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ジェルム〜宝石の島〜 第1話『ある夜』

 今にも泣きそうな空だった。時計は二十三時五十分。まもなく日を跨ごうとしている。

「ーー遅いっ!」

白衣を翻しながら叫んだ少女は、リリアン・ミンツ。栗色の髪の毛を、頭の高い位置で束ねたポニーテールが特徴で、十七歳という若さで薬剤師をしている。
 時計の下で行ったり来たりを繰り返す。日付が変わっても返ってこない日は、これで一週間連続だった。以前は遅くても二十二時には返ってきていたのだが、この一週間はこの時間になっても帰ってこない事が多々あった。

 彼女が待つのは、唯一の肉親である兄のディーン・ミンツ。このプランタンの村で薬屋を営んでいる二人だったが、最近は「研究」と称して兄は一日中不在であり、店先に出ているのは妹のリリアンだけである。そして厄介なのは、ディーンが研究所として使用している場所が街の外にあるということ。決して遠くはないのだが、一度夢中になるとなかなか帰ってこない。過去には空腹で倒れていたなんてこともあった。正直なところ暗いのは苦手ではあるが、仕方なく出かける準備をはじめた。


 街を出て、南へ十分程。なんて微妙な場所にそんなものを作ったのか…と思ったが、ちょうど良い静けさに、ちょうど良い大きさ。そんな洞窟がある。さすがに作ったわけではないらしい。最も、非力な兄にそんな力仕事ができるとも思ってはいない。だからといって、リリアンには全く共感のできるものではなかった。
 カサッ。
 何かの音がした。動物だろうか。怖い。頼りないとはいえ、幼馴染のテッドに同行を頼むべきだったか。何かのための護身用に父の形見である弓矢を持ってきてはいるが、うまく扱える自信はない。すると、小さなウサギが飛び出してきた。

「ウサギか…。」

 ホッとした。しかし、この島では当然のことでもあった。リリアン達の住む、プランタンの島では「モンスター」というものは生息していない。大型の生物もほとんどおらず、食用として飼育されているウシなども街の外では見かけないため、出てくるにしてもウサギかキツネだろう。わかってはいるが、ただでさえ苦手な暗がりでは、どうしても驚いてしまうものだ。

 そんなことを考えているうちに、洞窟の入り口へ到着した。ご丁寧に「ディーンの研究室」なんて看板が立てられている。看板に軽く手刀を切って、リリアンは中へ入っていった。道中、いくつかの分かれ道があるが「ディーンの研究室」までの道のりはとうに覚えてしまった。そして、その研究室まであと少し…その時だった。
 ドスン。
 地震だろうか。とても短い揺れと、聞いたことのない、重たい音がした。目の前が急に暗くなる。左手にある松明は変わらず炎を揺らしている。松明を掲げると、暗がりの正体は「影」である事がわかった。背後に、何か大きなものがいる。ゆっくりと振り返ると、本でしか見たことのないものが、リリアンの前に立っていた。

「お、オーガ…モンスター!?」

 そう、何年も前に何かの御伽噺で読んだオーガそのものだった。人間を何倍にも大きくしたような巨大なモンスター。あまりの大きさと怖さに、足が竦む。しかし、ここで自分が逃げてしまったら、この奥にいる兄が危ない。そう考えていたら、自然と背中の矢筒に手をかけていた。

「弓矢なんて小さな動物でしか使ったことないけれど…大きな獲物を狙うって考えれば…大丈夫…よね…?」

 自信は全くなかった。矢を構える手が震える。しかし次の瞬間、オーガの腕がリリアンめがけて振り下ろされた。間一髪、その攻撃を避けて矢を一本放つ。矢は足に刺さり、オーガは体勢を崩した。チャンスと思い、頭めがけて数本の矢を放った。全ての矢が頭に刺さると、オーガはその場に崩れ落ちた。

「はあ、はあ…た、倒したのかしら…?」

 倒れたオーガに近寄り、お腹を矢でツンツンと突いてみる。反応はなく、とりあえず気絶はしているようだった。一安心して、思わず腰を下ろす。が、最優先事項を思い出すと、すぐに立ち上がった。

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