ジェルム〜宝石の島〜 第21話『行かないで』
夢を見た。
プランタンの村の大樹の下で、花吹雪の中、テッドと兄の三人でランチを取っていた。慌ててサンドイッチを頬張り、咽せるテッド。そんな彼を笑いながら兄と見ている。当たり前の日常だったはずなのに、今ではとても遠い昔の事に思えた。
「行かないで……」
はっと目を覚ました。夢の中での呟きか。右手は天井へと伸びていた。目からほろりと熱いものが溢れる。呟きではなく声に出ていたのか、窓のところにいたテッドがこちらへやって来た。
「オレはずっとお前の傍にいるけど……オレの事じゃないもんな」
リリアンの呟きの意味は、テッドにもしっかりと伝わっていた。少し悲しそうな顔をしているようにも見える。目を擦り、滲む世界をクリアにしてみたが、やはりその表情は少し悲しそうだった。
「……平気か?」
わからない。そう答えようとすると、テッドが先にオレもわからないと言った。長い間一緒にいた分、お互いの考えは手に取るようにわかる。
あれから、三人はリリアンを連れてジェルムへと戻り、ジェルムの宿屋へと来たのだった。リリアンは三日程眠っていたらしい。プランタンを出てから、ずっと気を張って頑張ってきたが、あの出来事で張り詰めた糸がぷつりと切れたようで、体の力が入らなかった。
ゆっくり起きあがろうとすると、テッドが支えてくれる。今だけじゃない。プランタンを出た時から、何度も救ってくれた。何度も支えてくれた。もしテッドがいなかったら、途中で諦めていただろう。
「テッド、ごめん……」
「そこはありがとう、だろ?」
テッドはそっとリリアンを抱きしめた。そうする事で、テッド自身も安心した。リリアンは涙が止まらなくなる。今まで我慢していた分、自分がおかしくなるのではないかと思うくらい、泣いた。声を上げて。テッドも、少し背中が震えていた。
「ただの修行の旅が、こんなに壮大になるなんて、ねー」
「僕は偶然が重なった形かな……」
広間では、ヴィオラとアスカが話していた。リリアンとテッドの話を聞かないようにしていたのもあるが、二人きりになったのは初めてだった。なんとなく、どうでも良い話をしていた。
「出会えたのが君達で良かったよ」
「そうなのー?」
偶然の一つかもしれないけれど、そうアスカは付け足した。アスカの旅のルーツは、自分探しであった。左だけの赤い目と、自分の出自について知りたかった。母はもういない。父も死んだと聞いている。リリアン達に同行する事で出会ったザンならば、何か知っているかもしれない。そう考えていた。
「ジュリアンというのは、君のボーイフレンドだったのかい?」
「まっさかー」
魔法の腕という意味で尊敬している事はあったが、エルフとしてはむしろ嫌いだった、リリアンを勝手に婚約者にして、強引に結婚しようとしたと話すと、アスカは驚いた。
「まあ、あの二人もなかなかじれったいからね」
ヴィオラとアスカは、寝室の扉に目をやった。ザンとの決戦を前にして、少し浮かれ気味かもしれないが、そうでもしていないと心を落ち着ける事ができなかった。明日はもしかしたら、死ぬかもしれない。何が起こるかわからない、その前に、各々は少しの休息を取った。
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