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DEad stoQ

フラスコの中でゴポ、ゴポ、と音を立てながら、ロートへと遡っていく熱水。

移動要塞空母ピタゴラスの一室、龍素王Q.E.D.の為に誂られたラボの中。
彼女の相棒であるメタルアベンジャーは、Q.E.D.が黒黒とした粉と共に静寂をかき混ぜる姿をじっと眺めていた。

今や水文明の王であり、指揮官でもあるQ.E.D.の、"龍素力学の研究者"としての癖を知っている者は、この艦隊内にももう少なくなってしまった事だろう。
そんな事を思う。

アルコールランプとコーヒーの匂いを漂わせて、ロートの中身を攪拌する背中はあの頃のままだ。

そう、あの頃。

今から戦おうとしているのは、彼女が未だ一介の研究者であった頃。常にその傍らに居た、彼女に比肩するほどの頭脳を持つ男。
作戦には万全を期した。技術は完璧を目指した。それでも未だ消えない懸念、そして不安。

それは、彼の頭脳を知っているから?それとも、この期に及んでも未だ、一度道を同じにしながら、非道に堕ちた彼の考えが不透明なままであるから?

或いは、道を分ったあの時、その手を取っていれば、何かが変わっていたのか──────

メタルアベンジャーは、Q.E.D.の後ろ姿から、彼女自身にも証明のできない感情の一端を、薄々ながら感じ取っていた。

フっと吹き消されたランプの炎。再び為す術なくフラスコへ滑り落ちる、真黒い液体。
それはもう戻らない熱情の火。覆された水。

Q.E.D.はデスクの上、2つ並んだマグカップの1つに、フラスコを傾けた。

「メタルアベンジャー、貴方も要りますか?」

差し出されたもう1つのマグカップ。そこには「−∇p+μ∇2v+ρf」という文字が刻まれている。
メタルアベンジャーは、それがQ.E.D.の持つマグカップに刻まれた数式と方程式を成す数式である事を知っていた。
即ち、Q.E.D.と対になるこのマグカップの、『元の持ち主が誰であったか』も。

彼はデスクの上に鎮座するサイフォンを再び眺めた。
Q.E.D.は確かに身体の周辺に液体を必要とする性質を持つ。しかし、それは何もコーヒーである必要はない。今やホログラムとなった体に、カフェインは不要なのだから。
それなのに、埃を被ったサイフォンを持ち出してまで、コーヒーをドリップする。それは完璧を標榜する彼女がやる事にしては、何処までも不合理で、まるで何かを"模倣している"ようにさえ見えた。
メタルアベンジャーは瞑目する。

「なぁ、Q.E.D.─────」

メタルアベンジャーは……らしくもなく、言葉に迷った。
旧知との決戦を目前にして、迷いの中にある相棒に対して、どのような言葉を掛ける事が正しいのか、決め兼ねていた。
だが────Q.E.D.が抱える物を共に背負うという意思と、そこに紛れるほんの少しの嫉妬が、この言葉を選ばせた。

「────今度こそ、"ワシら"で勝つぞ」

その言葉を聞いたQ.E.D.は───────
大きく目を開くと少しだけ笑みを浮かべ、いつもの様に胸を張った。

「──────当然ですとも!"私たち"は完璧なので!

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