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ショートショート「塞翁が馬」

「人生はプラマイゼロだ」という口癖の友人がいた。いや、今も友人には変わりがないが、俺は彼と随分長い間会っていなかった。彼とは小学生から一緒だったがその頃から既に口癖を使っていた。彼は変わった雰囲気の人ではあり、お世辞にも人間関係に恵まれていたとは言えなかった。成績も中の下ぐらい、スポーツもあまり得意ではない。そんな中でも「人生はプラマイゼロだ」と言いながらひたむきに努力する彼に、俺は好感を持っていた。

高校卒業後はお互い地元から離れ、別々の大学に進学した。彼とはその時から会っていない。今俺達が28歳だからちょうど10年ぐらいか。

風の噂で聞いたところによると、彼は25歳の時に起業し大金持ちになったらしい。その1年後に美人の奥さんと結婚して子供も産まれたそうだ。

そんな彼からつい先程僕宛に手紙が届いていた。彼が今の僕の住所を知るはずもなく、正確には実家に届いたのを今受け取ったのだが。

中にはこう書いてあった。

「久しぶりだね××。こうして君が手紙を読んでいるということは僕はもうこの世にいないだろう。なんて少しベタな書き出しだったかな。相変わらずあまり気の利いたことは言えないね。さて、君が知っているかは分からないが、僕は会社を立ち上げて大いに成功した。一生かかっても使い切れないほどの大金を得た。愛した女性と結婚したし、子供も生まれた。僕が昔から言っていたことを覚えているかい?」

「人生はプラマイゼロだ」ここまで読んで俺はつい何度も聞いたそのセリフを口に出した。

「僕はずっとそれを信じて突き進んだ。人の何倍も努力した。その結果、多くのものを手にした。目に見えるものも、見えないものも。だが、僕は気づいてしまったんだ。僕は幸せになりすぎた。お金に困らず、家庭も仕事も充実し、人間関係にも恵まれている。幼少期のつらさとは比べ物にならないぐらい幸せなんだ。でも人生はプラスマイナスゼロだ。それは僕が信じたことで、証明してしまったものでもある。これから降りかかる不幸を考えてしまってここ数日ロクに眠れていない。馬鹿げていると思うかい?けど僕にとっては真実なんだ。だから僕は耐えきれない不幸が訪れる前に、自分で人生の幕を引こうと思う。君にはつらい時期に一緒にいてくれたことを本当に感謝している。財産の半分は家族に残すが、残りを君に渡したい。どうか役立ててくれ。もう一度君に会えずにこの世を去ってしまうことを申し訳なく思っている」

手紙はここで終わっていた。手紙を読んだ後は不思議な感覚だった。彼のしたことは馬鹿げているとも思った。それでも今後受け取る財産と引き換えに、自分の人生に何が起こってしまうのか、考えずにはいられなかった。





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