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馬場康夫氏が絶賛している最後の2行を知りたくて翻訳してみた:デイモン・ラニアン『マダム・ラ・ギンプ』

『マダム・ラ・ギンプ』は、アメリカの作家デイモン・ラニアンによる短編小説です。正直、YouTubeで紹介されるまでは彼の名前すら知りませんでしたが、この動画(下にリンクあり)をきっかけに興味を持ち、作品を調べてみました。すると、彼の多くの作品がパブリックドメインであることを知り、翻訳に挑戦することにしました。

この作品は、映画『一日だけの淑女』(1933年)や『ポケット一杯の幸福』(1961年)、『奇蹟/ミラクル』(1989年)など、多くの映画の原作となっていますが、少なくとも日本では映画の方が断然有名です。しかも、映画版では結末が変えられています。しかし、原作の結末、特に馬場康夫氏が絶賛する最後の2行は、映画とは異なる驚きの展開があります。ぜひ、その結末を体験してみてください。

ちなみに、馬場康夫氏はホイチョイプロダクションの代表で、『私をスキーに連れてって』など数々の大ヒット映画を監督してきた方でもあることは言うまでもありません。

【アメリカの国民的作家】馬場康夫の礎となったエンタメ作家デイモン・ラニアン|爆笑必至の短編小説と原作映画【ポケット一杯の幸福】【奇蹟/ミラクル】 - YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=WBqgPP3ORDA


マダム・ラ・ギンプ

デイモン・ラニアン:著

ある夜のこと、50丁目とブロードウェイの角を通りかかったら、なんとデイブ・ザ・デュードが玄関先に立って、マダム・ラ・ギンプっていう落ちぶれた年配のスペイン女と話してるじゃねえか。っていうか、マダム・ラ・ギンプがデイブに話しかけてて、さらにびっくりしたことに、デイブが聞いてるんだ。デイブが本気で人の話を聞くときにする「ああ、ああ」って相づちが聞こえたからな。デイブがこんな風に人の話聞くなんて、めったにないことだぜ。

これは本当に驚いたな。だってよ、マダム・ラ・ギンプなんて、デイブ・ザ・デュードをはじめ誰も話なんか聞きたがらないような年寄りなんだから。実際のところ、彼女は年取った厄介者で、たいてい酔っぱらってる。15年か16年くらい、俺はマダム・ラ・ギンプがブロードウェイを行ったり来たり、40番台の通りをふらふらと歩き回ってるのを見てきたんだ。時々新聞を売ったり、花を売ったりしてるけど、この何年も、彼女を見かけるたびに、ジンを飲んでほろ酔い気分って感じだった。

もちろん、彼女が売る新聞なんか誰も受け取りゃしない。たいてい昨日の新聞で、時には先週のもんだったりするからな。花も同じさ。10番街の葬儀屋から仕入れてくるような、本当にしおれた花ばっかりなんだ。

個人的には、マダム・ラ・ギンプはただの厄介な年寄りだと思ってる。でもよ、デイブ・ザ・デュードみたいな優しい奴らは、彼女が不運を嘆きながらよたよたとやって来ると、いつも数枚の銀貨をくれてやるんだ。片足引きずって歩くから、マダム・ラ・ギンプって呼ばれてるんだけど(gimp: 英語で「足の不自由な人」の意)、何年も前に誰かが言ってたところによると、彼女は昔スペインのダンサーで、ブロードウェイでも有名人だったらしい。でも事故に遭ってダンスができなくなって、失恋がきっかけでアル中になっちまったとかなんとか。

誰かが昔、マダム・ラ・ギンプは若い頃美人で、使用人もいて、あれこれ贅沢な暮らしをしてたって教えてくれたのを覚えてる。でもな、ブロードウェイのならず者たちについちゃ、男も女も、最初からごくつぶしだって分かってる連中についても、みんな同じようなこと言うから、俺はそういう話は気にしちゃいねえ。

それでも、マダム・ラ・ギンプが昔は少なくともまあまあの顔立ちだったってのは認めてもいいかもしれねえ。たぶんスタイルも悪くなかったんだろう。だってよ、一度か二度、彼女が酔ってなくて髪もちゃんと整えてるの見たことあるんだけど、そんなに悪くねえ外見だったんだ。まあそれでも、そんなときでさえ、彼女を競馬に出したところで、誰も馬券なんか買わねえだろうけどな。

たいてい、彼女はボロボロの服着て、穴の開いた靴はいてる。灰色の髪は顔にかかってて、50歳くらいって言えば随分若く見積もってる感じだ。スペイン人なのに、マダム・ラ・ギンプは上手に英語を話すんだ。実際、デイブ・ザ・デュードを除けば、俺が今まで聞いた中で一番上手に英語で悪態つける奴だぜ。

さて、とにかく、デイブ・ザ・デュードは俺を見かけるとマダム・ラ・ギンプの話を聞きながら待つように合図したから、彼女が話し終わって足引きずりながら去っていくまで待ったんだ。そしたらデイブ・ザ・デュードが心配そうな顔で俺のところに来た。

「これは大変なことになっちまったぜ」とデイブが言う。「あのばあさん、厄介な状況に陥ってるんだ。昔、ユーレイリーって名前の女の子を産んだらしい。その子を、スペインの小さな町に住む妹に預けて育ててもらったんだと。ブロードウェイにいる自分には子育ては無理だと思ったからな。で、その子が今こっちに来る途中なんだ。実際、」デイブは続ける。「今度の土曜日に到着する。もう水曜日だってのにな」

「その子の父親はどこにいるんだ?」と俺はデイブ・ザ・デュードに尋ねた。

「いや」とデイブが言う。「それはマダム・ラ・ギンプに聞かなかった。失礼な質問だと思ってな。この街で子供の父親がどこにいるのか、あるいは誰なのかを聞いて回る奴は、おせっかいだと思われるだろう。それに、それは今回の問題とは全く関係ねえ。要するに、マダム・ラ・ギンプの娘のユーレイリーがここに来るってことなんだ」

「で、」デイブが続ける。「マダム・ラ・ギンプの娘は今18歳で、そのスペインの田舎町に住む、えらく鼻高々な貴族の息子と婚約してるらしいんだ。そして、その高飛車な貴族夫妻と息子、それにマダム・ラ・ギンプの妹が、みんな娘と一緒にやって来る。世界一周旅行の途中で、マダム・ラ・ギンプに会うために2、3日ここに寄るってわけさ」

「深夜上映の映画みてえだな」と俺が言うと、

「待てよ」デイブが少しイラついて言う。「おしゃべりが過ぎるぜ。で、その高飛車な貴族は、自分の息子が変な女と結婚するのを望んじゃいねえ。だから、ここに来る理由の一つは、マダム・ラ・ギンプを見て、問題ないか確認することなんだ。貴族は、マダム・ラ・ギンプの娘の本当の父親は死んでて、今はアメリカで一番の金持ちで貴族みてえな男と結婚してると思い込んでるんだ」

「その高飛車な貴族は、どうしてそんな考えを持つようになったんだ?」と俺が尋ねると、

「こういうわけさ」とデイブが言う。「マダム・ラ・ギンプが、娘への手紙でそういう状況だと思わせてるんだ。パークアベニューのマーベリーってい高級アパートホテルで、ちょっとした掃除の仕事をしてるらしい。そこの便箋をくすねて、スペインにいる娘に手紙を書いてるんだ。自分はそこに住んでて、夫が金持ちで貴族だとかなんとか。それどころか、マダム・ラ・ギンプは娘からの手紙をホテル宛てに送らせて、従業員用の郵便から抜き取ってるらしい」

「なんだ」と俺が言う。「マダム・ラ・ギンプは、ただの年寄りのペテン師じゃねえか。特に高飛車な貴族をだますなんて。それに」と俺は続ける。「その高飛車な貴族も、母親が金持ちなのに何年も子供から離れてられるなんて信じるなんて、かなりのお人好しに違いねえ。まあ、高飛車な貴族がどれくらい頭がいいのかは知らねえけどな」

「ああ」とデイブが言う。「マダム・ラ・ギンプが言うには、高飛車な貴族に一番ウケたのは、娘が物事がわかる年になるまで、すべての面で純粋なスペイン人として育てるために、ずっとスペインに置いておいたって話らしい。でも、その高飛車な貴族もそれほど頭が良くねえみてえだ」とデイブが言う。「マダム・ラ・ギンプによると、その貴族はトイレに水道もねえ小さな町にずっと住んでるらしいからな」

「でも、言いてえのはこうだ」とデイブが続ける。「娘が到着するまでに、マーベリーの高級アパートにマダム・ラ・ギンプを住まわせて、金持ちで貴族みてえな男を夫として用意しなきゃならねえ。もし高飛車な貴族が、マダム・ラ・ギンプがただのホームレスだってわかったら、息子と娘の婚約をぶち壊して、息子だけじゃなく多くの人の心をズタズタにすることになるだろうよ」

「マダム・ラ・ギンプによると、娘はその若い男にメロメロで、男の方も娘にメロメロらしい。この街には十分すぎるほど失恋した奴らがいるんだ。アパートの手配は俺がするから、お前はジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクを連れてこい。金持ちで貴族みてえな夫役、つーか少なくとも夫役としてな」

まあ、デイブ・ザ・デュードがバカなことをするのは知ってたが、こんなにバカなことは初めてだ。でも、あいつがアイデアを思いつくと、議論しても無駄だってのはわかってる。デイブ・ザ・デュードと議論し過ぎると、あいつの得意の一発をくらう可能性がある。そして、どんな議論も、特にデイブ・ザ・デュードからの一発には値しねえ。

そこで俺は、ジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクをマダム・ラ・ギンプの夫役として探しに出かけた。でも、ジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクが誰かの夫になりたがるかどうか、特にマダム・ラ・ギンプを見た後で彼女の夫になりたがるかどうかはわからねえ。だってジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクは、かなりハイクラスな年配の紳士なんだからな。

ジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクを見ると、その白髪、鼻メガネ、お腹のせいで、本当に偉い人物だと思うだろう。もちろん、ジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクは裁判官じゃねえし、裁判官だったこともねえ。でも、裁判官みてえに見えて、ゆっくり話し、ほとんどの人が理解できねえような長い言葉をたくさん使うから、みんなは彼を「ジャッジ」と呼んでるんだ。

昔はジャッジ・ブレイクにもたくさんの金があって、ウォール街でも名の通った奴で、ブロードウェイでも有名人だったそうだ。でも、株式市場で何度か読みを誤り、市場で読みを誤る奴がたいていそうなるように、すっからかんになくなっちまった。今のジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクが何をして飯を食ってるのか、誰も知らねえ。ほとんど何もしてねえように見えるが、それでも常に小規模なプロデューサーみてえな立場にいるようだ。

時々、リトル・マニュエルなどの客船常連客と一緒に海外旅行に出かけ、連中が必要とする時にはブリッジゲームなんかに参加する。リトル・マニュエルが船上で騙せねえ相手に出くわすと、ジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクを呼んで、公平にその相手を負かしてもらうことがよくある。もちろん、リトル・マニュエルとしては、公平に勝つよりも相手を騙して金を巻き上げる方が好みだが。なぜそうなのかは分からねえが、それがリトル・マニュエルのやり方なんだ。

とにかく、ジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクをただのホームレスとは言えねえ。特に彼は良い服を着て、ウイングカラーにダービー帽子をかぶってて、ほとんどの人は彼をとても素敵な老紳士だと思ってる。個人的に、俺はジャッジが何か間違ったことをしてるところを見たことがねえ。いつも俺に挨拶をしてくれて、とても感じがいいんだ。

ジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクを見つけるのに数時間かかったが、最終的にダールのビリヤード場で見つけた。ロードアイランド州プロビデンスから来た男とプールをしてた。ジャッジはプロビデンスの男と1ボール5セントで勝負してて、俺が入った時にはジャッジが13ボールほど負けてた。というのも、当然1ボール5セントならジャッジはプロビデンスの男に勝たせて、もしかしたら1ボール25セントくらいで勝負させようとしてるんだ。ジャッジはこういうところがとても抜け目ねえんだ。

俺が入った時、ジャッジは目隠しをしてでも誰でも入れられるようなショットを外した。でも、俺が話したいと合図すると、ジャッジはテーブル上の全てのボールを次々と入れ始めた。最後のショットは、アル・デ・オーロでも考え込むようなバンクショットで、プールに関しては、この老ジャッジは生まれながらの天才なんだ。

後でよ、ジャッジは俺にこんな風に急がせちまって悪かったって言いやがった。なぜかってぇと、最後のショットの後じゃ、プロビデンスの野郎が二度と彼とプールをしようとはしねえだろうし、おまけにその野郎は良い獲物になりそうだったからさ。

さてよ、ジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクは、デイブ・ザ・デュードが彼に会いてえって聞いても、そう興奮しやがらなかった。でもまあ当然、デイブのためなら何でもする気はあるわけよ。デイブ・ザ・デュードのために何かをしたがらねえ連中はよく不運に見舞われるってのを知ってるからな。ジャッジは、自分はあんまり良い夫にゃなれねえだろうって言いやがる。これまで何度か自分で試してみたけど、いつも失敗に終わったからだってよ。でも、今回は本気の話じゃねえみてえだから、挑戦してみるって言うわけさ。それに、ジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクは、貴族みてえな振る舞いなら自然にできるって言ってやがる。

さて、デイブ・ザ・デュードが何かを始めると、その仕事の速さは驚くべきもんだ。まず最初に、マダム・ラ・ギンプをミス・ビリー・ペリーに任せやがった。ビリー・ペリーは今じゃデイブの愛する女房で、ミズーリ・マーティンの1600クラブでタップダンサーをしてた頃にデイブが見初めた女だ。そして、ビリー・ペリーはミズーリ・マーティンに助けを求めたわけよ。

これはミズーリ・マーティンにとっちゃあ願ったり叶ったりのことさ。他人の事に首を突っ込むのが大好きなんだ。どんな事でもな。ま、実際役に立つんだけどよ。最初のうちは、あいつがこの一件をウォルド・ウィンチェスターってゴシップ記者野郎に漏らさねえよう、気を付けなきゃならなかった。ウィンチェスターに「モーニング・アイテム」紙にこの話を載せてもらって、ミズーリ・マーティンの名前を出してもらおうとしたんだ。ミズーリ・マーティンは、どんな形であれ、自分の宣伝になる機会を逃すのは嫌なんだよ。

とにかく、ビリー・ペリーとミズーリ・マーティンの二人で、マダム・ラ・ギンプに新しい服をたくさん買い与えて、美容院に連れてって、本当に別人みてえに変身させたらしい。後で聞いた話じゃ、ビリー・ペリーとミズーリ・マーティンの間でかなり言い争いがあったそうだ。ミズーリ・マーティンは、マダム・ラ・ギンプの髪を自分と同じ明るい黄色に染めて、自分と同じようなドレスを買おうとしたんだと。ビリー・ペリーが「違うわよ、私たちはマダム・ラ・ギンプを淑女に見せようとしてるのよ」って言ったときには、ミズーリ・マーティンはひどく侮辱されたって感じたらしいぜ。

ミズーリ・マーティンはこの発言でビリー・ペリーをぶん殴ろうとしたそうだが、ビリー・ペリーが今じゃデイブ・ザ・デュードの愛する女房だってことを思い出して、ギリギリで思いとどまったって聞いた。この街じゃあ誰も、デイブの愛する女房をぶん殴ることはできねえ。もしかしたらデイブ本人以外はな。

次に分かったのは、マダム・ラ・ギンプがマーベリーの8部屋か9部屋もある豪華なアパートに住んでるってことだ。これがどうやって実現したかってぇと、こうだ:デイブ・ザ・デュードの最も重要なシャンパンの客の一人に、ロドニー・B・エマーソンって野郎がいて、このアパートの持ち主なんだ。でも今、あいつはニューポートの夏の別荘に家族と、つーか少なくとも愛する女房と一緒にいるわけよ。

このロドニー・B・エマーソンはブロードウェイじゃあなかなかの有名人で、金を使うのが大好きで、面白いことを探し回るタイプの野郎だ。みんなに人気があるんだ。それに、デイブ・ザ・デュードに恩義がある。つーのも、ほとんどの連中がインチキなシャンパンを押し付けようとする中、デイブは彼に良質のシャンパンを売ってるからだ。当然、ロドニー・B・エマーソンはこの親切な扱いに感謝してるわけよ。

あいつは、背が低くて太った野郎で、丸くて赤い顔をしてて、よく大声で笑う。デイブ・ザ・デュードが電話一本でニューポートの自宅に状況を説明して、アパートを貸してくれって頼めるような野郎だ。実際にデイブはそうした。すると、ロドニー・B・エマーソンはこのアイデアに大いに乗り気になって、デイブにこう言ったそうだ。「アパートを使うのはもちろんいいぜ、デイブ。それどころか、俺も行って手伝うよ。俺がいりゃあ、マーベリーでの説明も随分楽になるだろう」

そこであいつはニューポートからすぐに飛んできて、デイブ・ザ・デュードと合流した。ロドニー・B・エマーソンの協力は、みんなに感謝されることだろうな。これからは、たとえデイブ・ザ・デュードから買わなくても、あいつがシャンパンを買う時に誰もインチキなもんを売りつけようとはしねえだろうよ。

さて、土曜日が近づいてきて、スペインからの船が到着する予定だ。そこでデイブ・ザ・デュードは大きなタウンカーを借りて、自分の運転手のウォップ・サムを乗せた。見知らぬ運転手が、これがレンタカーだとバラすのを避けたかったんだ。ミズーリ・マーティンは、マダム・ラ・ギンプと一緒に船まで行きたがって、1600クラブのジャズバンド「ハイハイ・ボーイズ」も連れて行って盛大に出迎えたいと言い出したが、誰もこのアイデアを良いとは思わなかった。結局、マダム・ラ・ギンプと夫のジャッジ・ヘンリー・G・ブレイク、それにビリー・ペリーだけが行くことになった。ただし、ジャッジはしばらくの間リトル・マニュエルも連れて行きてえって言いやがった。スペイン語で自分の夫としての評判が悪く言われた時に教えてくれる奴が必要だって言って。リトル・マニュエルはスペイン語がペラペラなんだ。

船を迎えに行く朝、ジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクは初めて女房になるマダム・ラ・ギンプの姿を目にした。この時までに、ビリー・ペリーとミズーリ・マーティンがマダム・ラ・ギンプを徹底的に変身させたから、あいつは決して世界で一番醜い女ってわけじゃあなかった。実際、かなり良く見えた。特に、ジンを断ってて、もう二度と飲まねえって言ってたのが良かったな。

ジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクはあいつの容姿に本当に驚いたみてえだ。ずっと、とんでもないブスだろうって思ってたからな。実際、ジャッジ・ブレイクは、船に向かう前に「試練に備えて」って言って、自分で酒を2杯ほどあおりやがった。この酒と、素敵な服、それにビリー・ペリーとミズーリ・マーティンによる徹底的な身だしなみの手入れのおかげで、マダム・ラ・ギンプはジャッジにとっちゃあ本当に心地よい光景になったわけよ。

桟橋でのマダム・ラ・ギンプと娘の再会は、本当に感動的だったそうだぜ。高飛車な老スペイン貴族とその女房、息子、それにマダム・ラ・ギンプの妹も加わって、かつてスペインのために沈めた戦艦を全部浮かべられるくらいの涙が流れたってわけよ。ビリー・ペリーとジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクまでもが一流の泣きっぷりを見せたが、ジャッジの場合は、再会の感動ってより勇気を振り絞るために飲んだ酒のせいかもしれねえな。

それでもよ、老ジャッジは立派な振る舞いを見せたらしい。マダム・ラ・ギンプの娘に何度もキスしまくり、高飛車な老スペイン貴族とその女房、息子と握手を交わし、マダム・ラ・ギンプの妹を強く抱きしめて舌を出させるほどだったってわけよ。

高飛車な老スペイン貴族は白いもみあげを生やしてて、コンテ・デ・なんたらって爵位を持ってた。つまり、女房はコンテサで、息子はどう見ても好印象の、おとなしい若者で、誰かに見られるたびに顔を真っ赤にしちまうほどだった。マダム・ラ・ギンプの娘ときたら、これ以上ねえほど美しくて、多くの野郎どもがジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクの義理の親父の役を羨むほどだった。ジャッジはちょっとしたことでもマダム・ラ・ギンプの娘にキスできたからな。こんなに素敵な若いカップルを見たことがねえってくらいで、二人が本当に惚れ合ってるのは誰の目にも明らかだった。

マダム・ラ・ギンプの妹さんは、俺が望むような美人じゃあねえし、年齢的にも化粧が濃いほうだったが、やっぱりおとなしい人だった。一行は誰も英語をしゃべれなかったから、アップタウンに向かう道中、ビリー・ペリーとジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクはほとんど蚊帳の外だった。それに、マーベリーに着くとすぐに、ジャッジは姿を消しちまった。夫の役に少々飽きてきたからだ。ピッツバーグに炭鉱を4、5つ買いに行かなきゃならねえって言って、翌日には戻るって約束しやがった。

さて、ここまではすべて順調に進んでるように思えた。このままにしておくのが賢明だと俺は思ったが、デイブ・ザ・デュードはどうしても翌日の夜にレセプションを開きたがった。俺はこのアイデアに反対した。何か起こって全てをぶち壊しにしそうな気がしたからだ。でもあいつは俺の意見なんか聞こうとしねえ。特に、ロドニー・B・エマーソンが町に来てて、パーティーに強く賛成してたからな。自分のアパートに置いてある良質のシャンパンを飲みたがってたんだ。

そのうえ、ビリー・ペリーとミズーリ・マーティンは、俺の助言を聞いて激怒しやがった。マダム・ラ・ギンプのドレスアップをしてる時に、デイブ・ザ・デュードの財布から新しいドレスを買ってたらしくて、人目につくところでそのドレスをお披露目したがってたんだ。こうして、パーティーの開催が決まっちまった。

9時頃にマーベリーに着いたら、マダム・ラ・ギンプのアパートのドアを開けたのは、なんとミズーリ・マーティンの1600クラブのドアマン、ムーシュだった。1600クラブの制服を着てたが、髭だけはきれいに剃ってた。俺がムーシュに挨拶しても、あいつは何も言わずにただ頭を下げて、俺の帽子を受け取った。

次に目に入ったのは、イブニングドレス姿のロドニー・B・エマーソンだ。あいつは俺を見るなり、「O・O・マッキンタイヤー氏だ!」と叫びやがった。もちろん、俺はO・O・マッキンタイヤー氏じゃねえし、そんな振りをしたこともねえ。それに、O・O・マッキンタイヤー氏と俺には何の類似点もねえ。だって俺はかなりのイケメンだからな。俺がロドニー・B・エマーソンに文句を言おうとすると、あいつはこうささやきやがった。

「いいか」とあいつは囁く。「この集まりには有名人が必要なんだ。この連中に印象づけるためにな。スペインの田舎でも新聞は読んでるだろうから、連中が読んだことのある人物に会わせなきゃならねえ。そうすりゃあ、マダム・ラ・ギンプがこんな有名人をパーティーに呼べるほどの大物だって分かるだろう」

それからあいつは俺の腕を取って、グランドセントラル駅の待合室くらいの広さがある部屋の隅にいる一団に連れて行った。

「大作家のO・O・マッキンタイヤー氏だ!」とロドニー・B・エマーソンが言うと、次の瞬間には俺はコンテ夫妻とその息子、マダム・ラ・ギンプとその娘、マダム・ラ・ギンプの妹、そして最後にジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクと握手をしてた。ジャッジは燕尾服を着てて、俺にあんまり愛想良くしねえ。自分の仕事を手に入れる手伝いをした野郎にそっけない態度を取るなんて、ジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクはもう頭が大きくなってきてるのかもしれねえ。でも、それでも老ジャッジは燕尾服姿で頭を下げ、みんなにニコニコ笑いかけてる様子は本当に立派だった。

マダム・ラ・ギンプは胸元の開いた黒いドレスを着て、ミズーリ・マーティンのダイヤモンドをたくさん身につけてた。指輪やブレスレットなんかだ。ミズーリ・マーティンが無理やり着けさせたんだが、後で聞いた話じゃ、ミズーリ・マーティンはジョニー・ブラニガンって私服警官にこれらのダイヤモンドを見張らせてたらしい。その時はジョニーがなんでいるのか不思議に思ったが、デイブ・ザ・デュードの友達だからだと思った。ミズーリ・マーティンは優しい心の持ち主だが、決して馬鹿じゃねえ。

マダム・ラ・ギンプを見た奴なら誰でも、あいつが10番街の地下室に住んでて、昔はたくさんジンを飲んでたなんて絶対に信じねえだろうな。あいつは灰色の髪を高く盛り上げて、でっかいスペイン風の櫛を差してた。どっかで見た絵を思い出させたが、どこで見たのかは思い出せねえ。そしてあいつの娘のユーレイリーは、白いドレス姿で、これ以上ねえほど可愛らしい人形みてえだった。ジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクが時々キスをしたくなるのも無理はねえ。

そうこうしてるうちに、ロドニー・B・エマーソンが「ウィリー・K・ヴァンダービルト氏!」と叫ぶのが聞こえて、入ってきたのは他でもねえビッグ・ニグだった。ロドニー・B・エマーソンはあいつをグループのところに連れて行って、紹介した。

リトル・マニュエルがジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクの隣に立って、コンテ夫妻らにスペイン語で「ウィリー・K・ヴァンダービルト」が大金持ちだと説明すると、コンテ夫妻はとても興味を示した。もちろん、マダム・ラ・ギンプとジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクはビッグ・ニグの正体を知ってるが、マダム・ラ・ギンプの娘と若い野郎は互いのことしか眼中にねえようだった。

次に「アル・ジョルソン氏」と呼ばれて入ってきたのは、チキン・クラブのトニー・ベルタッツォーラだ。俺がO・O・マッキンタイヤーに似てねえのと同じくらい、あいつはアルに似てねえ。その後、「ジョン・ローチ・ストラトン神父様」と呼ばれたのは、俺にはスキーツ・ボリバーにしか見えねえ。そして「ジェームズ・J・ウォーカー市長閣下」は、グッドタイム・チャーリー・バーンスタインだった。

「オットー・H・カーン氏」はロチェスター・レッドで、「ヘイウッド・ブラウン氏」はニック・ザ・グリークだ。ニックは俺に、ヘイウッド・ブラウンが誰なのか個人的に尋ねて、俺が説明すると、ロドニー・B・エマーソンにひどく腹を立ててた。

最後に、ドアのところで大騒ぎが起こって、ロドニー・B・エマーソンが特に大声で「ハーバート・ベイヤード・スウォープ氏」って叫びやがった。みんなが振り返ったが、入ってきたのはペイルフェイス・キッドだった。こいつも俺を脇に引っ張って、ハーバート・ベイヤード・スウォープが誰なのか知りたがった。説明すると、ペイルフェイス・キッドは鼻高々になって、単なる「ウィリアム・マルドゥーン氏」としか紹介されなかったデスハウス・ドネガンに話しかけようともしねえ。

「アメリカ合衆国副大統領、チャールズ・カーティス閣下」って発表されて、ギニー・マイクが飛び込んできた時は、さすがにやり過ぎだと思った。デイブ・ザ・デュードにそう言ったが、あいつは「お前がギニー・マイクだって分からなきゃ、カーティス副大統領じゃねえって分かるのかよ?」って言うだけだった。

でもよ、これら全部が俺らの著名人たちに対して非常に失礼だと思ったぜ。特に、ロドニー・B・エマーソンが「警察庁長官、グローバー・A・ウェイレン氏」って呼んで、ワイルド・ウィリアム・ウィルキンスが入ってきた時はな。こいつは今、あちこちで色んな罪で指名手配されてる超ヤバい野郎だ。デイブ・ザ・デュードは自らワイルド・ウィリアムの面倒を見て、あいつのズボンのポケットから拳銃を取り上げた。これは純粋に社交の場だから、客は武装しちゃいけねえことになってんだ。

コンテ夫妻を観察してたが、これらの名前が連中に何の印象も与えてねえようだった。後で分かったことだが、連中のスペインの町じゃあ地元のちっぽけな新聞以外は手に入らねえし、その新聞も地元のニュースしか載せてねえらしい。実際、コンテ夫妻はちょっと退屈そうだったが、大勢の女の子たちが入ってくると、コンテ野郎はかなり元気づいて興味を示しやがった。女の子たちはほとんどがミズーリ・マーティンの1600クラブやホット・ボックスの娘たちだったが、ロドニー・B・エマーソンは連中を「ソフィー・タッカー」「セダ・バラ」「ジーン・イーグルス」「ヘレン・モーガン」「アント・ジェマイマ」なんて紹介しやがった。

そうこうしてるうちに、ミズーリ・マーティンのジャズバンド、ハイハイ・ボーイズが入ってきて、パーティーは盛り上がり始めた。特にデイブ・ザ・デュードがロドニー・B・エマーソンにシャンパンを出させ始めてからな。やがてダンスが始まって、コンテ夫妻を含め、みんなが楽しんでた。実際、コンテ野郎は数杯シャンパンを飲むと、誰も彼の言ってることが分かんなくても、なかなか愉快な老紳士になりやがった。

ジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクに至っては、本当に調子に乗ってた。この頃には、ジャッジはこれが全部本物で、自分の家で本当に有名人をもてなしてるんだって信じ始めてるのが誰の目にも明らかだった。良質のシャンパンを1リットルも飲めば、何だって信じちまうもんだ。すぐに息を切らしてダンスができなくなると、マダム・ラ・ギンプの周りをうろうろし始めやがった。

真夜中頃、デイブ・ザ・デュードはキッチンでサイコロゲームの揉め事を解決しに行かなきゃならなかったが、それ以外は平和だった。「ハーバート・ベイヤード・スウォープ」「副大統領カーティス」「グローバー・ウェイレン」が小さなゲームを始めたところ、「ジョン・ローチ・ストラトン神父」が加わって4回で連中を破りやがった。しかし、すぐに「ジョン・ローチ・ストラトン神父」が不正なサイコロを使ってたことがバレて、連中は「神父」をぶん殴り始めたから、デイブ・ザ・デュードが仲裁に入らなきゃならなかった。

そろそろ帰ろうと思って、コンテ夫妻に挨拶しようとしたが、コンテ野郎はまだミズーリ・マーティンとダンスしてた。ミズーリ・マーティンはコンテ野郎の耳に山ほど話しかけてて、コンテ野郎は一言も理解してねえようだったが、ミズーリ・マーティンにとっちゃあそれは問題じゃねえらしい。ミズーリ・マーティンは、誰かが理解しようがしまいが、ただ喋り続けるのが好きなんだ。

コンテ夫人は片隅で「ハーバート・ベイヤード・スウォープ」、つまりペイルフェイス・キッドと一緒にいた。こいつは訳の分からねえラテン語とジェスチャーを使って、スペインでブラックジャックのディーラーとして成功するチャンスがあるかどうか聞こうとしてたが、もちろんコンテ夫人にはこいつの言ってることが全く理解できねえ。そこで俺はマダム・ラ・ギンプを探しに行った。

あいつは薄暗い隅に一人で座ってた。ジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクがあいつに寄り添ってるのに気づいたのは、もう間近まで来てからだった。だから、ジャッジの言葉を聞かずにはいられねえ。

「2日前から気になってたんだ」とあいつは言う。「もしかして、君は俺のことを覚えてるんじゃないかと。俺が誰だか分かるかい?」

「覚えてるわ」とマダム・ラ・ギンプが言う。「あんたのこと、とてもよく覚えてるわ、ヘンリー。どうして忘れられるもんですか?でも、これだけ年月が経って、あんたが私を認識してるとは思いもしなかったわ」

「20年になるな」とジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクが言う。「あの頃、君は美しかった。今も美しいよ」

まあ、シャンパンがジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクに効いてるのは明らかで、だからこそそんなこと言い出すんだろうな。それでも、薄暗い中で笑顔を浮かべてるマダム・ラ・ギンプは、そう悪くは見えねえ。とはいえ、個人的には、もう少し若い子の方が好みだがな。

「全て君のせいだよ」とジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクが言う。「君があのチリコンカルネ野郎と結婚したから、こんなことになったんだ!」

マダム・ラ・ギンプとジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクが昔話に花を咲かせてる最中に割り込むのは良くねえと思ったから、若いカップルに別れを告げて帰ろうと思ったんだ。でもよ、マダム・ラ・ギンプの娘と彼女の彼氏を探してる間に、デイブ・ザ・デュードにばったり出くわしちまった。

「ここにゃあいねえよ」とデイブが言う。「今頃はセント・マラキー教会で結婚式を挙げてるはずだ。俺の女房とビッグ・ニグが立会人になってる。昨日の午後に結婚許可証を取ったんだ。世界一周の旅を終えるまで結婚を待とうなんて、若いバカップルにしか考えられねえよな」

もちろん、この駆け落ち結婚は数分の間大騒ぎを引き起こしたが、月曜日にゃあコンテ夫妻と若いカップル、それにマダム・ラ・ギンプの妹がカリフォルニアへ向かう列車に乗って、世界一周の旅を続けていっちまった。俺らに残された話題と言えば、老ジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクとマダム・ラ・ギンプも結婚して、デトロイトに行くってことくらいだ。ジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクは、そこに配管業を営む兄弟がいて仕事をくれるって言ってるが、個人的には、ジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクはカナダとの間で少々密輸をやろうと考えてんじゃねえかと思う。ジャッジ・ヘンリー・G・ブレイクが配管業に縛られるなんて考えられねえからな。

これで話は終わりだが、数日後にデイブ・ザ・デュードが大きな紙を手に持って、とても怒ってる姿を見かけたんだ。

「ここに書いてある物を一つ残らず、マーベリーの各部屋の持ち主に来週の火曜日までに返さねえと、この町の奴ら全員の鼻っ面をへし折ってやるからな」とデイブが言う。「俺の社交パーティーでこんなことが起きて、本当に恥ずかしい思いをした。全て即刻返却しろ。特にな」とデイブは言う。「9階のD号室から持ち出されたグランドピアノをよ」

(終わり)




翻訳 : sorenama
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