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日本中を駆けずり回っていたときの話・2

学校公演の劇団にいたときのおはなし、第2回。

とむ-3

通行帯違反!初めて切符を切られる!!

それは、北陸道を走っていたときのことだった。SAで休憩を終えて、ほとんど車のいない2車線の右側を、ただひたすら福井方面へと走っていた。

すると、しばらくしてウ〜といういやな音が後方から聞こえてきた。安全運転で走っていたにも関わらず、私が運転していたハイエースは警察車両に捕まる。違反名は通行帯違反。追い越し車線を2km以上走ることを言う。おそらく、SAを出たあたりからずっと後ろを付けていたのかもしれない。そして、2km過ぎたところで捕まえられたのだった。後ろは荷物満載でバックミラーは使えないので、まったく気にしていなかった。

免許証は後ろの荷台に埋もれていて出せませんと、一応ごねてみたが駄目だった。これが、私史上初の違反になる。車の多い高速道路ではまったく意識していのだけど、この一件で初めてそんな違反があると知ったのだった。

ハイエースのエンジンが掛からない!!

その日は、京都の山奥での公演だった。いつもは川崎の事務所で飲んだくれている劇団の社長が、珍しくその公演だけは同行することになった。
いつものように、まだ暗いうちに起きて駐車場から車をマンションの前に回し、根城となっているマンションの前で役者が出てくるのを待っていた。ところが、そろそろ出発というところで急にエンジンが停止。それから、何度セルを回しても掛かってくれなくなった。

公演時間も迫っているため、とりあえずフロントガラスに書き置きを残して路上駐車し、急いでレンタカーを手配。借りたのは、2tトラック。荷台にセットや衣装ケースを積み込み、役者はタクシーで公演先へと向かいます。

これが初めてのトラックだったのでギアチェンジのタイミングがいまいち掴めず、いつものように40km程度で3速からシフトチェンジしようとすると、ガクンガクンとノッキングを起こす。しばらく大阪市内を走っているうちにようやく慣れ、無事に公演先の京都の山奥へ到着。ちなみに、あれだけノッキングしていたのに、タクシーの運転手さんは「あのトラックの運転手さん、運転うまいね」と言っていたらしい。

毎回公演は学校の体育館で行なっているのだけど、今回は珍しくホールだった。到着が遅れたため、先に送っていた仕込み図どおりにホールの照明さんたちが仕込んでおいてくれた。

無事になんとか京都の公演を終え、大阪に帰還。放置されたハイエースはやはりチョークが引かれていて、駐車違反切符を切られた。罰金だけは劇団が負担してくれた。

ハイエースは修理工場へ出したのだけど、原因はエンジンの焼き付きだった。当時、教習所で習ったにも関わらずオイル交換のことは忘れていて、オイル警告ランプが点灯しているのに、オイル交換はしていなかった。それと、これはあとでわかったのだけど、劇団では車の保守管理を怠っていて、車検にすら通していなかったことが判明した。当時はそんなことすらわからぅに運転していたのである。おそろしや。

2tトラックはいったん返し、次は神奈川で公演のため役者は新幹線でいったん帰宅した。私は社長と一緒に大阪のレンタカー会社でハイエースを借りてきたので、荷物を載せてそのまま神奈川の公演先に向かうことになった。

社長と難波で夕飯を食べていると、前日の公演先に衣装を忘れてきたので取りに行っていた役者が最終の新幹線に間に合わなかったため、大阪の公演先まで拾いに行くことになった。

後部座席を潰していたため、役者は運転席と助手席の間の座席に座ることになった。社長と交代しながら一晩中走って神奈川に到着し、公演を行う。隣に真ん中に座る役者が寝ながら寄りかかってきて、ろくに寝られず。それでも無事になんとか公演を終えることができた。

後日、三重の修理工場へハイエースを引き取りにいった。一縷の望みを残していたのだけど、焼き付いたエンジンは修理不可能。そのまま、ハイエースは廃車となった。

その後は、レンタカーでの移動となったのだが、AT車なのでなかなか慣れないでいた。しかも初めてのパワーウィンドウだったため、料金所が近づいて、窓を開けようとして間違えて閉めてしまい、腕を出していた助手席から悲鳴が上がるなんてこともあった。

ちなみに、携帯の番号は廃車にしてしまったハイエースのことを忘れないために、ナンバープレートから取っている。

夜中のSAに大量の○○が発生!!

それは、真夏に起きた恐ろしい体験。

愛媛で合同班の公演を終えた帰り道。そのころはまだ松山道が大洲までしか開通していなかったので、ひたすら下道を西予から戻り、松山道を経て瀬戸大橋へ向かっていた。

途中、与島PAで休憩することになり、夜中の誰もいない駐車場に停めた。そして、トイレに行こうと車を降りようとすると。

駐車場のいたるところに、大量のゴ○○○が・・・・

他の役者はキャーキャー言いながら降りてトイレに行っていったのだが、私は怖くて降りることができなかった。ああ、今思い出しても恐ろしい。

本番中、袖の段差で落下!!

そこは、瀬戸内海に浮かぶ島にある小学校。歴史を感じる木造校舎と体育館で、趣があった。普通に使うには。

電源盤がナイフスイッチのため、照明操作卓の電源ケーブルが接続できずに苦労した。そして上手袖は舞台との段差が1m以上あり、踏み台を使って上る。幕の中が客席から見えてしまうので、袖でのスタンバイは下に降りているしかない。

公演も無事に終盤に差し掛かり、私は緞帳を閉めるため上手の袖にスタンバイしていた。上手に役者が退場してくるため、場所を空けようと後ろに下がる。しかし、下がったその場所に床はなかった。舞台袖までどすんと音を立てて落ちてしまった。それでも、すぐに立ち上がり、無事に緞帳を閉めることができた。あとから役者に聞いたところによると、私が落ちた音が客席まで聞こえてしまい、生徒が何人か袖の方を見たらしい。

ああ、いいシーンのところで...。

え?ここから搬入!?

九州は玄界灘に面する中学校でのこと。体育館横のグランドに車を付けるなり、全員絶句。そこの体育館は、高いところにそびえ立っており、入るには3階分程度の石段を上らないといけなかった。もちろん、エレベーターなんてものはない。

全員で、息を切らせながら機材やらセット一式を運び上げ、公演する前から疲れ果てることとなった。たまに体育館2階とかあると、本当に泣きたくなる。
本番前からぐったりです。

次回に続く。

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