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【SH考察:076】"神聖"帝国からみるサンホラにおける宗教観を共有する地平線(前編)

Sound Horizonの世界観における歴史を語る際に、Chronicle 2ndには重要な史実と思われる事象が大量に含まれている。

今回はその中でも特に神聖フランドル帝国の位置づけを中心に、彼らの宗教観を現実と照らし合わせながら理解していきたい。


対象

  • 1st Renewal Story Chronicle 2ndほぼ全曲

考察

舞台となるガリア

Chronicle 2ndでは、「ガリア」と呼ばれる地が舞台となる。

Alvarezアルヴァレス亡命のほうは 帝国のみならず
Gariaガリア全土に強い衝撃を響かせはしった・・・

Sound Horizon. (2004). 聖戦と死神 第4部「黒色の死神」~英雄の帰郷~ [Song]. On Chronicle 2nd.

「ガリア」は国の名前ではなく広域を指す地域名?のようなもので、おそらく現代における「ヨーロッパ」と同じようなニュアンスで使われているように見える。

現実でも「ガリア」という概念はある。
地理的には現在のフランス、ベルギー、スイス、オランダ、ドイツの一部などを含む。
最初はイタリアの一部のみを指していたが、そのガリアはローマ帝国に吸収され、残った「(山の)向こう側のガリア」が地理的にガリアと呼ばれるようになった。

図:紀元前58年頃のガリアの地図
ガリアは中央のケルティカ(CELTICA,、現フランスやドイツあたり)、
ベルギカ(BELGICA、現オランダ、ベルギー、ルクセンブルクあたり)、
キザルピナ(CISALPINA、北イタリア)、
ナルボネンシス(NARBONENSIS、現南フランス)、
アキタニア(AQUITANIA、現フランスのスペインとの国境近く)に分かれていた。
出典:Feitscherg, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

ちなみにスペインはヒスパニアと呼ばれて、ガリアとはまた別の地域扱いだったようだ。その点、ガリアは現代のヨーロッパの概念ともまた異なることがわかる。

神聖フランドル帝国

サンホラの世界におけるガリアを征服していた神聖Flandreフランドル帝国について振り返ろう。

この国はもともと王政だったが、フランドル国王のChildebertキルデベルト6世が自らを皇帝として帝政に改めた。

Britanniaプリタニア暦627年
時の...Flandreフランドル国王 Childebertキルデベルト6世
国号を神聖Flandreフランドル帝国と改め帝政を敷き
San/サンChildebertキルデベルト6世として初代皇帝に即位

Sound Horizon. (2004). 薔薇の騎士団 [Song]. On Chronicle 2nd.

帝政とは、一つの国ではなく複数の国(や州など)を支配領域に置く体制を指す。

この時点でフランドルはBeglaベルガ(≒ベルギー)、Preuzehnプロイツェン(≒ドイツ)、Lombardoロンバルド(≒スイス)、Castillaカスティーリャ(≒スペイン)を征服していた。
フランドルというもともとの自国領土以外の広域を支配下に置いていたため、帝政に切り替えたという点は辻褄が合う。

図:フランドルとフランドルが征服したであろう領土(赤+オレンジ)
現実に地図に当てはめると、フランドルの周囲を手当たり次第に獲得している形になる。
MapChartで作成

現実の神聖ローマ帝国

現実でガリアに存在した帝国といえば、神聖ローマ帝国だろう。
時期によって支配領域は変わっているものの、ドイツ・オーストリアを中心に広域を統轄していた。

図:神聖ローマ帝国の領土変遷
出典:Jaspe, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

他にも例えば帝政期のフランスのように、帝政を敷く国はあったものの、"神聖"を掲げてたのは神聖ローマ帝国のみ。
したがって、神聖フランドル帝国と比較するならばこの神聖ローマ帝国が最適だろう。

神聖ローマ帝国がなぜ"神聖"なのかというと、キリスト教カトリックの最高位であるローマ教皇から皇帝が戴冠され即位する国だからだ。
つまり、カトリックのキリスト教世界を守護するために存在する国だ、という名目で成り立っている、カトリックありきなのだ。
(ただし後世になるにつれてその定義がどんどん曖昧になり、皇帝は教皇の配下につくものではなく、神に選ばれし者だから皇帝なのだ!とか言い出す皇帝がいて、教皇からの戴冠なしに皇帝につくようになった。
そのため帝国衰退期には「神聖ではなく、ローマ的でもなく、帝国でもなかった。」と言われた)

神聖ローマ帝国とは何だったのかについては、こちらの動画での解説がわかりやすい。

神聖フランドル帝国の皇帝の名が聖キルデベルト6世だった点も、おそらく現実史の影響を受けているのだろう。

キルデベルトという王の名は、神聖ローマ帝国の前身※となるフランク王国の王に実際に見られる名前だ。確認できた限り4人いた。
※正確に言うと、フランク王国はいったん東・中・西の3つに分割され、そのうちの東フランクが神聖ローマ帝国になっていった。

図:フランク王国の領土変遷
出典:No machine-readable author provided. Roke~commonswiki assumed (based on copyright claims)., CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
上から順に
図:ジャン=ルイ・ベザール作『キルデベルト1世』
時代が古すぎて逆にイケメン化された近代の絵があった
出典:Jean Louis Bezard, Public domain, via Wikimedia Commons
図:キルデベルト2世の顔が描かれたコイン
出典:Tiers_de_sou_de_Childebert_II.jpg: Inconnuderivative work: Leovilok, Public domain, via Wikimedia Commons
図:キルデベルト養子王の顔が描かれたコイン
1代前の王の養子だったから養子王。単に3世にならないんだね…
出典:See page for author, Public domain, via Wikimedia Commons
図:キルデベルト3世の顔が描かれたコイン
出典:PHGCOM, Public domain, via Wikimedia Commons

神聖フランドル帝国の宗教観

現実の"神聖"が宗教観にちなむものならば、神聖フランドル帝国の"神聖"もまた宗教観の影響を強く受けたのではないかという推測ができる。

ただし、Chronicle 2ndの世界観では明らかにキリスト教の存在感が薄い。もしかすると存在しないのかもしれない

その根拠として、以前別記事で触れたが、Chronicle 2ndでは教皇が治める教皇領が存在しないように見える。

では神聖フランドル帝国が何を神聖ととらえていたのかというと、黒の教団の教義だろう。
フランドル側の人間が、クロニカを唯一神として崇めている

「我ら唯一神クロニカの名のもとに・・・」

Sound Horizon. (2004). 聖戦と死神 第1部「銀色の死神」~戦場を駈ける者~ [Song]. On Chronicle 2nd.
※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり

そもそも神聖フランドル帝国がブリタニアに宣戦布告した戦争も"聖"戦と呼んでいる通り、宗教観の違いから生まれた軋轢の極みだ。
フランドル人はブリタニア人を邪教の使徒呼ばわりしている。

殺す相手を愛する者や 祈る者がいることは忘れろ
邪教の使徒は根絶やしにしろ 眼をそむけるなこれが<聖戦>だ

Sound Horizon. (2004). 聖戦と死神 第2部「聖戦と死神」~英雄の不在~ [Song]. On Chronicle 2nd.

聖キルデベルト6世自身が熱心な信徒で自らの意思で進んで行ったことなのか、教団に利用された傀儡だったのかまでは不明だが、明らかに黒の教団の影響が強く及んでいる国であることがわかる。

一方でブリタニアはおそらく現実のケルト神話に近いものを信仰していたようだ。
女王ローザが民衆に向けた言葉の中に、ケルト神話に登場する神の名前と同じものが登場する。

冬薔薇は枯れ 今遅い春が訪れた 私は此処に誓う
光の女神ブリギットに祝福される薔薇になると…

Sound Horizon. (2004). 薔薇の騎士団 [Song]. On Chronicle 2nd.
※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり

現実におけるブリギットは、キリスト教が広まる以前のアイルランドで信仰されていた女神。
ひとりだったり3柱の女神の総称と考えられる場合もあり、「ブリギット」が個人名(個神名?)ではなく肩書だった可能性も考えられている。

ブリギットは火、金属細工、豊穣、家畜、作物の実り、詩を司るとされていた。
ブリタニアで「光の女神」とされているのは、光そのもの神格化というよりは火及び作物などの実り・恵みを素晴らしいものとして表す語として「光」を連想したのではないかと推測している。

結論

現実の史実における神聖ローマ帝国が神聖たる由来が、当時その地に広く普及していた宗教の影響にあるならば、サンホラにおける神聖フランドル帝国が神聖たる由来もまた宗教にあるだろう。

ただしその宗教とは現実とは異なり、黒の教団によるものではありそうだが。

ちなみに、Chronicle 2ndの『沈んだ歌姫』では、イターニア王国のフィレンツァ(≒現実のフィレンツェ)が聖都とされている。
現実においてフィレンツェは特に宗教的に重要な遺跡があるような聖地ではない。

聖都Firenzaフィレンツァ及び南都Naportaナポールタ → 紅の歌姫の後援都市Patrono de Roberia/パトローノ デ ロベリア

Sound Horizon. (2004). 沈んだ歌姫 [Song]. On Chronicle 2nd.
※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり

となると、Chronicle 2ndでは、フィレンツァに重要な宗教施設を置いていたのかもしれない。
ノアがいた大聖堂もここにあったのかも?

―――

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他にもSound Horizonの楽曲考察記事を書いています。

更新履歴

2024/02/03
 初稿
2024/04/24
 一部歌詞引用について「※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり」の注釈追記

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