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【SH考察:092】エレフセウスが暗黒時代を引き起こした説

Sound HorizonのMoiraは他と比べて群を抜いて古い時代をテーマにしているように見えるが、曲中のワードを拾っていくと、想定されている時代を絞り込めるように感じる。

中でも今回は、エレフセウスがギリシャ史で暗黒時代と呼ばれる時代を引き起こしたという設定なのではないか?という点を深堀したい。


対象

  • 6th Story Moira

考察

Ελευσευςエレフセウス

暗黒時代とは

ギリシャの歴史における暗黒時代とは、紀元前12世紀~紀元前8世紀の文字記録がとにかく乏しい時代のことだ。
ミケーネ文明と、ポリスと呼ばれる都市国家で形成される歴史時代(アルカイック期)の間の時代だ。

表:ギリシャの歴史とギリシャ神話(筆者作成)

ミケーネ文明の崩壊時くらいまでは、神々が人間に関与する伝説的な話と、史実と呼べるような話が混在している。
おそらく史実に脚色を加えて神話化されたためだと思われるが、これにより上記のように歴史的事象に挟まる形で神話的な出来事(トロイア戦争)が登場することがある。

なぜミケーネ文明が崩壊したのかは諸説あり、正確な要因はわかっていない。ただ説のひとつとして、地中海周辺で起きた大規模な民族移動が影響しているのではないかと考えられている。

実際、崩壊の少し前である紀元前1180年頃には、外国勢力からの攻撃が目前に迫っているという訴えが書き残された粘土板が見つかっているそうだ(写真見つからず)。

図:紀元前1200年頃のエーゲ海周辺
ギリシャはまだミケーネ文明(Mycenaean)が栄えているが、
この後東側のヒッタイト(Hittites)が崩壊し、周辺民族の大規模な変動が起こる
ミケーネ文明も巻き込まれたのか崩壊する
出典:GeaCron

今回、ミケーネ文明崩壊後の暗黒時代がMoiraの舞台になっているのではないかという可能性を探りたい。
特に気になる点としては2つある。

  • 専制的な王政からの離脱⇒Moiraにおける王政

  • 製鉄技術の流入⇒Moiraにおける青銅器から鉄器への移行

なお、暗黒時代という言葉の響きから、漠然としたもしくは混沌とした恐ろしさを感じられるかもしれないが、実際はその時代も確かに人々は生きており、ただ文字記録がとにかく乏しいことから詳細が把握しにくい時代という意味合いであることに注意したい。

政治体制の変化

ミケーネ文明は王政で、専制的な王が支配するいくつかの地域に分かれていた。

図:紀元前1400年~1250年のギリシャ
赤い■が宮殿があった場所で、周辺地域を支配していた
出典:Alexikoua, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

暗黒時代が開けてアルカイック期と呼ばれる時代(紀元前8世紀以降)に入ると、ポリスと呼ばれる都市国家が大量に生まれる。
現代で言えば都市レベルの規模感だが、同時のギリシャ人はそれで一つの国として認識していた。つまりミケーネ文明と比べると随分細分化されたような印象になる。
ポリスはギリシャの中に大小1000以上あったとされる。

ポリスごとに政治体制が異なり、民主政もあれば貴族政もあれば王政もあったものの、総じて権力の一点集中(独裁者、僭主せんしゅの登場)を避ける傾向があった。

たとえば比較的有名なポリスであろうスパルタは、王政は王政でも二王政で、王が同時に2人いた。
しかも王とはいえ強大な権力があるわけでもなく、祭で良い肉をもらえる程度。戦いのときは最も危険な場所に立つものだった。
さらに市民から選ばれた5人の監督官(エフォロイ)も権力を持っていたため、王の専制とは程遠かった。

同じく有名なポリスであろうアテナイでは、僭主になりうる人を追放できる陶片追放という制度を採用した。

図:陶片追放で使われた陶片(オストラコン)の欠片
陶器や石の欠片に追放すべき人物の名前を書いて投票する
「ネオクレスの子テミストクレス」と書いてある
出典:Marsyas, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

ギリシャ人の中でも北側にいた者達はマケドニア王国を建て、ひとりの王が君臨していたが、当時の古代ギリシャ人はマケドニアを異民族の国とみなしていた。
実際は言語と宗教(信じる神話)は共通であることから民族的には同じギリシャ人であると現代では考えられているが、当時は政治体制(単一王による王政)や文化(一夫多妻制など)が他のポリスとは異なったため、マケドニアはポリスではなく、異民族の国ととらえられていた。

図:紀元前700年頃のエーゲ海周辺
Greeksはギリシャ人の居住地域であり、ギリシャ(Greece)という単一国家ではないことに注意
マケドニア(Macedonia)はギリシャ人の地域(Greeks)とは別物扱いされている
出典:GeaCron

この点からもやはり、普遍的なギリシャの都市国家では権力の一点集中は避けるべきものと認識されていたことがわかる。

ここからは推測だが、専制的な王政だった文明が崩壊後、数百年開けた後は権力一点集中を避ける傾向にあったということは、その間の暗黒時代に専制的な王政に何らかの欠陥を見出したのだろうか?

青銅器から鉄器への移行

ミケーネ文明崩壊前、ギリシャは青銅器を主に使っていた。
東側にいたヒッタイトは製鉄技術を持っていたのだが独占状態だったため、まだその技術はギリシャに流れ着いていなかったと考えられている。

ところがギリシャが暗黒時代に突入する頃にヒッタイトも崩壊しており、その際に製鉄技術が周辺に流出し、ギリシャにも受け継がれるようになった。

Moiraでの設定との突合

ここまで見てきた暗黒時代の話と、Moiraの舞台設定は合うように感じる。

 Moiraにおける王政
Moiraでのギリシャは王国に分かれていることが明言されている。『神話 -Μυθοςミュートス-』で語られる7つの王国とアルカディアを加えて8つの王国が存在している。

【風神眷属の王国:Ανατολιαアナトリア】⇒ 【戦女神眷属の王国:Θρακιαトラキア】⇒ 【火女神眷属の王国:Μακεδονιαマケドニア】⇒
【地女神眷属の王国:Θεσσαλιαテッサリア】⇒ 【光神眷属の王国:Αιθριαアイトリア】⇒ 【智女神眷属の王国:Βοιοτιαボイオティア】⇒ 【水神眷属の王国:Λακωνιαラコニア】⇒

Sound Horizon. (2008). 神話 -Μυθοςミュートス- [Song]. On Moira. KING RECORD.
Μυθοςミュートスの意味は「神話」
図:Moiraの世界観の地図(筆者作成)

そして少なくともアルカディアは王がひとりだけ君臨しているように見える。他の国で王が何人いるかはわからないが、すべて王国であることから民主政ではないことは確かで、ポリスが主流となったアルカイック期では考えにくい政治体制だ。

 青銅器から鉄器への移行
復讐に燃えるエレフセウスはギリシャではない「鉄器の国」へと奔っている。これはもともと神託で予言されていたことだ。
エレフセウスが東方から戻ってきていること、もともと東方は異民族に悩まされていることもわかっている。

時代は廻る 紫眼の狼と呼ばれし男
各地の奴隷達を率いて 異民族が統べる鉄器の国へと奔った
(中略)
死せる英雄達の戦いは未だ終わりを告げず――
東方より来る足音 運命に導かれ やがて二匹の獣は出逢うだろう・・・・・・

Sound Horizon. (2008). 奴隷達の英雄 -Ελευσευςエレフセウス- [Song]. On Moira. KING RECORD.

東方Ανατολια/アナトリアでは 異民族Βάρβαροι/バルバロイの侵攻 苛烈で
風の都Ιλιον/イーリオンは今 難攻不落の城壁を 築いているという
(中略)
青き銅よりもしたたかな 鉄をよろう獣
風のたてをも喰い破り ながる星を背に 運命かみに牙を剥く

Sound Horizon. (2008). 雷神域の英雄 -Λεωντιυςレオーンティウス- [Song]. On Moira. KING RECORD.
※ルビは書き起こしのため誤差がある可能性あり

ギリシャの東側にある鉄器の国といえばヒッタイトだ。ヒッタイトが滅びた後技術は周辺諸国に流出したとされるが、共有化されたことで鉄が突出した特徴となる国は現れなくなった。

ヒッタイトが滅びた後では「鉄器の国」が存在しなくなり、そこに向かって奔ることができなくなる。したがって、ヒッタイトがまだ残っている時代が想定されていることがわかる。

結論

政治体制がまだ王政であること、「鉄器の国」があることから、暗黒時代に入る前であることがわかる。

繰り返しになるが、史実では暗黒時代に入ると文字記録が乏しく、何が起こったか正確には把握しきれないが、民族移動を伴ったとされる動乱の時代が400年ほど続く。

異民族を引き連れてギリシャに突撃するという行為は、まさに民族の移動を伴う動乱の幕開けだ。
Moiraはこの暗黒時代の発端をイメージして、エレフセウスが暗黒時代を引き起こしたという設定で作られたのではないだろうか?

なお、アルカイック期より前の記録は神話が入り混じり、歴史と神話の切り分けが難しくなっている。言い換えると、暗黒時代に突入しアルカイック期に近づいていくことは神話時代の終焉とも受け取ることができる。
Moiraの最後の曲名が『神話の終焉 -Τελοςテロス-』というのは非常に納得感があるように感じる。

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サムネイル:
ミケーネ文明末期(紀元前1200年頃)の兵士が描かれたクラテール(大型の甕)
Sharon Mollerus, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons

マスコット画像:
「Sound Horizon」×「カラコレ」ミニフィギュア(筆者所有)

参考文献:
藤村 シシン(2015).『古代ギリシャのリアル』. 実業之日本社
弓削 達(2020).『地中海世界 ギリシア・ローマの歴史』. 講談社

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他にもSound Horizonの楽曲考察記事を書いています。

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更新履歴

2024/05/25 初稿

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