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【SH考察:101】エレフセウスはなぜ「エレフセウス」という名前なのか

Sound HorizonのMoiraの主要登場人物のうち、エレフセウスはその名の由来が一見してわかりにくい。
そのため、今回はギリシャの言葉や神話や地名を参照しながら、彼がなぜエレフセウスと名付けられたのかを考えてみた。


対象

  • 6th Story Moira

考察

Ελευσευςエレフセウス

エレフセウスという名前

奴隷達の英雄となったエレフセウス。その名前の綴りはΕλευσευςエレフセウスだ。ローマ字に変換するとElefseusになる。

以前別記事で触れたことがあるが、アルテミシアがギリシャ神話の女神アルテミスを、オリオンが同じくギリシャ神話の英雄オリオンを連想させる一方で、エレフセウスという名前は聞き馴染みがない。

そのため、似た音や綴りを持つ単語から創作した名前ではないかと仮定し、該当しうる単語を探してきた。
有力と考えられるものは下記2つだった。

  • 「自由」

  • アテナイの郊外の神域エレウシス

「自由」Ελευθερίαエレフセリア

ギリシャ語で「自由」を意味する名詞が「Ελευθερίαエレフセリア/Eleftheria」だ。カタカナで「エレフセリア」と書くとエレフセウスの名に近く見えるが、綴りをみると結構違いがある。

具体的には、「セ」の部分。エレフウスの名の場合「σε/se」だが、「自由」は「θε/the」だ。そのため媒体によってはエレフリアと表す場合もある。

それにΕλευθερίαは女性名詞だ。
Moiraの神々の名前で、おおよそ女性名詞由来は女神、男性名詞由来は男神にしてあったことをふまえると、ここで法則を無視して男性名にするのはやや無理がある気がする。

とはいえ、各地の奴隷を解放し、自由と死を天秤にかけながら戦ったエレフセウスに冠する名前としては合っているようにも思う。

アテナイの郊外の神域Ελευσίςエレウシス(現Ελευσίναエレフシナ

Ελευσίςエレウシスとは、古代ギリシャでアテナイ近くの地名だった。現代ではΕλευσίναエレフシナと呼ばれている。
(しかしGoogleマップではなぜか「エレウシス」と古代名で表示される)

図:エレウシスの遺跡
出典:Christina Gkioka, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

もともとはアテナイとは別のポリス(都市国家)として独立していたようだが、やがてアテナイに併合されたと考えられている。

なお、発音が少しややこしく見えるかもしれない。
現代ギリシャ語では、「Ελευσίς」の「ευ」は「エフ」と発音する。これは「ευ」は後続が無声音、つまり母音ではないとき/ef/の音になるためだ。
しかしこれは現代の話で、古代では「エウ」になる。そのため古代は「エレシス」現代は「エレシナ」と発音が変わっている。
(つまりエレセウスという発音は現代的で、古代ギリシャ語ならばエレセウスになる)

話を戻そう。
古代において、エレウシスは秘儀で有名な場所だった。

人々は、豊穣の女神デメテルの娘ペルセポネがハデスによって冥府に誘拐され、彼の妻となって地上に帰還したことを重視し祀り上げ、死と再生と結び付け、世代を超えた継承という形で永遠に続く命と死後の安寧を求めていたようだ。

図:クリストフ・シュヴァルツ作『プロセルピナの略奪』1573年
プロセルピナはローマ神話の女神で、ギリシャ神話のペルセポネに相当するため、ペルセポネの絵として見て問題ない
綺麗な花に近づいたペルセポネのもとに、4頭立ての馬車に乗ったハデスがやってきて、彼女を誘拐するところ
出典:Christoph Schwarz, Public domain, via Wikimedia Commons

母デメテルは娘がいなくなったことに悲嘆し探し回っていたところ、エレウシスに辿りつき、王家の者達が彼女を受け入れたため、彼女は乳母として過ごすことになる。
そしてペルセポネが見つかった後、デメテルはオリュンポスに戻るのだが、後に再びエレウシスを訪れ、この地に穀物と死と再生に関する秘儀を授けたとされる。

ちなみに、最初に王家に受け入れられた際、デメテルは王家の末子デモポンを不死に(つまり神に)しようとし、その過程で末子を火の中に入れたところを王妃メタネイラに見つかって悲しまれたことで不死化(神化)に失敗している。なぜ説明をしないのか。

エレウシスの秘儀

前提として古代ギリシャ人にとって、人は死んだら皆ただの影になるという考えが一般的だった。人間は不死である神々とは異なり死せる者であるため、死んだら個性が消える儚い存在であるという認識だ。

また輪廻転生の概念もなく、死後は生きている間の善行は報われず、悪行も罰せられないとされ、いわゆる「生きているうちに徳を積む」という必要性も感じていなかった。
(神話でたまに死後罰を受けている人がいるが、これはゼウスを個人的に怒らせてしまった人)

そのため死後の世界である冥府を扱う神話はかなり少ない。また冥府の神を祀っても生きている人間にメリットがないため、ハデスを祀る神殿は極端に少ない。

このような「死んだらそれでおしまい」な死生観が一般常識化している世界で、冥府から地上に帰還する女神という存在は、死後に対する希望に見える人もいたのだろう。

秘儀を行うための入信者へのルールとして「語られたこと、行われたこと、見せられたことの口外禁止」というものがあり、破った者は死罪とされた。

図:エレウシスの秘儀の様子が描かれたタブレット
粘土板に描かれており、紀元前4世紀に奉納された
出典:No machine-readable author provided. Marsyas assumed (based on copyright claims)., CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

この粘土板など、秘儀の何らかの場面を表す絵や陶片は見つかっているものの、これらは序盤の秘匿されていない部分を表しているのではないかと考えられており、現代でも儀式の全容は明らかになっていない。

ただ前述の通り、デメテルという神でさえも人間の「神化」に失敗していること、ペルセポネは地上と冥界を行き来する特異な存在であることを加味すると、人々の死は避けられないが、その代わり何らかの形で戻ってこられる(=輪廻転生する?)ための儀式だったのではないかと推測できる。

「エレウシス」の意味

エレウシスという地名が確認できる最古の記録はオルフェウス讃歌さんかだ。
古代ギリシャの中でも、オルフェウス教と呼ばれる死後の世界や輪廻転生を信じていた人達が重視する神話の内容が歌われている。

オルフェウス教は神話に名がある詩人オルフェウスを開祖と見なしている宗派のこと。
オルフェウスといえば死んだ妻エウリュディケを連れ戻しに冥府に行ったが連れ戻せなかった話が有名だ。
この冥府と地上を往来している、というか生きながら冥府に行った上に戻って来れている点を重視している宗派だった。

図:フェデリコ・セルベーリ作『オルフェウスとエウリュディケ』17世紀
この絵だとガッツリ振り返っているように見える。
出典:Federico Cervelli, Public domain, via Wikimedia Commons

宗派の考え方からして、エレウシスの密儀に言及している点は自然にみえる。

そして、どうも古代の人はエレウシスとエリュシオンを関連付けていたらしい。
(どのように関連付けていたのか深堀したかったのだが、その資料が英語文献かつ古く、すぐには確認できない……。本記事の参考文献欄に該当書籍を書いておくので、気になる人は調べてみてほしい)

それが本当なのであれば、細部は曖昧ではあるものの、エレウシスという地名自体がを意識してつけられたものなのだろうという点は推測できる。

結論

「エレフセウス」という名前自体は創作されたものだろう。オリオンなどと異なり、ギリシャ神話に同名の人物がいない。
しかしこの名前になるに至るまでに参考になったかもしれない情報はいくつか発見できた。

「自由(エレフセリア)」と、そして死との関連性が強い「エレウシス」。このあたりは参考となったかもしれない。

表:各単語比較(筆者作成)

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サムネイル:
エレウシスの遺跡
Carole Raddato from FRANKFURT, Germany, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons

マスコット画像:
「Sound Horizon」×「カラコレ」ミニフィギュア(筆者所有)

参考文献:
齋藤 貴弘(2018). 「古代ギリシアの「巡礼」 : エレウシスの秘儀入信を中心に」. 四国遍路と世界の巡礼, 56-63. https://henro.ll.ehime-u.ac.jp/wp-content/uploads/2018/06/669ef9c0f803e2fbc5d8fd2ff08e54eb.pdf

沼 義昭(1979). 「日本における山岳宗教の一研究 : 自然崇拝から救済宗教へ」. 立正大学人文科学研究所年報 特別号, 2, 5-39.

ミルチア エリアーデ著, 松村 一男訳(2000). 『世界宗教史〈2〉石器時代からエレウシスの密儀まで(下)』. 筑摩書房

A. B. Cook(1964). Zeus, 2. 36.
※この書籍に古代人がエレウシスがエリュシオンと関連づけていた旨の記載があるらしい。

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更新履歴

2024/07/27 初稿

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