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ジェルム〜宝石の島〜 第2話『一通の手紙』

 翌朝。

「ふわぁ…よく寝た…わけないわ。三時間だもの。」

 あれから帰宅後に夕食を食べて、なんやかやで床についたのは三時頃だった。店を休むわけにもいかないので、いつも通りに起床して、いつも通りに支度をして、いつも通りに店舗のある部屋へ行くと、そこには既に人影があった。テッドだ。

「あれ?おはよう。テッドってば、こんな早くにどうしたの?」

 テッドと呼ばれたその少年は、紺色の短髪が印象的だった。家はこの村で鍛冶屋を営んでいる。彼自身手先がとても器用であり、身につけているアクセサリーも、彼のお手製によるものだった。
 テッド自身はリリアンよりひとつ歳上ではあるが、気の強いリリアンの尻に完全に敷かれていた。そんなテッドだが、気づいていないのか呼ばれてもこちらを見なかった。

「ねえ、テッドってば。どうしたの?」
「あ、ああ、リリアンか。おはよう」
「何?ちょっと変じゃない?」
「ディーンさんに…。」
「兄さんがどうかしたの?」

 テッドは暫く黙っていた。リリアンが改めて聞くと、はっと我に返ったようだった。

「これをお前にって預かって…なんか、様子が変でさ…。」
「様子が?」

 そう言って、一通の手紙を渡された。手紙には「親愛なる妹、リリアンへ」と書いてある。あのひょうきんな兄からは想像もつかないくらい、真面目な言葉遣いだった。心臓が、ドクンと強く脈打ったのを感じる。恐る恐る、手紙を開いてみた。

 親愛なる妹、リリアンへ。
 俺はついに、研究の成果が出せそうだ。
 でもここじゃ意味がない。
 これから、最後のステップを果たすためにこの街を出るが、恐らく二度と帰らないと思う。
 リリアン。突然一人にしてごめんな。
 お前にはテッドがいるから、二人で仲良く過ごして欲しい。
 俺のこと、恨んでくれて構わない。
 二人で暮らしてきた十二年、楽しかったよ。
 テッドにもよろしく伝えて欲しい。
 どうか、元気で。
                 ディーン

「何これ…こんなのどうして受け取ったのよ!?」
「オレだって中身知らないし、一方的に渡されたんだから仕方ないだろ!」
「何よ…『元気で』って…」

 あまりにも突然すぎて、涙も出なかった。両親が亡くなって十二年の月日を、たった一通の紙切れで終わらせられてしまったことが悲しかったわけじゃない。どうして共に連れて行ってくれなかったのか。どうして、研究の「成果」を一緒に見せてくれなかったのか。

「…追わないのか?」
「え?」

 テッドが呟いた。そしてリリアンの肩に触れて、もう一度同じ言葉を叫んだ。

「追いかけるなら今しかないぞ?もう会えないかもしれないんだぞ?取り返しのつかない事態になっちまうかもしれない…オレはそんなの嫌だ。だから、行こうぜ!?」
「テッド……」

 テッドにとっても、ディーンは兄のような存在だった。リリアンが行かないのなら、一人でも行くつもりだったのだろう。

「…お店」
「店なんて誰かに…。」
「しばらく、お休みにしないとね。」

 そう言うと、リリアンは紙に『しばらくの間、休みます。店主』と書き、お店の扉に貼りつけた。

「ありがとう、テッド。テッドに背中を押してもらえるなんて、想像もつかなかった。」
「意外みたいなこと言うなよ」
「だって意外だもの」
「……」

 薬草と事典、調合道具を入れた鞄を肩にかける。白衣の内側には、応急処置用の薬剤を入れた試験管をしのばせ、昨日お世話になったばかりの弓と矢筒を持った。
 栗色の髪を結び直し、母の形見である花柄のシュシュで束ねた。リリアンが準備万端で家を出ると、そこには同じく準備をしていたテッドがいた。

「テッド?」
「オレも一緒に行く。ディーンさんの真意が知りたい。」

 口にこそ出さなかったものの、正直、心強かった。村と研究室以外の世界をほとんど知らないリリアンにとって、一人旅というのはやや不安だった。だからこそ小心者の兄が一人で村を離れたということが理解できなかった。それ程の『成果』とは一体何なのだろう。

「……ありがと。」
「ん?」
「ううん、何でもない。さ、行きましょう!」

 兄を探す旅。この旅が、この先思いもよらぬ出来事を引き起こすとは、この時のリリアンにもテッドにも、全く想像がつかなかった。

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