見出し画像

【SH考察:108】兄が「シェイマスだかウィリアムだか」と言った理由

Sound Horizonのハロウィンと夜の物語に登場する、リヴァモア兄妹の兄の方。彼は名前が確定していない。ただし自ら「シェイマスだかウィリアムだか」と口にしている。

今回は、なぜ他のどの名前でもなく「シェイマス」「ウィリアム」の2つの名前を口にしたのかを考えてみよう。


対象

  • Story Maxi ハロウィンと夜の物語より『星の綺麗な夜』

考察

名前がハッキリしない兄

作中の主要登場人物であるアイルランド出身のリヴァモア兄妹のうち、先にアメリカに渡った兄は名前がハッキリしない。

彼自身が適当なことを言っている。

これが名も無き《死にゆく男おとこ》の... 知られざる『第五の物語ロマン』...
シェイマスだか... ウィリアムだか...
もぅ... 遠い昔のことさ...

Sound Horizon. (2013). 星の綺麗な夜 [Song]. On ハロウィンと夜の物語. PONY CANYON.
※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり

兄とは異なり妹の名前は非常にわかりやすい。彼女がキャサリンであることはナレーションや夫からの呼びかけで容易く特定できる。姓も明記されている。

妹のみならず、妹の夫ショーン、その間の子レニー、その友人のジョニー、兄が愛した女性ディアナ、そしてレニーと一緒にハロウィンの夜に近所を回った子供達の名前はいずれも一度以上言及されている。

愛しい人よディアナ... もう一度... 君に会いたいと願う...

Sound Horizon. (2013). 星の綺麗な夜 [Song]. On ハロウィンと夜の物語. PONY CANYON.
※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり

ベン、あまり調子に乗るなよ」
「ドーナツ…もっと…」
「こら、太るわよマックス!」
(中略)
「ぶりっこが過ぎるぞ、リリー
(中略)
「ブスかぁ…そっかぁ…」
「大丈夫だよ、オリビア。とってもキュートさ」
クリス、気があるんだぁ~」
「おーい、マギー!レニーはちゃんとついてこれてるか?」
(中略)
「あ、猫だよ!ウィル!」

Sound Horizon. (2013). 朝までハロウィン [Song]. On ハロウィンと夜の物語. PONY CANYON.
※書き起こしのため誤差がある可能性あり

The story which one lady will tell is about Catherine Livermore and her lovable family.
キャサリン リヴァモアと彼女の愛しい家族についての物語。)
(中略)
息子レナードが産まれた《とき》 とても難産で...
ショーンは泣きながら 「ありがとう」と 何度もキスをした...
(中略)
私は結婚しても 姓が変わらなかった
何故なら 夫も同じ Livermoreリヴァモア
 えんて 不思議でしょ?

まさか初めての友達ジョニー》の姓も Livermoreリヴァモア だなんて
嗚呼 神様って素敵じゃない?
とても粋な演出に この時はそう思った・・・・・・

Sound Horizon. (2013). おやすみレニー [Song]. On ハロウィンと夜の物語. PONY CANYON.
※英語ナレーションとルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり

このように、主要登場人物のなかで兄だけが名前が曖昧なままだ。
(厳密に言えば石工いしくじじい破落戸ならずものの《野心家go-getter/ゴーゲッター》も名前が不明だが、主要人物ではないとみなしてここでは脇に置いておく)

では兄が口にした「シェイマス」「ウィリアム」は彼自身の名前なのだろうか。それとも別の意図があるのだろうか。

順に名前の特徴を確認しながら考えてみようと思う。

シェイマス

代表的な綴りはSeamus。ゲール語の名前で、アイルランド系の人物に見られる名前だ。
(アイルランド語はゲール語の一派)

絵馬に願ひを!~大神再臨祭~でアイルランド語で掛かれた絵馬があり、これの署名が「Seamus nó William nó…(シェイマスだかウィリアムだか…)」だった。そのため「シェイマス」「ウィリアム」の綴りはこれなのだろう。

図:Revo絵馬(筆者撮影)
ブレててごめん…

シェイマスは聖書にも登場する「ヤコブ」という名前に由来する名前のゲール語形態だ。

ヤコブは聖書に登場する名前であるため、キリスト教文化が根付いている欧米では名づけの候補に挙がりやすい傾向がある。

実際、英語ではJamesジェイムス、フランス語ではJacquesジャック、ドイツ語ではJakobヤコブといったように、ヤコブから派生した名前は様々な言語で確認できる。

ただし、名づけの候補になりやすいという傾向は、ハロウィンと夜の物語の舞台となった19世紀(1840~50年代および兄妹が生まれたであろう1810~20年代)でも同様だっただろうか?

正確な情報を確認するには、現代でいう国勢調査のような、生まれた子供の名前の記録から頻度を調べたい。

しかしさすがに、19世紀前半に頻出する名前のデータがあまりないようだ。特にアイルランドに絞った情報が見つからなかった。

どうもアイルランドで出生記録を取り始めたのは1864年らしい。
この時点で作中の出来事から20年ほど経ってしまっている上に、この頃のアイルランド人の名前はかなり英語化が強制されていた。
(イギリスに併合された影響で英語を使用する国民学校が設立されたことなどの政治的なことが要因として挙げられる)

図:現代のアイルランドとイギリス
今でこそアイルランド(Ireland)とイギリス(The United Kingdom)は別の国だが、
1801年~1922年の間アイルランドがイギリスに併合されており、ひとつの国だった。
そのため併合した側のイギリスの公用語である英語化が進んでいた。
ハロウィンと夜の物語で言う「アイルランド」は独立国名ではなく、イギリス内の構成国名。
出典:Source:File:British Isles all.svg by CnbrbFile:United Kingdom countries.svg by Rob984Derived work:Offnfopt, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commonsに一部加筆

そのため、兄が生まれた頃~作中の出来事である1850年頃までの間でどれくらい普及していた名前なのかを、アイルランドの情報から探るのは難しい。そのため、同時期の周辺情報から推測してみる。

まず、アイルランドに接するイギリス(イングランドとウェールズ)や、アイルランドからの移民が大量に流れ込んだアメリカでは、シェイマスと同じ意味のJamesジェイムスは非常にありふれた名前だった。

これはイングランドの中でもロンドンに絞られたデータではあるものの、1825年頃はJamesジェイムスが4位。

表:ロンドンで最も人気のある名前トップ10
1819 年から1830年の間にロンドンで生まれ、当時生存しており、1881年の英国国勢調査に記録されている人物のデータ。
出典:Douglas Galbi. 「First Name Popularity in England and Wales over the Past Thousand Years」. Given Name Frequency Project. https://www.galbithink.org/names.htm, (参照 2024/07/26)

またアイルランドから移民が殺到したアメリカでは、1850年の国勢調査で、1820年代生まれの男性の名前では3位。

表:1850年のアメリカの国勢調査における1821-1830年生まれの男性の名前出現頻度
上位はひとつ前に上げたロンドンのデータと似たような並び。
出典:Douglas Galbi. 「Most Popular Given Names, US 1800 to 1999」. Given Name Frequency Project. https://www.galbithink.org/names/us200.htm, (参照 2024/07/26)

アイルランドと関係性が強いこれらの国でシェイマスと同じ意味のJamesジェイムスの出現頻度が高いことから、おそらくアイルランドでもシェイマスはありふれた名前だったのではないだろうか。

ウィリアム

英語での一般的な綴りはWilliam。絵馬の綴りも同じだった。
現代でも英語圏ではありふれた名前だが、作中舞台となった1840~50年代ではさらによりありふれた名前だった。

参考までに、イングランド及びウェールズでは、1840年~1900年までWilliamウィリアムが男児の名前1位に君臨し続けている。
(兄が1840年代に移民としてアメリカに渡り参戦していることから20代と想定。逆算して1820年代生まれと推測できる。そのため1840年以降では新しすぎると言えばそう)

表:イギリスの個人名の人気度: 1800年から 1994年
1800年代は特に上位への偏りが著しい。1840年はWilliamが生まれた男児の15.4%も占めている。
出典:Douglas Galbi. 「First Name Popularity in England and Wales over the Past Thousand Years」. Given Name Frequency Project. https://www.galbithink.org/names.htm, (参照 2024/07/26)

またアメリカの1850年の国勢調査で、1820年代生まれの男性の名前ではWilliamウィリアムは2位。
こちらは兄の年代とも合うだろう。

表:1850年のアメリカの国勢調査における1821-1830年生まれの男性の名前出現頻度
ウィリアムは2位。Top3で合計28%、Top10で48%を占めており、やはり上位への偏りが著しい。
出典:Douglas Galbi. 「Most Popular Given Names, US 1800 to 1999」. Given Name Frequency Project. https://www.galbithink.org/names/us200.htm, (参照 2024/07/26)

イギリスでもアメリカでも、Williamウィリアムはとにかくありふれた名前と言えるだろう。

ここまでの情報から、シェイマスもウィリアムもありふれた名前として思い浮かびやすそうなものを列挙したような印象を受ける。

ちなみにWilliamウィリアムは聖書由来ではなく、ゲルマン祖語のwiljô (意志、願い、欲望) とhelmaz (兜、ヘルメット)と繋げた合成語が由来。
アイルランド系ではUilliamになる。

アイルランド系の名づけか英語系の名づけか

兄の名前が本当にシェイマスかウィリアムだった可能性も否定はできないが、仮にそうだったとしてもどちらなのかは特定できない。

妹のキャサリンは英語系の名だ。アイルランド系の場合はカトリーナ(綴りはCaitrionaなど)になる。

揃えて兄も英語系の名であるウィリアムだったかもしれない。しかし彼はアイルランドに移住した祖父から数えて3代目であるため、現地らしい名前であるシェイマスと名付けられていてもおかしくない。
そのためどちらかが彼の名前だったのか、はたまたどちらも違うのかはわからない。

結論

兄の「シェイマスだかウィリアムだか」という発言は、彼の名前がどちらかである可能性の提示というよりは、その直前の歌詞の「名も無き男」の強調表現だと思われる。
(もちろん本名である可能性もあるが)

これが名も無き《死にゆく男おとこの... 知られざる『第五の物語ロマン』...
シェイマスだか... ウィリアムだか...
もぅ... 遠い昔のことさ...

Sound Horizon. (2013). 星の綺麗な夜 [Song]. On ハロウィンと夜の物語. PONY CANYON.
※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり

シェイマスもウィリアムもありふれた名前だ。「名も無き男」という表現を、ありふれていて目立たず埋没している名前を例に挙げることで強調したのだろう。
(世界中のシェイマス氏とウィリアム氏には申し訳ないが)

日本語で置き換えるならば「太郎だか次郎だか知らんけど、もうどうでも良いさ」といったニュアンスだろうか。

―――

参考文献:
Douglas Galbi. 「First Name Popularity in England and Wales over the Past Thousand Years」. Given Name Frequency Project. https://www.galbithink.org/names.htm, (参照 2024/07/26)
Douglas Galbi. 「Most Popular Given Names, US 1800 to 1999」. Given Name Frequency Project. https://www.galbithink.org/names/us200.htm, (参照 2024/07/26)
表の出典でも表記したが改めて掲載。著者のダグラス・ガルビ博士はマサチューセッツ工科大学で経済学博士号を取得。通信業界の経済エコノミストとして活動中。

―――

よろしければスキボタン(♡)タップ・コメント・シェアしていただけますと幸いです。
他にもSound Horizonの楽曲考察記事を書いています。

𝕏(旧twitter):@lizrhythmliz

更新履歴

2024/09/14 初稿

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?