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【SH考察:059】ミシェルは吸血鬼かサキュバスか

Sound Horizonの登場人物の中で、その片鱗を見せるだけでどこか恐ろしく感じさせる存在。殺戮の舞台女優、Michèleミシェル Malebrancheマールブランシェ

彼女については、もはや人ではないのでは?という説を語る人もいる。
今回はその中でも吸血鬼説とサキュバス説を検証する。


対象

  • Pico Magic Reloadedより『檻の中の遊戯』『檻の中の花』

考察

ミシェルは人外なのか

ミシェルが人ならざる者だと思われている理由はいくつかある。
ひとつはこちらでも触れたが、「右手に神を、左手に悪魔を宿す」と表現された何らかの特殊能力を持っていること。

そしてまた別の理由としては、吸血鬼っぽい要素サキュバスっぽい要素があるからだ。

吸血鬼説

吸血鬼とは、その名の通り人の血を吸うと言われている存在。
人外の恐ろしい怪物としては比較的メジャーだろう。

図:『吸血鬼』1897年フィリップ・バーン=ジョーンズ作
女性の吸血鬼が男性を襲っている様子に見える。もしミシェルが吸血鬼ならこんな感じか?
出典:Philip Burne-Jones, Public domain, via Wikimedia Commons

ミシェルがその吸血鬼ではないか?と言われるようになった理由は『檻の中の花』にある。

歌詞を見ると、ここで少年の首筋から血を吸っているように読み取れる。

素早く抱き寄せ 首筋に熱い接吻baiser/ベゼ

少年garçon/ギャルソン液体sang/サンほの甘く 血赤色rouge/ルージュ陶酔感ゆめを紡ぎ
永遠とわnuit/ニュイに囚われた fleur/フルールは咲き続ける…

Sound Horizon. (2003). 檻の中の花 [Song]. On Pico Magic Reloaded.
※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり

そして表記上「液体」と言葉を濁してあるが、フランス語での意味である「sangサン」と発音している。明らかに血を味わっている。

首筋に嚙みついて血を吸うという描写は、吸血鬼のイメージとしてはポピュラーなものだろう。
ミシェル吸血鬼説が出たのもうなずける。

また、これは普遍的に確立された概念かは怪しいが、吸血鬼とは血を吸うことで若さを保てるのだという設定がされている場合がある。

例えばミシェルが居たフランスからは時代も国も離れた例にはなるが、現実の歴史上の人物として、吸血鬼と称されたエリザベート・バートリという女性がいる。

図:エリザベート・バートリの肖像画
出典:Unidentified painter, Public domain, via Wikimedia Commons

彼女は1560年~1614年に生きていたハンガリー王国の貴族。
目下の者に対する非人道的な行為によって有名になった。非貴族の女性を誘拐して拷問したり惨殺していたのだ。それも一人二人ではなく何人も犠牲になったらしい。

そしてそうした行為の理由が、若い娘の血を浴びると、その部分の肌が若々しく美しく見えたから……らしい。
(この理由付けは後の創作の可能性もありそうだが)

この、血を好む特徴から吸血鬼が連想され、また若さと美しさを得るためという彼女の目的が、吸血鬼が吸血する目的としてみなされる一因ともなった。

ミシェルもまた若さに執着している…というか、老いて死ぬことを嫌がっている節がある。

ミシェルの勘を甘くみないで 貴方monsieur/ムッシュが愛してるのは
しなやかな若いjeune/ジェンェ肢体corps/コゥ それは...『私』じゃない…

Sound Horizon. (2003). 檻の中の花 [Song]. On Pico Magic Reloaded.
※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり

これは若いから愛されているのであって、若くなくなったら自分を愛さなくなるのでしょう?と言っているように聞こえる。

これらの点から、ミシェルが若さを求めて少年の血を吸っているのではないか?という考えから吸血鬼説が指示されるのだろう。

ただこの場合、なぜミシェルは13人もの少年を犠牲にしたにもかかわらず、実年齢よりも老けた老婆の姿で死んでいたのかが謎として残るのだが。

当時行方不明となっていた13人の少年達は、変わり果てた姿で
干乾びたような老婆Michèleミシェル」の遺体に折り重なっていた・・・。

Sound Horizon. (2003). 檻の中の花 [Song]. On Pico Magic Reloaded.

サキュバス説

サキュバスとは女性の形をした悪魔だ。男性の夢の中に現れ、性行為を通じて男性の生気を奪い、健康や精神を悪化させると言われている存在だ。
エロ同人を読む人ならお馴染みなのかもしれない。知らんけど。

図:『聖アントワーヌの誘惑』1897年ロヴィス・コリント作
たくさんのサキュバスが聖アントワーヌに群がっている
こんな複数人でひとりに群がることあるんだ……
出典:Lovis Corinth, Public domain, via Wikimedia Commons

ミシェルがサキュバスではないかと思われている理由は、見方によっては彼女が性行為を通じて養父Armandアルマン Ollivierオリヴィエを狂わせているように見えるからだろう。

軋む床 浮き上がる身体からだ 月明かり差し込む窓辺・・・
細いくびに絡みついた 浅黒い指先が
食い込んでも離さないで 最期まで抱いていた・・・
(中略)
歪な螺旋 幾度目かの覚醒 あの笑い声が響く
早くしなければ また夜が明けてしまう
もう一度この手で彼女を・・・

Sound Horizon. (2003). 檻の中の遊戯 [Song]. On Pico Magic Reloaded.

アルマンは首を絞めて殺そうとしているが、ミシェルは何度も蘇った、ように彼には感じられているのだろう。

現に絞殺・死体遺棄「未遂」事件の後ミシェルは生存しており、彼女が公式的に死ぬのはその8年後だ。

この性的な誘いと、絞殺に至るが実際には死んでいないという幻覚を見るほどの養父の精神の悪化を招いている点が、ミシェルがサキュバスではないかと考えられている理由だろう。

サキュバスが性行為で男性の生気を吸うのには、あまり複雑な理由はない。
人間が必要な栄養素を摂取するために食事という手段があるのと同じようだ。

ただそうなると、吸血鬼説同様の謎が残る。
13人もの少年を犠牲にしているのに老化して死んでいるのは矛盾に感じる。

ミシェルは吸血鬼か?サキュバスか?

血を吸うという点では吸血鬼っぽいし、性行為で惑わせる様子はサキュバスっぽい。

しかしミシェルがフランスに住むフランス人であることをふまえると、吸血鬼説は唐突感があるような気もする。

吸血鬼の存在自体はヨーロッパ全土に普及している伝説?存在?ではあるようだ。
だが著名な逸話は東欧や南欧にあり、フランスに根付く逸話は見当たらなかった。

先ほど例に挙げたエリザベート・バートリはハンガリーの貴族。
15世紀に吸血鬼ドラキュラのもととなったヴラド3世は今でいうとルーマニアのあたりにあった国の君主。
18世紀に吸血鬼だと噂されたアーノルド・パオルはセルビア人。
こういった逸話は西欧にはあまり見られない。

図:ハンガリー・ルーマニア・セルビアの位置
ヨーロッパの中でも東欧や南欧と呼ばれる地域
フランスは西欧
MapChartで作成

フランスでも吸血鬼の逸話が流行った時期もあったようだが、18世紀に哲学者ヴォルテールが時代錯誤な迷信だと一刀両断し避難した。
ミシェルが生きた20世紀になると、私が探した限りフランスで注目が集まるような有名な吸血鬼の逸話は見つからなかった。

吸血鬼と言えば東欧・南欧の伝説上の存在という感じで、フランスのミシェルというキャラにその要素を付加する必要があるのだろうか、という点で唐突な感じがした。

ただそれを言うと、サキュバスも別にフランスが特に有名というわけでもなさそう。
それらしき逸話を見つけられなかった。

それに、性的関係に依存するというか執着する感じは、別に人外要素でなくても説明はつく気もする。
言葉を選ばずにいうならば、メンヘラヤンデレ女と、それに振り回されて精神削られる男の組み合わせのような……。

そもそも、どちらにせよ13人の少年を犠牲にしたならば、若返るなり活力を得るなりしそうなものの、むしろ老化して死亡している時点で違和感が強い。

結論

私は今のところ、ミシェルは吸血鬼でもサキュバスでもないと考えている。

吸血鬼もサキュバスもフランスでそこまで重要性があったり、特徴的な逸話があるという情報を見つけられなかった。

ミシェルには確かに吸血鬼っぽさやサキュバスっぽさがある。しかし、その「ぽさ」は、あえてそのような人外にしなくとも、狂気的な人物像を強調する要素として十分説明がつきそうだ。

ミシェルに関連する情報は新たな地平線が創造されるたびに少しずつ増えていく。
今後更なる情報追加に期待したい。

―――

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他にもSound Horizonの楽曲考察記事を書いています。

更新履歴

2023/09/22
 初稿
2024/04/24
 一部歌詞引用について「※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり」の注釈追記

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