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ジェルム〜宝石の島〜 第3話『春の終わり』

 プランタンにはモンスターが棲息しない。……はずだったのだが、ディーンがプランタンを去ったこの日から、本でしか見たことのなかった「異形の生物(モンスター)」を見かけるようになった。
 どろどろとした液体のような物体-スライムという-に、昨晩遭遇したオーガをもっと小さくしたような生物。これは確か、ゴブリンといったはずだ。モンスターが出ないはずの島に、こんなにもモンスターがいるなんて、何かがおかしい。ディーンがいなくなった事とこの島の変化には、きっと何か繋がりがあるに違いない。そう考えているうちに、二人は村の東側にある洞窟へ辿り着いた。

 プランタンには、いわゆる『四季』が存在しない。四つの季節でいう『春』だけしかない島なのだ。そのため、ジェルムへと向かうこの洞窟を、プランタンに住む者は「春の終わり」と呼んでいた。もっとも、この洞窟を使うのはジェルムからやってくる旅の商人くらいなのだが。
 洞窟では、地上よりも様々な種類のモンスターに遭遇した。リリアンとテッドは、時にモンスターと戦い、時に休息を取りながら洞窟を進んでいった。やがて、光の柱のようなものが二人の前に現れた。

「ここが、ジェルムと繋がっている所……」
「眩しくて何も見えねーな」
「ここに入ればいいのかしら?」

 プランタンの島から出たことのない二人にとって、初めての『ワープ』というものだった。どんなものなのか、全くわからない。柱の向こうは土壁。天井も土。周囲を土に覆われた部屋から、一体どうやって『ワープ』するのだろうか。どんな感覚がするのだろうか。ジェルムについては、本で読んだことはあるが、本当にその通りの世界なのだろうか。
 たくさんの疑問が一度に押し寄せてきて、思わず足が竦んだ。そんなリリアンの手を、テッドがそっと握る。

「大丈夫。一緒に行こう」

 こんなに頼りがいのあるテッドもまた、初めて見た。小さい頃は虫が苦手で、いつもリリアンの後ろで泣いていたテッドが、今はリリアンの前にいる。初めてばかりなのはテッドだって同じだ。自分の手を握る手は、少し震えているようにも思えた。
 せーの、の掛け声で二人は光の柱にはいった。眩しくて思わず目を閉じる。そして次の瞬間、ふわりと身体が浮くような感覚がした。

 浮遊感がおさまると、ずしりと重力を感じた。そして目を開いて一歩前に出てみると、光の柱は背後に、目の前にはまた道が続いていた。

「ワープ……したのよね?」
「たぶんな……オレ、ちょっと酔ったわ」

 やはりテッドはテッドのままだった。一瞬でもときめいた自分が恥ずかしくなった。
 それにしても、おかしい。この道中、誰ともすれ違っていないのだ。プランタンとジェルムを結んでいるのはこの洞窟だけのはずなのに、旅の商人すら通らない。薬を調合しながら、リリアンは疑問に思っていた。

「リリアン、光だ!」

 テッドが前を指さした。前には光……恐らく、出口がある。あの先にジェルムが、兄がいる。胸を躍らせながら一歩を踏み出したその時、目の前に突然、巨大な蜘蛛が現れた。

「今度は蜘蛛!?」
「マジかよ……オレ、蜘蛛だけは苦手なんだよな……」

 正直なところ、蜘蛛はリリアンも得意ではなかったが、そんな事も言っていられない。蜘蛛はいきなり口から糸を吐いてきた。間一髪で避けた二人だが、その糸が絡みついた草はあっという間に溶けてしまった。蒸気を見て、背筋が凍る。ただ、この蜘蛛が目の前に立ち塞がっている限り、二人に「逃げる」という選択肢は無かった。

「テッド……少し調合する時間、もらえる?」
「OK。自信ねーけど、やってみるわ」

 二人は左右に散った。蜘蛛は一瞬迷うと、リリアンの方に行こうとしたが、その単眼に石が投げつけられた。

「鬼さんこーちら!蜘蛛だけどな!」

 自分を鼓舞したつもりか、はたまた本当に余裕があるのか、テッドは持ち前の素早さで蜘蛛を翻弄する。蜘蛛は大きさが仇となり、なかなか思うように動けない。テッドはその隙を見逃さず、蜘蛛の身体に次々と傷をつけていく。怒りに震えたのか、蜘蛛はじたばたと八本の足を動かし、その一本がテッドの腹を殴りつけた。同時にリリアンが立ち上がる。

「ってぇ……」
「おまたせ!後で傷薬も調合するね。ありがと、テッド!」

 そう言うとリリアンは調合した薬に鏃を漬ける。その矢を一本、また一本と蜘蛛に打ち付けていく。蜘蛛が暴れても、その足はリリアンに届かなかった。糸を避けながら、確実に矢を放つリリアン。そして五本目が蜘蛛の目を刺した時、突然蜘蛛の体は炎に包まれた。

「うお、なんだ!?」
「発火剤を調合して、それを矢に塗ってみたの」
「なるほどな……じゃねーよ、危うくオレも燃えるとこだったぜ」

 テッドにはいまいちよくわからなかったが、この戦闘が終わりを告げるのだけはわかった。火が完全に消失すると、二人の目の前には再び出口の光が見えた。

「さ、行こう!ジェルムへ!」

 二人はやや駆け足で、出口は向かって行った。

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