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ゲーム「千里の棋譜〜現代将棋ミステリー〜」のはなし

 作品ジャンルが現代将棋ミステリーとなっているとおり、このゲームは将棋を題材にしたテキストアドベンチャーゲームだ。それもただ将棋の上辺だけをなぞったようなものではなく、プロ棋士の監修をきちんと受けた上で作られている作品である。

 ただ一口に将棋を題材にしているとは言ったが、このゲームは単に将棋のルールだけではなく、将棋の歴史や将棋にまつわる事物・実在の人物などあらゆる要素を取り入れた、まさに将棋づくしのゲームだ。

―将棋初心者でもまったく問題なし
 だからといって事前の知識などはまったく必要でない。筆者は将棋の駒の名称さえ覚束ないようなズブの素人だが、このゲームをプレイする上で困ったことはひとつもなかった。むしろ作中に出てくるどの用語も新鮮で、何も知らなかったことを良かったとさえ思ったほどだ。
 というのも、この作品は将棋に関する事柄が登場するたびに用語集が更新され、それをいつでも読むことが出来るようになっている。なによりこの用語集がとても丁寧に作られ、かつ使いやすいソート機能が付いているため初心者の強い味方となってくれる。そして一番のポイントは、この用語集では作中に登場した事物・人名を“実在か非実在か”でソートできるところだ。
 てっきりフィクションかと思われるような突飛な事件が、現実で実際に起きたことであったりするのが面白い。将棋の戦法に関する部分も必読だ。将棋の長い歴史のあいだでは、戦法にも流行り廃りが存在する。そして流行りの戦法には必ずや、それに対抗したカウンター戦法が作られる。戦法の研究の過程は、まさに戦いの歴史と言っていい。いつの間にやら本筋を忘れ、用語集の方ばかりを読みふけってしまいそうになる。

―非常に熱い人間ドラマ
 ミステリーアドベンチャーということで、物語の中心にあるのはもちろん事件とその謎解きなのだが、それ以外にもとにかく熱い人間ドラマが繰り広げられるのが本作の魅力だ。
 ここで簡単に登場人物の説明をしたい。物語の主役となるのは一ノ瀬歩未という女性フリー記者と、長野圭という奨励会三段の棋士の二人である。
 奨励会というのは、プロ棋士の養成機関のことだ。この中で行われる三段リーグで勝ち抜き、30人中1位または2位をとった二人のみが四段に昇段し、ここではじめてプロ棋士となれる。しかしこの奨励会には年齢制限があり、満26歳の誕生日を含むリーグ終了までに四段になれなければ、退会しなければならないという厳しい決まりがある。
 当然プロではないので、勝っても金銭などの報酬が出るわけではない。経済的な事情で年齢制限よりも早く退会せざるをえない人だっているだろうし、そうでなくともプロになれるかどうか分からない不安と向き合いながら戦っていかなければならない。天才と呼ばれるような人はほんの一握りで、多くの三段棋士たちは様々な悩みや葛藤を抱えながらリーグに挑んでいる。
 長野圭もまた、年内に昇段できなければ退会となってしまう焦りを抱えた、年齢制限も間近の棋士である。千里の棋譜で描かれるのは、そうした決して天才でない人たちの人間ドラマだ。
 対局で勝てれば嬉しいし、負ければ悔しい。そんな単純な感情で終われるならきっと楽なのだろう。けれどリーグというシステム上、他人の勝ち負けも気にしなければならない。同じ勝数の誰かがいれば、その人が次に負ければ自分の順位が一つ上がる。そんな風に他人の負けを期待してしまう自分に幻滅し、嫌気がさす。他の棋士たちはライバルであると同時に、同じプロ棋士を目指す仲間でもあるのに。
 たとえ自分が勝ったとしても、それが相手の道を閉ざすことになるかもしれない。もし相手が今年最後のチャンスしかない棋士だったら?そして自分にはまだ数年チャンスがあるとしたら?それでも全力で戦い勝ちを取るだろうか。それとも手を抜いて勝ちを譲るか?相手が奨励会の中でも最も仲の良い相手だったら?自分の勝ちがそのまま相手の未来を奪うことになるかもしれないとしたら。そんなあまりにも生々しい葛藤や、勝負の世界に生きる重圧が克明に描かれる。
 作中でも屈指の実力者とされたあるキャラクターは、どんな相手にも全力で挑むのが勝負師の礼儀であると言う。それに対して、それは強者の理論であると反論する人もいる。けれどそれこそが、彼ら勝負師の矜持であるのだと思う。どれだけの努力、葛藤、悩みや重圧を受けてここまで這い上がってきたのか知っているからこそ、手を抜くことは許されないのだ。自分も同じものを味わってきたからこそ、同情などはしてはいけない。それはそのまま相手の誇りを傷つけることになるからだ。
 だからこそ、棋士は全力で戦う。そしてその全てをかけた姿勢こそが、見る人を惹きつけるのだと主人公の長野は語る。彼の棋士人生をかけた最後の勝負は本当に見ものだ。ここで終わらせたくないという祈りにも似た気持ちを、まっすぐに描いている。
 プロの棋士の監修を受けているだけあって、対局の模様も非常に事細かに表現されている。解説役となるキャラが状況の説明をしてくれるおかげで、まるでスポーツ漫画の中で試合を見ているかのような、熱気のあるシーンが展開される。これだけでも、この作品をプレイしてよかったと思えるほどの力の入りよう。勝負にのぞむ棋士たちの内面描写も緻密で、焦りや興奮がこちらにまで伝わってくるかのようだった。
 勝負の世界に生きるということ。プロの棋士を目指すということ。それがどんな意味を持つのか、その中で自分はどう生きればいいのか。それを手探りで見つけていこうとするキャラクターたちの姿が痛ましくもあり、眩しくもあり、羨ましくもある。そんなゲームだった。

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