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ストレンジ・アトラクター


『─────我らは失敗した
超獣世界の奪還。それは我らの悲願。その為の、我らの神への回帰。
それを果たせなかったのは、あの小癪な月の入れ知恵と、太陽の化身……あの龍の変数が事象に与える影響を読み切る事が出来なかったからだ。
ならば。
お前はこの未来を変えろ。
非効率でいい。
未知数でいい。
不確定でいい。

その暴力的な力こそが我らの原初(オリジン)であった。我らは永き時を生きて、その事を忘れていた。だからこそ、その力は……奴らに味方した。
お前はくれぐれも忘れるな。過程でいくら失敗してもいい。だが、その度に必ず生き延び、我らの「破滅」という結末を枉げろ。
それがお前が背負う、"同胞全ての願い"だ──────』

「~~~~~~♪♪♪」
人の営みを軽蔑するかの如く、静寂を守り続ける海底の研究所。その最奥地。
歌声によって静寂を切り裂くその少女は、分かり切った結果を示す青白いモニターの前で、もう一度深くため息を吐いた。

「また失敗。─────まぁ、こういう事もある」

「"そういう事しかない"、の間違いじゃあないか?」

実験に集中し過ぎたか。
気が付くと背後には、この海底研究所の主が立っていた。
機械の巨躯に身を守られた電脳生命体。自身の事を「ジ・アンサー」と名乗るその人物が、少女にとって並行世界における"同胞"である事はもはや明白であったが、だからといって気が合う相手という訳ではない。
サイバーロード。その名の通り、「電脳の王族」を標榜する彼らの本心は一つ。
「最も優れた頭脳を持つのは自分自身」。
同胞であっても馴れ合わない自負心と、しかして目的の為なら反目する相手とも協力を厭わないしたたかさを併せ持つ事が、彼らの種族的特徴であった。

「皮肉を言うくらいなら、貴方もアイディアを出してくれないかしら?共同研究者さん」

「ワタシに拾ってもらった恩があるのはキサマの方だろう?
"貸し一つにつき、返さなければならないものは二つ"。有名な商人の言葉だ。
元本だけではダメだ。利息を払わない限り、キサマの要求に答える事はできないな」

「ふぅん。貴方もこの研究所、誰かの持ち物だったモノを借りているようだけど」

「ハッ!廃棄された資源に所有権などないさ。それに、ワタシのような天才に有効活用されるんだ。元の持ち主だって喜んでいるだろうよ」

あの時と同じように、相変わらず自己擁護が上手い男だ、と少女は思った。

"
オリジンが敗走し、その頭領たるキリコが死を迎える直前。
最後の力を振り絞り、並行世界を含めた全ての世界線における、「オリジンの生存する未来の可能性」を演算したキリコは、自身のスペアボディを異世界へと送り込んだ。
そして、異世界の海底を彷徨う"彼女"を偶然見つけたのが、この男だった。

「真の天才にも見通せない事はあるか─────して、キサマは何者だ?」

「……私は……キリ……」

そこまで口にした彼女は、「オリジンの神に傅く巫女・キリコ」という存在は既に己の中で死した事に気付いた。
ここに居るのは旧世界の支配者たるキリコではない。
時の流れに敗北し、なおも"可能性"という魔性に追いすがるだけの、一介のオリジンに過ぎない。

ならば、今はこう名乗ろう。

「……私は──────キリエ。散っていった同胞を悼み、主に憐れみを求める者」
"

「あれから研究の進み自体は良い。キサマからデータを貰った"アーク"とやらも、侵略ウイルスの設計に役立った」

満足げに言う男の姿をチラと見てから、キリエは目の前のモニターに視線を戻した。

「あら、そう。なら良かったじゃない。で?皮肉と自慢を言う為にここまで来た訳?天才っていうのも案外暇なのね」

「まさか。天才の一秒は凡人の一生さ。だから時間を無駄にしない為に、単刀直入に言うが─────キサマ、まだワタシに隠している事があるな?」

モニターを操作するキリエの手が止まった。

「ワタシの知る限り、ここの設備を貸してやってから、一度としてキサマの"実験"が成功した事はない。
その実験の内容と、キサマの話した"この世界に辿り着いた経緯"から察するに、キサマの"本体"が行使した力をキサマ自身は『持っていない』、あるいは『使えない』状況にあると考えられる」

機械の体がニヤ、と口角を上げる。これこそ男の言う"無駄"な機能だろう、とキリエは思った。

「言った通り、時間の無駄は避けるべきだ。キサマの時間も、他でもない天才のワタシの時間もな。
────ところで、キサマの話にはもう一つ気になる点があった。
「あらゆる世界線の、未来の可能性を観測する力」………キサマの"本体"が持っているそれは、ワタシの計画に必要なピースになり得る」

そう言うと、男は懐からあるモノを取り出した。

「さぁ、利息の取り立ての時間だ。
キサマの力をワタシの頭脳で取り戻してやる。代わりに、"観測した未来の可能性"をワタシに見せろ」

その手にあったのは──────チョーカーだった。

「これは特殊な技術を施した拡声器だ。キサマの力が『歌』に依存している事など、少し観察していれば分かる。
─────この遺跡を遺した者たちは、その『歌』についても研究していたらしいな。
まぁ、天才であるワタシにとっては、その研究を応用する事など造作もない事だがね」

「……信用できるかは怪しい所ね」

とはいえ、この世界に漂う異質な大気の影響か、神歌の力が十二分に行使できず、実験が手づまりであった事は事実だった。
(試さなければ、変わらない──────)
少女は機械の腕から恐る恐るチョーカーを受け取ると、意を決して自分の首元にはめた。

「~~~~~~♪♪♪」

キリエの歌に反応して、モニターに表示される数値は急激に変化を見せる。
その数値は、『異常』───────否、キリエの判断基準にとっては、求めるべき『未知』へ到達した事を意味していた。

「成功……」

生命体、そしてオリジンの未来を新たなフェーズへと導く混沌(カオス)。チョーカーを介した彼女の歌声は、非線形性の未来を生み出していた。

キリエの気が抜けた途端、ラボの室内に拍手の音が鳴り響く。

「結構結構。やはりワタシは真の天才だな」

「……普通、私に労いの言葉を掛ける所じゃないのかしら」

息を切らしながら、呆れた顔でキリエが問うと、機械仕掛けの男はキョトンとした表情のままこう返す。

「ワタシの頭脳によって解決した問題なのだから、ワタシが天才である証明でしかないだろう。
それに、外的阻害要因さえ片付けばキサマがこの程度の事をやってのけるのは当然だろう?労うような事は何もなかった筈だが」

(……この男、たまにこういう事をサラッと言うのが質が悪いわね)

無論、自分の頭脳に圧倒的な自信があるからこその発言なのだろうが──────時折、ひどく無邪気な信用を感じさせる言葉を放つのが、この男の癖であるようだった。

「さて、今度はワタシの番だ。キサマの見た未来を教えろ。
そうだな─────この研究所の倉庫に眠る轟速の侵略者……あれを倒せるくらいの敵が欲しい」

「はぁ……?」

キリエは困惑する。
この男が超獣世界への侵略と支配を企図している事は聞いていた。実際の所、故郷でないこの世界がどうなろうとキリエにとっては興味のない事だったが。
だが、その侵略を妨害しかねない敵をわざわざ欲しているとは、彼女には全く理解の及ばない事だ。
語った言葉の他に、何か隠された意図があるというのだろうか。
少女は訝しみながらも、チョーカーの義理を果たす為に、未来の可能性を観測する事にした──────

"
そこに映るのは、オリジンより遠き「過去」の可能性を持つ存在。
そこに映るのは、いつまでも追いつけない「未来」の可能性を持つ存在。
そこに映るのは、定められた敗北を革命する「現在」の存在。
男の手で侵略ウイルスがばらまかれ、夥しい数の侵略者によって支配され尽くされんとする大陸が、彼らの力によって浄化される姿を、キリエは目撃した。
そして、未来視の最後に───────異形の存在に槍を突き立てられた機械の体躯が、あえなく地に崩れ落ちる姿を見た。
"

観測した未来は、あくまで可能性。
観測しただけでは、実際にその通りの未来を辿るとは限らない。
ただし、観た未来を誰かに話す事で、観測した世界線に事象(イベント)の軸が固定されてしまうというリスクもまた孕んでいる。

故にキリエは────────

「─────視えたわ。あなたの望むものが」

未来視で視た、男の末路を伝える事を憚った。

***

「~~~♪……」
男が去った海底研究所の内部。キリエは1人、神歌を口ずさんだ。
彼女の胸に残るのは、あの日視た未来視のしこり。
男を弑したあの異形。それは《禁断》の存在だった。
この未来に至るファクターを男は知っていたのか。
物言わぬ亡骸となった彼に尋ねても、答える者はもう居ない。
研究所に遺る資料だけが男の思考を伝えている。

「天災(ディザスター)計画、ね……」

《未来の王(ミラダンテ)》を求めていた理由はこれだったのか、とキリエは得心した。
しかし、その計画は終ぞ叶う事はなかったが。
そうして遺された資料を見繕う内に、キリエはある1つのレポートに目を留めた。

「これは、私の……?」

『《禁断機関》を利用した時間操作テクノロジーについて』

そう題されたレポートの中には、『キリエと共にもう1つこの海底で"拾った実験材料"があった事』、『この研究を進める為にはキリエの神歌による協力が必要な事』が書かれていた。
そしてその最後には、『彼奴に現在もう貸しはない。共同研究者にただ働きさせるのは天才の流儀に反する。この計画は一旦凍結』という文言が添えてあった。

「……。」

キリエはチョーカーに手を添えた。いつの間にか首に馴染んだそれが、今しがた彼女の首をキリキリと絞めているような錯覚を覚えた。

「はぁ。私に貸しがないなら、あなたが借りを作ればいいじゃない。その程度も思いつかないのかしら、天才ってヤツは……」

そう悪態を吐きながらも、彼女の頭の中からは未来視で視た、男の事切れた姿が焼き付いて離れなかった。
キリエは大きく息を吸い込んだ。

「……始めよう。」

***

『W』のイニシャルズが《4ーW》を海底研究所に持ち込んだ時、そこは既に無人の廃墟と化していた。
この場所の主たるあの天才科学者が死している以上、それは当然の事であると禁断の使徒たちは考えていたが……
研究所の最奥に辿り着いた時。そこに、煌々と輝くモニターが存在している事に気付くと、彼らは驚きに包まれた。
モニターには《禁断機関》の改造パーツの在り処と録音された"神歌"、そして《禁断機関》を起動する為のプログラムが示されていたのだ。
そして、そのプログラム名として記されていた文字は───────
《ALL For ONE》。


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