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セックス以外に楽しいことが無いがそれはそれで楽しい

最近は少ない飯を一日の中でたくさん摂るとか短い睡眠を断続的にいれていかないと調子が悪く、そのために自分の生活を工夫せねばならないことが多くなった。

自分が平和で穏やかにいられるリズムを日々把握し細かに調整する事が優先される生き方をするなんて最近まで考えていなかった。
大人たちに要求されるからと仕方なくやっていた明朗快活に振る舞うという礼儀みたいなものも、負担なくむしろ無意識にエネルギーも使わずできるようになっている。
そんなダサいことしたくないと思っていたのになんの苦労もなくできる。そうかこれが大人になったってことなのかと思ったりする。

心は概ね低値安定だが心が固まってしまったという感覚はない。
自分は自分でここにいるから別に誰も見ていなくても平気だ、一人で勝手に楽しいものを見つけて目一杯よろこんでいるし悲しくなって泣いたりしている。心の中の自分とだけその話をして気持ちを共有できていればそれを他人に求める必要がなくなった。

「あなたはあなたになりなさい、他の誰の真似 でもないあなた自身に」
と、過去とてもお世話になったひとに言われたが今やっとそれが出来始めたかもしれないと思う。

心身共に健康な人が好き、というそのひとの言葉をこんなに時間が経ってから大切に思い目指そうとしているのは取り戻したい過去のためではなく自分のこれからの幸せのためだ。

毎日増える出来ること
一度に続く集中できる時間、いつのまにか治っていた胃下垂、電車を一度も途中下車せず目的地まで行けること
最近で一番ありがたい成長だ。単純に、生きるのがまたすこし楽になった。

常に変わるその時の自分に合う時間の長さを不断に観察して「寄り添う」なんてハードコアではないから嫌いだったけれど、
グレーの濃度を微調整して階調を作り明日生きるための支度をするのは地味だけれどとても爽やかなものだ。
そしてそうは言っても明日を迎えずうっかり死んだところで化けては出ないだろうなという自信も持ててきた。最強。最高。
ご褒美を見えるところに並べて出来ることを今できる範囲で進める。それが進捗度0.5%とかでも0よりはましだ。

極端さは進化を生むが同時に思考停止も生みがちで、それに慣れすぎて取り返しのつかない怪我をしたら結局二度と飛ぶことが出来なくなる。この十数年での一番の学びでかなりキツイ勉強代を支払ったから二度と繰り返したくない。


夏は思い出を掘り返すにはいい季節だからGoToキャンペーンで旅行に行ってクソ高えホテルにすこし安く泊まり夜は花火をしたい。八月はもう終わるけれど自分が暑いと思ったならそこはまだ夏だから夏はもう少し続くはず。

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