産みたくないと言ってもいいですか?〜命懸けの妊娠出産〜65
主治医の大野先生に赤ちゃんがくると聞いてから数十分後、コンコンと部屋のノックが聞こえた。
(き、きた!)
「は、はい。どうぞ。」
私は若干緊張して返事をする。カラカラと小さいコットに乗せられて赤ちゃんが入ってくる。
「わぁ〜!」
こんなに小さかったっけ?と思うほど小さな小さな赤ちゃん。そうだそうだこんな顔だった。2日ぶりに見た我が子がスースーと寝息をたて気持ちよさそうに寝ている姿はなんて儚いんだろう。
細く小さい手はしっかりと人間として作り込まれている。
私はベッドの頭を少し上げる。しっかりとベッドを上げることは出来ないので赤ちゃんを抱っこすることが出来ない。すると小児科の看護師さんが私の横に赤ちゃんを寝かせてくれた。赤ちゃんが目を覚まし、ウニャウニャと動いている。
「温かい。」
「やわらかい。」
「小さいなぁ。」
急に語彙力を失ったように片言しか出てこない。いやもう言葉なんていらないのかもしれない。
顔をこちょこちょしたりなでなでしたり。赤ちゃんが顔をしかめてうーんと伸びをする。
「写真撮りましょうか。」
看護師さんが言ってくれた。私はスマホを渡し、何本もの管に繋がれながら小脇に赤ちゃんが寝転んでいる写真を数枚撮ってもらった。
その間ほんの数分だが私の呼吸は荒くなってくる。どんどんベッドを起こしているのが辛くなり額に汗が浮き出てきた。私の様子を察した看護師さんは
「そろそろ赤ちゃんも眠いだろうし、お母さんも横になりましょうか。」
と優しく言って赤ちゃんをコットに戻すと私に横になるように促してくれた。
(なんでやっと会えたのに私は抱っこも出来ないんだろう。)
荒い呼吸を整えながら自分の不甲斐なさに嫌気がさす。小児科の先生が入ってきて赤ちゃんの説明をしてくれた。
「赤ちゃんですが、ミルクの時間になるとGCU内で一番大きな声で泣いて知らせてくれます。よく寝てよく飲んでとても元気です。ただ呼吸が少し乱れることがあるので今後もしっかりとGCUの方で見ていきますのでお母さんはゆっくりと休んでください。」
そう言うとほんの10分程で赤ちゃんも先生も看護師も退室していった。
急に静かになり、私の荒い呼吸音だけになる。
(こんな数分だけ…。私は何をしているんだろう。)
するとコンコンとノックが聞こえ、女性が入ってくる。
「空月さん、今いいですか?リハビリにきました。」
理学療法士さんがリハビリのお伺いに来てくれた。
「今から少し体を動かしていきたいと思いますが大丈夫そうですか?」
「はい、さっき赤ちゃんが来てくれて少し起きることができました。」
「それはよかったですね!」
「では今からベッドの縁に立つ練習していきましょう。」
そう言うと私にベッドのコントローラーを渡した。少しずつ頭を上げていく。理学療法士さんは心拍数や血中酸素濃度の数値を見ながら指示していく。
「空月さん、鼻から吸って、口から吐いてゆっくり呼吸していきましょう。」
言われた通り鼻から吸って口から吐いて呼吸をするがどんどん息が上がっていく。肩で呼吸をし始めた時なんとかベッドの縁に足を下ろすことが出来た。
「一旦休憩して呼吸を整えましょう。」
私はゆっくりした呼吸を意識し、お腹の痛みに耐えた。
「では立って、行けそうならトイレまで歩きましょう。」
ゼェ…ゼェ…と荒い呼吸を繰り返しながら立ち上がりトイレまですり足でなんとかたどり着く。
「おおー!がんばりましたね!ではベッドに戻りましょう。」
(こんなトイレまで歩くだけしか出来ないなんて。)
理学療法士さんが数値を見ながら私に
「大丈夫ですか?しんどいですか?」
と聞いてきたが私は「大丈夫」だと答えた。
たしかにお腹は痛いし、呼吸も荒くなっているが産後2日目はこんなもんだろう。これが徐々に楽になっていくのは経験上知っている。
「では、今日のリハビリは以上です。また明日来ますのでゆっくり休んでください。」
「ありがとうございました。」
(こんな簡単なリハビリだけでいいんだ。)
私はもっとスパルタに歩かされるもんだと思っていたので拍子抜けだった。しかし私の心拍数はどうしたもんか。たったこれだけのリハビリで130をゆうに超えている。
その日から私の心拍数が130を下回ることがなかった。
(産後のしんどさはこんなもんでしょう。)
産後はしんどいと聞いてはいたので私の体がこの時すでに異常事態に陥っているとは夢にも思っていなかった。
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