【SH考察:118】エルの「死後」肖像画
Sound Horizonの第四の地平線であるElysion。この物語は実質『エルの肖像』が始まりだと考えている。
曲名からわかるとおり肖像画が登場するのだが、歌詞をそのまま受け取ると、どうもこの肖像画には違和感があるように思われる。
今回はこの肖像画に対する違和感の内容と、その違和感を解消すべく考察してみた。
対象
4th Story Elysion ~楽園幻想物語組曲~より『エルの肖像』
考察
違和感のある肖像画
Elysionの物語の実質的な始まりは『エルの肖像』だと言えるだろう。
少年が廃屋で肖像画に惚れこんだことがその後の行動の原動力になっているように見える。
しかしこの肖像画には違和感があるように思う。
肖像画の特徴について触れているのは上記部分だ。今回はここに含まれている2つの違和感について掘り下げたい。
モデルの少女が「病的に」白く描かれている
題名が「妙に歪」
ちなみに、サインの筆跡が幼いことなど他にも違和感はあるのだが、今回は残念ながら考察が追いついていないため脇に置いておく。
1. モデルの少女が「病的に」白く描かれている
親が愛娘に贈る肖像画ならば、少しでもかわいらしい、美しい姿で描かせるのではないだろうか。
肖像画は基本的に、その人物が生きた証として、その人物をより良く見せるよう描かれる。権力者ならその威厳を表すように、貴族の女性であれば見合い写真代わりに美しく見えるように描かれる。
そのため「病的に」というネガティブな表現は奇妙に感じる。
もちろん、幼いにもかかわらず毛髪が白かったら「病的」と思うのでは?という点も否定はできない。ただ今回は他の可能性も感じ取れたため触れておきたい。
歴史的背景を照らし合わせると、肌の色について本人よりも色白に描くこと自体はおかしくない。かつてヨーロッパではとにかく肌の色が白ければ白いほど美しいという価値観が浸透していたからだ。
いくつか例を挙げよう。
これはイングランド王国の16世紀の女王エリザベス1世の即位時の姿を描いた肖像画だ。見ての通り白飛びしてるのかと思うほど顔色が真っ白だ。
彼女の実際の肌の色はよくわからないが、顔に残った天然痘の痕跡を隠す意味もあり、そして当時の美の基準を重視し、白粉を多用していたことで知られている。
それからフランス革命で処刑された王妃マリー・アントワネット。彼女の容姿に関しては、その肌の色が本当に白かったことから当時の美の基準を満たしているとして美しいと称されていた。
このような時代背景を鑑みると、本人の肌の色や様子を忠実に描かず、あえて白く描くこと自体は十分ありうる。ただそれは当時の基準に照らし合わせてより良く美しく見せるためだ。そのためやはり「病的に」見えるように描くのはおかしいのではないだろうか。
ちなみに20世紀以降、この過剰とも呼べる色白美白信仰は薄れていく。しかし肖像画を見つけた少年(後の仮面の男アビス)は明らかに19世紀以前の人物だ。大人になってから伯爵令嬢ロレーヌに刺されて死んだことから、まだフランスに貴族制度が存在する時代の人物のはず。つまりまだ色白美白信仰が残っている時代だったはずだ。
2. 題名が「妙に歪」
肖像画のタイトルである【最愛の娘エリスの8つの誕生日に…】が「妙に歪」らしい。具体的にどこが「妙に歪」だったのだろうか。
「歪」という言葉には大きく分けて2つの意味がある。物理的に形がゆがんでいるという意味と、状態として正常ではないという意味だ。
前者の意味を重視してタイトルが書かれたプレートか何かが物理的にゆがんでいたとも解釈できるし、後者の意味を重視してタイトルの内容に違和感や誤り、異常性があるとも解釈できる。
物理的な方は視覚的情報がないため、これ以上推測しようがない。
ただタイトル自体に誤りがあるならば、どの部分が誤りなのかを推測することはできる。そのため後者の可能性を考えたい。
少年が廃屋についてどれほど事前知識があったか、特にかつての家主の知識があったかにもよるが、何も知らなかったとしたら「歪」な点はタイトルと肖像画を見比べただけで気づけるような要素のはずだ。
つまり、最愛の娘に対する扱いとは思えないような姿で描かれていたか、8歳に見えない姿だったか、肖像画として一般的ではない構図だったか、これらの複数の要素の組み合わせだったか。このようなわかりやすい違和感があったと推測できる。
ここで一つ、肖像画として一般的ではない構図について紹介したい。
死後肖像画
死後肖像画とは、名前の通り死者の姿をモデルにして描かれた肖像画だ。
遺体そのものの横たわった姿を描くこともあれば、幼くして亡くなった子が成長した姿を想像して描かれた姿、それからいわゆる遺影のようなものなど、描かれた方にはバリエーションがある。
例を見たほうがイメージがつくかもしれない。いかにも死体というものや、グロテスクなものはないため安心してほしい。
2016年にアメリカのアメリカン・フォーク・アート・ミュージアムで行われた「Securing the Shadow」という展示の記事だ。
これはアメリカの作品に絞られているが、雰囲気は伝わると思う。
一見普通の絵(や写真)のようだが、花を踏み潰す、猫の表情が暗い、モデルの顔が妙に無表情、涙をぬぐう女性が傍にいるなど、どことなく暗い雰囲気を感じ取れる要素が含まれている。
この中で特に例に挙げたいものが『The Dead Bride(死せる花嫁)』だ。
『エルの肖像』で少年が見つけた肖像画はこの花嫁の肖像画に近いもの、つまり、死後の血色を失った肌の色がそのまま描かれていたのではないだろうか。
それであれば「病的に」白いと感じたことも、一般的な肖像画ではないことから「妙に歪」と感じたことも当然に思える。
ラフレンツェでは満足できなかった理由
エリスの肖像画が死後肖像画だったならば、少年がいくら探しても故人のエリスそのものは見つかるはずがないのだから、似た女性を探そうとするのは自然な流れだ。
そのため少年が成長してラフレンツェに行きついたのは妥当な展開だろう。ラフレンツェは肌の色が白い。おまけに背筋が凍るほど美しい。
しかし彼はラフレンツェに添い遂げず、子供が生まれたら彼女のもとを去った。ラフレンツェではなくその子を求めていた。
このことから、彼はエリスに似た人物ではなく、本当にエリスそのものを探し求めていたのではないかと考えられる。ラフレンツェの妊娠・出産の奇妙な描写、つまり生まれてくるというのに死後の世界である冥府とつながっているという描写があるからだ。
ラフレンツェには亡くなった人物を生まれ変わらせ生み出す(冥府に往った人物を胎児にする)特殊能力でもあったのだろうか……?
もしそうならば、アビスはラフレンツェを利用して故人エリスを冥府から取り戻し、生ませるつもりで近づいており、エルはエリスが輪廻転生した存在になる。
結論
少年が見つけたエリスの肖像画は、死後肖像画として亡くなったエリスの姿を描いたものだったのではないだろうか。
その結果アビスは故人エリスを冥府から取り返そうとし、特殊な出産能力を持つラフレンツェを利用した。
(この点、オルフェウスとエウリュディケに例えるのは自然な流れに思う)
結果としてアビスはエルとしてエリスを授かることに成功。しかし用済みになったラフレンツェを捨てたことで呪いをかけられ、エルは不健康でエリス以上に長生きすることは叶わなかった……のかもしれない。
エリス・エルも、ラフレンツェも、アビスの欲望によって振り回された被害者のように思える。
なお下記の謎はまだ残っている。
エリスの死因
そもそも少年時代のアビスが廃墟に来た理由
肖像画のサインが幼い筆跡である理由
ラフレンツェが冥府から子を生み出せる理由
アビスがラフレンツェにそのような能力があると知った理由
4点目はオルドローズ(アルテローゼ)の呪いの影響かもしれないが、他の理由が定かではない。ただ今回はまだ有力な可能性が考えられていないため、別途考察したい。
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サムネイル:
ジョン・エヴァレット・ミレー作『オフィーリア』1852年
John Everett Millais, Public domain, via Wikimedia Commons
オフィーリアは『ハムレット』に登場する架空の人物で、川に落ちて溺死するという最期を迎える。この有名な絵を含めて、オフィーリアの絵はよくこの死の姿がモチーフで描かれる。
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他にもSound Horizonの楽曲考察記事を書いています。
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更新履歴
2024/12/22 初稿