ジェルム〜宝石の島〜 第6話『エルフ族の少女』
ジャネルいわく帰り道は寄り道はせずに一番近い道で戻ったのだが、それでも聞いた通り、十分近くかかった。一体この城はどれ程広いのだろうか。リリアンは一度真上から眺めてみたいと思った。
「悪いね、本当はアタシも一緒に行きたいんだけど」
「いえ、こんなに良くしていただいて……」
「いやさ、兄ちゃんの事は知ってたんだけど、手形持ってなさそうに見えたからさ……でも、プランタンからどうやって来たんだい?ウチの兵士がいたと思うんだけど」
リリアンもテッドも首を傾げた。兵士はおろか、人っ子一人いなかった。いたのはゴブリンやスライム、大きなクモだけだったと。それを聞くと、さすがのジャネルも顔色を変えた。
「……じゃあ、私達行きますね」
「ああ。くれぐれも気をつけて。何かあったら、いつでも頼ってくれよ」
「ありがとうございます!それじゃあ!」
リリアンとテッドが手を振ると、ジャネルもそれに応えた。一緒に旅をしてみたいという気持ちもあったが、出会えただけでも感謝しなくては、とリリアンは思った。
「……さてと。調べなくちゃいけないことがあるみたいだな」
そう言うと、ジャネルはまた城の中へ戻っていった。
時刻はちょうど正午頃。ジェルムでもう一泊しても良かったが、気持ちは既にイヴェールへと向いていたので、すぐに旅立つことにした。武器屋、防具屋などで旅の支度をして、城下街の中心である商業区の噴水広場へ戻ってきた時だった。噴水前に人だかりができている。
「やだー!話してくださいーーー!」
甲高い声が響く。人混みをかき分けて見ると、どうやら一人の少女に酔っ払いが絡んでいるようだった。昨日といい、この街の治安はどうなっているのだろうか。と思いよく見ると、昨日リリアンに絡んだ男と同一人物だった。懲りない男だ。助けに入ろうか悩んでいると、男はリリアンを見つけてこっちへやってきた。
「お!昨日の嬢ちゃんじゃねえか。なあ、三人で楽しいことしようぜ」
「テメ……!」
テッドがリリアンと男の間に割って入る。今にも殴りかかりそうなテッドに、それはダメと必死に目で伝える。それと同時に、少女が何か呟いているのにリリアンは気付いた。
「……ウォーターフォール!!」
「きゃ……!」
少女が叫ぶと、男とテッドの頭上に大きなバケツが現れて、大量の水が滝のように流れた。思いきりかぶってしまった男とテッドは、どちらも気を失ってしまった。テッドの耳には、自分の名前を叫ぶリリアンの声がどんどん遠ざかっていくのがわかった。
テッドが目を覚ましたのは、ジェルムの宿屋だった。昨日と同じ部屋を、またジャネルが取ってくれていたらしい。起き上がると、その音に気付いたのが、リリアンがこちらを向いた。
「テッド!大……丈夫?」
何故かリリアンは顔を手で覆った。それもそのはず。テッドは下着一枚だった。
「うお!わ、悪い!」
「いいの。その……助けてくれて、ありがとう」
背を向けて、リリアンは言った。服は暖炉の前にかけてあって、もう乾いているだろうと。リリアンの話では、あの後警備隊がやってきて、男を連行していったらしい。話を聞きながら着替えたテッドは、少女の様子が気にかかっていた。
「今、あたしのこと気にしてたでしょーーー?」
甲高い声が聞こえた。辺りを見回すと、ソファの上に少女が座っていた。
ピンク色の髪のツインテールが特徴的な、ローブを着た少女。
「君まで巻き込んじゃって、ごめんねー。あたしまだ見習いだから、魔法のコントロールがうまくできないことがあってー」
魔法……存在するとは聞いていたものの、目にしたのは初めてだった。あの時、頭上に現れたバケツからなみなみと注がれていた水がバケツごとひっくり返ってきた……ところで気を失ったのをテッドは思い出した。
「あたし、ヴィオラっていうのー。君たちはー?」
この語尾を伸ばす、声と共に独特の話し方をする少女はヴィオラ。エルフという種族で、リリアン達と同じ人間ではないらしい。魔法のことは知っていたが、エルフという種族については、おとぎ話でしか見たことはなかった。
「私はリリアン。リリアン・ミンツよ」
「テッド。テッド・バーナードだ」
自己紹介を済ませると、ソファから立ち上がったヴィオラは、テッドの足をポンポンと叩いた。
「キミ。犬みたいでかわいいねー」
「や、やめろよ!何すんだ!」
「ふふふ、可愛い可愛いー」
少し恥ずかしがっているテッドに、驚愕の事実が告げられる。ヴィオラは今二百三十八歳で、人間の年齢に換算すると二十三歳くらいだという。あたしが一番年上ねーというヴィオラに、年齢でマウンティングを取るのは少し幼いのでは……と、リリアンは言葉を飲み込んだ。
「あっでも、敬語は使わなくていいからねー」
「はあ……」
この独特のテンション、少し苦手かも……と思いつつ、二人は彼女に今までのいきさつを話した。するとヴィオラは目をキラキラさせて、二人の旅に同行したい、いやすると言い出した。戦力が増えるのは純粋に嬉しいが、関係ない人を巻き込むわけにはいかないとリリアンは返す。すると、正式に魔術師として認められたいため、修行をしたいと言われ、返す言葉がなかった。
「うーん……利害関係が一致した、ということでいいのかしら」
「そ、そうだな……」
テッドとヴィオラは頷いた。
気付けば午後六時。旅立ちは明日にして、三人は親睦を深めた。
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