【SH考察:096】エレフセウスはギリシャ神話の有名人よくばりセット
Sound HorizonのMoiraにおけるエレフセウスは主人公と言っていいだろう。彼は創作上の人物ではあるし、Moiraの中の各種設定はギリシャ神話と異なる部分が多い。
しかしエレフセウスの設定は、ギリシャ神話に登場する英雄や神の要素を少しずつ拝借して寄せ集めて構成し直したもののようにも見える。
今回はエレフセウスに感じるギリシャ神話の登場人物の要素を整理した。
対象
6th Story Moira
考察
バリエーションが豊富すぎるギリシャ神話の英雄と神の物語
ギリシャ神話の中で、今回取り上げる神はアポロン、人間はオデュッセウス・アキレウス・パリスの3人だ。
前提として、ギリシャ神話は現代まで約3000年かけて、様々な時代の様々な地域の様々な人が己の解釈を交えながら物語ってきた。
そのため、同じ逸話を語っているようで結末が違ったり、神が司る権能が変わっていたりなどバリエーションがとにかく豊富になっている。
今回、ギリシャ神話に触れる際には比較的メジャーな内容に触れるが、全てに「※諸説あり」の一言を脳内補完してほしい。
エレフセウスのアポロンっぽさ
エレフセウスに感じるギリシャ神話要素のひとつがアポロンだ。
アポロンとは光明や芸能などを司る神。銀の弓矢を持っている(美称に「Ἀργυρότοξος/銀の弓を持つ」というものがある。美称とは神を表すときに使う枕詞のようなもの)。
両親ともに神(父ゼウス母レト)で、女神アルテミスとは双子のきょうだい。
見た目は古代ギリシャにおける理想的な男性とされており、金髪巻き毛の若い美青年。
太陽神とされることも多いが、これは紀元前4世以降になってからアポロンと太陽神ヘリオスが混同されたことが原因で、もともとは太陽神ではなく光明の神。
この光明は物理的なライトの意味というよりは概念的なもので、つまり文明を開花させるもの全般を指す。そのため芸術、哲学、秩序、医術など様々なものを司るとされている。
エレフセウスのアポロンっぽさは4点ある。
男女の双子である
死神要素がある
奴隷としてイリオンで城壁建築させられる
戦争でトロイア(ギリシャから見て敵)側につく
1. 男女の双子である
前述の通り、アポロンとアルテミスは双子とされている。ただしアルテミスが姉、アポロンが弟とされることが多い。
(この双子設定もどちらが姉・兄か諸説ある。何なら夫婦にしている話もある)
エレフセウスとアルテミシアは兄・妹の組み合わせであるため、アポロンとアルテミスでよく言われる弟・姉の組み合わせとは逆。
ただMoiraでは他にも兄弟の順序が逆転しているペアがいる(カストルとポリュデウケス)ため、順序の整合性はさほど気にしなくて良いのではないだろうか。
2. 死神要素がある
アポロンは光明の神であると同時に、死神や疫病神のような側面を持つ。
彼らはもともとギリシャではないところ(北方かアナトリア方面)で信仰されていた神で、その当時は死や疫病を司る神だった。
病という、当時からすると目に見えない何かの影響で身体に影響が出る現象を、人々は神の力ととらえたのだろう。彼らが放つ矢にあたると病にかかると考えられていた。
エレフセウスは黒き影が視える目を持っており、もうすぐ死ぬ者がわかる能力者だ。
さらに大人になってからは奴隷を率いて異民族の侵略に加担しており、イーリオンを攻め落としている。明らかに大量の死を伴う行動をとっており、死神と呼ばれてもおかしくない存在となっている。
現にイサドラはエレフセウス(の瞳)を「死を招く」と呼んでいる。
(これは忌み子であることを知っていることも影響していそうだが)
3. 奴隷としてトロイアで城壁建築させられる
アポロンは2度、奴隷として人間のもとで働くはめになったことがある。
そのうちの2度目の話として、アポロンはポセイドン(海の神)とともにゼウス(最高神)に叛逆したことを咎められ、罰として2柱とも人間として奴隷になり、トロイア王ラオメドンに1年間仕えることとなってしまった。そしてその際、トロイアの城壁を築くために働かされたという話がある。
なお、このトロイアという地名は時代と言語と方言で表現揺れが起こるのだが、またの名をイーリオンという。
そしてイーリオンでの城壁を築く奴隷といえば、エレフセウスの幼少期だろう。
彼は奴隷として売り飛ばされた先がイーリオンで、城壁を築くために石を運ぶ労働をさせられていた。ここから怒りと憎しみを蓄え始めることとなる。
4. 戦争でトロイア(ギリシャから見て敵)側につく
ギリシャ神話の終盤でトロイア戦争が起こる。トロイア人とアカイア人(ギリシャ人)との戦争だ。人間だけではなく神も両陣営に分かれて戦った。
開戦までの流れを話すと長くなるため割愛するが、発端はゼウスで、増えすぎた人間を半数程度に減らすために大規模な戦争を引き起こすことを考え、表立っては先導していないものの結果的に戦争を実現させた。
トロイア人はギリシャ人から見ると異民族だ。そしてアポロンやアルテミスはトロイア人の味方についた。
(前述の通り2柱がもともと北方かアナトリア由来の神であることをふまえると自然な気もする)
このあたりはエレフセウスが異民族を率いて東方からイーリオンに攻め入る姿と重なる。
エレフセウスのオデュッセウスっぽさ
エレフセウスに感じるギリシャ神話要素としてオデュッセウスもある。
オデュッセウスはギリシャ神話に登場する英雄のひとり。つまり人間。
英雄というと脳筋タイプが多い中、珍しく頭脳タイプ。
トロイア戦争にギリシャ側で参加し勝利に導いたが、その後トロイアから故郷イタキ島に帰る際に嵐に見舞われ、様々な怪物と戦いながら漂泊し、帰るまでに10年を要する羽目になる。
彼の物語は紀元前8世紀の詩人ホメロスが作ったとされる『オデュッセイア』が有名。『オデュッセイア』は「オデュッセウスについて」の意味。古代ギリシャ語は固有名詞でも末尾が活用する。
エレフセウスのオデュッセウスっぽさは今述べたところで既に出たが、改めて挙げると下記2点だ。
故郷に帰るために長旅をする
詩人によって主人公にされた叙事詩がある
1. 故郷に帰るために長旅をする
前述の通り、オデュッセウスはトロイア戦争の後、故郷に戻るまで10年を要した。
エレフセウスはイーリオン(=トロイア)での奴隷働きからの脱走後、嵐に見舞われた。その後は暗誦詩人ミロスとともに旅をしながら故郷アルカディアを目指した。さすがに怪物との戦いはなさそうだが、それ以外の状況としては近い。
2. 詩人によって主人公にされた叙事詩がある
オデュッセウスの旅路がホメロスによって『オデュッセイア』になったように、エレフセウスの旅路もまたミロスによって『エレフセイア』になっている。
Moiraの歌詞ブックレットを見るとわかりやすいが、『神話 -Μυθος-』から『神話の終焉 -Τελος-』までは、ロシア人富豪アレクセイ・ロマノヴィチ・ズヴォリンスキーが母の形見として持っていた叙事詩の本の内容だ。そしてその本のタイトルは『Элэфсэйа』で、これはギリシャ語Ελευσειαのロシア語綴りだ。
現代まで残る壮大な叙事詩・物語という立ち位置は『オデュッセイア』と共通する。
エレフセウスのアキレウスっぽさ
次に挙げておきたいギリシャ神話の登場人物がアキレウスだ。
アキレウスはギリシャ神話に登場する英雄の一人で、人間の王と海の女神テティスとの間に生まれた。
人間ではあるが、赤ちゃんのときに母親によって冥府の川に浸されたことで不死となる。ただし、浸すときに掴まれていたかかとだけは川に浸らなかったため、かかとが弱点になってしまった。
(そのためアキレス腱の名の由来になった)
彼はトロイア戦争に、友人パトロクロスと共にギリシャ人勢として参加。しかしパトロクロスが戦死してしまったため嘆き哀しみ、そして怒り、彼を殺したトロイア勢の英雄ヘクトルを殺して復讐する。
彼についてエレフセウスにも見られる要素は下記2点。
怒りによる衝動に突き動かされる
アマゾンの女王を殺す
1. 怒りによる衝動に突き動かされる
前述の通り、アキレウスは友を失う原因となった敵勢に対し激しい怒りを覚え、それを動機にして激しく戦った。
ホメロスが作ったとされる『イリアス』では、トロイア戦争はアキレウスの怒りがテーマであることを明確に謳っている。
エレフセウスは両親に続いて妹を殺された哀しみが怒りに変わり、その衝動に身を任せて戦争を引き起こしている。
2. アマゾンの女王を殺す
アキレウスがヘクトルを打ち取った後、トロイア勢は弱体化する。しかしアマゾンの女王ペンテシレイアがトロイアに加勢したことで再び盛り返す。
そして彼女はアキレウスにも勝負を挑むが、結果的には殺される。
エレフセウスもおそらくアマゾンの女王アレクサンドラを殺している。おそらく、と言ったのは彼女の死ぬシーンは詳細な描写が無く、レオーンティウスが死んだときの巻き込み事故のようにも見える。
そのため殺そうと思って意図的に殺したようには見えないものの、結果的にアレクサンドラの死を招いたことは変わらないという点で、大まかに見ればアキレウスと近い要素があるだろう。
余談:母親による引き止め
ちなみに、これはエレフセウスというよりはレオーンティウスもしくはイサドラを彷彿とさせる話だが、アキレウスの母テティスはアキレウスが戦争に参加する前に引き留めている。
テティスはアキレウスが戦争で死ぬことを予見していたため、ヘクトルを討ってもその後に死んでしまうから行くなと引き留めた。しかしアキレウスは聞く耳を持たずヘクトルを討ち、ペンテシレイアも殺し、その後唯一の弱点であるかかとに矢を射られて死んでしまった。
これは戦いに挑むレオーンティウスを引き留めるイサドラを彷彿とさせる。
エレフセウスのパリスっぽさ
最後に挙げる人物がパリスだ。
パリスはギリシャ神話の英雄のひとり。トロイアの第2王子で、第1王子ヘクトルの弟。絵画では林檎を持った羊飼いの姿で描かれることが多い。
パリスといえばパリスの審判とよばれる出来事が有名で、ある日突然3柱の女神(ヘラ・アテナ・アフロディテ)のうち誰が最も美しいか選ばなければならなくなった。ここで彼はアフロディテを選ぶのだが、その結果がこじれにこじれて最終的にトロイア戦争にまで発展してしまう。
この審判自体はゼウスが裏で策略した結果なのだが、審判のせいでトロイア戦争の原因と言われてしまうことも多い。
エレフセウスにあるパリスっぽさは下記2点だ。
忌み子として山に捨てられる
ギリシャ勢の主要人物を討ち取る
1. 忌み子として山に捨てられる
パリスが生まれるとき、母が火災の夢を見たことが影響して、災厄を呼び寄せる忌み子だと判断されてしまう。そのまま殺されるはずだったが、家来はそうせず山に捨てるに留めたため、パリスは生き延びることができた。
しかし王子としてはすぐに復権はせず、しばらく山で羊飼いとして暮らすこととなる。
(そして羊飼いをしている間に前述のパリスの審判が起こる)
エレフセウスもまた忌み子だった。破滅を紡ぐという神託があったため、おそらく本来は生き延びられるはずのない出生条件だっただろう。
しかし家来のポリュデウケスが、エレフセウス(とアルテミシア)を我が子として引き取り、隠居して山でひっそり暮らすことで、双子を生き延びさせた。
家来が捨てるのではなく引き取って育ててくれているため、パリスよりもさらに手厚い加護を受けられているが、状況としては近い。
2. ギリシャ勢の主要人物を討ち取る
パリスは前述のアキレウスを討ち取っている。アキレウスのかかとに矢を打ち込んだのはパリスだ。
ちなみにパリスが矢を打つとき、トロイア側についていたアポロンがアキレウスのかかとを示して「ここが弱点だよー」とパリスに教えたため、パリスはアキレウスの唯一の弱点を的確に射貫けたという逸話もある。
エレフセウスもまた、ギリシャの英雄レオーンティウスを討ち取っている。ただし弓矢ではなくレオーンティウスの槍を奪い取る形でだが。
結論
エレフセウスについて、ギリシャ神話の登場人物・神っぽさを列挙するとこのようになる。彼の人生における時系列順にした。
男女の双子である/アポロン
忌子として山に捨てられる/パリス
奴隷としてイリオンで城壁建築させられる/アポロン
死神要素がある/アポロン
故郷に帰るために長旅をする/オデュッセウス
怒りによる衝動に突き動かされる/アキレウス
戦争でトロイア(ギリシャから見て敵)側につく/アポロン
ギリシャ勢の主要人物を討ち取る/パリス
アマゾンの女王を殺す/アキレウス
詩人によって主人公にされた叙事詩がある/オデュッセウス
出生から物語の最後までまんべんなく要点をかいつまむことができている。このことから、やはり彼はギリシャ神話の英雄+神のよくばりセットであるように見える。
しかも、英雄(人間)だけではなく神もセットに含んでおり、彼が単なる人間ではない、どこか人ならざる力を持った特別な存在だったことをうかがわせているようにも思う。
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サムネイル:
シャルル・メニエ作『アポロンとウラニア』1789年-1800年頃
Charles Meynier, Public domain, via Wikimedia Commons
マスコット画像:
「Sound Horizon」×「カラコレ」ミニフィギュア(筆者所有)
参考文献:
藤村 シシン(2015).『古代ギリシャのリアル』. 実業之日本社
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更新履歴
2024/06/24 初稿
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