125. 元旦台所三昧

元旦の朝はもしかすると初日の出が見られるかも知れないと日の出前に早起きするため急ぎ帰宅した。目覚まし時計と携帯のアラームをセットして、直後から記憶が無い。目覚ましに叩き起こされて飛び起き急ぎ父宅に向かう。

空は晴れ。東に多少の雲はあるが、これから太陽が出て来るぞという時に
何とか間に合った。日の出直前の街を見渡す。西の地平線に橙色の満月が沈もうとしている。一瞬だけ。満月はすぐ雲に隠されてしまった。

日の出と同時に父宅のハイビスカスが開花した。

東の地平線から太陽が出た。気温があまり低くなく空の青はあまり冴えないが、薔薇色の彩雲が太陽の上を覆っている。昇った太陽は間もなく雲の中に隠れた。

元旦の雑煮を作る。
大根と人参としめじ、えのき茸、長葱、鰤。 鰤はアラが手に入らず 切り身を更に半分に切って塩を振り焼き目を付けてから雑煮に入れた。汁は昆布、めんつゆ、うっすら醤油味。餅は個装パックの切り餅を半分に切って湯掻いた。父の餅の食べ方、危険だなぁ。どうしてそんな一度に頬張ろうとするんだろう。誰も横取りしないのに。

旨煮。
厚焼き卵。具ははんぺん、三ッ葉、椎茸の石付きを刻んだもの。
きんぴら。
茶筅茄子。巧く座らせる事叶わず。
例年なんちゃって正月料理である。

重箱の料理をつつきながら乾杯して猪口に2、3杯飲んだ。
父宅から遠くに山が見える。

食後に口取りという甘い和菓子と共に煎茶を飲む。胃に沁みる強烈な甘さ。

父の見ていない映画を物色してVHSを持って来た。黒澤の『乱』。
こうしてみると、父は現役時代の殆どの時間を仕事に費やして映画やテレビのドラマなど殆ど見た事が無い。何年も前にBSでドラマ『おしん』や『大地の子』の再放送を見て父は大泣きしていたのだった。こうして自宅にいて味わえるうちに見て味わった方がいいのだ。何でも。

映画の終わり頃、電話が鳴った。受話器の向こうの声が妹の声だと思ったらその娘だった。あんまりそっくりな声と話し方でびっくりした。全くわからなかった。父に受話器を渡すと嬉しそうにしている。

よかったな父よ。いい正月で。

調理して、運んで、給仕して、食器洗って、片付けて、茶を淹れて、片付いたと思ったらすぐ次の食事の準備。朝食を食べて、食器を洗って片付けると間もなく昼食の時間。父はあまり腹が減っていないと言うが内服があるので食事の時間は守らねばならない。非常食用の卵粥があったので温めて餅を入れ、昼食にした。おかずのうま煮や茄子もまだあるし。

父に昼食を食べさせて食器を洗い、片付けると疲労感がピークに達した。休日の時間が自分のものにならず台所仕事ばかりして食欲無い。私は昼食を抜いた。空腹よりも眠い。見ると父は早々とベッドに入って昼寝している。寝不足だな。行く年来る年で語り過ぎた。

私もソファに寝そべってみたが却って体が痛くなってきたのでスーパーへ買い出しに出掛けた。夕食は餅入りクリームシチューの予定だ。シチューに入れる角切り肉と牛乳、草粥のネタにする香草、芹とか三つ葉とか春菊など。

買い出しから戻ると父は起きて私が持って来た本を読んでいた。教会仲間から借りっぱなしの本だ。
『3歳で、ぼくは路上に捨てられた』
(ティム・ゲナール著 橘明美訳/ソフトバンククリエイティブ)
父は食い入るようにルーペで文字を追い、無言で読み耽っている。

香草を湯掻き、翌朝の朝食として草粥をセットする。芹、三つ葉、春菊。本来は七草粥がなのだろうけどテレビの料理番組の先生が言っていた。
「何が何でも七草集めろという事ではない、七草粥とは冬の青物の不足しがちな時にビタミン補給として身近な野草を粥に混ぜ胃腸を休める先人の知恵。」 だそうである。緑色の草なら何でも良いらしい。
草粥と言っても七草の1月7日まで待てない。七草の日にわざわざ草粥を炊きに来るのも大変だ。今どき1週間も正月休みがあるわけでなしそれまで正月料理ばかり食い続ける訳でなし、こうして元旦の夜には草粥を仕込む。湯掻いた香草は刻んで小分けして冷凍、ヘルパーさんに朝食の雑炊ネタとして使って貰う。 正月2日めの父の朝食は粉吹にしたジャガイモを数個入れた草粥と、おかずもこれまた正月料理の残り。食べ尽くして無くなるまで食べて頂こう。草粥を完成させ翌朝の朝食をセットしたら、そろそろ夕食の時間になる。シチューを作った。白いシチューに湯掻いた切り餅入り。これは昔から父が好んで食べる。雑煮も美味いがシチューに餅という組み合わせは絶妙である。餅は何とでも合う食材だ。美味いと思って味わえるうちに何でも食べた方がいい。

シチューを食べた後食器を片付け、父宅から帰宅すると20時を過ぎていた。
疲れたなぁ。毎年の事だが年末年始は疲れる。

郵便物が届いていた。SNSの友人からだった。開けると美味そうな草加煎餅が。うまい。久々に自分のための食べ物を食べた気がした。ありがとう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?