【SH考察:089】楽園から東に行くのは殺人の罪を負う者
Sound HorizonのElysion~楽園幻想物語組曲~では、楽園パレードと呼ばれる列が形成されている。
一見彼らの憧れの地エリュシオンに向かっているように見えるが、果たして本当にそうだろうか?
今回は彼らの向かう先について考えてみた。
対象
4th Story Elysion~楽園幻想物語組曲~より『エルの絵本【笛吹き男とパレード】』
考察
パレードの向き
仮面の男が笛を吹きながら導くパレードは、特に前半は明らかに東向きに進んでいる。
地球と同じ環境設定の世界ならば、太陽は西に沈む。その夕陽に背を向けているのだから東向きだ。
しかしその一方で、後半の歌詞の表現では東向きと断言するのも怪しい箇所がある。
「夕陽を遮る」ようにパレードの列が地平線を埋め尽くすならば、列は北か南向きになってしまう。
東向きのままであるとするならば、下の図のように東から見て縦一列ではなく横一列である必要がある。ただこれでばあまりパレードっぽくはないな……病院の総回診かファランクスのように、横幅のある列だったのだろうか。
ただパレードが向きを唐突に変える理由も思い浮かばず、ここは不自然さも残ってしまうものの、いったんパレードはずっと東向きに進んでいたと考えることにする。
東の楽園
では彼らはなぜ東に向かって進んだのだろうか。可能性としては2つあると考えており、かつこの2つは同時に成り立つ。
エリュシオンがあるギリシャを目指した
彼らの意思はともかく実際にはエデンの東に向かってしまっていた
1. エリュシオンがあるギリシャを目指した
目指す楽園がエリュシオンの場合、ギリシャ神話に由来することからギリシャ方面を目指したとしよう。
ヨーロッパから見てギリシャは東にあるため、東向きになったとしてもおかしくはない。
ちなみにギリシャ神話では、エリュシオンは世界の西の果てにあるという説がしばしばみられる。
ただしこれは古代ギリシャに居住していた人物が考えた説だ。彼らは現代のように地球・世界を球体としてとらえておらず、このように彼らの住む地中海や黒海を中心に円形の世界があり、外周は海で囲われていると考えていた。エリュシオンはこの外周の海の西側の果てにあると考えられていた。
つまりこの「西」はギリシャを中心に見て西であるため、ヨーロッパから見ると東と解釈してもおかしくはない。
エリュシオンは死後の楽園であるため、パレードを「葬列」と称していることからしても、一見こちらの方が有力に見える。
2. 彼らの意思はともかく実際にはエデンの東に向かってしまっていた
仮面の男たちはエリュシオンを目指していたかもしれない。しかし「楽園」に東という方位を掛け合わせると、キリスト教では重要な意味を持つ。エデンの東側という意味でだ。
旧約聖書・創世記ではエデンの東にはノドの地と呼ばれる場所があるとされる。これは人類最初の殺人を犯したカインが行き着いた場所だ。
失楽園後のアダムとイヴの間には、兄カインと弟アベルという兄弟が生まれたが、カインはアダムを殺してしまう。アダムとイヴは最初の人類で、その子によって行われたこの殺人は人類最初の殺人と呼ばれている。
犯行を知った神はカインを追放したため、カインは放浪した後にノドの地に辿りついたとされている。
このことから、殺人の罪を背負うものが東向きに進むというシチュエーションは、このノドの地を連想させる。
別記事でも触れたが、この地平線はかつてエデンを失った人間が、死者のためのエリュシオンに憧れる風潮のある世界と考えられる。
仮面の男もキリスト教文化に馴染んでいると見られ、ここで「隣人」という表現を使う点からそれが感じられる。
キリスト教では自分の周囲の人間、敵味方関係なく周りの人間を「隣人」と表現し、神への愛を持つようにそのような周囲の人への愛を「隣人愛」と言う。そのため仮面の男の周りに集った参列者を「隣人」と表現したことは、彼がキリスト教的な表現に馴染みがあることをうかがわせる。
曲中で行き先を断定せずあえて濁している点からも、(彼らが意図的にかそうではないかはともかくとして)単にエリュシオンに向かったとは言い切れないだろう。
殺人の罪を持つ参列者
ここで楽園パレードの参列者を見てみよう。言わずもがな、主要メンバーは全員殺人の罪を背負っている。
殺した相手はそれぞれこのようになる。
仮面の男:『エルの天秤』で駆け落ちしようとしていた使用人の男
『Ark』:フラーテル
『Baroque』:月のように柔らかな微笑みが印象的な少女
『Yield』:恋した男とその妻?
『Sacrifice』:村の者達
『StarDust』:浮気した彼氏
カインになぞらえるならば、殺人の罪を背負う彼らはエデンの東であるノドの地に向かって彷徨う運命に陥るだろう。
彼ら自身はエリュシオンに向かっているつもりだったかもしれないが、キリスト教世界に生きる彼らは、実際にはノドの地に向かってしまっていたのかもしれない。
ちなみに、「男の肩に座った少女」と「燃えるような紅い髪の女」が気になる。彼女たちもまた殺人の罪を負っているのだろうか?
前者がエリスなのかエルなのかラフレンツェなのかは定かではないため、罪も不明だ。
後者は「紅」からオルドローズを連想することもできるが、彼女が深紅の魔女と謳われた理由が髪にあるかはいまいち曖昧だ。Pico Magicでの『魔女とラフレンツェ』と第4の地平線の『エルの絵本【魔女とラフレンツェ】』で該当箇所の表記が異なる。
火炎系最高位の設定が踏襲されているのか、第4の地平線時点では採用されなかった設定なのかがわからない。
オルドローズ(アルテローゼ)が出てくる『薔薇の塔で眠る姫君』が演じられたストーリーコンサートでは、衣服は赤っぽかったが髪色は金だった。
したがって、この「彼らの意思はともかく実際にはエデンの東に向かってしまっていた」説は仮面の男及び5人娘には適応できそうだが、少女と紅髪の女にまで適応できるかは不明だ。
結論
東向きに進むパレードは、死後の楽園であるエリュシオンを目指しているとするのが一見真っ当な推測結果だ。
しかし、かつてエデンを失った人間が、死者のためのエリュシオンに憧れる風潮のある世界、つまり地盤はキリスト教世界であり、その世界の人間、しかも殺人の罪を背負う者達が東に向かう行為は、人類最初の殺人犯カインがノドの地に追放されたときのことを彷彿とされる。
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サムネイル:
ケイト・グリーナウェイによるイラスト
Edmund Evans, Public domain, via Wikimedia Commons
(笛吹き男と言われるとハーメルンの笛吹きを連想してしまうよね)
マスコット画像:
「Sound Horizon」×「カラコレ」ミニフィギュア(筆者所有)
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他にもSound Horizonの楽曲考察記事を書いています。
𝕏(旧twitter):@lizrhythmliz
更新履歴
2024/05/04
初稿
2024/05/05
マスコット画像追加
2024/05/09
記事「【SH考察:042】楽園への憧れと現実に叩き落される奈落」へのリンク追加
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