父上と親族を同一人物と仮定して改めて読み直して気付くのは、あの物語から「彼女」とその親族を引くと、そこには鶴屋さんと父上の関係、特に父上の異常性しか描かれていない、という事だ。
 心配性故か、自分の娘を監視するため本人に許諾なくGPSトレーサーを仕込み、それを捨てるという形で拒否の意思を示しているにも拘らず何度も繰り返す父親というのは、いくら鶴屋さんが軽快な口調で説明していても異常性を感じざるを得ない。あまつさえ、鶴屋さんは自分の身体にそういった器具を仕込まれている事すら想定しているのだ。
 そう考えると、鶴屋さんがSOS団に連絡してきた目的も自ずと想起される。彼女はいたいけな架空の少女――それはまだ親や自分の置かれた立場に抗うことをしさえしなかった自分自身の過去の姿なのかもしれない――を見立て、「彼女」との思い出をベースにした出題という形に偽装し、自分の境遇をSOS団に伝えようとしている、というように思われる。
 もしハルヒが鶴屋さんの身の上にそんな過去があって、謎解きを装ってそれを自分に伝えようとしていると気付いたとしたら、他人の家庭の問題だろうが旅先だろうが関係なくすぐに鶴屋さん救出に乗り出す筈だ。ハルヒのそんな性格は鶴屋さんも分かっているだろうから、これは実質的には鶴屋さんからの救難信号、まさにSOS団宛てのSOSであると考えられるのだ。これが三つ目の真相である。

 だが、これでもまだ疑問が残る。仮に鶴屋さんからのメールと添付されたファイルの真相が、父上など第三者に傍受されることを想定して旅のお便りに偽装した救難信号だったとする。だが、鶴屋さんの物語を読む限り、架空の親子に自分の境遇を重ね合わせて一見分かりにくくなってはいるものの、私の初読の感想のように、正直謎解きをしなくても父上の異常性は伝わってくる。仮に鶴屋さんの父上がこのメールを傍受すれば、娘が自分の異常性を友人に伝えようとしていることは明白だ。これでは謎解きに偽装した意味がない。
 また、鶴屋さんが謎かけとして「彼女」という架空の人物を設定したにしてはその描写に違和感がある。普通、自分のペルソナとして設定した人物に「お姫様オーラがバシバシ」「とても綺麗」「お人形さんのような顔」「マジで妖精かと思った」等といった形容をするだろうか? 相当なナルシストの方であればするかもしれないが、鶴屋さんの性格には相応しくないだろう。

 では、これを送ったのが、本当は鶴屋さんではなかったとしたらどうだろう?
 ハルヒはメールが来た際に「鶴屋さんからだわ。」と言っているが、メールアドレスを子細に確認した様子はない。また、SOS団のアドレスはサイト上に公開されているのだから、なりすましであることは大いに考えられるはずだ。では、誰がそんなことをするというのか。誰にだったらそれが可能で、その必然性があるのか。
 既に公開されている物語の範囲で鶴屋さんの名を騙ってSOS団に謎のメールを送る必然性がある人物は、私の想像する限り一人しかいない。それは鶴屋さんの父上である。

 鶴屋さんの父上が何故鶴屋さんの名を騙ってSOS団に謎解きを送ってきたのか。それはそれがもたらすであろう結果を考えれば理由は一つしかない。先述の通り、ハルヒがもし私と同じ結論にたどり着いたとしたら、誰が止めようと必ず鶴屋さんを救うために鶴屋家に殴り込みに行くだろう。つまり、それが狙いなのである。
 では何故鶴屋さんの父上がSOS団を誘き寄せる必要があるのか。そんな理由があるのか。それを考えるためには、下準備としてこれまでのシリーズで鶴屋さんおよび鶴屋家がどういった存在として描かれてきたのかを再確認する必要がある。それを以下の本稿後半パートにて行う。

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