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ジェルム〜宝石の島〜 第13話『黒い長髪の男』

 ジェルムに戻ったが、やはりこの島に大きな変化はみられない。もしかしたら既にクリスタルは奪われているのかもしれないが、人々の様子を見る限り、それはないように思えた。
 城へ向かうと、兵士に止められた。手形と、王に謁見したい旨を伝えると、王はこのところ体調が優れないらしく、謁見はできないと言われてしまった。ジャネルも不在だと言う。
 それではと、改めて酒場でディーンの聞き込みをしてみたが、やはり見かけた人間はいなかった。

「エテの島に行くしかないのか……?」

 テッドの言う通りだった。いくつかの事を諦めたテッド達は宿屋へ向かおうとした時、酒場の入り口の横で何かに躓いた。石……ではなく、人だった。人が倒れているのだ。テッドが躓いた時に足で蹴る形になってしまったせいか、呻き声を上げている。

「す!すいません!大丈夫ですか?」

 慌てて起こすと、顔色も悪く、今にも死んでしまいそうなくらい酷い状態に見えた。病院へ連れて行こうとするが、テッドよりも大きな体格のこの男性は、三人がかりでも持ち上げるのがやっとだった。

「……み、水……ごはん……」

 男性は呟いた。どうやら、ただの空腹らしい。とはいえ、このまま放っておくわけにもいかないので、三人はなんとか酒場へ連れて行き、男性に食事と水を与えた……のだが、なんとこの男、十人分のメニューをペロリと平らげたのだ。

「ぷはー!おかげで助かりました!」

 黒い長髪の男は、テッドよりも年上に見えた。エメラルドグリーンの左目に、右目は前髪で隠されている。首には不思議な色のネックレスをかけていた。剣を携えるその風貌から、恐らく剣士である事が窺える。
 彼の名前はアスカ・ムラクモ。世界を気ままに旅する剣士だと言う。三人もそれぞれ自己紹介をした。兄を探している事と、これからエテの島に行こうと思っていると伝えると、

「奇遇ですね!僕もこれからエテに行こうかと思っていたんです!」

 皆さんにお礼もしたいし、荷物にはならないからと、同行を希望してきた。少々強引ではあったが、只者ではないオーラを放つこのアスカという青年の存在は、これから待ち受けている戦いを前にすると、少し頼もしかった。きっとまた、ザンと出くわすに違いない。
 今日は宿屋で休んで、明日旅立つ事にしようと決めた時、アスカは手を挙げた。

「すみませーん!プリンアラモード一つ追加で!」

 本当にお荷物にならないのだろうか……。


 翌朝。アスカという剣士を仲間に加えた一向は、エテへと出発した。ジェルムの南東にエテへの洞窟がある。

「なんか、既にあちー気が……」

 テッドの言う通りだった。ジェルムは今、春を迎えようとしているのだが、洞窟周辺は明らかに真夏だった。マジカルローブでどんな気候にも耐えられるヴィオラと、長袖にも関わらず涼しい顔をしているアスカ。暑そうにしているのはリリアンとテッドの二人だけだった。
 ヴィオラに涼しくなる魔法をかけてもらい、四人は洞窟へと入っていった。中ではマグマが流れ、ゴポゴポと音を立てている。暑さの正体はこれだ。リリアン達が通る道は少し高くなっており、横を流れ落ちるマグマが下で池を作っている。落ちたら最後だ。モンスターと戦う時も、細心の注意を払う必要があり、普段以上に気力を使った。
 普段よりやや疲れた状態で奥へ行くと、もうお馴染みとなった光の柱が見えてきた。兵士に手形を見せる。ここでふと疑問が。

「アスカはいつ王に謁見したの?」

 リリアンが問うと、アスカは少し困った顔をした。実は旅に出る時に母からもらった物だと言うのだ。そういえば聞いていなかったが、どこの島の出身なのだろうか。

「ジェルムの……貧民街にいたんだ」

 なんとなく、それ以上は聞いたらいけない気がした。だが、アスカは母と二人暮らしで、父を知らない事。母は既に亡くなっており、それを機に旅に出た事。特に探しているわけではないが、どこかで父に出会えればいいなと考えている事を話してくれた。独りで生きるため、もっともっと強くなりたい。そう思って、リリアン達の旅に同行したいと申し出たのだ。

「まあ、結局独りじゃないんだけどね……」

 でもご飯分は働くから、と彼は付け足した。リリアンの見る限りでは、アスカは一人でも十分戦える程に強いと思った。見たことのない形の剣ーー刀というらしいーーを携えて戦う彼の姿は、リリアンにとってとても頼もしいものであったからだ。後日、同行を申し出た理由の一つに本当はただ寂しかっただけ、という可愛らしい理由を聞くことになる。
 そんな会話をしながらだったからか、リリアンの薬のおかげか、テッドはすっかり光の柱に慣れた様子だった。
 どんどん気温が上がっているのがわかる。エテの島は一体どれ程に暑いのだろうか。想像をすると少し怖くなったが、今更そんな事に怯えて進めなくなるような彼女達ではなかった。リリアン達は、確実に成長している。
 そして洞窟を抜けると、少し涼しい風が吹いた。

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