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ジェルム〜宝石の島〜 第10話『氷の塔』

 教会を出るとすぐに氷の塔へ向かおうとするテッドだったが、それを引き止める者がいた。ヴィオラだ。何故かと問いかけると、今まで見たことのない真剣な表情で二人を見た。

「ジュリアンは……"天才"なの」

ヴィオラがエルフの里にいた頃、ジュリアンとは魔法学校で"同期"であったと告白した。その同期、いや、もしかしたら学校全体でもいちばんの成績だったくらいだと。その上性格は非常にワガママで、何でも自分の思い通りにならないと気が済まないところがあるという。そんなジュリアンと戦うには、いくら三人いるとはいえ、少し強くなる必要があるのではというのが、ヴィオラの考えだった。
 しかし、テッドは急がないとリリアンの身に何が起こるかわからないと反論した。ヴィオラは、ジュリアンは自分の才能や知識をひけらかすのが好きな性格であるため、恐らくではあるが、自分達が行くまで待っているだろうと、彼を諭した。ザンも、旧知の仲であるヴィオラの言うことはきっと正しいのではと、彼女に同調した。ヴィオラを信じることにしたテッドは、出発を翌日へ変更し、その日は街の周辺でひたすらモンスターを狩った。
 そして翌る日。前日の修行で手応えを得た三人は、氷の塔を目指して出発した。シスターの話では、ジェミニロードの宝箱のあった部屋の後ろにあった滝がなくなり、奥へ進む道ができているだろう、ということだ。

「あ……」

 ジェミニロードの目の前に差し掛かった時、三人は思わず立ち止まった。霧がかかってはいるが、北東の方向に、一昨日まではなかった、縦に伸びる何かが見える。恐らくあれこそが氷の塔だろう。ジェミニロードに入ると、以前ザンが置いていったガラス玉を頼りに進んで行き、あっという間に宝箱の部屋へと辿り着いた。

「本当だ。滝がなくなっていますね」

 ザンの言う通りだった。そして宝箱の奥には、滝が隠していたであろう扉が見える。三人は頷き合うと、扉を開いた。するとまたしても、左側、正面、右側に扉が現れる。ガラス玉を置きながら、時に戦いながら、時に行き止まりに当たりながら。三人はがむしゃらに進んでいった。そして、ある部屋の扉を開くと、上り階段が続く部屋へ出た。階段を上り扉を開くと、冷たい風が頬を叩いた。外だ。辺りを見回すと、北の方向に先程よりもはっきりと塔が見える。
 塔の前まで行くと、ヴィオラが再度ここでの休息を提案した。ジェミニロードで消耗した体力を回復しようと言うのだ。今回はテッドも反対しなかった。
 そして翌朝、テントをしまうと、テッド達は塔の中へ足を踏み入れた。氷の塔という名前こそついているものの、全てが氷でできているわけではなく、別段寒いということはなかった。気温は外とほとんど変わらない。氷というよりも、クリスタルのように思えた。

 モンスターを倒しながら着実に上の階へと進んでいく。十階くらいだろうか。階段を登ると、たくさんの花と共に"ジュリアン様とリリアンちゃんの結婚式会場"という張り紙のされた扉の前に着いた。

「あの野郎……っざけんなよ!」

 テッドは張り紙を剥がし、ビリビリに破いて投げ捨てた。

「なあ、ヴィオラ。オレは無茶苦茶腹が立っているんだが、同期って奴を可能な限り懲らしめたい。いいか?」

 こんな時にでも相手に対して気を遣おうとしていることにヴィオラは驚いたが、すぐに頷いた。ヴィオラ自身、ジュリアンと戦ってみたいという思いがあった。自分は成績が良くなかったため、常に主席であったジュリアンとは手合わせする事すらかなわなかったらしい。今回、自分自身も少し成長を感じているヴィオラは、二人がいれば互角に戦えるかもしれないと思っていた。

「じゃあ、行くぞ」

 扉を開くと、パイプオルガンの音が耳に入った。耳をつんざくような音量だった。ジュリアンが会場の奥にあるパイプオルガンで結婚式の定番曲を弾いているのだ。その手前には、ウエディングドレスのような、白いドレスを着せられたリリアンが倒れている。
「なぁーんだ。もーちょい時間がかかると思ったんだけどなー」
 パイプオルガンの音が止むと、ジュリアンは立ち上がって振り返る。彼もまた、白いタキシード姿であった。ブチ切れそうなテッドを静止するかのように、ヴィオラが前に出る。
「なんだよ、ドベのお前がオレとやるってかー?」
「やってみないとわからないわ!」
「いい度胸じゃん、かかってこいよー!」
 そう言うと、ジュリアンは消えた。探す間もなく、ヴィオラの真横に現れ、彼女に雷の球を喰らわせた。テッドにもそれを放ったが、彼は持ち前の素早さでなんとか回避できた。その間に、ザンが黒い球を放ちジュリアンに一撃を与える。
「ってえ!なんだテメ……」
 ジュリアンが顔を上げると、彼は動かなくなった。動けなくなった、が正しいのかもしれない。必死の思いで雷の球を放つと、彼の仮面が吹っ飛んだ。血のような赤い瞳が、ジュリアンを見下ろしていた。
「……許さん……」
「おま……魔……!?」
 ジュリアンが答えるより先に、ジュリアンの体はバラバラに引き裂かれた。ヴィオラもテッドも、思わず息を飲んだ。今までのザンとは違う、別人がそこにいるようだった。暗黒の剣を振り下ろすと、ヴィオラに手を差し伸べる。ヴィオラが思わず瞬きをすると、そこにいたのはエメラルドグリーンの瞳のザンだった。
「すみません。怒ると別人になってしまうようで……」
 そんな一言で片付けて良いレベルではないのだが、今はそれを問い詰めるより先にやるべきことがある。リリアンに駆け寄る。魔法が解けて、いつもの服装に戻っているリリアンを抱きしめる。名前を呼ぶと、彼女は目を開けた。
「よかった……無事で……」
「ちょ、ちょっとテッド!恥ずかしいよ!」
 ぎゅっと強く抱きしめるテッドに、最初こそバタバタと暴れたものの、助けに来てくれた嬉しさと、独りの怖さ等を思い出し、テッドの体に手を添えた。ヴィオラが熱いわねーと言うと、二人は急に恥ずかしくなり、ぱっと離れた。そんなリリアンの手には、青い石が握りしめられていた。
「この石は?」
 ジュリアンがこれで結婚指輪を作ろうとしていたらしい、とリリアンが言うと、突然二人の前に刃が突きつけられた。暗黒の刃、ザンだった。
「それを渡してください」
「ザン、さん……?」
 リリアンにとっては何故彼がここにいるのかはわからなかったが、以前会った時とはまるで別人に見えた。優しそうな声の奥に、怖さすら覚える。この石が何かはわからなかったが、リリアンにとって必要な物ではなかったため、ザンに手渡した。それが正しかったのかは、この時はまだわからなかった。
「ありがとう、リリアンさん」
 そう言うと、三人は次々と意識を失った。一瞬、血のような赤い瞳が光ったのを、リリアンは薄らと覚えていた。

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