ダウドキュを観ました

ダウドキュを配信で観た。初めてダウ90000を生で観たのは去年の夏のユーロライブで、その日の私は劇団地蔵中毒を観たくて渋谷まで行ったんだけれど当日キャンセルで、代演で出てきたのが彼らだった。
『やりがい』と『元カノ』のコントを観た。M-1 一回戦でお笑いファンの間では名前は知られ始めていたころだと思うけど、客席の温度感は決して高くはなかった気がする。芸人だらけのライブに一組だけ完全に芸人とは言えない人たちが出てきて、名前は知ってるなんか面白いらしいじゃんどんなことをやっているのかは知らないけど、みたいな空気で変に緊張感があって、私含めて観客全員上手く笑えてなかった。絶対に面白かったのに。
後々思い返してじわじわ浸食されるみたいな感じで確実におもしろの種を撒かれて帰宅して、YouTubeでコントとラジオを観て聴いて、そのうちテレビでも見るようになって、地上波のラジオも始まって聴くようになって、いろんな取材記事を読んで、noteで蓮見さん作の脚本を購入して、この前は本公演も運よく当たって観に行った。塾でバイトしていたころの、いろんなことを思い出した。一緒にバイトしていたのは早稲田とか立教とか良い大学に通っている人ばかりで私はうっすら馬鹿にされていたこととか、生徒たちに人気だったアナウンサー志望の女の先輩が裏でめちゃくちゃ生徒の悪口を言っていたりとか、宿題をしてこなかった生徒を怒ったら母親が顔を真っ赤にして教室に乗り込んできたりとか。(あんまりよくない思い出ばっかだななんか)。
人間特有の、仲間だと思っていても心の底の底ではうっすらマウントをとっている内側とか、人間関係を円滑にしようするほど悪意の的になってしまう現象とか、人と接するうえでのぞわぞわ感みたいなのがぎっしり詰まっていてでも、現実では、いない彼氏の悪口を言って仲直りすることなんてほぼないから、ちょっとだけあの空間が羨ましくなった。

おもしろの種が発芽してすくすく成長して花が咲いて、気が付いたら虜になっていた。ここ1年で、明らかにダウ90000を取り巻く環境は変わっていったと思う。

今年の誕生日に書いた自分のnoteを読み返したら「来年の誕生日には自分の欲しい肩書きが手に入ってればいい」みたいなことが書いてあって、紙媒体じゃないのに破り捨てたくなった。同じ時間を過ごしているはずなのに、ダウと私は圧倒的に違う時間を過ごしている。私、仕事はしているけれど小説を書いている人間として見たら完全にフリーター。書くことでお金は発生していないし、誰も私の言葉を求めていない。蓮見さんはあんなにいろんなひとに言葉を提供しているのに。あんなに笑いを提供しているうえ忽那さんのラップで泣かせてくるなんてこんなにずるい集団はいないよ。蓮見さんと園田さんは、私と同い歳。それなのに私はフリーター。許せなさすぎる。ダウが本多劇場で公演をやるころには、自分の中に種を撒けていたらいいなと思う。
あとやっぱ生活範囲が似すぎている。園田さんがロケしていた日芸のある江古田も、飯原さんが男前写真を撮っていたプロぺ通りも、過去形の部分もあるけれどあまりにも生活範囲。龍厨房の胡麻団子、美味しいですよね…!

ダウドキュで蓮見さんが公演前に若者のすべてを聴いていたことをばらされていて、それから毎日若者のすべてを聴いている。中島さんがタップダンスをしていたから浅草キッドも聴いている。さすがにこれは関連性薄すぎるだろと自分でも思う。あとはユニコーンガンダムを始めたら私も売れるかな。

M-1が近づいてきて、クリスマスツリーを街中で見かけるようになって、スーパーではお餅が入り口付近に陳列されるようになった。私は1年でいちばん好きな季節が11月の終わりから12月末でまさに今なんだけれど、R-18の1次審査発表がちょうどクリスマスくらいにあるからずっと頭の片隅でソワソワしている。M-1と違って、文学賞は一次を通っても二次を通っても最終選考に残っても一等賞を獲らないと人の目に留まってすらくれない。入り口は狭いのにいろいろ種類の扉がいくつもあるから、小説家は年に何十人と生まれて、売れないと突き放される職業だから何十人と死んでいく。その点ではお笑いの世界と似ているのかもしれない。小説家として生まれて死ぬ前に欲を言えばお笑いの仕事もしたい。こんな自己満足noteに偉そうに夢を語る前にひとつでも言葉を生み出したほうがいいのに絶対。

若者のすべて / フジファブリック


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?