第11章:性格の一致

ここのところいろいろあって、これを書く気がまったく起きなかった。
理由はふたつあって、ポッドキャストまわりでバタバタしていたので単純に書く暇が無かったのがひとつ。
もうひとつはApple Podcastにフォーカスした文章を書いたところで、Apple Podcastの仕様がちょこちょこ変わるので「僕の書いた文章って何か意味があるのだろうか」という虚無感に包まれてしまったこと。
なので、自分の中でなるべく普遍的なことをテーマにしてつらつらしてみようと思う。

こんばんわ、ヒキガネ霜田です。

いきなりだが、配信されたら即座に再生したくなるような、あなたのお気に入りのポッドキャストを頭にみっつほど思い浮かべてみてほしい。
こんなことを言うのはとっても照れ臭いが、そのみっつのポッドキャストの中に僕が配信している番組がもし入っていれば、それを除外して、みっつほど頭に思い浮かべてみてほしい。

どうだろう。

そのみっつのポッドキャストを配信しているひとたち。

ちょっとばかり性格が悪くはないだろうか。

少なくとも自分はそうだった。僕が頭に思い浮かべたお気に入り番組のほとんどが「性格の悪いひと」が配信しているポッドキャストだったのだ。

そうなると単純におまえが性格が悪いから引き寄せてるだけだろ、となってしまいそうなのだがおそらくそういうことでもなく。あ、あと僕が学習系のポッドキャストを聴かないのも大きな要因なのかも。。

「性格が悪い」とひとくちに言ってしまえば語弊があるのかもしれない。
「ありのまま伝えようとしてくれている」とか「ハナから良く思われようとしていない」とか「サービス精神が強い」と言い替えた方が正しいような。

僕がこんなひとたちの話ばかりを聴きたくなるのは、なんだろう、自分のまわりによくいるような普通のひとの話を聴くよりも、自分のまわりに絶対にいないひねくれ者や変人の話を聴いてみたいって感覚なのだろうか。

なんてことを、ランキングの上の方を眺めながら。

いやでも、そりゃあそうだよなあ、と思ってしまった。
雑談やフリートークが売りの番組において、素人ポッドキャストがプロのラジオ番組より優れている点はフィルターの少なさにある。
誰からの検閲も受けず、何のしがらみも気にせず、言いたいことを自由におしゃべりして、そのまま無添加で配信することができるのだ。それができるのにいろいろなポッドキャストを聴くと、お上品にお上品に、品行方正に人畜無害に、フィルターを何枚も重ねた番組を作ろうとしている「いいひと」が多いように感じる。それはポッドキャスト同士の横の繋がりにも関係してくるのだが、それはまた別の機会に。

もちろん全員性格の悪いおもしろ話をしてくれよ、とは思わない。なんとなく見ていると性格が悪い系のおもしろ番組の方がウケているような気がするというだけの話だ。

むしろ誰のことも傷つけない、最近あったことや感じたことをただただ楽しく話す、下ネタゼロおじさんの人気番組があったら、ぜひ教えてほしい。一休さんに対して将軍様がするような無理めのお願いだが、あればぜひ聴いてみたい。

ここまで書いてみて気付いたことは、サービス精神が強すぎるがあまり、ありのままを話してしまうおっちょこちょいなひとたちは一見性格が悪いように見えて、逆に性格が良いんじゃないかってこと。

そしていっさい自分の身を切らず、安心安全の浮島に立ってそこからたくさんのひとに聴いてほしいと願うひとって逆に性格が悪いんじゃないかってこと。

ううん、むずかしい。

なので、裏を返せば逆に性格が良い僕もたまに怒られたりするけれど、これからも自分たちの話したいことをそのまま話したいと思った。
「これ話したら怒られるかな?」とか「こんな言い方したら誰も聴いてくれなくなっちゃうかな?」とかはけちょんけちょんに怒られてから考えれば良いのだ。聴いてもらわないと怒ってもらえないのだから。

追記:
途中、ポッドキャストとプロのラジオ番組を比べてみたが、思えば僕が好きでよく聴いているAMラジオのパーソナリティーは揃いも揃って毎週毎週文句ばかり言っている性悪おもしろ野郎だった。
どうやらポッドキャスト、ラジオに関わらず性格の悪い番組しか受け付けないジャンキーな身体になってしまっているようだ。みなさんはこうならないよう、お気を付けて。

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