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【SH考察:020】黒き死を「遡る」は「逆流する」ではない

Sound Horizonの楽曲『宵闇の唄』に登場するセリフ。

黒き死をさかのぼかのように、旋律は東を目指す

Sound Horizon. (2010). 宵闇の唄 [Song]. On Märchen. KING RECORD.

実は当初、私はこの「遡る」の意味を取り違えていた。
この「遡る」、逆流するという意味ではない。
その根拠と、楽曲が意図したであろう解釈・意味をまとめた。


対象曲

  • 7th Story CD Märchenより『宵闇の唄』

考察

引用された楽曲

まずは、『宵闇の唄』内で引用されている各楽曲が、いつ誰によって作られたものなのかを確認する。

黒き死をさかのぼるかのように、旋律は東を目指す

Sound Horizon. (2010). 宵闇の唄 [Song]. On Märchen. KING RECORD.

このセリフの後に連続で4曲、さらにその後ドイツ語のセリフを経てもう1曲引用されている。

長尺で使われている『歓喜の歌』以外はパっとイメージが浮かばないものもあり得るため、視聴できるリンクも掲載した。

 アイネ・クライネ・ナハトムジーク
1787年
に完成した、モーツァルト作曲の楽曲。
モーツァルトは現オーストリア出身の作曲家。
当時は神聖ローマ帝国で、ドイツ帝国とも呼ばれるためややこしいが、出身地であるザルツブルクは現オーストリアの領域。
現ドイツにかなり近いが、オーストリア国内。

『宵闇の唄』内では2小節のみだが、出だしのかなり有名なフレーズなので一度聞けば「ああこれのことか」となるはず。

 交響曲第9番 ニ短調 作品125(歓喜の歌)
1824年
にベートーヴェンが作曲した楽曲。
ベートーヴェンは現ドイツ出身の作曲家。
当時はこれまた神聖ローマ帝国だが、出身地ケルンは現在ドイツ領域なので、ドイツ出身と言っても差し支えないだろう。

『宵闇の唄』内では、コーラス付きで長尺であるため一番わかりやすい。

 即興曲第4番 嬰ハ短調 遺作 作品66(幻想即興曲)
1855年
に出版された、ポーランド出身のショパンが作曲した楽曲。

ショパン自身はこの楽曲を公表する気がなかったが、彼の死後彼の友人が勝手に発表してしまった。
そのため、作曲自体はもっと前(ショパンの没年である1849年以前)に行われた。

 展覧会の絵
1874年
ロシア出身のムソルグスキーが作曲した楽曲。

ここまでが立て続けの4曲。
次がドイツ語セリフの後、エリーゼが歌う歌詞がつけられた部分。

愛シイ腕ニ抱カレテ目醒メタ… モリヘ至ル井戸ノ中デ…

Sound Horizon. (2010). 宵闇の唄 [Song]. On Märchen. KING RECORD.

ここから先の部分で、歌詞はもちろんオリジナルだが、メロディーは引用だ。

 ペール・ギュント(山の魔王の宮殿にて)
1875年
ノルウェー出身のグリークが作曲した楽曲。
この楽曲は舞台用に作られており全27曲編成。「山の魔王の宮殿にて」として有名なのはそのうちの8曲目。

旋律は東を目指しているか?

上記5つの楽曲が作られた場所(国)と作曲・発表年をまとめると、こうなる。

図:楽曲が作られた国
MapChartで作成)

曲は引用順にどんどん新しくなっている。
ただ、東を真っすぐ目指しているかというと、そうでもない。
オーストリア(黄)、ドイツ(オレンジ)ポーランド(赤)と、チェコの周りを時計回りにぐるっと回っているような配置だ。
それにロシア(紫)からノルウェーは(青)は完全に東から西向き。

ちなみに、上記のように現代の地図に合わせると、ポーランド(赤)とロシア(紫)の間にウクライナやベラルーシが挟まるため、地理的に飛んでいるように見える。
ただこれも1800年代序盤であれば、ロシア帝国は現ウクライナやベラルーシまで含んでいるし、何ならポーランドは国が一時消滅しているため、地理的に飛んでいる感は弱まる。

図:1800年代のヨーロッパ
出典:GeaCron

黒き死を「遡る」

この5楽曲が使われる直前、このセリフがある。

黒き死をさかのぼるかのように、旋律は東を目指す

Sound Horizon. (2010). 宵闇の唄 [Song]. On Märchen. KING RECORD.

ここで使われている「遡る」。
実はこのとき、「逆流する」の意味で使われていない

「遡る」の意味は以下だ。

流れに逆らって上流に進む。「川を―・る」
物事の過去や根本にたちかえる。「歴史を―・る」「本源に―・って考える」

コトバンク「遡る」

1つ目の意味に従うと、黒き死、つまり黒死病(ペスト)の伝染経路を逆流するというように読み取れる。
しかしそうではない。

図:中世ヨーロッパにおけるペスト伝播
出典:Original by Roger Zenner (de-WP)Enlarging & readability editing by user Iderukuti, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

この図はヨーロッパで黒死病が特に蔓延した時期の流行経路だ。
この図のように、流行の波は東から来ているものの、ヨーロッパで見るとどちらかというと南側にいったん広まり、その後西から北東方向に進んでいるように見える。

つまり、概ね5楽曲の方向と同じ方向(西から東向き)に見える。
黒死病と同じ方向に進んでおり、逆流していないのだ。

よって、「遡る」は逆流するの意味ではなく、2つ目の「物事の過去や根本にたちかえる」方の意味で受け取らなくてはならない。
どちらかというと、かつての黒死病の感染経路をたどっていくという意味で使われているようだ。

結論

黒き死を遡るのは、感染ルートの逆流するのではなく、過去の感染ルートを辿っていくという意味と思われる。
……もしかすると「遡る」の意味を取り違えていたのは私だけかもしれないが。

また、ロシア→ノルウェーだけは逆行になっているのも気になる。
この辺りはもう少し詳しい感染ルートを確認したほうが良いのかもしれない。

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更新履歴

2023/05/05 初稿

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