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ジェルム〜宝石の島〜 第4話『ジェルム』

 ジェルム。この世界の中心にある島と言われている。そもそも、この世界には五つの島、プランタン、エテ、オトヌ、イヴェール、そしてジェルムがある。ジェルム以外の島には四季が存在せず、プランタンなら春、オトヌなら秋……といったように、ひとつの季節しか存在しない。さらに、それぞれの島を繋ぐ洞窟があるものの、基本的には自分の住んでいる島から出ることはない。出たいわけでも出たくないわけでもなく、出なくても十分暮らしていけるからだ。別段、出る理由がないのである。
 リリアンとテッドにはその『理由』があった。兄・ディーンを探し出すこと。そしてその目的を知ること。この二つの理由を持つ彼女達の前に現れたのは、城塞都市とも呼んでも良いくらいの広さを誇る、ジェルム城下街だった。

「ここが、ジェルム……」
「でけーな……」

 想像以上の大きさに、思わず唾を飲んだ。プランタンの何倍、いや何十倍あるだろうか。こんなに大きな所で、どうやって兄を探せば良いのだろうか。道も大きすぎて、すれ違っても気付けなさそうなくらいだ。見渡すだけで精一杯のリリアンに、先に入っていたテッドが声をかける。

「おーいリリアン!地図あるぜ!」

 そう言われて、城下街入ってすぐの案内所の横にある地図を見た。リリアン達が今いる場所は『商業区』というようだ。商業区の西側には住宅区、東側には農業区、北側に城……といった具合だ。それにしたって広すぎる。どこから調べていくべきか迷っていると、案内所の係員が声をかけてくれた。

「お困りですか?」
「あ、えっと……人を探していて」

 リリアンはディーンの写真を取り出し、係員に見せた。しかし、係員は首を横に振り、謝罪した。どうしたら、と困っていると、係員が改めて声をかけてくれた。

「それでしたら、酒場に行かれると良いですよ」
「私達、未成年ですけど入れますか?」
「お酒を飲まなければ、大丈夫ですよ」

 酒場。何かの物語で、勇者が仲間を集めた場所だ。確かにそこなら、何か手がかりがあるかもしれない。念のため、係員にもディーンのことを尋ねてみたが、良い答えは得られなかった。二人は早速、酒場を目指してみることに。

「いらっしゃい!」

 ウエイトレスが叫んだ。二人は再び驚愕した。まだ昼間だというのに、大勢の大人達が酒を飲んで騒いでいる。これが『どんちゃん騒ぎ』というやつなのだろうか。これが『都会』というものなのだろうか。ある意味で、二人の知らない世界がそこにあった。
 誰に声をかけるべきか、辺りを見回してみる。マスターと思しき人は忙しそうで、声をかける隙はなさそうだ。あとは話が通じそうもない酔っ払いか、調子の良さそうなウエイトレス。正直なところ、頼りになりそうな人間はいないように見えた。

「どうしよう……誰に声をかければいいのかしら」
「お嬢ちゃん、一杯どう?」

リリアンが酔っ払いに捕まった。腕をぐいと掴まれている。

「わ、私……未成年なので」
「またまたぁ」
「やめろよ、リリアンに触んな」
「ガキは黙ってろ!うるせぇな!」

 テッドが突き飛ばされた。床に尻もちをついたテッドが怒りのあまり、酔っ払いに殴りかかろうとした時。

「やめな」

 カウンターの方から声が聞こえた。体格の良い、赤毛の女性がこちらに歩いてくる。リリアンに絡んだ酔っ払いの襟をぐいと掴むと、あっという間に酒場の外へ放り投げた。

「ジャネル様!お、お許しくだせえ……」
「酒がマズくなる事すんじゃないよ。それにこの娘、本当に未成年みたいだしね。あんたは水でも飲んどきな!」

 酔っ払いはおぼつかない足取りで、慌てて去って行った。

「大丈夫かい?」

 リリアンもテッドも、無言で頷いた。だがこのジャネルという女性も相当に酒臭いように思えた。

「ははは、そうカタくなんなって。ノンアルコールもあるし、奥でも行くか」

 そう言われ、ジャネルは先程までいたカウンターの席に戻る。この人になら話ができるかもしれない。二人は恐る恐る、横に腰掛けた。いつの間にか頼まれたクリームソーダがカウンターに置かれる。

「そんなに警戒しないでおくれよ。アタシはジャネル。アンタ達、見かけない顔だね」

 鋭い指摘に、このジャネルという女性が只者ではなさそうだと感じた。テッドよりもずっと背が高く、その体格に匹敵する程の大きな剣が、隣の席にかけられている。

「わ、私は、リリアン……リリアン・ミンツと申します」
「テッド・バーナードです」

 テッドも緊張しているのか、一瞬声がひっくり返っていた。

「私達、プランタンから来たんです。兄を探して……あの、ディーン・ミンツを知りませんか?」

 リリアンのその言葉に、ジャネルは一瞬目を細めた。結論から言うと、ジャネルも知らなかった。しかし、あまりにも興味を示していたので、いまプランタンに起きていること、兄のやっていること……気づけば、これまでのほとんどの出来事を話していた。それだけ彼女も、真剣に聞いてくれた。

「なるほどな……じゃあ、明日王に謁見してみるかい?」
「王様に!?」
「ああ。ちょっと心当たりがあってね」

 ジャネル。この女性は一体何者なのだろうか。そう思っていると、先程まで忙しくしていたマスターが突然
割って入ってきた。

「お嬢ちゃん達、この人の言う事は聞いておいた方がいいぞ。なんてったってこのジャネル様は、ジェルム騎士団の副団長様なんだからね」
「ふ、副団長!?」
「だからマスター、様はやめとくれよ」

 何者どころか、とんでもない人だった。良い人に出会えたのは紛れもない事実だ。兄が一気に近づいた、そんな気がした。

 その後、ジャネルはジェルムで一番大きな宿屋まで案内し、更にこの宿屋で一番良い部屋を取ってくれた。他の部屋は満室だったからと言っていたが、そんなに混み合っているようにも見えなかった。明日の八時、宿屋のエントランスでジャネルと待ち合わせる約束をして、この日は彼女と別れた。

「なんか、とんでもない展開になっちまったな」
「そうね……まさか王様に謁見だなんて……」

 兄を探しに来ただけなのに、何故か世界の中心にある島にいて、王様に謁見する事になり、その中心の街にある一番大きい宿屋の一番良い部屋にいるなんて、昨日の自分に想像ができただろうか。
 まるでお姫様のような天蓋付きベッド。ガラス張りのジャグジー風呂。食べたことのない食事。まるでお姫様にでもなったような気分だった。一瞬、ほんの一瞬だけ本来の目的を忘れてしまったことを、リリアンは恥じた。
 明日は王様に会う。しっかりしないと、とリリアンはパンパンと頬を叩き、眠りについた。

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