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今更ながらゲーム「FINAL FANTASY XV」のはなし

 ファイナルファンタジー15が発売5周年ということで、今更ながら記事にしてみたい。発売から5年も経てば流石にフラットな目線でこの作品を見ることが出来るんじゃないか、という期待もある。
 発売直後の大量のバグやら、ホーリー餅つきやら、カップラーメン結婚式やら、「やっぱつれえわ」やら、とにかく話題に事欠かなかったこの作品。発売してからしばらくの間は、自分から情報を集めなくても、勝手に向こうの噂のほうからバンバン飛び込んでくるような状況だった。
 2011年に公開されたFINAL FANTASY Versus XIIIのPVを初めて観たときのことを、いまだに覚えている。映像の技術もここまで来たかという驚嘆や感嘆とともに、このゲームをプレイできる日が待ち遠しいと心から思った。しかしそれから2年ほど音沙汰がなくなり、しだいに興味が薄れていってしまった。そのため私がFF15をプレイしたのは、発売してからしばらく経ったあとのことである。
 言ってしまえば私の場合は期待せずにセールで買ってプレイしたら思ったより楽しめたという話であって、発売日にフルプライスで買った人の落胆は察するに余りある。VersusのPVに期待をかけていたからこそ、その落差の大きさがただただ悲しかった。

 とはいえ、やってみたら意外と楽しめたのも事実なので、ここではその楽しめた理由について少し考えてみたい。私がプレイしたのはロイヤルエディション版なので、それを準拠としている。
 “思い出のカップラーメンの写真”なんかが当時話題になっていたとおり、この作品では「写真」が作品を盛り上げる要素として大きな役割を持っている。パーティキャラの一人であるプロンプトが好き勝手に人物や風景の写真を撮影し、それを一日の終わりに仲間たちと眺めるというのがルーティーンとして組み込まれているからだ。そのなかに気に入ったものがあれば、お気に入りとして保存することも出来る。
 保存した写真の一部は、エンディングの演出としてスタッフロールとともに画面に映される。そこで旅の思い出を振り返るうちに、懐かしさやら楽しかった出来事やらが込み上げてきてなぜだかちょっとだけ泣ける、というのが良くも悪くもこの作品のすべてだと思う。
 最後の戦いに向かう前に、主人公であるノクティスは写真を一枚だけ持っていきたいと提案する。そこで今までに撮った写真を眺めながら、とっておきの一枚を選ぶこととなる。
 旅の思い出やら、お気に入りの写真やら、とにかくキャラクターへの思い入れを前提とされているので、どれだけ寄り道をしてキャラクターと一緒の時間を過ごしたかによって評価が変わるゲームだと私は思っている。過ごした時間が長ければ長いほど、当然ながら相手への愛着が湧くものだ。それゆえメインストーリーだけをパパッと進めたい人からすると、この作品ほどつまらないものはないと思われる。
 良くも悪くも思い入れがすべてな作品、というのはそういうことだ。逆に言ってしまえば、主人公一行に特に愛着も思い入れも湧かなければ、なんの面白みもない作品となりかねない。なにしろ、ストーリー部分はお世辞にも良いとはいえない出来であるのだし。
 だからといって、キャラクターたちにそれほど大きな魅力があるか、と問われると少し答えに困ってしまう。むしろツッコミどころのほうが多い。それはそれとしてこの時は面白かったな、という出来事があれば別なのだが。やはりここでも思い出という要素が大きい。
 とにかく仲間にどれだけ愛着を持てたかが、この作品の評価の分かれ目だと思っている。私はといえば、メインストーリーを進める前にひたすらサブクエや釣りやキャンプを満喫したおかげで、ほどほどに感動してほどほどに満足できた。ノクティスが持っていく最後の写真は時間をかけてじっくりと選んだし、終わったあとには若干の喪失感もあった。
 そして最後に出てきた感想は「キャンプ楽しかったな」だった。ストーリー面白かったな、ではないところが少し寂しい。

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