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【SH考察:010】『火刑の魔女』の時系列に違和感があるかもしれない

Sound Horizonのシングル『イドへ至る森へ至るイド』とアルバム『Märchen』の時系列を検証過程で、『火刑の魔女』の時代背景に疑問がわいた。
具体的には主人公の幼少期と、成長後の時代の整合性が取れなかったのだ。その理由と、どうすれば整合性が取れるかを検討した。


対象曲

  • 7th Story Märchenより、『火刑の魔女』

考察

端的に言うと、主人公、後に修道女になる娘の幼少期の話と、修道院に入ってからの話で、時代の整合性がとれない。170年くらい合わないのだ。

表:史実に基づく時系列(筆者作成)

幼少期

主人公が幼いころの話として、以下のように述べている。

井戸に毒を入れた等と、われなき罪で虐げられる事も多く、
私にとって友達と言えるのは、森の動物達だけだった・・・・・・。

Sound Horizon. (2010). 火刑の魔女 [Song]. On Märchen. KING RECORD.

この「井戸に毒を入れた」という話は、実際にペスト大流行期にユダヤ人に対して流れたデマである。
もう少し正確に言うと、拷問を受けたユダヤ人がそのように自白した、という話が流布したのだ。
時代背景的に、キリスト教が一枚岩ではなく、内部で批判や分裂が起こり不安定だった。その不安が少数派のユダヤ教徒・ユダヤ人にぶつけられたと考えられている。

ユダヤ人への迫害自体は、悲しいことだが他の時期・時代にもあった。
ただあえて「井戸に毒を入れた」という発言があるので、時代的にはペスト流行期、1350年前後ととらえるのが自然だと思う。

修道院に拾われた後

主人公は愛する母に捨てられたが、修道院に拾われ、そこで成長する。
その際の描写が下記だ。

小さな私を拾ってくれたのは 大きな街にある修道院だった
けれど 激しく吹き荒れた改革の嵐
新教徒達の手によって 嗚呼 無惨にも破壊された

Sound Horizon. (2010). 火刑の魔女 [Song]. On Märchen. KING RECORD.

ここでのキーワードは「宗教改革」と「新教徒」。
宗教改革とは、それまでのキリスト教(カトリック)を変えようとする動きのこと。1517年のマルティン ルターの活動を契機に活性化した。

そして生まれたのが新教徒、プロテスタントだ。
それまでのキリスト教を信じる者、カトリックを旧教徒と呼び、それに対抗、抗議する者プロテスタントを新教徒と呼ぶ。

これらの描写から、彼女の成長後は1517年以降をイメージさせる。

矛盾

幼少期が1350年前後、成長後が1517年以降。
170年ほど間が空いてしまうので、明らかに整合性が取れない。
これをどう説明できるだろうか。

矛盾を解消できるかもしれない「魔女」の存在感

可能性としては、幼少期の仮定が間違っていて、1500年以降の話なのではないかという点が挙げられる。
理由としては「魔女」の存在感だ。

「井戸に毒を入れた等と、謂われなき罪で虐げられる」の話の後ろで、実際に虐げられている様子が入っている。
そこで主人公が、おそらく子どもから「魔女ー!」と揶揄されているのだ。

つまり、この時代は幼少期の時点で「魔女は忌むべきもの」という価値観が浸透している。

ドイツで魔女狩りが活発化したのは1400年代末。
1484年に『魔女に与える鉄槌』という著作物が発表されたことが影響している。(余談だが、おそらくテレーゼが火刑に処されるときに「鉄槌を!」と叫んでいたのはこれが影響している)

図:『魔女に与える鉄槌』1669年版の題扉
出典:Sprenger, Jakob, Public domain, via Wikimedia Commons

子どもにまで魔女の概念が浸透していることをふまえると、1500年代に入ってからの話ととらえることもまた自然ではある。
じゃあ井戸に毒の話は何なんだ?とはなるが……。

結論

断定はできないが、主人公が生きた時代は1500~1520年前後数年、というところか。
井戸に毒の話は引っかかるが、宗教改革のほうを基準として見るとこうなる。

―――

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他にもSound Horizonの楽曲考察記事を書いています。

更新履歴

2023/04/16
 初稿
2023/04/19
 微修正
2023/04/29
 図:『魔女に与える鉄槌』1669年版の題扉 追加
2023/05/02
 歌詞引用元表記修正

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